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第12話 天使の顎門②  ※残酷な表現有り

今回は相当残酷な描写と不快になるセリフなどがあります。

凄惨な戦闘シーンや戦死シーンなどが苦手な方はご注意ください。要望などがあれば、次回の冒頭に簡単なあらすじを付けたいと思います。

 町の外に広がる森の中にそれはあった。


 早朝より重ねた情報収集に寄れば、町の人間にとっては家畜の養殖場であるという認識がほとんどであり、似たような話を聞くことしかできなかった。

 とはいえ、そこで働く人間も時折町にやって来ており、そこを訪れる羽振りの良い人間もいるという。人の流入の多さが活気を産んでいるようでもあった。


 羽振りの良い人間というのは、収容所に収監された人間を買い取って奴隷にする人間か、奴隷商人だろうと推測できる。

 収容所で働く人間も、唯一の遊び場で金を使う以外にはない。


(たしかに、上手く擬態しているな。外から見れば、牧と厩舎が並んでいるだけ。しかし……)


 牧や厩舎に寄り添うように立ち並ぶ岩山。そこには不自然な形でいくつもの穴が穿たれており、山の頂や周囲を巡回しているように見える人間が何人も見える。

 よくよく目をこらしてみれば、牧の囲いも厳重なモノで近年登場してきた有刺鉄線と呼ばれる囲いが二重三重に牧の外部を取り囲んでいる。

 牧から流れる川も途中で岩山と合流してからは、おかしな色合いを帯びてきている。

 家畜の汚物だけであればあのような色になるはずはない。



(もっと近づきたいところだが……お客さんか)

「そこで何をしているっ!!」



 背後からの声にアイアースはゆっくりと振り返る。二人組の男が、アイアースを睨み付けていた。

 アイアースはとりあえず、抵抗の意志を見せずに両手を挙げ、頭の後ろにて組む。男達は、一人が槍。もう一人が石弓を構えており、最低限の連携を取る訓練は施されているようだった。



「そこで何をしていた?」

「いや、いい景色だと思いまして」

「旅人か? このあたりが、立ち入り禁止区域だと言うことを知らんのか?」

「はあ、初耳ですが?」



 実際、その通りである。町の人間も普段は近づかないのであろうから、そのことに関してはなにも言わなかったのだ。



「まあいい。一緒に来てもらうぞ」



 有無を言わせぬ態度でそう言うと、槍を手にした男がアイアースの腕を掴みに掛かる。

 同時に、アイアースは襟首に隠した投擲用のナイフを取りだし、石弓を持った男に思いきり投げつける。


 不意を討たれた男は、目を見開いたまま片目をナイフで貫かれ、刃先に脳漿を破壊されて絶命する。と、同時にアイアースは一方手に持ったナイフで近づいてきた男を突き刺し、喉元を切り裂く。



「このくらいは問題ないよな?」



 地面に転がる二つの死体に目を落としながら、アイアースはそう呟く。キーリアの仕事柄、殺しに関しての縛りは基本的には無いに等しい。

 今回のような隠密任務であるならば、発見されること自体が問題であり、殺害の是非は問われていない。

 そもそも、今回の場合は彼らの死体が発見された方が都合がよい。警備の強化はされても、施設側を多少なりとも混乱させられる。

 そんなことを考えつつ、身支度を調えたアイアースは、ふっと一息吐くと、ころ合いを見て地面に転がる男の槍の柄を思いきり踏みつける。


 長槍に分類されるそれは、アイアースの身長よりもはるかに長い。柄の先端部を踏みつけたそれは、穂先を跳ね上げさせる。



「がっ!?」



 背後からの声。

 アイアースが背中が越しにそれを耳にした時、背に翼を生やした飛天魔が、目を見開きながら胴をひと突きにされた状態で身体を痙攣させた。

 上空から二人の様子を見ていて慌てて降りてきたのであろう。援軍を読んだかどうかは定かではなかったが、すでに絶命している相手に興味もないアイアースはゆっくりとその場を後にする。


