表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/183

第29話 白銀の挽歌⑧

 周囲の炎を反射しながら輝く無数の刃。


 突き出された無数のそれ地面に倒れ込むようにかわすと、足を斬り裂き、一気に跳躍する。跳ね上がった際に振るった剣によって兵士達の首が舞い上がるが、そのすべては無表情のままであった。



「なんなんだ、こいつら?」



 思わずそう呟いたアイアースであったが、居並んだ敵兵達は仲間を一挙に失いながらも退去してアイアースや他のキーリア達へと襲いかかる。


 動き自体は人間と変わらぬ物であり、単純に考えれば千人単位で襲いかかってようやく5分になるほどの実力の差。


 しかし、この場にはそれらの兵士だけでなく、縦横無尽に暴れ回る獣たちもいる。


 整然とした攻勢と無造作に繰り返される攻勢。

 お互いに相反するものであったが、時としてそれが噛み合ったときは巨大な威力をこちらへと示して来ていた。



「うわあああっ!?」



 そんなおり、一人のキーリアが兵士達と交戦中に獣に横腹を突かれ、押し倒される。獣はそのままそのキーリアに襲いかかり、お互いに激しい肉弾戦を演じ始めた。


 力で押す獣に対して、キーリアの側は相手の弱点を探りつつそこに攻撃を集中するやり方。力と技の分かりやすいぶつかりあいであったが、そこへと集まっていった兵士達はかまうことなく槍を振り上げる。



「このっ!!」



 アイアースは、交戦中の獣を蹴倒すとその兵士等の背後へと突っ込む。

 最後尾の兵士を横一線に斬り裂くと、そのまま集団へと突っ込み思うがままに剣を振るう。

 そのまま駆け抜け、立ち止まり、血糊を払うと、全員が上半身を四分されながら崩れ落ちる。


 しかし、それらの前に転がっていたのは、二つの血に塗れた肉塊であった。


 ギリリと歯ぎしりをするアイアースに対し、なおも向かって来る獣や敵兵達。獣の多くは負傷しているのだが、その戦闘力が大きく減っている様子は無い。



「ちっ、まずいなこれは……」

「兵隊だけなら、どうにでもなるんだけどな」



 と、アイアースの背後に立ったミュラーが舌打ちと共に口を開くと、青紫色に輝かせていた手を掲げる。


 一閃。


 眩い光の束が暗がりを駆け抜けると、それを浴びた兵士達の全身に雷光が走り、全身を焼いていく。



「――お見事、はじめて見たな」

「どうも。だが、無い物をねだってもしょうがねえよ。そもそも、単独で化け物どもを倒せているのが、あ……シュネシス様とシャルとお前だけじゃな」

「お前やハーヴェイが援護や止めに向かっているからだろ? 援護するより、矢面に立った方がいいんじゃないか?」



 そう言ったアイアースの眼に、シャルが足場を崩した獣の喉を薙いでいるハーヴェイの姿が映る。


 昼の一件の後、シュネシスに従うとことを了承しているが、先ほど受けた視線を鑑みるに、まだまだ二心を抱いていると見ていい。


 とはいえ、戦力的には十分すぎるほどの力。シュネシスとシャルの両輪に次ぐ存在として、奮闘している事実はたしかなのだ。



「俺としては、お前の成長ぶりに驚いたがな。アイヒハルトを倒したんだったら、№5だって問題ねえだろ」

「シュネシス様越えはさすがに無理だよ。ハーヴェイやジルやセイラだって戦闘力以外の面が評価されてるしな」



 ちょうど、セイラ達の元へと向かった一団が目に映った二人は、急いで跳躍し、間に割って入りながらそう口を開く。


 近衛部隊からの援護やフェルミナ達も必死で彼女達を守っていたが、結局はセイラ達が自分で相手をした方が速い。


 しかし、それでは他のキーリア達への援護に手間取るのだ。



 と、二人の剣戟の隙間から伸びてくる槍。


 不意を突かれたアイアースはわずかに腰をひねって急所を外す。しかし、脇腹に突き立ったそれが激痛を与えてきた。

 痛みと共に込み上がる苛立ち。アイアースは突き刺してきた兵士を蹴倒すと、苛立ちに任せて群がる兵士達を薙ぎ払い、さらに向かって来る兵士達の首をまとめて斬り飛ばす。


 そうして、背後を向き直ると、キーリア達は揃って義勇兵達を抱くと、一気に後方にまで飛び退いた。



「――たくっ、なんなんだあいつ等は。正気とは思えないよっ」

「まあ、化け物どもと同じで何らかのことはされてんだろうさ。恐れを抱かず、ひたすら敵へ向かっていく兵士。カズマみたいに一撃で息の根を止めなきゃ、何度も向かって来るぜ?」

