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第24話 白銀の挽歌③

 闘気の激しい動きが吹雪とともに運ばれてきた。



「始まったか」



 それまで、眼を閉ざして吹雪の中に佇んでいたリリスは、脳裏に捉えた闘気と害意にぶつかりあいにゆっくりと目を見開く。



「数は?」



 傍らに立つイースレイが長い黒髪を人撫でしながら口を開く。彼の傍らには、難しい表情を浮かべたゼノンとひょうひょうとしてどこか楽しげな顔をしているグネヴィアとルーディルが佇んでいる。


 組織の上位№が勢揃いした形になっているのだが、本来であればのんきに後方に陣取っていてはならない面々でもある。

 後詰めとて重要なことには変わりはないが。



「害意は20……。兵士まではさすがにな」

「そうか。倒せない数ではないな」



 答えたリリスに頷いたイースレイは、表情を変えることなく口を開く。


 たしかに、以前のような強烈な害意は感じられない。間違っても、カミサに派遣されたメンバー達が後れをとるとは思えなかった。


 しかし、今回の作戦に終わりはない。南下してくる敵をひたすら迎撃し、北へと追い払い続けるというのが彼らに与えられた指令である。


 命令が変更されるか、すべての敵がこの地上から消滅するか、彼らが全滅するまで終わることはないのである。


 命令の変更は、守備隊には伝えられても、キーリア達には届かない。皇帝の命によって動いたという形はあっても命令権はあくまで組織にあり、皇帝や軍令部に指揮権はない。


 すべての敵が、と言うのはもはや夢物語でしかない。カミサを抜けなければ、制圧した二地方を完全に掌握するまでであり、散発的な攻撃を続けるのみ。敵の国情がどうなのかが知れぬ以上、そう言った判断をするのが妥当だった。

 そうなれば、残るは。最後の一つ。



 そうなる予想が立てられているからこそ、自分達がこの場に駐留しているのである。邪魔者の粛清を終えた後は、忠実な者達によってようやく手にした帝国を守る。

 これが、教団の本音である。



「まだまだおもしろく無さそうね~。もっとこう、身を引き裂くような、そんなぞくぞくする感覚じゃないと」



 害意の数を聞いてなのか、グネヴィアがやんわりとした口調で口を開く。


 戦闘を、血を見ることを異常なほど好む彼女にとっては、自分の身体が傷つけられるようなギリギリの戦場こそが天地であるのだ。

 実際、指令の際には防御を無視した突撃を繰り返し、敵や自身の血に塗れながら恍惚の評定して戦っている様をリリスは見たことがある。正直、元が同じ人間とは思いたくもなかった。



「どのみち、背後に控える敵の本隊がどれほどの数になるかだ。そこまでは読めん」

「後方に控える本隊をどれだけ減らせるか。で、あろうな。シュレイがどこまでやれるか」



 現在の敵は、あくまでも前衛。後方には倍以上では済まない数や力を持った敵がいると考えていい。


 ゼノンの言うように、カミサで戦う人間達は、実質捨て駒。カミサを抜け、ペテルポリスにどれだけの数が襲いかかってくるのか。と言うことの方が帝国全体にとっては重要な問題であった。



