第8話 邂逅の先に
「終わったようだな」
巨大な害意が小さくなり、動き回っていた闘気も落ち着きはじめている。
残った一つの害意が特段の動きを見せなかったのは不思議だったが、とりあえず窮地を脱したことは素直に喜ばねばなるまい。
リリスは傍らに立つ者に対して視線を向けると、露出している目元に安堵の色をたたえいる様子がうかがい知れた。
元々、独断で自分を連れてきていたのである。万一の際には助けにでも入らねばならないと思っていたが、予想以上に善戦したと言うことであろう。
「ふ……。まあ、いい。あの連中のことは覚えておけ。どちらも……、いずれは戦うことになるかも知れん相手だ」
「ほう? たしかに、問題児揃いではあるが……」
「そういうことだ」
「ふ……、さて、残った害意も消えたようだな。…………北へ、か」
「そちらの調査も進める必要がありそうだな」
そう言って、“者”は、踵を返す。
リリスに対して何も言わないのは、自由行動の黙認であった。事実、背中を向けたまま、丸薬入りの袋を彼女に投げている。
「久々の自由か。引率者として、挨拶の一つもしておいてやるか」
◇◆◇
「次の会うときは、全力で相手をしてあげるわ。楽しみにしておいてね……。特に、そこの坊や」
シャルによって致命傷を与えられ、崩れ落ちがガルを抱えたパーシエは、そんな調子でこちらを値踏みするかのように見つめると、山岳の彼方へと消えていった。
当面の脅威は消え去ったわけであったが、こちらも死者はいないが全員が負傷している。
キーリアの上位№が揃ってのこの結果は、アイアースにしても衝撃であった。
自身の宿敵として見定めているシヴィラ・ネヴァーニャ。彼女との力量差を埋めるべく、自由や未来を犠牲にキーリアとなったのだが、それでも尚、自分達より優れた生物は存在している。
その事実に、アイアースは自分の中の驕りの類を見せつけられたかのように思えていた。
「やれやれ、満身創痍だな……」
そんなことを考えているアイアースの眼前で、傷の治療を終えたシュレイが立ち上がり、口を開く。
実力はシャルに一歩譲るが、やはり最後まで戦い続けていただけのことはあり、文字通りの満身創痍の状態である。今も、全身に施された包帯には血が滲んでいる。
「ザックス。動けるか」
「ええ……、すいません。足を引っ張っちまって」
「気にすることはねえよ。俺も役に立てなかった。全員の盾になってたお前の方がよっぽどに役に立ったさ」
獣たちとの戦いの際に負傷したザックスとミュラーであったが、今は両名ともに意識を回復している。昏睡状態になってザックスの方は、今も動くのがつらそうであったが。
「お前達は重要な臓器にも傷が入っている。間違っても無理はするな。それと……」
シュレイは、自身の言に二人が頷くのを確認した後、全員を改めて見まわす。
「今回の任務は一応達成された。あの、パーシエだとか言う女……。あれだけの者は我々の手に負える相手ではないからな。処断されることはあるまい」
「こんな目にあって処断されたんじゃやってられねえわな」
「それでもやるのが、教団と組織ね。密告と粛清で成り立っているようなとこだし」
「無駄話は止めろ……。それで、全員に聞くが。――――お前達は、帝国の関係者か?」
シュレイの言に軽口をついたミュラーにアリアが応じる。アリアも衰弱から大分回復してきている様子で、顔色も戻って来ていた。
そして、そんな二人の言を制したシュレイは、今一度全員を一瞥し、静かにそう問い掛けた。
「っ!?」
アイアースは、途端に腰に差した剣に手をかける。しかし、その動作は背後から首元に突き付けられたナイフによって静止される。
女性特有の甘い匂いを漂わせながら、シャルが無言でアイアースの背後に立っていたのだった。
「カズマ、落ち着け……。細かい素性までを言う必要は無い。だが、それが事実かどうかの確認だけはさせてほしい」
そう言ってアイアースを見つめてくるシュレイ。彼の言う『帝国の関係者』というのは、今現在の帝国ではなく、反乱によって倒れた先代皇帝時代のことを指すのは、今の彼の反応で予想がつく。
そもそも、そうでなければあえて聞くような話ではなかったが。
「……私は、そうです。立場は言えませんが、ヤツらに家族をすべて奪われました。残っているのは、ここにいるミラと祖母だけです」
