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第21話 前兆②


 その日。吹雪は普段以上に激しく吹き荒れていた。


 秋雨の時期にキーリア達が大型獣の討伐に訪れた帝国最北の町スヴァルバールの守備隊も厳戒態勢のまま降り続ける雪を見つめていた。

 辺境に位置し、すべてを凍結させる冬の間に人々の往来はほとんどなく、守備隊も武装体制を取るというのは多くが初めての経験であった。


 なぜ、そのような事態となっているのか?


 それは、つい先日に巻き起こった今と同様の猛吹雪の時である。

 ちょうど、帝国スカルヴィナ方面軍の飛空部隊が帝国最北端に位置するレップラント山脈を越え、永久氷域まで偵察の手を伸ばしたのは、偶然の結果であった。

 猛吹雪が巻き起こす風雪によって、彼らの視界は白一色に染まり、方向や高度の感覚は完全に失われてしまったこと。そして、操手の指揮が無い飛竜達ですらも、空前の規模で発生している吹雪に当惑していたのである。

 進行の困難さを察した指揮官は、最後の望みをかけて飛竜に降下を命ずる。高高度の中を進んで凍死するよりは、墜落死の危険の中を降下し、後退のための目印を見つける方が生存の可能性を増すという判断であり、それはある意味では正解であった。


 運良く全員が大地に激突することなく降下に成功し、背後に連なる北嶺山脈を確認することも出来た。


 そして、彼らは本来の任務も同時に達成することになる。


 やや静まり始めた吹雪の中を一つの閃光が走ったかと思うと、それを浴びた一騎の飛竜が光に包まれて消滅する。

 一瞬何が起こったのかわからぬまま、前方を見据える彼らの目に映ったのは、黒い波であった。


 唯一生還した飛空兵は、恐怖のあまりに全身の毛をすべて白くし、二〇代の青年の姿を老人のようにやつれさせながらうわごとのようにその波の正体を呟き続けた。



「北は地獄だ」



 そう呟き続けた飛空兵は、ほどなく自ら命を絶つ。


 そんな一連の出来事を不気味に思いながらも、警戒を強めるスカルヴィナ・カレリア・ルーシャといった北部戦域の将兵達。


 飛空兵の狂気も吹雪が産み出した幻に惑わされた結果という判断が成されていたが、他の飛空兵がすべて吹雪の中に消えたことと相まって、兵士達の中には不安と恐怖が混在していたのだった。