「動きのいい、アンデットみたいなもんか。立ち悪い」



 建物の屋根まで飛び退いた一行。眼下の乱戦を見つめながら、セイラが吐き捨てるように口を開くと、ミュラーも鎌についた血糊を払いながら口を開く。


 彼の言うとおり、致命傷に近い傷でもこちらに向かってきており、武器を仕えずとも足に絡みついて動きを妨害したりもしてくる。


 その敢闘精神は敬服に値するが、今のところ敵を賞賛する余裕などありはしない。



「つっ!?」



 一息つくと、アイアースは刺された脇腹が痛みを増していることを自覚する。



「何油断してんの」



 それを見ていたアリアが駆けつけ、水色に光る手の平を傷に当てる。眩い光とともに、身体から痛みが抜けていき、血も止まっていく。



「悪い、油断した」

「けっこう、体力使うんだから気をつけて、……よ……ね」

「えっ?」



 痛みが引き、アリアへと視線を向けるアイアース。


 ちょっとした油断で傷を負ったアイアースにややあきれ目であった彼女だが、その目を突然見開く。


 何事かと思い、視線を下げるアイアース。




 そこには、燃えさかる炎に照らされ、紅蓮の光と灯した白刃があった。




 ポタリポタリと血の滴り落ちるそれが引き抜かれると、アリアの小さな身体はアイアースの胸元へと倒れ込んでくる。

 慌ててそれを抱きとめたアイアース。小刻みに痙攣していたアリアは、口から血を吐き出し、荒い呼吸を繰り返し始めた。



「ア、アリアっ!?」



 アイアースの言に、その場にいた全員が振り返り目を剥く。



「おっ? 手応えがあったと思えば……お前らか」



 そんなアイアース等に耳に届く声。


 声の発した方へと目を向けると、暗がりが歪み始め、一人の大男の姿が浮かび始める。



「貴様っ……あの時のっ!!」

「おっ!? 覚えていてくれたか小僧。いやあ、あの時は楽しかったなあ」



 そこに現れたのは、先頃の討伐任務において対峙した牛型獣人のガル。と呼ばれていた男である。


 少々短慮なところはあったが、その恐るべき膂力やいかなる攻撃を受けても戦い続ける耐久力は素直に敬服に値するものである。

 しかし、今のアイアースにとっては、仲間に不意打ちを与えた憎い相手でしかない。



「さっさく、あの時の……ぶっ!?」



 だが、憎しみに任せて突撃するわけにも行かず、アイアースは軽口を叩いているガルの顔面に正拳突きを見舞うと、アリアとフェルミナを抱きしめて別の建物へと飛び移る。


 それを見ていたミュラーやセイラも後に続く。



「て、てめえっ!! 毎回毎回不意打ちをしやがってっ!! だいたい、あん時も……、あん時っていつだ??」



 そう喚き散らしながら、徐々に獣化しているガルを尻目に、別の棟へと移ったアイアースは、自身の外套をアリアの身体へと巻き付ける。



「治療が私が。殿下は戦いをっ!!」



 傍らに座るフェルミナの言に、アイアースは頷くと、炎に照らされたアリアへと視線を向ける。どことなく、見覚えのある外見をしている彼女。


 態度は性格は冷たいところが目立つが、身を削って傷ついたものの回復にあたり、ファナ等精神的に脆い面のある者達相談役を買って出ていた面もあるという。



 そんなことを思いかえしながら、アイアースは獣化を終え、本来の牛頭の獣人の姿になったガルを睨み付ける。



