第10話 光と影
寒空の中、式典は歓喜の中に終了していた。
勝利というモノは人をもっとも歓喜に酔わせるもの。仮に国家を否定する人間がいたとしても、自らが属する集団にもたらされた美酒に酔わずにはいられない。
勝利というモノはそれだけの効能が存在しているのだった。
そして、今の国を支えているものもまた、積み重ねられた勝利であり、その反動には屈辱的な敗北があった。
国民、特に同様の屈辱を経験した帝都の民が歓喜しないはずはなかった。
しかし、そんな勝利のもたらす快楽を、必死で否定し、自分を律している者もわずかながらに存在していた。
「まあ、勝利をもたらしたのは私ではない。私はそなた達の栄誉を横取りしているだけなのだがな」
「陛下……」
「戯れ言だ。許せ」
宮殿の一室。それも皇帝の私室である。
調度品をはじめ、室内は主が女性であるとは思えないほど簡素であったが、それぞれが落ち着きを感じる品のあるモノであり、主の有り様を感じさせる。
式典を終え、身支度を調えた将軍達を聖帝、フェスティアは個人的に招待し、簡単ながら勝利の宴を開いていた。
式典は一昼夜行われるが、飲み食いの騒ぎの中心は末端の兵士や市民達であり、皇帝以下の高官達は出席を遠慮する。
兵士達が気兼ねなく騒ぐことが出来るようにとの配慮であると同時に、建国以来の伝統でもある。
君主と臣下達の距離は出来うる限り近くなるようにする。そのため、宴の類は床に座り込んで円を組み、並べられた食事をつまむような形式を取っていた。
もっとも、二十代前半をようやく過ぎようとしている女帝と大半が壮年を過ぎている将軍達とでは話も中々合わず、どうしても気を使いあってしまうため、フェスティアの即位以降この手の宴は簡素に執り行われるだけであった。
今回の宴においても、フェスティアは将軍達をねぎらうと同時に、自身が栄誉を独占してしまっているかのように思えてならず、やや自嘲気味な言が目立つ。
将軍達も、自分に厳しすぎる皇帝のことはよく分かっているものの、凱旋式典を終えたばかりにそのような言は聞かせてほしくない。と言うのが本音でもあった。
ほどなく、宴は解散となり、将軍達は疲れた身体を癒すべく愛する家族達の元へと帰って行く。
そして、室内では、侍女達が残された料理や飲み物をテキパキと片付けていく。それも終えると、フェスティアは一人、窓辺へと佇むことになる。
孤高を好む。かの悲劇の後、皇宮に召し抱えられた侍女達は、皇帝の人となりをこう判断していた。
そのため、皇帝に声をかける者もおらず、作業を終えると皆そそくさと私室を後にしていく。
遠ざかっていく足音を耳に、フェスティアはふっと息をはいた。
「お疲れのようですね」
「リリスか。今までどこにいた?」
「宴の席にキーリアがいるというのは将軍達が嫌がるでしょう。勝手ながら、皇宮内を巡視しておりました」
「近衛兵達がいるだろう」
「せっかくの式典です。羽を伸ばしたいのは精鋭たる近衛兵でも同じですよ」
「……そうだな。相手をしろ」
「はい。もとより、そのつもりです」
自身にも他人のも厳しい皇帝である。平時であれば苦言の一つも呈するところであったが、今回の式典のことは心得ているし、なにより自分がしばらくの間好き勝手をしていたという後ろめたさもある。
今回は、なにも言うことなくリリスが整えた席へと着く。リリスが用意した酒は、普段のガラス器ではなく、陶磁器に注がれた透明な液体で、何やら湯気が立ち上っている。
「湯割りか? ――――っ、強いな……」
「スメラギ産の“カン”と呼ばれるものだそうですよ。湯で割るのではなく、酒そのものを温めております。今日のような日にはもってこいです」
予想外の熱さを、アルコールの強さに思わず咽せかけるフェスティアに対し、リリスは平然と器を空けていく。
同じ顔、同じ背格好だというのに、違いはあるものだとフェスティアは思ったが、慣れると口当たりの良いモノであった。
「将軍達にもすすめてみるか。して、何かあったのか?」
「国内の叛徒どもの動き事態に大きなものは。ですが……」
酒が入り、やや身体も温まってきたフェスティアの問いに、リリスは先日の出来事を告げる。
複数のキーリアを持ってしても及ばぬ巨大な害意の存在。そして、それらの討伐を担った者達。そして、そこから感じられる野心。
フェスティアにとって、外敵以上に恨みを抱き、御しがたい内敵である教団とそれらを守る組織の存在。