「俺も行きたかったぜ。後輩どもだけを戦わせているってのはなあ」

「ルーディル。グネヴィアもだが、軽口は慎め。北でどれだけの人間達が戦っていると思っている?」

「お、おう」

「ふーん……。まあ、わるかったわ~」



 戦闘を愉しむところがある両名に対し、イースレイが初めて表情を曇らせる。


 両名ともに驚いたようだったが、年下であっても地位も実力も上の相手。状況をわきまえて素直に口を閉ざしている。



「北か。いまだに抵抗を続ける人間達は、何を思って戦っているのであろうな?」

「巫女様への信仰であろう」

「アホか。皇帝陛下の、と言うよりも大事な故郷の危機だからに決まってんだろ」

「あらぁ、ルーディル~? そんなこと言っちゃって良いのかしら?」



 そんな、イースレイの言に対し、リリスは今も絶望的な抵抗を続けているスカルヴィナ、カレリア方面軍の兵士や同地に住む民間人のことを思い浮かべる。


 それは、彼女自身だけでなく、分身とも言うべき女性の思いでもあったのだが、他の上位№達の心中はそれぞれであったようである。


 事実、ルーディルの言にはリリスも驚いていた。



「間違っているかぁ? 俺は戦争が好きだから、戦うことも死ぬことも別に怖くないが、普通のヤツは生まれた場所とかのために戦うもんだろ?」

「だが、貴様は教団を守る衛士であろう」

「肩書きはな。全員が全員、巫女様のために。って気持ちでキーリアになったわけじゃないってことだ」

「貴様。そのような事を堂々と……」

「事実を言ったまでだぜ?」

「やめろ。ルーディル、自重しろと言ったはずだが?」



 思いがけぬ形で思想の違いが表面化し、険悪な空気が五人の間に流れるが、それを見てとったイースレイが間に入る。


 彼自身がどう思っているかはリリスにも知りようもなかったが、今回の場合は場の空気を読まずに放言を繰り返したルーディルの非が大きい葉にも思える。


 リリスはルーディルと戦場をともにする機会は少なかったが、少々自分本位が過ぎる面は見ることがあったと今更思いかえしていた。



「まったく、お前達は……」



 そんな五人の耳に届く男性とも女性ともつかぬ声。

 視線を向けると臙脂色の外套に身を包んだ“者”が立っており、その背後には“彼女”と同じ外套に身を包んだ“者”達と臙脂色の衣服に身を包み、車輪のついた椅子、四輪車に腰を下ろした若い男の姿が目に映った。


 中央の男はリリス等よりやや年長であるが、戦いによって歩行能力を失っており、現在は魔力によって稼働するこの車両に乗り込んで移動しているのである。



「ずいぶん、好き勝手に言っているようだな。ルーディル」

「ま、今更嘘をつく必要は無いですんでね。粛清でもしますか?」

「馬鹿を言うな。お前の死に場所はこの吹雪の中だ。せいぜい、暴れ回って死んでくれ。そうなれば、お互い助かるだろう?」

「はっは、分かりやすくて助かりますよ。ジェスト閣下」



 ルーディルを軽く睨み付けた男は、その整った顔を曇らせながらそう言うものの、ルーディルの物怖じしない態度に、一瞬表情を消した後、口元に笑みを浮かべる。


 ジェスト自身、ロジェスら教団幹部仲間からはジェスと呼ばれているが、彼も根はルーディルと同じタイプの人間である。8年前の戦いの際に、帝国第四皇子アイアース・ヴァン・ロクリスに敗れ去って、歩行機能をはじめとする下半身の付随に追い込まれたが、それ以降は軽薄な態度を改め、組織のトップとしてキーリア達を統括している。

 と言っても、彼自身は教団の幹部であっても、組織の衛士やその他の人間に信仰を強制しているわけではなかった。



「閣下、お言葉ではありますが」

「ゼノン、今は信仰だけを守るわけでは無かろう? 私がこの場にいる事実がどういうことなのかを考えてくれ」

「……失礼いたしました」



 そんな二人の様子に、ゼノンは眉を潜めながら口を開くが、ジェストは一瞬だけ迷惑そうな表情を浮かべた後、眉を引き締めてゼノンの言に答える。


 立場上、それなりの態度をとるが、その本質は、堅苦しいことを好まないのである。



「それで、何か御用でありますか?」

「いや、もめている様子であったのでな。下の連中が動揺する」

 