 そして、その日も夜を迎える。


 極寒の地にあって、外に出るのはまさに自殺行為。だが、一人の兵士がほんの僅かな大地の揺れを感じ取る。はじめは吹雪によって物か何かが倒されたのだと思っていた。


 しかし、それは次第に大きくなり数も増え始める。

 不審に思った兵士が同僚達を起こし、吹雪吹き荒れる外の様子を窺う。

 その時、外の光景はただただ異質であった。


 吹き荒れる吹雪を月明かりが照らしだし、その中を巨大な影が闊歩している。


 それを見た多くの兵士達は、自分はまだ夢を見ているものだと思っていた。しかし、始めに異変を察した兵士が、何を思ったのか窓を開いたその時。事態は一変する。

 窓を開き外を見つめた兵士は、次の瞬間、下半身のみを残してその場から姿を消す。

 困惑する同僚達が外へと視線を向けると、そこには巨大な獣が兵士の上半身を咀嚼する光景が広がっていた。

 打ち鳴らされる鐘と銅鑼。その瞬間、神聖パルティノン帝国は、一挙に戦争状態へと突入することになる。



◇◆◇



 軍令部は困惑に包まれていた。


 先頃もたらされた侵略の報。敵の正体や戦力はいまだに判明していないが、帝国北部三領域。その中でも北東方面スカルヴィナ地方において激しい戦闘が続いているという。

 始めに襲撃を受けた最北の町スバルヴァールは守備隊及び住民が全滅し、近隣の町でも守備隊は敗走。住民の安否はようとして知れず絶望的な予測のみが立てられていた。


 他にも、後方都市からの援軍の要請。三地方を束ねる北部方面軍司令部からの糧秣や武器の手配などが矢継ぎ早にもたらされている。


 軍令部に詰める将官、将校クラスの人間達も今はその対応に追われ、八年前の悲劇以来の混乱に皆が皆困惑している。

 外征における勝利が続いていたため、思いがけない敗勢になれていない若手が多かったことも混乱に拍車をかけている。


 しかし、そんな混乱も一人の人物の入室で、一応の沈静をみる。



「楽にいたせ。総長。状況を」



 入室してきたのは、彫像の如き美貌を誇る年若い女性。


 しかし、身体からあふれ出る気品と覇気は、他を圧倒しており、女性がただの人間ではないことを、彼女を知らぬ人間にも感じさせるだけ物があった。

 そして、最敬礼を持って彼女を迎える者達にそう告げた女性フェスティア・ラトル・パルティヌスは、用意されたイスに見向きもせず、備え付けの石版に投影された地図の前に立ち、軍令部のトップである幕僚総長に報告を促す。



「飛空部隊のよる断片的な情報と北部方面軍司令部よりの情報でございますが、敵は大型獣を先頭に守備隊を蹂躙。後方の敵兵達も精鋭とのこと。また、信じがたい情報でございますが」



 幕僚総長であるハルトヴィヒ・リカ・ゼークトは、フェスティアの言に机に置かれた鉱石をなぞりながら口を開く。

 ゼークトの手でなぞられた鉱石は、映し出された地図に次々に駒を打ち込んでいく。

 敵軍を示す巨大な赤い駒が、前線の小さな青い駒を次々に飲み込んでいく様が見て取れる。


 そして、駒が動きを止めると、ゼークトは控えめながら口を開く。



「なんだ?」

「敵軍勢の後方に巨大な浮遊要塞が現れたとのことであります」



 ゼークトがそう言うと、地図上の敵軍団の後方に赤い拠点を示す記号が打ち込まれる。



「浮遊要塞? そのような夢物語を私に信じろと言うのか?」



 鋭い視線がゼークトへと突き刺さる。

 フェスティアも、普段から柔らかい口調ながら直言を憚らないゼークトを信頼してはいる。しかし、要塞が浮遊するなどという話をされて易々と信じられるほど純粋でもなかった。

 だが、常人ならばすくみ上がって腰を抜かすほど鋭い視線を浴びても、ゼークトは表情を変えずに話を続ける。



「現時点では、情報が少なすぎまする。ですが、非常事態であることに間違いはないかと思われます」

「うむ。再編を終えている各地の部隊は?」

「現状のまま送り込んでも、逐次投入の愚を犯すことになります。御自重を」

「わたしに民を見捨てろと言うのか?」

「御意。失われた命が帰ってこないことは事実。されども、失ってはならない命と決して失ってはならない命というものの違いはございます」



 あくまで冷静に状況を伝え、進言を続けるゼークト。


 他の幕僚達も女帝の怒りがいつ沸騰するのかと恐々としつつも成り行きを見つめている。若手の幕僚達は常に前線に立つ女帝の姿に畏敬の念以上に畏怖の念を抱いている。

 猛将とされる人物が、必ずしも短慮であったり、粗暴であったりすることはないのであったが、若手達にはまだまだ経験が不足しているのだった。



「そうか。最短でどれほどかかる?」

「敵戦力の見極めにもよりますが、一月ほどかと」

「……北部領域全土が蹂躙される可能性があるな」

「スカルヴィナ・カレリアはあきらめざるを得ないかと」



 激発を恐れられたフェスティアであったが、彼女自身は感情を抑えながら次の言を促す。

 他人の思いなどいざ知らず、状況において最善を尽くすのが彼女の務めでもあった。


 そして、ゼークトの口からもたらされたのは、過酷な現実。彼自身、スカルヴィナ外縁部のレップラント山脈を越えて敵が現れることなど夢にも思っていなかったのだ。



「今上陛下の心情……。お察しいたします」

「ありがとう。母に前皇后に成り代わって礼をいう」



 ゼークトの言に若手幕僚が口を開く。


 スカルヴィナ・カレリア地域は、かつてフェスティアの生母、皇太后メルティリアと皇太妃アルティリアの出身国である氷魔の国。レップラント皇国が存在していた。

 すでに皇統はフェスティアを残して断絶しているが、今もレップラントの主要民族である氷魔の民サミール人が多数居住している。


 もっとも、フェスティア自身、レップラントは行幸の際に訪れたことがあるぐらいで、メルティリア、アルティリア姉妹も特段の感情を彼女に見せたことはない。

 二人が皇后と皇妃となり、皇統は断絶しているという事実がそこには大きく横たわっている。


 そのため、フェスティアも郷愁の念にかられるよりは、犠牲になる民のことで心を痛めるばかりであった。きれいごとであることはわかっているが、多数を救うために少数を犠牲にすることを厭うまではなくとも、悔やめない人間が人の上に立つ資格はない。