信徒兵の切り崩しをすすめながらも、キーリアの技術を抑えられたことはいまだに痛恨であった。
「シュレイ。と名乗る男か……。実力は劣りながらも一桁№の地位を得、なおかつ組織から疎まれる存在。くさいな」
「排除いたしますか?」
「いや、いい。だが、直々に顔を合わせる必要はあろう。その辺の手は私が打つ。他の者達は?」
フェスティアはまだ見ぬ男の姿を脳裏に浮かべつつ、リリスに続きを促す。酒の肴として極上であるように思えていた。
「先ほど申しましたとおり、皆が皆裏の顔を持ち合わせているように思えます。カズマと名乗る者はやたらと私に親しくしてきましたが」
「ほう。まあ、貴様の性格ならば寄ってくる男はおるだろう」
「は、はあ。そう言えば、この男もこれの原料である“コメ”というモノが好きだと言っておりましたね」
「“コメ”? キーリアになるような人間が得られるほどのモノか?」
「入手自体は困難ではありませぬが、スメラギ産が一番だと申しておりましたね」
「ほう……。変わった者もいるのだな」
話のおりに軽口を挟むとすぐに横道にそれる。内容がないようでも酒の席では良くあることでもあった。しかし、フェスティアにとっては、その余談が妙に記憶の淵に残る。
否、無性にその男に興味が引かれているように思えたのだった。
「しかし、その害意の正体は」
「討伐に成功することなくその場は引いたようでもあります。しかし、向かった先がどう判断しても、永久氷域でしかなく」
「死の世界からの使者とでも言うか?」
永久氷域。季節の境界なく凍てつく大地が永遠に続き、すべてを凍結させるといわれる文字通りの死の世界。
未だかつてそこを踏破したモノは存在せず、凍てつく大地の先に何があるのかは永遠の謎と言われてきていた。
「キーリアが8名を投入しても討ち取ることの出来なかった存在でもあります」
「なるほど」
リリスの言に頷いたフェスティアは、器を置くと席を立ち、窓辺へと歩みを進める。リリスも立ち上がり、その背中へと視線を向ける。
「かの巫女が現れ、父や母を……我が弟たちを害した。そして、そなたが私の前へと現れた。次なるは、得体の知れぬ力を持つ者達……。これが意味にすることは……私の懸念であることを祈りたいモノよの」
「陛下……」
フェスティアの言に、リリスはそう呟き、その小さな背中を見つめてることしかできなかった。そして、その姿を見つめているうちに、リリスの脳裏にはある出来事が浮かび上がってきていた。
◇◆◇
リリスの記憶の中にはっきりとした意識が浮かび上がるのは、今から8年ほど前のことである。
目を覚ました周囲は、崩れ去っており、打ち捨てられた調度品や器具が残された部屋の空気は淀んでおり、長く人の手が入ったことが無いことも容易に想像できるモノであった。
そして、なによりも彼女を困惑させたのは、自身が何一つ身につけていなかったことである。
その場に関しては、いくつかの幸運が重なり、善良な老夫婦に保護されていたのだが、今となってみれば、老夫婦の態度にも合点がいく。ボロ切れを身につけただけの少女を保護するというのは善人ならばあり得るであろうが、客人以上の丁寧な扱いを受けたのである。
老人特有の好々爺然とした態度ではなく、いちいちが貴賓に対するようなかしこまった態度であり、落ち着いてからの細事に手を貸す際の大げさな態度。徐々に慣れていったとはいえ、押しかけの居候であった彼女はどこか心苦しさを感じていたのだ。
しかし、彼女には行く宛てがないことは事実であり、態度が大げさであっても、向けられる暖かさの類は彼女にとっては好くでしかなかったのだった。
そんな中で状況が変化するのは、帝国の再興とフェスティアの皇帝への即位の報が市井にもたらされた際である。
「あなたは、フェスティア様ではないのかい?」
困惑する夫からかけられた言葉である。
当然、自分はそんなことあるはずがないと首を横に振るう。目を覚ました時以前の記憶はないにもかかわらず、地理や一般教養などの知識はすべて備わっており、皇室の、特に“黒の姫騎士”の名も当然のように知識としてあった。
だが、まさか自分が、そのフェスティアと瓜二つの外見をしていることなど夢にも思わなかったのだ。
とはいえ、それが原因で悪意などを向けられることはなかった。
元々、彼らに打算の類はなく、子どものいない二人にとっては、娘が出来たようなもの。判明した事実がそれを決定づけもしたのである。