「借りは返すっ!! ミュラー、セイラ、兄上達を頼む。俺はヤツを殺すっ!!」

「はっ!? 兄上って、お前……っ!?」



 そんなミュラーの言を無視してアイアースは、駆け出すと屋根の縁を蹴って思いきり跳躍する。

 そんなアイアースの姿をガルもまた見出した様子で、喜々とした表情を浮かべてアイアースを見つめている。



「アリアの敵だっ!! 覚悟しろっ!!」

「面白い、こいやっ!!」



 そう叫んでイレーネの長剣を両腕で握って振りかぶり、一気に脳天めがけて振りおろすアイアース。


 しかし、ガルもまた手にした戦斧を掲げ、アイアースの剣を受け止める。


 互いにぶつかり合う火花。アイアースは、剣を離すと、残ったリアネイアの剣を片手に懐へと潜る。長剣を放したガルが防御に回ると再び両の手に戻った剣を振るう。


 だが、ガルの強靱な外皮は簡単には敗れず、繰り出す腕と剣が互いにぶつかり合い続けた。



「ははっ!! 腕を上げたようじゃないか、小僧っ!!」

「遊んでいたわけじゃないからなっ!!」

「いいねえ。姐さんが来るまで待つかと思ったけど、全力でいくぜっ!!」



 つばぜり合いをしながら睨み合う両者。


 混戦の最中で起こった一騎討ちが、戦況をどう変えるのか、今のところは誰にも分からなかった。



◇◆◇◆◇



 市街地において、一騎討ちを始めた両者。


 力の差はあれど、一方は得体の知れぬ爆発力を秘めている男。今は、なるように任せるしかないとミュラーは思った。



「おい、セイラ」

「なんだいっ? ぼうっとしてないで戦いなっ!! ――っ!?」

「見てみろよ、兵達の動き」



 声とともにセイラを胸元へと抱き寄せるミュラーに、セイラは苛立ちから一転、顔を赤らめるが、ミュラーの言に従って乱戦となっている戦場に視線を向ける。



「あそこじゃあ、整然とした方陣の類かと思っていたが、それにしたって規則的じゃないか?」

「言われてみれば。ね……、今もジルと戦ったかと思えば」

「妙だと思ったんだよな。あの動き。どんなに感情を制御したって、意志で動いている人間なら何らかのブレが生じる。でも、あの連中の動きは」

「誰かに操られている。って、言いたいわけね」

「そういうことだ。探してくれ」

「ちっ、無理を言う。あんた達、私の分まで働けるかい?」



 ミュラーの言に、やれやれとした様子で背後のキーリア達に目を向けるセイラ。


 アリアが重傷を負い、一人欠けて三人が残るだけであったが、こと法術に関しては義勇兵や近衛兵達とてそれほど大きな差があるわけではない。

 彼らと合流して対応すれば、セイラとアリアの分は補えるようにも思える。



「やりますよ。隊長は、そっちに」

「多分、大丈夫でしょう」


 そんな調子で応じた二人と無言で頷く一人。それを見ていたミュラーもまた、セイラと頷きあう。



「頼む。あと、まだ死ぬなよ?」

「ああ、あん時の寸止め続き。まだ、してもらってないんだからね」

「ふ、やっぱり乗り気だったんじゃないか。――嬢ちゃん、アリアを頼んだぞっ!!」

「は、はい……っ!!」



 そう言って、ミュラーは眼下の戦場へと身を投じると、中央にて勇戦を続けるシュネシスの元へと駆ける。


 途中、苦戦するキーリア達を援護し、妨害する獣を蹴散らして突き進んだ先では、シュネシス、ジル、シャルの三名が互いに背中を預けながら、獣たちからの攻撃を一手に引き受けている。