軽率な行動を取った手前、隠し立ては不可能と思ったアイアースは、事実だけを簡単に話す。死したる人もいれば、奪われたまま取り返せていない人もいる。だから、残されているのはミュウとヒュプノイアだけ……。
フェルミナやハイン、エナ達も行方が分からないままであった。
「俺も同じようなもんだ。おかげで、娼館に売られちまいそうだった」
「私は……。まあ……、同じようなものね。高官だった父は処刑され、母も戦乱の中倒れています。姉もいたのですが、叛徒達にさらわれて……」
ミュラーとアリアが続けて答える。深い話をするつもりはないようだったが、平静を装うその表情からは、深い憎悪の類が読み取れる。
端から見れば分からないものであったが、同じ境遇の人間だからこそ、見抜くことの出来る感情の変化なのかも知れないとアイアースは思った。
「自分は、オアシス地方の出身ですので……。テルノア陛下の反乱に巻き込まれてはいましたが……」
「ザックス様、私が……。――――っ」
次に口を開いたザックスをメリカが制すと、彼女は目を閉じると、全身の毛を逆立たせる。ほどなく、彼女の頭部には獅子の耳が現れ、黒目も金色で細く鋭いものへと変化している。
「お前、それは……」
「お察しの通り、私はレア族の者でございます。ザックス様は、種族の重鎮に連なる方。とだけ……」
「十分だ。それにしても……、皆適当な経歴を用意したんだな」
「あの~、私まだ言っていないんですが?」
「カズマの関係者だろ? それで十分だ」
「え? そ、そうですか……」
一通りの言を聞き、満足したシュレイは、再び岩に腰掛けると、手をあげてシャルをアイアースから離させる。
「ま、現政権や教団に恨みを抱き、ついでによくよく問題を起こす連中ばかりを集めたというわけか……」
「問題って……」
「ってことはなんだ、今回の任務には何か裏があるってのか?」
「あくまでも仮定の話だがな。問題児ばかりを集めておいて、通常ならば倒すことは難しい相手を用意する。手の込んだ粛清方法だ」
「待てよ。それは、こいつ等と組織が繋がっていないとなりたたないだろ?」
シュレイの言にミュラーが足元に転がる牛人の頭部を蹴りつけながら口を開く。たしかに、あれだけの実力者がいれば粛清は可能であろうが、パーシエは明らかに粛清ではなく、牛人やガルの能力を試しているように見えた。
「こいつ等の出現は予想外だったんだろうよ。こいつを見ろ」
そう言って、シュレイは足元に転がる布状の何かを蹴り上げる。受け取ったミュラーは、その表面を撫でると、眉を引きつらせる。
「これは……、竜の皮か?」
「ええ。さきほど、周囲を探索してきましたが、飛竜の巣がいくつか確認できました。食い散らかされた肉片や割られた卵の殻も……」
「帝国にも飛竜部隊はいくつかある。ここも拠点の一つだったんだろうな」
「じゃあ、こいつ等で俺達を?」
「数的には十分だろうな。もっとも、それ以上の化け物が現れるとは予想もしていなかっただろうが……。まあ、これで分かっただろう? 今回の戦いの意図が。我々は、組織にとって厄介者との認識をされている。任務も厳しさを増すだろうし、隙を見せれば即座に粛清の対象となる……。帝国の復興を夢見ているとすれば、当然だろうがな」
そう言って、シュレイは再び全員を見まわす。誰も口を開く者がいないのを確認し、再び口を開く。
「まあ、こんなことを話たが、俺はお前らにともに戦って欲しいと言うつもりはない。いかにキーリアと言えど、これだけの人数で国を相手にするのは不可能だからな。特段の疑問を抱くことなく任務を終え、帰還した。そして、あまりに危険な任務を経た結果、以前よりも大人しく従順になった。そうとでも思わせておけば重畳だろう」
「従順ねえ……」
「ああ。だが、反抗的且つ帝国の関係者であったという事実は消えんだろう。行動には慎重に慎重を期すことだな。粛清されかけたということは、この先薄氷を踏みながら進むようなモノ。少しでも、問題児という評価を覆すというのは悪いことじゃない」
「あんたは? それだけのことを考えているなら……、大分厳しい監視がついているように思えるが……」