 そう言って、ジェストは指で後方を指し示す。その先では、顔見知りのキーリアや信徒兵達が訝しげな視線を向けていた。



「それは、申し訳ありませんでした」

「おう。では、私は戻る。生身の身体にこの寒さはこたえる」



 そんなジェストや“者”達に対し、リリスはそれまでの柔和な表情を消して口を開く。一瞬、驚きを浮かべたジェスト達であったが、リリスの言にそそくさとその場を後にする。


 まわりの四人も、普段見ることのないリリスの静かな怒りに困惑しつつ、その背を見送る。



「相変わらず閣下が嫌いのようだな。リリス」

「そういうわけではありません」



 その理由を知る“者”、アルテアは苦笑しながら、自身の姉と瓜二つの存在の傍らに立つ。アルテアとて真実を知ってからはジェストに対しては憎悪しか抱くことはないが、露骨に態度に出すことはない。


そして、その事実をリリスに教えた張本人でもある以上、某かのフォローは必要だと思ってもいた。



「そうか? まあいい」

「貴様はもどらんのか?」

「かわいい担当が、ほぼ全員行ってしまっているのでな。貴様の側に居た方が都合がよい」

「ふうん」



 リリスのこと以上に、アルテアもまた、自身の分身のこと、そして、血を分けた人間達のことが気にかかっている。


 担当するキーリアのほぼ全員が北へと送り込まれた以上、自分の存在も明るみに出つつあることは察している。万一の際には、リリスともう一人の助力が必要になってくるのだ。

 


 後方でも様々な思惑が存在する今回の戦い。


 だが、後方での暗闘など、前線にて戦う人間達にとっては些末な出来事でしかなかった。




◇◆◇◆◇




 獣の懐へと入りこむと腹部を切り裂き、蹴りを見舞う。


 頑強な皮膚と体毛に覆われた身体は簡単に貫くことは難しかったが、懐に潜り込みさえすれば弱点を見極めることは十分に可能だった。


 吹き上がった血で周囲に雪を鮮やかな赤で染めながら、虚空へと舞い上がる獣は、跳躍したシャルによって四散させられる。



「改めてみてもすごいな」



 着地し、次なる敵へと向かいながらアイアースは思わずそう呟く。


 以前に彼女が見せた姿。その時より気になっていた事柄があるからか、彼女の戦う姿に自然と眼が向く。



「よけいなおしゃべりは後で。カズマは陽動、他三人は動き回って撹乱を」



 しかし、アイアースに対して素っ気なく元を返したシャルは、スッと動きを早めると、他のキーリア達と交戦する獣へと躍りかかり、両の手を高速で振り回す。


 得物としては短い槍を持っているが、今はそれを背中に収めて体術を駆使して戦い、手刀のような形で敵を切り裂き、敵の急所と思われる箇所に的確な蹴りを見舞って、動きを止めている。


 実際、アイアース等に援護をさせているが、大半のトドメは彼女が刺していると言うのが、アイアース達の現状だった。



 周りを見てみると、シュレイが率いる集団は、ナンバー的にも序列がはっきりしているため、アイアース等と同様にシュレイが攻勢の中心になって他のメンバーが援護に回ると言う形をとり、ミュラーとザックスが揃って属している№7ハーヴェイ率いる集団は全員が正面から攻勢をかける形をとっている。


 指揮官の性格であろうが、ハーヴェイも粛清などの流血を好むタイプであり、

正面戦闘を挑んでいる。しかし、敵の攻勢ともなれば実力の劣るキーリアを盾にする場面も見られる。


 対象になっているザックスは元々が防御主体の戦いであるためそれほど苦にはしていない様子だが、残った一人の女性キーリアはミュラーの援護でなんとか戦っている現状。


 他の部隊もハーヴェイと同タイプのキーリアも何人かいるため連携に支障をきたしている場面もではじめていた。


 アイアースの隊は、シャルとアイアースでしっかりと“お話し”しておいたため大人しく指示に従っているものの、状況如何ではちょっとした癌になりかねない現状である。


 もう一隊を率いるジルや後方にてアリアの属する支援部隊も似た状況である。


 このように問題を孕みつつも、総勢25名を5名5部隊に分散して格個連携しつつ戦っている。


 はじめはハーヴェイにところに固めておくことも考えたそうだが、そうなった際に一挙に動かれては面倒だとして分散しているが、今のところはそれが負の方向に作用している様子だった。