「私は、誰かを犠牲にしなければ民すらも守れぬのか」



 地図に目を向けながら、思わずそう呟くフェスティア。彼女にとっては、民を守ることは当然であり、犠牲を強いることを許していない。

 そして、その言から滲み出る彼女が本当に守りたかったモノの存在。それらを幕僚達は感じ取り、一同も静かに沈黙する。



「失礼いたします。今上陛下」



 そんな沈黙が続いていた室内に女性の声が響き渡る。

 一同が視線を向けると、フェスティアと瓜二つの外見をしているキーリアの姿がそこにあった。



「リリスか。ここに来るのは控えろと言ったはずだが?」

「申し訳ありませぬ。ですが、私も逆らうことの出来ぬ存在がありまして」

「何?」



 フェスティアは、他の軍人達の手前、リリスをこの場に伴うことはしていなかった。幕僚達が集まる場に、帝国とは潜在的な敵対関係のある教団の衛士が入室と言うのは、お互いの立場を鑑みればあり得ないことである。

 ここにいる人間達の大半はリリスの人となりを知っているとは言え、それが通るような話しでもない。

 だが、今フェスティア達の眼前に立つリリスの背後より現れた人物に、他の幕僚達が色めき立つ。


 そこに立っていたのは、腰から下まで伸びた白髪に近い銀色の髪。全身を白地に青の装飾を施した衣服、そして、感情を一切排した人形のような表情に生える常緑樹のような明るみを帯びた緑色の瞳を持つ、まだ少女のあどけなさを残す女性であった。



◇◆◇◆◇



 昨晩降り始めた雪は、明け方にはやんだようであった。


 アイアースは、周囲に積もった雪を手際よく片付け、墓碑の周囲を清める。このあたりは、キーリアが雪かきをする姿に、はじめは墓地の管理人達も困惑気味ではあったが、今ではその手際の良さに感心していた。

 そんなアイアースの元に、花束などを手にしたジルと彼の部下であった女性キーリア、ファナ・レヴァスが歩み寄り、口を開く。


「このぐらいでいいだろう?」

「ありがとう。――われわれの命を救ってくれただけでなく、このような配慮を」

「縁というモノだ。それより、話すこともあるだろう? 俺らは席を外しておくよ」

「隊長。失礼します」



 ジルとファナがそう言いながら花や遺品を備えていく。


 二人とも戦闘を行えるぐらいには回復しているが、まだまだ本調子ではない。組織からどのような指令が下されるか分からない以上、よけいな体力を使わせるべきではないというアイアースなりの配慮で、二人はバーテン親子とともに身体を休めていたのだ。


 そして、恋人との語らいもあるであろうジルを一人残し、アイアースはファナとともに、バーテン親子の元へと足を向ける。


 こちらも花を供え終わり、父娘が目を閉ざして黙祷している。それを終え、アイアースの姿を認めたバーテンが、口元に笑みを浮かべながら二人を促し、アイアースも同じように、花を供えると胸の前で手を合わせて黙祷する。