そして、二人との関係は今でも続いている。最近では夫の体調がいくらか悪いと妻から相談されることもあるぐらいであった。
そして、運命の日がやってくる。
その日、リリスはたまたま自身が目を覚ました場所。 “スラエヴォ離宮”へと足を向けていた。
かつて、悲劇の舞台となった地は、フェスティアの即位後も再建されることなく放置され、かつての賑わいを取り残しつつあったスラエヴォにあっても、近づくことのはばかれる地となっていた。
黒く焦げ付いた壁やところどころに染みつく血の跡。辿っていくうちに遺骨の類もいくつも目にし、それらを葬ることは日課にもなっていたのだ。
もっとも、アンデッドと化した死霊に襲われかけたことも何度かあったが、その頃にはそれらを退ける術も自然と身についていた。
そんな中で彼女が目を覚ました場所は、独特の雰囲気が漂っている場所でもあった。
悲しみと暖かみの同居する場所。
というのが正しいかも知れない。そして、実際そこで怒ったことをリリスが知るのに、それほど時間は必要無かった。
ゾクリと冷たいモノが背中を流れることを察したリリスは、思わずその場にて硬直していた。背後にいる何か。恐怖に縛られた身体は言うことを聞かず、ただ目の前に打ち捨てられた器具や調度品を見つめることしかできていなかった。
そして、ガチャリと音を立てて近づいてくる何か。殺気はすでに感じており、恐怖が興味にうち負けたその時、リリスは思い切って背後へと振り返った。
そこに立っていたのは、全身を漆黒の甲冑に身を包んだ騎士。
全身から発せられる殺気と覇気によってリリスは尻をつき、ある場所が温かくなっていくことに気付いたのは大分後のこと。
そんなリリスの眼前にまで歩み寄ってきた黒騎士は、なにも言わずに立ち止まり、静かにリリスを見下ろしていた。
その眼光は、威圧や視認の類と言うよりは、困惑といった方が正しかっただろうと今でもリリスは思っている。そして…………。
「なぜ……、私がそこにいるのだ?」
困惑ともに発せられたのは、聞き覚えのある女性の声。
そして、外された兜の下からは、白皙の肌と黒みがかった銀色の髪、意志の強そうな切れ長の目。それらすべてが瓜二つの顔がそこにはあった。
◇◆◇
いまだに自分が何者なのか、分かってはいない。
だが、一つの事実として、目の前にいる至尊の地位にある人間が自身を姉妹のように扱い、老夫婦のもとを失ってしまった家のように思っていることを彼女は知っている。
「ふ、柄にもなくつまらぬことを言ってしまったな。リリス、飲み直すとしよう」
「めずらしいですね」
「まあ、たまには酒に飲まれてしまいたい気分でもある。件の連中の話も気になるしな」
ふと、窓辺より振り返ったフェスティアの表情は、普段通りの強き皇帝のモノへと戻っていた。といっても、外面を取り繕うことには成功しただけで、内面はまだまだ時間がかかりそうなモノであるようだった。
「ふ、そう言えば、貴様の話で思い出したぞ。妹と弟のことをな」
「………………」
「アルテアもアイアースも、“コメ”というモノを好んでいた。ふふ、今更思いかえしてどうなるというのであろうな? 取り戻すことが出来たはずであったというのに」
そう言ったフェスティアの目には、酔いによるモノとはことなる光が灯りはじめていた。そんなフェスティアに対し、リリスは静かに杯を注ぐことしかできなかった。
孤独な女帝の元に現れた自身の生き写しのような女性。
彼女の存在が肉親を失った女帝の心をいやしたことは紛れも無き事実。埋めきることが出来ずとも、そのわずかな暖かみが命を繋ぐことも時にはある。
そしてそれは、同じ血をその肉体に流れさせる者も同様であった。
◇◆◇◆◇
帝都にて凱旋式典が執り行われている頃、帝都よりはるか北部辺境の地にて、先日まで異形の者達との死闘を演じていたキーリア達は、傷ついた身体を休めていた。
報告のため先に組織の本部へと戻ったシュレイとシャルに迎えられたアイアース等4名は、不衛生で飯がまずいながらも酒だけは上等の店へと足を運び、一時の休息を楽しんでいた。
キーリアがいかに人間を越えた存在であったとしても、三大欲求と名誉欲、金銭欲が消えたわけではない。空腹や疲労に耐えきる身体があったとしてもそれは変わることはない。
そのため、シュレイの招きに負傷のため、別施設へと向かったザックスとメリカをのぞいた6人がその場に集まっていた。
元々、他人と馴れ合うことのない6人が集まっている光景は、他のキーリアや組織の人間達には奇妙に写ったが、問題児として有名な人間達である。