「殿下っ!!」

「かまわん、やれっ!!」



 ミュラーの言に、シュネシスは短くそう答える。



「あ?」

「お前のことだ。採算のないことをやりはしないだろう。だったら、すぐにやってくれ」

「ふうん、ずいぶん、私のことをかってくれているじゃありませんか」



 実際のところ、わずかに戦線を離脱していたことを咎め立てられると思っていたミュラーは、驚きのあまり取り繕いやめる。


 だが、そんなミュラーに対し、シュネシスは受け止めた獣の手を切り落とし、後方に群がる兵士達の元へと蹴倒すと、口元に笑みを浮かべる。



「俺を誰だと思っているんだ? お前のことが、分からぬはずがあるまい? ミーノス」

「…………やはり、気付いていましたか?」



 シュネシスの言に、ミュラー――ミーノス・ヴァン・テューロスは、普段の軽口を潜ませながら口を開く。

 やはり、件の討伐任務の時から自分の正体を察していた様子であったのだった。



「であれば、ここまで無条件に信頼したりはしない。ジルのような男ばかりではないからな」

「恐れ多きお言葉ですっ!!」



 シュネシスの言に、彼の背後襲った兵士達のやりを叩き落としながら答えるジル。


 ジルもまた、自分の正体を受け入れていることに驚きを覚えたミーノスだったが、今はそのことを気にしている場合ではない。



「両殿下。お話はほどほどに。ミーノス殿下も、ご自分の責務をお果たしください」



 対峙していた獣の防御を破り、その巨体を物言わぬ肉塊へと変えるシャル。ミーノスはその言に頷くと、シュネシスを一瞥して雪原を蹴る。



(――セイラ、掴めたか?)


(渓谷の入り口に二人。まだ、数人居ると思うから、待ってな)



 そんなミーノスの脳裏に届くセイラの声。その声色は、普段と比べてどこか楽しそうであった。



(よかったじゃない。ご兄弟が生きていて)


「なんだ、いきなり?」


(いえ、家族を失ってから泣き続けていた殿下を思い出しましてね)


「その節は心配をかけたな」


(キーリアになると言い出したときは驚きましたがね。結果として正解だったようです)


「その口調はよせよ。少なくとも、二人の時はな」


(そうだね。――――しっかりやりな)


「言われなくてもっ!!」



 セイラの声に、ミーノスは渓谷の入り口に辿り着くと、一気に跳躍する。


 岩肌に沿って跳び上がっていくと、ふと身体に吹き付ける冷たい風。その眼前には、頭まで外套に身を包んだ男が座り込んでいる。



「っ!?」



 男が目を見開く。


 ためらうことなく振るった大鎌が、その驚愕の表情を浮かべた男の頭部をあっさりと弾き飛ばした。



◇◆◇◆◇

 


 異変が起こったのは、ガルともみ合いになりながら雪原に身体を叩きつけあったときである。


 全身を駆け巡る痛みに耐えながら、身を起こしたアイアースの目に、所在なく右往左往する兵士達の姿が映ったのだ。


 そんな兵士達の姿に何かあったのかを悟ったシュネシス達は、一気にまとまり、兵士達の元へと突撃を開始する。

 それによって一部が一方的に斬り伏せられると、それまえ無言のまま戦っていた兵士達のほとんどが潰走をはじめた。



「いったい、何が……」


「ちっ、でかい口を叩く割りには、役に立たんっ!!」




 疑問を呈するアイアースに対し、ガルが吐き捨てるようにその光景を睨み付ける。いずれにせよ、大乱戦が一段落したことは事実のようである。


 もっとも、ガルをはじめとする獣たちの大半は生き残っており、25名いたこちらのキーリアは17名まで減り、近衛兵達の死体も方々に転がっている。




「どっちにしても、お前らの相手なんて俺達だけで十分だ。こいっ小僧っ!!」



 そう言って、再び戦斧をかまえるガル。

 どこまで行っても、その好戦的な性格を改める気はないようだった。



「っ!?」



 再び雪原を蹴るアイアース。


 だが、すぐに跳躍し、ガルの攻撃を交わすと、身体を回転させながらガルの背後へと立つと、高速で双剣を繰り出し、その強靱な体毛を斬り裂いていく。

 そして、剣から伝わる固い感触を悟ると、そこから血が噴き出し。周囲を赤く染めていく。



「ぐあっ!? て、てめっ!!」



 怒りに身を任せて身体を回転させながら、戦斧を振るってくるガル。

 しかし、アイアースは今度は跳躍せずに横に跳び、すぐさま反対方向へと身を動かす。

 全身に疲れが回り始めるが、動きを止めるつもりはない。止まればガルに攻撃の機会を与えることになるのだ。

 しかし、そう言った理由の前に、アイアースは不思議と身体の動きを止めるつもりにはなれなかった。むしろ、吹き出す血を見て、沸き上がる感情に驚きを感じているのだった。



(……なんだ??)