「殿下のそれは、帝室流の礼拝なのですか?」

「あ、いや。まあ、気にするな」

「? はあ……」

「それより、まさか、あんたがルフトヴァッフェ殿であったとはわな」



 その様子に首を傾げるファナに対し、説明することが面倒なアイアースは適当にはぐらかして話題を変える。

 アイアースの言にバーテンは、苦笑を浮かべたまま愛娘の頭を撫でると、静かに口を開く。


 ゲルハルト・リカ・ルフトヴァッフェ。


 帝国軍の重鎮の家系であり、彼自身も帝国近衛軍での将来有望な若手士官であった。

 キーリアになることは、家長である彼の祖父の反対によって実現されなかったが、南進で見せた実践指揮や武勇によって将来の国軍の柱石をになう人物と目されていた男である。


 だが、八年前の反乱によってルフトヴァッフェ家は家長をはじめとする一族郎党が処刑され、彼自身も戦死したと思われていたのである。



「今となってしまえば、しがないバーテンに過ぎませんよ」

「姉上の登極後も姿を見せなかったのは、贖罪故か?」

「そんなつもりではありません。ロクリス総帥閣下を失い、失意のそこにいた妻にこれ以上に心配をかけたくなかった。それに、私自身も」



 そう言って今度は力なく笑うルフトヴァッフェ。そんな父親の様子を、ティグ族の血を引く娘が不安そうに見つめている。

 年齢的にはようやく少壮をむかえるほどであるはずだが、その疲れ切ったように見える姿は初老の男のそれに見える。


 帝国の崩壊は、彼のような一流軍人さえも疲弊させるほどの衝撃であったのだ。



「そうか……。私自身、今は教団の衛士の一人に過ぎん。奥方を亡くされたことは、無念であろうが、何か手助けできることがあったら言ってくれ」

「っ!? 殿下は、私を引き戻そうとはされないのですか?」

「それは貴方が決めることだ。今は、娘さんを大事にしてやるべきじゃないか?」



 アイアースの言に、驚きの表情を浮かべるルフトヴァッフェ。その様子から、姿を隠していても復帰を促す人間は後を絶たなかったのであろう。そうしている間に、アイヒハルトに目を付けられ、妻と娘を連れさらわれた。

 そんな事実が容易に想像できるアイアースは、彼に復帰を強いる気になれず。何より、母親を失った子供の衝撃は誰よりも理解できるつもりであった。



「そうですか。……ありがとうございます。手助けと言ってはなんですが、酒の一杯でも飲んでいってください」

「それなら喜んで。ファナもどうだ?」

「あ、はいっ!! 喜んでっ」



 うれしさと申し訳なさの入り混じった表情を浮かべたルフトヴァッフェであったが、その表情が、彼に時間が必要なことを物語っている。

 そして、バーテンの姿に戻った彼の言に、アイアースもファナも頷く。ファナが、妙に浮かれているように見えた理由が、アイアースにはよく分からなかったが。



「さらばだ。リィナ。さらばだ、ケネス。お前達のことは決して忘れない。いずれ、私もそちらへ行く」



 アイアース達と離れ、一人石碑に語りかけていたジルは、それを終えるとケネスの墓碑に彼が恋人から送られたというペンダントを。


 リィナの墓碑に、対になった二つの指輪をかける。もう使われることのないのならば、自分がそちらへと行くときまで恋人に預かっていてもらいたい。そんな思いからのことであった。




「ほう……。貴様らでも、そのような感情を抱くのか」

「っ!?」



 そんなジルの背後から届く男の声。

 驚きと共に振り返ると、臙脂の外套に身を包んだ男が同じような外套に身を包んだ者と一緒にその場に立っている。

 相変わらずの神出鬼没ぶりであり、慣れたモノであったジルでも、恋人と友人との語らいに水を差されたかのような気分になった。



「おい。少しは、察してやれよ」



 その様子を見ていたアイアースが、二人に詰め寄るように口を開く。反抗的な問題児として有名であり、このくらいことは日常であるため二人の“者”も特に咎め立てる気はない。



「内緒話は聞かんようにしてやったのだ。それより、指令だ」

「? ただの帰還命令書じゃないか?」

「署名を見てみろ」

「ん? ――――っ!?」



 “者”すなわち、アルテアに促される形で書面に目を通していくアイアース。そして、書類の最下部に署名された名前に思わず目を見開く。

 普段通り、教団内務長、外務長の連名があるだけかと思われるそこに、ある人物の名が加わっている。


“シヴィラ・セア・ネヴァーニャ”


 言わずと知れた教団の頂点に立つ巫女であり、アイアースにとっての宿敵の名がそこにはあった。



◇◆◇◆◇



「小娘がっ!! 帝国の危機局も当然の如く利用するかっ!」



 全身の気だるさに耐えながら私室へと戻ったフェスティアは、乱暴にイスを動かすと、怒り心頭に発しながらそう口を開く。

 苛立ちからか、再び吐き気をもよおしていたがそれは、彼女なりの意地で耐える。あまり身体に負担をかけるべきではないことはわかっていたが、それを理由にするわけにも行かない。