「くっ!!」

「あっ!! 勝手なことをするなっ」



 今もまた、同部隊のキーリアが独断で飛び出し、シャルの攻勢のタイミングにズレが生じる。



「きゃあああっっ!?」



 その煽りを食ってか、やや実力の劣るファナが敵の一撃受ける。


 飛び散る血飛沫を浴びたアイアースは、ファナの外套を掴むと、アリアのいる後方へと投げ飛ばす。飛び散った血の量から傷はなかなかに深い。加えて、ファナとジルは、アイヒハルト等によって加えられた拷問のダメージが体内に残っているのだ。

 他の面々よりもダメージの蓄積は速い。



「ヒョウっ!!」



 そんな時、脇からハーヴェイがアイアース等と交戦している獣の首を飛ばす。戦果の横取りをとやかく言うつもりはないが、こちらを一瞥する眼がこちらをあざけっているように見えており、苛立ちが沸いてくる。


 そう思いながら視線を向けたアイアースに対してシャルが頷くと、二人一気に雪の降り積もる地面を蹴った。

 


 獣たちの掃討が済んだのはそれから間もなくのことである。


 異形の者達はすべて掃討され、それに率いられていた兵士達も多くが潰走し、一部の捕虜もとった。


 形の上では勝利であったが、問題が起こったのはその後である。



「誰が、そんな命令を出した?」

「巫女様をはじめとする教団のお偉方だが?」

「私は聞いた覚えがないがな?」

「そうですか。ですが、私には命令を遂行する義務がありますので」

「この場の指揮官は私だ。そして、私はやめろと命令する」



 捕らえた捕虜達を並べたところで、シュレイとハーヴェイがにらみ合いを始めたのである。


 ハーヴェイをはじめとするキーリア達が、尋問と称する拷問を加えて捕虜の虐殺を始めたのである。そして、それをシュレイやアイアースが止めに入ったことで味方同士で睨み合う形が現出していた。



「この場ではですね。ですが、捕虜の扱いは、教団の意志にある。そして、私は敵兵を捕らえたら容赦なく殺せ。と命じられております故っ!!」

「っ!!」



 そう言って、傍らに倒れる捕虜に対して剣を振り下ろすハーヴェイに対し、アイアースは慌てて捕虜の身体を引いて剣の餌食となることを避ける。


 捕虜の扱いに関する協定など存在せず、状況によっては全員処刑することにもなりかねなかったが、現場における虐殺など論外である。


 敵がスカルヴィナ、カレリアで同じことを行っているとしても、こちらはこちらの筋を通す。それが軍律というものだった。



「貴様、なぜ邪魔をする? 巫女様のご意志に逆らうのか?」

「私はシュレイ殿の部下ですので」

「捕虜は立派な情報源だ。勝手な行動は慎んでもらおう」



 殺戮を邪魔されたことに苛立ち始めたのか、ハーヴァイがその三白眼をさらに鋭く細めてアイアースを睨み付ける。


 しかし、ハーヴェイの言はアイアースにとってはよけいに反発心を煽るものでしか無く、同様ににらみ返す形になる。上級№であるとはいえ、アイヒハルトと比べればその狂気やどす黒さも及ばない。