 ほどなく、風に揺れながら飛天魔の串刺しは大地へと崩れ落ちた。



 町へと戻ったアイアースは、宿の酒場へと足を運び、軽食を注文する。フロアに入ったとき、他の客や店員達が一斉に目を逸らしたのは致し方なかったが、あまりいい気持ちではない。


 こちらは、絡まれた側なのだ。と言う思いがアイアースにもある。



「よう。何か成果はあったかい?」



 そんなまわりの様子を苦笑しながら見つめていたバーテンが、シザーサラダやスープを渡しながら口を開く。



「さてな。ま、昨日は悪かったな」

「運と頭の悪い連中が馬鹿を見ただけだ。まあ、俺もあそこまでやるとは思ってなかったけどな」

「腕っ節だけはそこそこなんだ。後から来たキーリアにはびびっちまったけど」

「思いきりにらみ返しておいてなに言ってんだ?」



 食事を口に運びながら会話であったが、その光景に周囲は安堵し少しずつ喧噪が戻っていく。

 しかし、そんな喧噪も通りから轟いた悲鳴によって再び打ち破られる。



「なんだあ? 金おいとくぞ」



 アイアースも何事かと思い、話もそこそこに店の外へと飛び出す。

 街路は人が活発に往来し、露天商などで賑わっているが、今のそこは賑わいとは無縁であり、代わりに金属どうしがこすれあう音が響いている。

 カシャリ、カシャリと規則的な音を立てて歩みを進めているのは、全身を白装束で包んだ女性であり、髪の色も白髪に近い。

 昨日まで待ちに滞在していたため、彼女のことを見かけていた者は多かったが、今の彼女はそれまでの様子とは異なっていた。


 白装束は赤い血に染まり、鮮やかな白髪の間からも血が流れ落ちて目尻に溜まり、まるで血の涙を流しているかのように見える。

 そして、一際目をひくこと。

 彼女は右の肩から胸元までが失われ、ちぎられた衣服が歩みに合わせて揺られている。残された左腕には頑丈そうな腕輪くくりつけられ、切れた鎖が音を立てながら引きずられていた。


 そんな様子に、人々は悲鳴を上げ、流れる血に恐怖するか、吐き気を催すばかりである。今、必死に何かを呟いている彼女の言に耳を傾けるモノは、ただ一人をのぞいてこの場には存在していなかった。



「頼…………む………誰か……」



 アイアースが近寄っていくと、わずかに聞こえる消え入りそうな声。すでに動いているだけで精一杯なことは確かめるまでもなく分かる。もはや、彼女は無意識のうちに助けを請い続けるしかないのであろう。とアイアースは思った。

 ふと、限界が来たのか、彼女の肉体が様々な彩りの光に包まれはじめる。刻印が寄生した肉体の限界を感じ取ったのである。アイアースは、力を失い崩れ落ち彼女の肉体を慌てて抱きとめた。

 キーリアでありながら、その身体はとても軽い。



「奴ら…………人………」

「おい、しっかりしろっ!! 大型獣にやられたのかっ!?」



 すでに視線をさまよわせている女性キーリアに対し、アイアースは声を上げる。すると、視点を彷徨わせていた目がこちらを向き、わずかながらに光が灯る。



「お前……キーリア……か?」

「№20カズマだ。何があった」

「組織に……あそこは……監獄、なんかじゃ……」



 絞り出すような女性キーリアの声。

 監獄ではない。そのことがアイアースの脳裏に引っかかる。



「奴ら……討伐と偽って我々を。頼む……仲間を、あの人を助けて……」



 そう言って残された腕でアイアースの手を取る女性キーリア。やがて、全身を痙攣させると、静かに腕が下がる。


 瞳から光が消える。同時に命の灯火も消えていった。



「隠密とか言っている場合ではないな」



 そう言って、アイアースは事切れた女性キーリアの遺体を抱き上げる。

 今回の任務に対して感じていた違和感。それがなんなのかはまだ分かっていないが、同僚が無残な姿で殺されたのだ。

 このまま黙って見過ごすことなど当然のように出来なかった。目的のために自分を殺せるよう務めてきたつもりであったが、幼い頃より育まれた性格が簡単に変わるはずもなかったのだ。