下手に絡んで返り討ちにあおうとするモノ好きは少なかった。
「後で、直しておけよ。カズマ」
男が大の字になって気を失う様子を見ながら酒を煽ったシュレイの言に、アイアースは舌打ちで返すと再び席についてまずい料理をつつきはじめる。
年齢的にはもっとも年少に当たるアイアースは、食事などの際にも絡まれるケースは多く、煩わしければ実力を持って解決するべきという暗黙のルールを行使したところであった。
そして、その後は彼らに絡む命知らずは息を潜める。
騒いでいるならばともかく、全員が口を噤んだまま酒や料理を口に運んでいる様子など、酒の席にあっては不気味でしかない。
「ふう……、だから、警戒しすぎるなと言っているだろ」
そんな全員の様子を見かねたシュレイが、あきれたように口を開く。
「元々、あのような任務に駆り出される時点で、俺達は嫌われものだ。よけいなことを言わぬよう気をつけていればいい」
「なれば、貴様が話題の一つでも出せよ」
「む……。そうだなあ……」
とはいえ、シュレイ自身も今後の組織との関係以外に話すことは特になく、ミュラーの煽りに言葉をつまらせる。初対面の時に簡単に素性は話していたが、故郷や家族の話は口を噤む者が多い。
それらに恵まれていた人間がこのような場にいることは稀であるのだから、当然と言えば当然であったが。
「殺し合いの時以外絡んだこともない。それで、何か話せとでも言うのか?」
「ああ、ミュラー。貴様の故郷は……」
「それはあの時に話しただろ」
「じゃあ、初恋の女のことでも話せ」
「なんでだよ。じゃあ、カズマ、一番小僧のお前からだ」
「否定しといてのっかるのかよ。まあ、俺の初恋は……」
「結局、何か話したかったんじゃない」
さらに続くミュラーのツッコミに、シュレイは苦し紛れに話題を出すが、ミュラーもこれ以上の問い詰めが面倒になったらしく、無責任にアイアースに話題を投げてくる。
真面目に相手をするのもばからしかったアイアースであったが、ここで話題を切っても先ほどの沈黙が続くだけ。
アリアのよけいな一言が耳に障るが、ポツリポツリと脳裏に浮かんだ女性の姿を口にし始める。
「いいだろ、別に……。俺の初恋の女性は、漆黒の鎧に身を包み、銀色の髪をたなびかせ……」
「皇帝陛下か。小僧らしい。次は……あん?」
「随分、ひどいところね。集まっている人間達には相応しい血の匂いだわ」
そんな、アイアースの言を一蹴するミュラーであったが、次の標的を探しているうちに、毒を含んだ女の声が耳に届き、そちらに顔を向ける。
視線を向けると、数人の“者”達を引き連れた、白い神官装束に、腰まで伸びた長い黒髪が特徴の女性が、こちらに嫌悪を隠さぬ視線を向けていた。
「ん? あいつって……」
「これはこれは、内務長閣下。このようなところに足を運ばれて、いかがなされましたか?」
アイアースは視線の先に立つ女性に見覚えがあるような気がしていたが、思い出す前にシュレイの毒のこもった言が、耳に届く。
「ふん、貴様が部屋で大人しくしていれば、わざわざ私が出向く必要など無かったのだ。さっさと、参れ」
だが、シュレイの毒に反応することなく、女性はそう口を開くと、彼女に従っていた“者”達がシュレイを囲む。
スッと間に入ったシャルを、女がひとにらみするが、彼女の眼光に当てられてすぐに目を逸らした。
「おいおい、いきなりか?」
「いつものことだ。まあ、適当にやっててくれ」
軽く手を振ってそう言ったシュレイは、女が動くよりも先に酒場から出て行く。予想外の行動に、慌ててそれを追う女と“者”達の様子が少々滑稽でもあった。
「内務長って言っていたよな? あいつ、どこまでやばいことしているんだ?」
「俺に聞くな」
「ねえ、私達も解散しない? まわりの目がちょっと不快」
「そ、そうよ。なんか、身体を舐め回されているような気分……」
「それはしょうがないな」
「うむ」
「自業自得ね」
「ど、どうしてよ~??」
「まったく。お前達は……」
そんな調子で騒ぎはじめるアイアース等4人に耳に、男とも女ともとれる声が届く。
目を向けると、いつもの“者”が背後に立っている。
「うわ……っと、びっくりしたわねぇ、また任務かい?」
「うむ。それと、貴様の演技に付き合うつもりはないぞ」
「ちょっ!? 聞いていたの?」
「あれだけでかい声で騒いでいればな。カズマ、貴様もだ」
「ああ」
