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第6話 猛獣の斧②

新年あけましておめでとうございます。

 複数の闘気と害意が激しく交錯していた。


 リリスは、遙か彼方に連なる山々に視線を向けながらそれを感じ取っていた。

 闘気は良く見知ったそれであったが、害意は今まで感じたことのないもの。異質であることには変わりないが、背に粟を感じるほどの得体の知れぬ気配というのは初めてであった。



「いや、ヤツらもそうであったか」


「どうした? ぼそぼそと」



 思わずリリスの口をついた言は、傍らに立つ“者”に耳聡く聞き取られる。

 目元以外を臙脂色のローブで覆った者は、男女とも分からぬくぐっもた声とともに、何かを探るかのような視線をリリスへと向ける。

 “者”視線は、淀みの中に清んだ何かをリリスに感じさせたが、あいにくと彼女が好意を向けるような相手ではなかった。


 多くのキーリアが、否、教団の衛士となった者達が、自分達の身体を弄び、過酷な任務へと向かわせる者達に好意を向けられるはずはない。


 リリスもそんな大勢の中の一人であった。



「気にするな。しかし……、この私にわざわざ出向かせるだけのことはある」


「そうか」



 こちらの独り言に対して反応したかと思えば、このそっけない態度。

 組織の“者”特有のそれではあったが、いつまで経っても腹立たしさを感じずにはいられなかった。



「だが……、大型獣の討伐任務にあって、キーリアの生死がそれほど重要なのか?」


「キーリアでは……まあ、いい。親心みたいなものだと思っておけ」


「やんちゃ坊主どもに恩を売るということか?」


「無駄話が多いな。状況はどうなのだ?」



 リリスの軽口に焦れたのか、“者”がやや声を上ずらせながら口を開く。目元の睫毛の長さや今の声の調子から、女のようであったが、それ以上の詮索をする気のないリリスは、肩をすくめながら口を開く。



「坊主どもは派手に暴れ回っているが、獣どもも中々やる。というより、いきなり数が増えたな」



 淀みなくそう言い切ったリリス。

 ここから戦いの舞台となる山岳は千里の彼方。当然、肉眼で捕らえられる距離ではない。彼女の力をある程度は知っていた“者”も、その報告に思わず目を見開く。



「驚いたか? 今少し近づけば、さらに正確な状況が分かると思うが」


「必要は無い。お前ほどの者が行けば警戒も強まる。万一の時までは……な」


「ほう」



 試すような口ぶりでそう言ったリリスであったが、“者”の言に今度は彼女が驚く番であった。今の口ぶりでは、戦っている者達が危機局に立った際には救出に向かわせると言うことである。

 元来、使い捨てで終わっている自分達の扱いが身に染みているリリスにとっては以外以上のものではなかった。

 そして、現在の自分達の行動も、教団、ひいては組織によって設定された任務ではない。“者”にはキーリアの扱いに対して、広く裁量が与えられていると聞くが、自分、つまりは、衛士№4であるリリスという女を自由に動かす権限まで与えられているとはとうてい考えられなかった。



(独断で動かすほどの価値があると言うことか……? しかし……)



 そう思いながら、リリスは心のうちで毒づく。


 今の国、そして、教団や組織にそこまで手を尽くす価値があるのか? という疑問を。



◆◇◆



 振り下ろされた斧をかわし、飛び抜け様に剣を振るう。


 血を滴らせながら滑らかに落ちた斧と腕。それでも相手はかまうことなく腕を振るってきた。

 足で受けると骨が軋むような音を上げ、痛みが全身を走る。しかし、それに耐えながら着地し、一気に地を蹴り、相手の懐に飛び込む。

 腹に剣を突き立てるとそのまま相手の頭上へと跳び上がる。

 剣が血を吸い、滑らかな赤い線を虚空に作り出し、やがてそれは赤い飛沫になって周囲に降り注ぐ。



「がああああああああああっっ!!」



 それを待っていたかのように咆哮が耳に届く。頭上にて一転すると背後に降り立ちながら、ためらうことなく頸を跳ね飛ばした。

 巨体が崩れ落ちる振動を感じながら着地すると、背後から吹き上がった血飛沫が全身に降り注ぐ。異臭が鼻をついた。



「はぁはぁはぁ…………」



 前方を睨みながら息を整えるアイアースの目には、悠然と戦況を見つめる二人の獣の姿が目に映った。

 女の獣、パーシエは岩に腰をかけ膝に手を置き、頬杖をついている。手駒が倒されているというのに、その表情にはまだまだ余裕が浮かんでいた。



「ふ~ん、中々やるじゃない。まさか、全部倒しちゃうなんてねえ。それも、一番多く倒したのが、一番若い子って言うのが驚きだねえ」


「ちっ」


「まだまだ、余裕か……。舐めた真似をっ!!」



 パーシエの言に思わず舌打ちをした、アイアース。傍らでは、膝をついたミュラーが、口元を歪ませている。はじめは、短慮なところのある印象であったが、はじめの攻撃で半身に重傷を負ってからは、言動が逆に落ち着いている。