 そんなことを思いつつも、雪原を蹴るアイアースは、ガルの脇を駆け抜けつつその身体を斬り裂いていく。


 そして、吹き上がる赤き血。


 再び跳躍、斬撃、血飛沫、跳躍、斬撃、血飛沫。



 その繰り返しであったのだが、ついにアイアースは、ガルの正拳を正面から腹に受けることになる。


 振り回される戦斧ばかりに意識が向き、相手片方の腕には注意が向いていなかったのだ。




「ごふっ!?」




 身体が引き裂かれるような痛みを感じながら後方へと弾き飛ばされたアイアースは、そのまま建物内部へと突っ込み、その衝撃で建物が崩壊していく。


 粉塵が周囲を包む中、飛び掛かってくる獣人。


 無意識の内に身体を跳躍させたアイアースは、右手に持った長剣を思いきりガルへ向けて投げつける。


 回転しながら飛ぶそれに、面食らったかのように目を見開いたガルがかわすと、アイアースは身を起こして地面を蹴り正面からガルへと突進した。



「なめるなっ、小僧がっ!!」



 しかし、正面からの突進など自殺行為でしかない。


 平静であれば罠を警戒したガルも、全身に浴びた血に笑みを浮かべたアイアースの様子は見て取っている。

 それゆえに、正常な精神状態ではないと判断したガルは、狂信故の突進と判断し、鋭い爪を伸ばしながら腕を振りかぶる。


 振りおろされる爪。


 迫り来るそれが、なぜかゆっくりなようにアイアースは感じる。

 

 と、眼前に現れる白い影。


 目を見開いたアイアースは、再び腹部に感じた痛みとともに、高速で落下していく。



「っ!?」



 その痛みにはっとしながらアイアースは、身体を回転させて、雪原へと着地すると、傍らには、大剣を手にしたまま落下してきた巨漢の姿あった。



「何をやっているんだっ!! あんな無謀なことをっ」

「…………俺は何を?」

「戦いに我を忘れて、暴走していたんだ。意識を失うほどだなんて相当だぞ?」



 痛みに顔を顰めつつ、アイアースを咎めるように口を開くザックス。


 爪を直接受けたわけではなかったようだが、アイアースのように着地をする余裕は無かったようで、周囲がクレーター状にへこんでいる。



「くそっ、驚かせやがって」



 そんな二人の眼前に、着地するガル。


 先ほどのアイアースの暴走も含め、前回に続いておかしな戦いに振り回されているのである。その苛立ちは、頂点に達している様子だった。



「くそっ、他の獣の掃討が済んでいないというのに……」

「俺に任せてくれ。次で決める」

「無茶をっ…………協力できることがあったら言ってくれ」

「分かった。それじゃあ」



 怒り心頭といった態度で歩み寄ってくるガルに対し、悔しそうにそう呟くザックスに対し、アイアースは昂ぶる心を落ち着かせながら口を開く。


 はじめは咎めるような声を上げたザックスであったが、アイアースの真剣な眼差しに口を噤み、協力を申し出てくれた。



「な、そ、そんな無茶をっ!?」

「大丈夫だ。やってくれ」

「……っ。死んだら許さないからな」



 そんな短いやり取りを終え、アイアースは再び雪原を蹴る。


 再びの正面からの特攻。それに対して、ガルは眼を細めると立ち止まって戦斧を思いきり振りかぶる。



「万策尽きての特攻かぁ? そんなにあきらめが早いとは思わなかったぞっ!!」



 失望の色を滲ませつつ、迫り来るアイアースを両断するべく力をこめるガル。しかし、そんなガルの目の前で、予想外のことが起こる。


 駆けていたアイアースが跳躍すると、一気に加速してガルの懐へと突っこんできたのである。



「うおっ!?」



 思わず目を見開くガル。


 そのままガルへと体当たりをくらわせたアイアースの背後には、巨大な火球が彼を後押しするかのようにぶつかっている。


 そして、跳び退りながら身体を捻ったアイアースにいなされるように、巨大な火球がガルを襲う。着火するタイプではなく、純粋な火球であるそれをガルは戦斧を盾に受け止めると、下方へと弾き落とす。