“者”の登場に、ミュウはよそ行きようの口調と態度になって接するが、当然時遅く、“者”の冷めきった視線を浴びせられることになる。
それに慌てるミュウを無視してアイアースは、渡された指令に目を通す。
「出立は明日。共闘する者達とは現地で落ち合う予定だ。それと……」
そう言って、“者”は身を乗り出すようにして、アイアース達に対し口を開く。
「自惚れは自重しろと言い含めてあったはずだ。長生きしたければな……」
やや怒りと失望が入り混じっている可のような声色と淀みの中に殺気を含んだ視線は、歴戦のキーリア達の背に冷たいものを浮かび上がらせるには十分なものであった。
◇◆◇
「じゃ、私は行くわ。あんたらと違って体力に余裕があるわけじゃないし」
「あ、ああ……」
「そ、それじゃあね」
普段は、人間味を感じさせない“者”達であったが、先ほど目の前で見せつけられた眼光と怒気は、原因が分からないとはいえ、自分達を威圧するには十分なものだったとアリアは思った。
正確には自分以外の三人であり、自分はその原因を知っている。そんなアリアは、今回の事が渡りに船となってその場を後にした。
元来、馴れ合いを好みではない。理由は色々とあるが、昔話の類がどうにも苦手なのである。
皆にあるはずの記憶が、自分には存在していないのだから。
部屋に戻ったアリアは、厳重に施錠をすると、大胆にも上半身の上着を脱ぎ捨てベッドに横たわる。先日の戦いで消耗した肉体はまだ元に戻っていない。
しかし、そのまま眠りに落ちようとしていた彼女の意識は、思いがけぬ来訪者によって睡魔を打ち払われる。
「邪魔するわ。起きて」
「っ!?」
不意に耳に届く、やや年若い女性の声。
慌てて飛び起きたアリアの目には、臙脂の衣服で全身を包み込んだ“者”の姿が写っていた。しかし、この“者”は、本来アリアの担当ではない。
先ほど、酒場にて会い、カズマ(アイアース)とミラ(ミュウ)の担当者として指令を渡していた。
相変わらずの光を失った目元以外を外套で覆い、全身から醸し出す禍々しい気配とともに闇に溶けこんで、一層不気味なもののように感じた。
だが、アリアが身を起こしたことを確認した“者”は、その禍々しさを作り出す外套を脱ぎ捨てていく。
そして、現れた“者”の素顔に、アリアは一瞬鏡を見ているような錯覚に襲われる。
肩まで伸ばしたやや黒みがかった銀色の髪。幼さの残るやや大きな目。並ぶとすべてが重なる身体。
今、目の前にいる人間が本当に存在しているのか? そう疑問の思わずにはいらないほど、彼女達の外見は瓜二つであったのだ。
「再び、入れ替わるのですか?」
「いや、そういうつもりじゃない。あなたは力を十分つけたし、組織の目をごまかすのは私じゃないと無理だわ」
そう口を開いた“者”の声は、普段の男とも女ともつかない消え入りそうな声ではなく、外見同様幼さを残す女性の声であった。
「一応、今回の情報を頭に入れておこうと思ってね。リリスを動かしたことをどうごまかすかで、そっちの状況までは確認できていないわ」
「分かりました。……アルテア様、しつこいようではありますが、何卒御身を」
「教団を滅ぼすまで、私に安寧の日はないわ」
アリアにアルテアと呼ばれた“者”。は、そう言って自身を気遣うアリアの言を封じる。
彼女は、アイアース・ヴァン・ロクリスのもう一人の姉であり、スラエヴォ事件の際に行方不明となっていた、第二皇女アルテア・シィス・パルティヌス。その人であった。
姉フェスティア、弟アイアースがそうであるように、彼女もまた過酷な運命に身を委ねつつ、教団への復讐に生きていたのであった。
「シュレイのことについて、あんたにも言っておか無ければならないこともあるしね」
そう言ったアルテアの目には、普段アイアース等に見せる淀んだものとは異なる目。澄みきった純粋な光とも異なり、彼女があの日以来生きてきたすべてを表するような清濁の合わさった光が灯っていた。
◇◆◇◆◇
神聖パルティノン帝国、第一皇女、第二皇女。年齢の差から、二人が比べられることはついぞ無かったが、ともに自身の生き写しとも言うべき存在を得、互いに過酷な道へと歩みを進めていた。
そして、彼女達が再び手を取り合う日が来るのかどうか、今を生きる者達が知るよしはなかった。
また、風邪ひいたみたいですorz
なんとか明日も投稿したいと思っているのですが……、感想を返したら寝ます。
明日更新出来たとしても22時以降になると思います。更新が安定せず申し訳ありません。