 そして、険悪になる二人の間にシュレイとシャルが割ってはいる。戦は終わったとはいえ、仲違いをしているような状況ではない。



「ふんっ。貴様らのことは、今回の作戦が終わったら上層部に報告させてもらう。もちろん、それまでに生きていればの話だがな」



 アイアースはともかくとして、シュレイとシャルに揃って睨まれては分が悪いと踏んだのか、ハーヴェイは三人のことをひと睨みして踵を返していく。


 彼の後には五人のキーリアが続き、負傷した仲間のことなど気に止めるそぶりも無い。



「内憂外患か」

「ここまで露骨だとは思わなかった。だが、それも致し方ないな」

「お二人もですよ。わざわざ、挑発めいたことをしなくてよろしい」



 そう呟いたアイアースとシュレイに対し、シャルは少し声に毒を含みながらそう口を開く。



「あの手合いは好きにさせておけば大人しくなります。所詮は、単なる快楽主義者。不要になったら始末すればいいだけです」

「だがな、そうも言っていられない状況でもある。あんな奴らとは言え、俺達には一人でも味方がほしい」

「であればなお。で、ございます」



 シャルの言にシュレイも反論するが、それに対しては短く頷くシャル。そして、アイアースは自分に一瞬だけ向けられた視線の意図に気付く。



「とりあえず、俺は捕虜達をつれて行くよ。処分に関しては、あんたらで決めてくれ」



 シャルがどう言った意図を持っているのかは分からなかったが、初対面の時からシュレイを守護するように行動している彼女。主従に近い関係の二人である以上、よけいな首を突っこむわけにも行かなかった。


 そして、その主従というものに対して思うところもあるのだが、確信自体は、今のアイアースにはなかった。



 捕虜を守備隊に任せ、アイアースは他の者達が休む館へと足を向ける。


 住民とともに避難した役所があった建物で、物資や段を取るための準備も念入りに為されている。一階の広間には、キーリアや兵士達の負傷者が身を休めていた。



「ファナ、大丈夫か?」

「ええ、なんとか……」

「しばらく無理は出来そうもない」



 さきほど、ハーヴェイ派のキーリアによって、負傷したファナも治療を終えて身体を休めている。彼女の傍らにいるアリアは、そう言うと患部に水色の光を灯す。水の刻印による法術であり、時間はかかるが完全治癒が可能は法術である。


 そして、アリアはアイアースの側へも寄り、傷のある腕に光を灯す。



「ふう、ミラとメリカが居ればね」

「こればっかりは仕方ない。あいつ等は粛清するにはもったいないとふんだんだろ」



 今回、大型獣の討伐任務に参加したキーリア八名のうち、ミュウとメリカは後方に待機となっていた。


 ミュウは持ち前の刻印学の知識や技能に関しては、並び立つものはないし、メリカも各分野のエキスパートである。


 シャルは戦力的に外すことが出来なかったのであろうが、戦いと治癒しか脳のない自分達が北へ送られ、それ以外の面でも戦力になる二人は残される。


 教団への忠誠心だけが選考の対象というわけではない様子だった。



「それにしても、思い出すなあ」

「何が?」

「いや、ガキの頃にな。怪我をして姉に治療してもらった事があってな」

「シスコン?」

「否定はしない」

「否定してよ。私も口説いているわけ?」

「『も』ってなんでだよっ!! 第一、この前のだってまわりが勝手に」

「必死になるところが怪しい。なんでこんなに下半身にだらしがない人ばかりね」

「お~い」



 傷の治療をしながら、ちょっとした軽口をたたき合う二人。


 少なくとも以前の任務以降、交流する機会は出てきており、打ち解けてはいる。なんだかんだで辛辣なことを言うところのあるアリアであるが、潔癖な面がそうさせているようにアイアースには思えた。


 そして、アリアの外見はもう一人の姉、アルテアを思い起こされる面があり、アイアースとしても親しみやすかったのだ。



(シュレイもそうだが、アリアも……なんて、都合のいいことがあるわけ無いか)



「カズマ、ちょっと来てくれっ」

「ん、どうした? アリア、ありがとう」



 そんなことを考えているアイアースの耳に届くジルの声。今回は、言い間違えはしなかった様子だが、少し慌てているのが気になった。



◇◆◇



「忙しいヤツ」

「仲、いいんですね」

「え?」



 足早に去っていくアイアースの背中を見つめたアリアは、苦笑しながらそう呟く。そんなアリアの耳に届くファナの言に、アリアは目を見開いた。


 正直、仲がいいかと言われればよいのだろうが、そこまで意識したことはあまりない。



「仲、いいのかな?」

「ええと、私にはそう見えますよ?」

「そうなのかな?」



 ファナの言に、アリアはますます首を傾げる。もちろん、アルテアからすればカズマ(アイアース)は信頼に足る男であるが、仲がいいかと言われてもよく分からないというのが本音であった。