 そして、それを待っていたかのように振りおろされるアイアースの剣。


 炎を受け、紅蓮に輝くそれに対し、ガルは自信の持てるすべての力を動員して、振りおろした戦斧を再び跳ね上げた。


 ガルの額を斬り裂く寸前で戦斧によって受け止められた剣。


 金属を焼く独特の匂いと、激しい火花が散る中で、アイアースとガルは自身の持ちうる膂力を最大限にまで引き出す。


 互いに歯を食いしばり、目が血走りはじめる。やがて、咆哮をあげたがるが、剣もろともアイアースを後方へと跳ね飛ばした。


 アイアースの全身を襲う浮遊感。そして、その手からこぼれ飛ぶ剣を見て取ったガルは、強引に身体を捻ると後方へと飛び退いたアイアースを負う。


 雪原に叩きつけられ、粉雪を巻き上げながら転がるアイアース。そして、何とか跳ね起こした背中がガルの目に映った。



「俺の勝ちだっ!! 小僧っ!!」



 アイアースの耳に届くガルの声。


 身体を捻りながら振り返ったアイアースの目に飛び込んできたのは、戦斧を振りかぶり、勝利を確信したかのような笑みを浮かべたガルの顔。

 それを見て取りながら、アイアースは捻った勢いそのままに右手を振りおろした。



「なぁっ!?」



 刹那、目を見開くガル。


 その眼前で、右の肩から左の腰にかけて走る一条の線がやがて赤く滲みはじめ、大量の血が吹き上がりはじめる。


 何が起こったのか分からぬまま、全身の力が抜け崩れ落ちるガル。その瞳が最後にとらえたのは、アイアースの手に握られた長剣であった。



◇◆◇




 周囲に血をまき散らしながら崩れ落ちる巨獣。


 雪原に倒れ込んだその巨体は、二度と動きを見せることはない。今、巨獣を見下ろすまだ、少年と呼んでよい年頃の男が勝利したのであった。



「大丈夫かっ!?」


「ああ……、なんとか、上手くいった」


「上手くいったとは言え、もうこんな無茶をするなっ!!」


「分かっているよ……」




 満身創痍といった様子のアイアースに駆け寄り、肩を貸したザックスは、そう声を荒げる。防壁を張っているとはいえ、火球を身体に受けたのだ。

 火傷を負っているわけではないとは言え、その衝撃は確実に身体を蝕む。現に、今のアイアースはその場にへたり込みそうであったのだ。



「少し休め、私は殿下達を――――っ!?」

「…………っ!? これは……?」



 そんな二人の耳に届く、女性の高笑い。


 夜の闇に轟くそれは、不気味であり、かつどこか妖艶な響きを持っていた。




「ふふふふふ………………はははははははっっ!! やるじゃないか。あんた達っ!! それでこそ、急いできた甲斐があるって言うもさ」



 そして、笑い声が止むと、現状を楽しむかのように弾む女性の言。


 身体の奥底にまで響いたそれが止むと、それまで静寂に支配されていた闇夜に一陣の風が吹いたかと思うと、再び吹雪が舞い起こり始める。


 キーリア達はおろか、獣たちすらも、突然の変化に困惑する。


 そして、周囲に視線を向けていたアイアースとザックスは、町を取り囲む外壁に立つ一人の女性の姿を発見した。



「ここまでは、よく戦ったと褒めてやるとしよう。その調子で、私を楽しませてくれっ!!」



 再び吹き荒れた風雪の中、そう口を開いた女性パーシエこと“女帝”テルノア・ハトゥン・フェルシムア。


 その表情には、かつての民を慈しむ為政者としての姿はなく、ただひたすらに戦いを楽しむ戦士としての姿がそこにはあった。






 勝算無き指令、最後の戦いが、今、幕を開けようとしていた……。

こういう、実は生きていました。実は○○は△△だったんです。

って、展開の繰り返しはあれですかね?


ご意見、ご感想等をいただけるとすごくありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
テルノアとガルが生きてたことや記憶が改変されてるロジックが説明されれば納得できます。 いきなり出てきた敵国も特に匂わせも無かったので、ちょっと急展開だなあとはなりました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