「マスター。共同墓地はどこにある?」

「北門から出てすぐのところだ」

「分かった。代わりに手続きをしといてくれ」



 そう言って、アイアースは一緒に見物に来ていたバーテンに金の入った袋を投げる。バーテンは中身を確認すると、すぐにアイアースに袋を投げ返した。

 視線を向けると、さっさと行け。とでも言うような表情を浮かべている。

 アイアースにとっては同僚かつ仲間の一人であっても、一般の住民からしてみれば惨殺死体でしかなく、人を遙かに超えた存在になっているキーリアが近づきがたい存在であることには変わりない。

 バーテンは、なぜかアイアースに対して好意的であったが、まわりのも逃そうとは限らない。と言うことを教えてくれているようであった。


 それでも、眠る場所ぐらいは人としての扱いをしてほしい。と、アイアースは女性キーリアに視線を向けながら思った。



◇◆◇



 石壁はかなり厚かったにもかかわらず、男の耳には剣戟の音と無数の悲鳴や咆哮が届いていた。


 その音と声が遠退いていた男の意識を蘇らせる。しかし、意識が戻っても身体を動かすことは敵わなかった。足が石を敷き詰めた床に届いておらず、両の腕は鎖と手の平に突き刺さった鉄製の器具によって固定され、宙づり状態になっているのだ。

 全身は無数の出血によって染まっており、息も絶え絶えになっている。そして、意識を取り戻すと、腕をはじめとする全員の痛みが激しさを増してきていた。

 歯を食いしばってそれに耐える男は、今更ながら良く気を失うことが出来たモノだとも思ったが、幸か不幸か意識は戻っている。



「目が覚めたようですね。衛士№8ジル・ド・エネス君」



 椅子に腰掛け、書類に視線を向けていた男は、ジルと呼ばれた男の意識の覚醒に気づき、彼が視線を向けるまでその様子を悠然と見つめている。

 しばらくは、痛みとの戦いが続くのであろうとジルは男と視線を交わしながら、思っていた。



「いやあ、まだ元気な様子で良かったですよ。あの女性を逃がすだけの気力が残っているとは、ついぞ思いませんで」



 そう言って笑う男の様子に、ジルは背中に冷たいモノが流れることを自覚する。

 氷のように冷え切っていながらも、男の笑みはおもちゃを手にした子どものような純粋な笑みを浮かべている。

 自分が支配するモノに対して、無自覚に残酷な行動を取る。そう言ったモノが浮かべる共通の笑み。子どもが昆虫の羽をむしり取るように、男は人間の爪や肌を剥ぎ、虫の巣を遊び感覚で破壊するように、人間の内腑や器官を破壊する。

 自分が逃がした彼女にどんな結末が待っているのか、予想するのは容易であった。



「貴様……自分が何をしているのか分かっているのかっ!?」

「何をですか? 残念ですが、これは私の任務ですので。不穏分子の燻りだしや粛清。改宗を拒む無教徒達の殲滅。生きる価値のない亜人どもの消去。すべて、私が巫女様から直々に受けた命ですよ?」