 そう言った感情をあまり考えないで生きてきたから当然もあったし、カズマ(アイアース)に対しては、自身の主とも言える人物からその身を託されているという事情もある。



「ファナは気になるの?」

「えっ!? そ、それは……、まあ……」



 何やら慌てるファナに対し、アリアはなんとなく得心するが、純粋な気持ち自体はよく分からなかった。



「私は姉扱いみたいだから、気にしないで」

「えっ!? そ、そういうわけじゃあ」

「いいの? 今回の指令。死ぬことが前提のものよ?」

「あっ……」

「私はそう言うのに疎いけど、死んでしまったら後悔とかそういうのすらもできなくわるわよ?」



 そう言うとアリアは、治療具を手にその場を後にする。アリアの言に何かを考えるように天井を見つめているファナに対しては、何も言うつもりはなかった。


 傷を負っている者はファナだけではなく、それを救うことも自分の任務だとアリアは思っている。それでも、いつになくしゃべったと思っていたが。



◇◆◇◆◇



 外へと出たアイアースが眼にしたのは、吹雪の中に揺らめく灯火であった。


 はじめは敵襲かと思っていたのだが、視認できる距離の割りには攻めてくる様子は無いし、松明を手に攻めてくる割りには数が少なすぎる。



「なんだと思う?」

「分からん。セイラはどう思う?」

「…………意識を読んでみたが、害意はないな」



 見張り台に立ち、灯火へと視線を向けるアイアースとジル。そして、支援隊を指揮していた№10セイラ。


 彼女はリリスには劣るが、遠見や法術関連を得意とし、先の戦いでは全員への治癒法術や風向きの変化、闘志の昂ぶりなど、支援法術によって全体を支援し、自身も法術を持って敵の獣数体を葬っている。


 遠見が得意と言うことで、近づいてくる松明の正体を探るが、こちらに対する害意はないという。しかし、それを限界まで抑えることのできる人間がいないとも限らない。


 今回の敵は、あまりに未知数なのだ。



「行ってみるしかないだろ。二人は万一に備えていてくれ」

「あ、待てっ」



 そう思ったアイアースは、二人の静止を無視して見張り台から跳躍し雪原を走る。


 危険ではあったが、遠見の出来るセイラは残らざるを得ないし、緊急事態への対応はジルの方が向いている。


 そう思いながら駆けるアイアースの視界に写る松明の姿は徐々に大きくなり、その数も見えてきている。



「止まれ」



 岩壁を蹴り、その集団の先頭へと着地するアイアース。


 剣を構えて立つが、抵抗の意志はないらしく、アイアースも静かに集団を見つめることが出来た。そして……。



「民間人か……。それで…………お前は……」



 松明を手に歩みを進め、顔に疲労の色をたたえている老若男女。武器を構え、戦うことが出来そうな者は数人であり、これが避難民であることは容易に想像がつく。



「私は、パルティノン解放戦線の者だ。名は、フェルミナ。――――教団に魂を売りし、キーリアよ。今また、罪無き民を殺めるかっ!?」



 凛としてそう言い放った少女に対し、アイアースは何も答えることが出来なかった。


 まだ、あどけなさを残した顔と証明に照らされた鮮やかな銀色の髪。腰に下げた双剣と深紅の短槍。そして、吹雪に揺れる六枚の黒き翼が激しい吹雪に揺られていた。

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― 新着の感想 ―
グネヴィアって何がしたいのかいまいちわかんのよな。 ギリギリの戦いを好む割に教団に味方した結果イレーネと戦うことしか出来てないじゃん。 本当に戦いたいなら皇妃との戦闘の場に現れないのは不自然だし、帝国…
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