 根は冷静かつ慎重なタイプであるようで、それは戦い方にも現れていた。


 はじめの印象では、好戦的にどんどん前に出るタイプかと思ったが、相手の弱所を巧に見抜き、的確な攻撃や支援を行っている。

 アイアースが撃破数を一番稼いだ一因として、彼の的確な援護は大きかった。



「そりゃあねえ。8人もいて、まとも動けそうなのが3人だけ。強気なあなたも虫の息って感じがするわ」


「くっ……」


「悔しいが、ヤツの言うとおりだミュラー。アリアが回復するまで彼女の支援に徹しろ」


「――――了解っ」


「申し訳ない」



 パーシエの言に、唇を赤く染めたミュラーは、シュレイの指示に静かに頷く。自信の状態は把握しているし、現状回復系の法術に優れるアリアが負傷してしまっているため、即座の回復も望めない。


 それに、彼女が消耗する原因は自分にあるとの認識もあったのだ。



「メリカ、ザックスの容態は?」


「意識は安定しております。ですが、今しばらくは」



 アイアースは、シュレイとともに岩に横たえられた大男と彼に寄り添う女性に視線を向ける。

 ザックスはメンバーの中ではもっとも巨体を誇るが、そのため自分自身を盾にするような戦い方をしている。装備もやや重装であるのだが、今回は異形の者達による猛攻。

 他の者達を守りながらの戦いは消耗がひどく、結果、集中攻撃を受けたシュレイの盾となって意識を喪失するほどのダメージを受けたのだ。



「みゅ、ミラ。無理はしなくていいが、出来るだけの援護を頼むぞ」


「わ、分かっているわよ~」



 アイアースもまた、長くコンビを組んでいる女性へと視線を送る。キーリアである以上、身体能力は上がっているが、ミュウの本分は刻印師。法術を主体にした戦いをするが、それは他のキーリアも同様。


 刻印学の知識によって上位階級にあるが、実際の戦闘力は一歩劣っていた。今も、アリア達の側にへたり込んで状況を見守っていた。



「カズマ、指示そのものに問題はない。だが、勝手な行動は控えろ。……シャル。どうだ?」



 ミュウに対して勝手な指示を出したアイアースを嗜めたシュレイは、傍らに立つ赤髪の美女に対して口を開く。


 越権行為に対して不満があったと言うよりは、年少者を嗜める意味を持った苦言であり、アイアースも言ってしまってから気付いていた。



「任務自体はこれだけの肉塊を持ち帰れば問題ないでしょうね」



 シュレイの問いに、シャルは特に感情を動かすことなく口を開く。


 現在、立っている3人の中で彼女だけが無傷である。ナンバー的にはシュレイの方が上であるのだが、実際の動きにも無駄はなく、むしろ目立たぬように手を抜いている。


 アイアースも戦いの終盤になってようやくそのことに気付いていた。



「ちょっとお。勝手に帰らないでよ? こっちもガルともう一度戦わせてあげようとしているんだからね」


「姐さん、まだ傷が……」


「つばつけときゃ治るわよ。だいたいあんたは人間の時から、ヘタレなんだし、ちょっとは気張りなさい」


「んな無茶な」



 パーシエとガルと呼ばれた人外コンビもまた、こちらをただで返す気はないらしく、ようやく失った腕が繋がったガルと呼ばれた男の方が斧を構え直していた。

 パーシエの方が立場が上なのは予想がつくが、実力故か出自故かは今のところ判断がつかない。実力を隠しているのは明白であったが、どの程度なのかまでは判断のしようがないのだ。



「さてと、あんた達の力は分かったし、その辺に転がってる廃棄物達の実験も終わったんだけど……、もう一回ガルに勝ったら帰っていいわよ。ま、死なない程度に頑張った他の人達は見逃してあげるわ」



 先ほど腰掛けていた岩肌から立ち上がったパーシエは、舐めるような視線で三人を見据える。最初から最後まで、状況を楽しんでいる様子であった。



「シャル。お前は、あの女に勝てるか?」


「無理ですね。男が相手でも相討ちがやっとです」



 シュレイとシャルの会話が耳に届く。しかし、彼女達の考察は悪い形で裏切られることになる。

 先ほどの悪態から無言であったガルが、突然咆哮をあげると全身を肥大化させはじめたのである。



「まだ、全力ってい言っていなかったわよね? まあ、こうなると暴走しちゃうけど、観戦組には手を出さないように止めてあげるわ」



 パーシエの言が耳に届く。しかし、その時には、アイアースの身体は中へと舞あげられていた。激痛が全身を駆け巡ったのは、それに気付いたと同時。そして、次の瞬間には再び全身が激しい衝撃に襲われていたのであった。

 体内で何かが破れたかのような感覚と同時に、鮮血が口から噴き出してくる。同時に接近してくる地面。

 途端に、全身が冷たい何かに支配されていくような奇妙な感覚に包まれていった。


 死ぬのか?