「気はたしかか? キーリアが民を害するなど、その存在理由の否定ではないかっ!!」

「キーリア? 私が、御旗が立っただけの砂上の楼閣にかつて存在したモノであるはずがないでしょう。我々は、教団を守護する衛士に過ぎない」

「なればっ! なぜ、教団より命を受けた我々の邪魔をするっ!!」

「邪魔などしておりませんよ。ですから、昨日より大型獣と戦わせてあげているではありませんか」



 ジルの怒声に男は、笑みを崩さずに天井から下がる紐を引く。


 すると、石壁が振動とともに異動し、無数の鉄線によって仕切られた空間が現れる。

 そこからは、剣戟の音と男の悲鳴がジルの耳に届いていた。



「ケネスっ!!」



 そこには、全身に傷を負いながらも剣を構える男のキーリア。そして、彼と同じように、全身に傷を負い、真っ赤に光る両の眼から血の涙を流しながら咆哮する一体の獣がいた。

 獣の体躯はキーリアのそれを一回り大きくしたものであり、黒い毛で覆われる全身は筋肉が肥大化し、高速動き回ることを可能にしている。

 しかし、一回の移動のたびに獣は痛みをこらえるかのような絶叫をあげている。



「先ほどとは違う?」

「ええ。先ほどあなたと戦わせたのは、純粋なティグにちょっとした薬を効かせた物ですので。こちらは、ベグとレアの掛け合わせです。鬣が立派でしょう?」



 男は涼しい笑みを浮かべたままそう言うが、ジルは先ほど戦ったティグ族の男性はどうなったのか? という問い掛けをしようとして口を閉ざす。

 部屋の隅に転がる肉塊が目に映ったのだ。拘束具で動きを封じられ、抵抗することなく謎の液体を身体に流し込まれたティグ族の男がどうなったか。ジルは思い出したくもなかった。



「今回の彼の反応は見物でしたよ。刻印によって自由を奪われたゴミ達が、泣き叫びながら別の生物へと変わっていく。家畜が家畜らしくなる瞬間というのは素晴らしいものですなあ」



 ジルの回想を横目に、男はにこりとした笑みを浮かべながらそう口を開く。とはいえ、本人はいたって満足そうに笑っているだが、その目だけは死んだような空ろな光をたたえている。



「さあ、ケネス殿がどういった手管で獣を退治するのか。じっくりごらんください」



 男はそう言うと、まるで古典音楽の指揮者のような大げさな手振りで、周囲にいる者達を促す。先ほどから壁と同化したかのように、沈黙していた集団は、手にした金属製の管を苦痛に表情を歪ませるケネスと血の涙を流し続ける獣へと伸ばす。



「な、何をする気だ?」



 目を見開いてそれを見つめるジル。そして、彼の視線の先で、その管が両名に突き刺さった。



「うわっっ!?」

「がああっっ!?」



 二人が声を上げたのは、ほぼ同時であり、全身を痙攣させながら床へと突っ伏す。思わず声を上げかけたジルであったが、瞬時に立ち上がったケネスの姿に唖然として言葉を失う。

 立ち上がったケネスの両の目は赤く染め上がり、露出した顔面や腕は、血管が目で見て分かるほどに浮かび上がっている。端から見ても異常な状態となっているのは明白であった。



「さあ、はじめなさいっ!!」



 唖然とするケネスに対し、状況に酔いしれたかのような笑みを浮かべている男は、喜々とした様子で両の腕を振るう。

 全身をキーリアの象徴である白衣に身を包みつつ、マントは黒地に赤い裏地。手にはめたグローブは漆黒という、闇夜に浮かぶ月のような装束に身を纏い、黒衣の集団を引き連れるこの男。


 名をアイヒハルト・リカ・メンゲル。組織の衛士キーリア№5であり、組織の粛正や諜報関連を担う。

 終始柔らかな笑みを浮かべる紳士然とした外見であるが、笑みを浮かべたまま残忍な処刑や人体実験の類を主導するその姿を彼を知る組織の人間は、『死の天使』と呼んでいた。



◇◆◇


 そして、彼が目を付けたもう一人の贄が、天使の顎門へと身を進めようとしていた。

 逃がされた女性キーリアは、獲物を得るための餌でしか無く、生存の可能性は確実に奪いされられていた。


 そして、それは贄となるべき男も理解している。


 自分の任務はこの施設の破壊と殲滅。普段であれば、手抜きや無視もあり得る指令を彼は自身の感情を肯定する理由としていた。


 そんな男の姿を、見つめるもう一つの光。


 黒みが掛かった銀髪を夕暮れの柔らかな風に靡かせ、全身を白を基調とした衣服で身を包んだそれは、静かに腰に差した一対の剣に手をかけた。


 狡猾なる天使が仕掛けた罠。しかし、その単純な罠には、一つの綻びが加えられていたのであった。

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