「どうかお怒りを沈めください。お体に障りまする」



 部屋に控えていた女官達が、なだめるように飲み物を差し出す。喉を潤すと、自分がいかに乾きに満ちていたのかがわかったが、怒りは収まりそうになかった。



「陛下。お気持ちはわかりまするが、今は、ご自愛ください」

「わかっている。だがな……っ」

「何卒……っ!!」

「…………軽率であった。許せ」



 リリスもまた、フェスティアの怒りを静めるべく、声かける。彼女自身も巫女の口から出た言葉に苛立っていたが、自身の感情よりも分身とも言える主君の身体の大事であった。



「それで……、飲まれるのですか?」

「――飲む。時間を稼ぐ手立てとすればこれ以上にない」

「しかし……」

「貴様が申していた者達は、全員がその場に立たされるであろうな。これ以上にない大義を持った粛清方法だ。ヤツは、そこまで帝国が、我々が憎いのかっ!!」

「陛下っ……。――陛下、これから私が口を開くこと。お気に障られるのならば、放逐や処断もご自由になさってください」



 再び苛立つように声を上げるフェスティア。リリスやこの場にいる事情を知る侍女達も主君の気持ちは痛いほどよく分かるが、それでも感情的になりすぎているような気がしていた。


 そして、そのことがリリスは自分の中にある予感を確信に変えている。



「突然、何を言い出す?」



 自身の分身からの言に目を丸くするフェスティア。侍女達も、驚きの表情を浮かべている。



「あなた達も、聞く以上は覚悟いたしなさい。陛下の、いえ、帝国を揺るがす事実となるやも知れないのです」



 眼光鋭く侍女達を一瞥するリリス。

 この場に居る侍女達は、フェスティアの護衛も兼ねる近衛軍の女性兵士達で才色兼備を絵に描いたような人間ばかりである。間諜の類もすぐに排除され、鉄壁の忠誠心を誇ると同時に、機密保持にも相当な神経を使っている。

 そのため、口が軽い者は足早にその場を辞していく。リリスの様子が尋常ならざることであるのはその場にいる誰にでも理解できたのだった。


 そうして、ほんの数人が残される室内において、リリスは静かに口を開く。



「先ほどの陛下のご不調。典医殿は、自身の診断を疑いながらも一つの結論を導き出しました…………陛下、貴方様はご懐妊されております」



 静かに、そして真剣な面持ちでそう告げるリリス。そして、それを無表情に聞いているフェスティアに、部屋に残った侍女達が息を飲む。



「陛下の御身に、あの日起こった事実は、決して許されざること。我々とて実行者達を無間地獄に送り込んでやりたい気持ちでございますが、それ以降、陛下は男性と密に時を過ごされたことは稀であると伝え聞いております」

「その通りだな」



 リリスの言に、今度はフェスティアが無感情に答える。


 彼女自身、かつての屈辱はいまだに傷として心に残っている。しかし、それで男を遠ざけるなど、事実に対する敗北のような気がしていて、それに抗い続けている。



「…………先頃、私は陛下の命に従い、アウシュ・ケナウ監獄の討伐任務に赴きました。その際、私によく似た人間をその近辺で目撃したとの情報を得ております。そして、とある人物から、私がともに夜を過ごした。という話を聞き及んでおります。ですが、私にはそのような記憶はございません」



 そんなリリスの言に、侍女達が顔を見合わせる。思い当たる節のある者もこの場にはいる様子であった。

 それに対し、フェスティアは依然として表情を変えることはない。すでにリリスの言いたいことを察しているのか、どこか達観しているような態度である。



「その人物の名は、カズマ。教団の衛士№19に当たる人物であり、アウシュ・ケナウ監獄討伐の際には、所長のアイヒハルト・リカ・メンゲルを討ち果たした若き英傑。そして……」



 いったん言葉を切るリリス。そんな彼女に対し、フェスティアは顔を伏せ、力なく笑うと、リリスを手で制して口を開く。



「皆まで言う必要は無い。私の身に宿る子の父親は、アイアース・ヴァン・ロクリス。そして、“血の繋がらぬ”私の弟だ」


 静かに告げられた真実。




 そして、それはフェスティアの怒りの根源を端的に表すとともに、アイアースに待ち受ける絶望的な運命を示唆していた。

 それから数日の後。組織に属する衛士のうち上位50名の約半数が、巫女の名の元に帝都パルティーヌポリスへと招集される。

 多くが、指令に対して反抗的であったり、忠実ではあるが尊皇のこころにも篤いと見なされるものばかりであった。


 当然、その中には、アイアースことカズマ、シュレイ、シャル、ミュラー、ザックス、アリア、メリカ、ミュウ、そして、ジルとファナの名も含まれていた。

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