 近づいてくる枯れた大地。激突を確信したアイアースであったが、ふわりとした感触とともに意識の覚醒を感じる。

 気がついたときには、再び地面に降り立っていた。



「ぐっ……っ!? な、なんだ??」


「大丈夫ですか?」



 全身を襲う痛みに、何が起こったのか分からなかったアイアースであったが、聞き覚えのある声が背後から耳に届く。赤髪の女性、シャルがアイアースの身体を支えてくれていた。



「すまな…………い?」



 シャルへと視線を向けたアイアースは、その視界に入った純白の美しい翼に思わず目を丸くする。白を基調とした衣服を纏っていながら、それ以上に白く輝く純白の翼。それは、陽の光を浴びて黄金色に輝いているようにも見えた。


 そして、アイアースの記憶に蘇ってくる漆黒の翼。


 その翼の持ち主とともにあった者もまた、血のように鮮やかな赤髪と純白の美しい翼を持っていたのであった。



「まさか……っ!?」


「……? 話は後です。来ますよ」



 口を開き書けたアイアースに対し、一瞬、首を傾げると、ピシャリとアイアースの言を封じて、彼を突き飛ばす。

 受け身を取るように転がったアイアースの背後を、突風が駆け巡った。ギリギリのところで回避したアイアースであったが、その巨体は傷を負って動けないでいるミュラー達の元へと突進している。



「いかんっ!!」


「大丈夫よ」


 全身に粟が生じたアイアースは、慌てて援護に向かおうとするがどうしても間に合わない。絶望が彼の目の前を支配しようとしていたが、聞き覚えのある女性の声が耳に届く。

 視線の先では、正気を失い獰猛な肉食獣とかしているガルがパーシエによって押さえれているところであった。



「はい、この子達はいいからあの三人を相手にね」



 ガルを押さえたパーシエは彼の頬を張るようにしてこちらへと視線を向けさせる。正気を失い、不気味に輝く視線がアイアースへと突き刺さる。



(……どうやら俺が獲物のようだな)



 そう思いながら、アイアースは着地し、剣を構える。刹那、風とともに大型の戦斧が彼の頭上へと振りおろされる。歯を食いしばりつつ剣を交差させてそれを受け止めたアイアースは、力任せにそれを弾きあげると、勢いをそのままに思いきりガルの股間を蹴り上げた。


 卑怯との誹りを受けるかも知れなかったが、戦いにあっては急所をがら空きにする方が悪いに決まっていた。



「……っ!?」



 しかし、身体を回転させながら蹴りを見舞ったアイアースは、足に感じた思いがけない感触に困惑しつつ、後方へと飛び退る。



(なんて身体してんだっ!? ゴムタイヤを思いきり蹴ったみたいな感触だったぞ??)



 すでに遠い過去のモノとなった世界において経験した感触を思いかえすアイアース。しかし、そんな余裕はすぐに消え去っていた。


 再び接近してくる巨大な獣。両の腕に力をこめたアイアースも地面を蹴る。


 振りおろされた戦斧をギリギリでかわすと、握られた手首を斬り上げ、すり抜け様に腰回りに剣を突き立てる。シュレイとシャルもそれに呼応し、左右と背後から全身を切り刻む。しかし、いずれも皮一枚を切り裂くにすぎず、さらなる怒りをかき立てるだけであった。



「おおおおおおおおっっっっっ!!!!!!」



 咆哮をあげる獣。その威勢に気圧されつつも、アイアースは傍らのシュレイに対して口を開く。



「馬鹿なことを聞いて悪いが、殺されずに済む方法ありますか?」


「二,三考えていたが……、何か思いついたか?」


「俺が聞いているんです」



 そんな軽口を叩いて見せた両者。しかし、目の前の獣はさらなる猛攻を加えるべく、二人へと突進を開始しようとしていた。

三ヶ月以上止まってしまっていて申し訳ありませんでした。

まだまだ、リハビリ段階ですが、投稿しないとエタる一方になりそうでしたので、なんとかまとめて見ました。


次回の更新は未定ですが、出来るだけ間を開かずに投稿できたらな。と思います。

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