「まあ、ご想像の通りだ。俺の№も粛清の名目を作りやすくするために下駄を履かせているにすぎん。上位一桁はそれこそ次元が違う人間だというのにな」
「私の№は相応だと思われます。つまりは、かのパーシエにも互角に組しうる者達も存在していると言うことです」
アイアースの問いをシュレイがやんわりと受け流すと、シャルが階級の話を持ち出す。今の自分達にも話せない事情というモノが二人にはあるのだろうと、他の者達は思った。
「さすがに表立った粛清はすぐにはないと思うが、同じキーリア達と戦わねばならない場面も出てくるかも知れん。お前らの実力なら遅れは取らんとは思うがな。ただ、上位一桁、特に№5までと戦うことになったら、あきらめて逃げろ。サシの勝負で勝つのは不可能と思って良い。簡単に特徴を教えておく」
シャルほどの腕で№11。つまりは、彼女以上の実力者が少なくとも10人は存在している。たしかに、アイアースの記憶にあるリアネイアやイレーネは、今の自分と比べても遙かに別次元の世界いることが分かる。
なにより、シヴィラやパーシエという得体の知れぬ力を持った人間も存在しているのだ。
「№5アイヒハルト。№4リリス。№3ルーディル。№2ゼノン。そして、№1が現在二人いる」
「二人?」
「ああ、最近キーリアになった若造が、これまた規格外だったそうだ。だから、今の№1は、グネヴィア・ロサンとその小僧。この二人が並び立っている。組織が結論を出した時点で、全員の階級がずれることになるだろうな」
「グネヴィア……。その若い奴の名前は?」
「まだ分かっていない。あとは、外見を説明するよりは楽な見分け方がある」
アイアースは、グネヴィアという名に、胸の奥からざわついていることを自覚したが、その感情を抑えてシュレイに視線を向ける。
彼が右の目元を軽く擦ると、そこには、アルファベッドの「m」を崩したかのような刻印が浮かび上がってきていた。
「一桁№を証明するための刻印だそうだ。俺の場合は、単純に気に入らないんで消しているが、他のヤツも同じような刻印が施されている」
「なんでわざわざそんなことを?」
「そこまでは不明だ。くだらぬことだが、名誉だと思って与えているのかも知れん。それで、5人の刻印はこんな感じだ」
そう言って、シュレイは剣先で岩肌を削っていき、彼と同様の刻印を書き出していく。おそらく、その№1を争っているという男にも同様のモノが施されるのであろう。
「以上だ。あと、断っておくが、ここまで話したことはあくまでも情報。組織が我々を粛清しようとしているという証拠はない。それ故に、仲間を敵視する必要も今のところはないし、今の5人も今回のような任務だったら十分な助けになるはずだ。ただ、警戒だけは怠るな」
「その通りだな」
「っ!?」
上位№達の刻印を描き終えたシュレイを待っていたかのように、届く女の声。それまで、気配の類はなく、全員が不意を突かれる形になっている。
しかし、声を聞いた後もその女の姿を認めることは出来なかった。
「どこを探している。ここだ」
「うわっ!?」
突然、目の前に現れた長身の美女に、アイアースは思わず声を上げる。
その女の目元には、リング状の刻印が施されていた。しかし、それ以上にアイアースの目に映ったのは、彼女がある女性の外見と瓜二つであったためである。
(姉上……っ!?)
「ふむ……。驚かせて悪かったな。いつまでも私の気配に気付かぬとは…………何を呆けている?」
「自分の外見を考えろよ。俺と初めて会ったときもこうなってたろ」
「ああ。皆、驚いたようだが、私はリリス。組織の№4だ。そして、幾年か皇帝陛下の影を務めていたことがある」
「な、なるほど……」
「ふ……、今回の件はよくやった。監視役であるが故に助力は許されていなかった。万一の際には助けるつもりだったがな」
そう言って、口元に笑みを浮かべるリリス。
その表情も、記憶の中にある、女性の姿を瓜二つであるように、アイアースには思えた。
辺境での戦いによって得たモノ。それは、より困難な戦いを予想させるものであった……。
そして、極地にほど近いこの地よりさらに北へ奥深く進んだ地。そこで蠢く巨大な恐怖が、南へと向けて動き出そうとしていた。
また、キャラが増えてしまう……。一覧等が必要な場合は、一言お願いします。




