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第3話 嵐を前に


 胸に突き刺した剣を引き抜くと、ジワリと服がどす黒く染まっていく。


 周囲には黒こげの遺体と首のない遺体が転がり、周囲の建物は黒く焼け焦げ、岩山をくり抜いた砦部分は何かでえぐり取られたような傷ができていた。



「終わったか」


「ああ」



 戦いが終わったのを見計らって現れた“者”。


 剣を拭うアイアースと乱れた髪を整えるミュウに対し、小袋を投げ渡す。中には白色の丸薬が五つほど入っている。



「そんなに時間がかかったか?」


「余裕は持っていた方がいい」



 あっさりとし戦いであったため、アイアースはそれに対して首を傾げるが、“者”の言に素直に頷くと、丸薬を飲み込んだ。

 特段、苦みやその他もない薬であったが、これらが彼らにとっての命綱でもある。


 全身に刻印を埋め込み、キーリアとなった彼らであったが、かつてのような特殊な印で反乱を防止するという術は帝国の一時的な消滅とフェスティアのキーリアの廃絶という方針によって消滅していた。

 そのため、現在のキーリア達は、施術の際に体中に特殊な毒を流し込まれているのである。

 この毒は、拠点となっている島から噴き出す特殊な瘴気か今飲んだ丸薬によって作用を抑えられ、さらには定期的な浄化を行う必要がある。

 かつてのように、皇帝の気分次第で命を奪うことも可能であった事に比べれば縛りは軽いのかも知れなかったが、反逆や逃亡が死に直結する可能性は以前よりも増している。


 このことは、教団側がキーリアの力を恐れていることの証明でもあった。


 現皇帝がなぜキーリアを解体したのかは不明であるが、生き残ったヴァルター等は軍に帰参しているし、グネヴィア等の裏切り組は教団に今も席を置いている。

 新たなキーリアだけがこの縛りを受けているのだが、当然と言えば当然であり、今も研究を続ける者達にとっては、いつ自分達の命を狙ってくる分からないキーリア達を縛っておく方法の確立は最優先事項でもあった。

 人たる身を超えた恐るべき戦闘集団であったが、それは忠誠心による縛りがなければ大きな脅威となり得る。

 スラエヴォ事件の際、反乱軍が500人ほどの近衛軍を相手に万を超える被害を出した事実がそれを証明していた。



「まったく、趣味の悪い連中だ」


「お前らが大人しくしていれば必要のないことなのだがな」


「俺は優等生だぞ?」


「ふん、どうだかな」



 “者”に対する嫌味の一つも口をつくが、たしかに新たなキーリア達が従順であれば、縛り自体は必要のないものかも知れない。だが、忠誠どころか増悪の対象でしかない教団に従順になる理由は一つもないが。



「んだよ。仕事はちゃんとやっているだろ?」


「命令無視は日常的だがな」


「それは指示が悪い。そもそも、俺達は軍隊じゃねえ。命令を聞く義理はねえよ」


「巫女様への尊崇の念が薄いというのもある」


「そんな誓約はなかったぞ」


「巫女様を差し置いて皇帝に重きを置くのが問題なのだ」


「帝国の人間だったら当たり前だろ?」



 と言っても、現在の自分達を預かっているのは教団である。その頂点にある巫女を批判するのはさすがにまずい事ぐらいは分かっている。

 だが、教団による思想統制にまで従うつもりはなかった。ただでさえ、こちらは自由を奪われているのである。自ら力を望んだ結果であるとはいえ、いずれは自らの手で討ち果たす相手を尊崇する理由はない。



(そうだ……。今も姉上の横にはあの女がいるはずだ…………)



 アイアースは脳裏に浮かぶ、あの生気の薄い人形のような表情の少女のことを思い出す。自分と同じ年月を経て成長した姿は見ていないが、あの女に勝つために自分はこの道に身を投じたのだ。

 だからこそ、可能なことにはいくらでも耐えるが、あの女に忠誠を誓うことだけは頑なに拒むのだった。



「…………ふん、まあいい」


「…………?」



 そう言って、“者”は、再び書類の束をアイアースに投げ渡す。



「……討伐?」


「ああ。大型獣が暴れ回っていると言う話だ」


「ふうん。被害はそれほど多そうじゃないが」



 アイアースは手に取った書類を眺めながらそう呟く。北部の雪原地帯との境にある峠で、人の往来はそれほど多くない。


 それ故に、被害の数もたかが知れていた。



「相手が悪すぎて人がほとんど近づかんからな。腕試しだと思ってもらえばいい」


「チーム戦みたいだけど、私ら以外にはどんなヤツが?」


「それは行ってみての話だな。私は先に戻る。薬の管理は担当の者に任せろ」



 そう言って、“者”は二人に背を向けて歩み始める。



「それと、自惚れは程々にしておけ。実力を知るのは必要だが、貴様らは失うにはもったいない」



◇◆◇



「ここか」


「けっこう大きな町ね」



 指定された町に入ったアイアースとミュウであったが、はじめに抱いていたよりも規模の大きい町の様子に思わず声を上げる。


 問題の大型獣が出没する山岳が目と鼻の先にあるにもかかわらず、人の往来も多い。



「まあ、あの山を越えればツンドラ地帯だからな」


「人が住む限界の地ってわけね」



 そんなことを話ながら大通りを抜け、少し人波が減った裏通りへと歩みを進める。そして、建物がつらなる影にそれは立っていた。



「来たか」



 アイアース等を担当する“者”と同様に臙脂色の外套に身を包んだ男。こちらは声と体格から男とわかる。



「貴様らが最後だ。入れ」



 そう言って、傍らにある建物の扉を開く。


 6年前のあの日以来大規模な活動は抑えられている教団であったが、表向きの慈善事業は規模を広げ、自分達のような裏の仕事も絶え間なく動き続けている。

 この場所のように、活動の拠点は帝国全土に張り巡らされている。

 と言っても、住人に化けて場所を管理する人間が住んでいるだけで、今回のようなケースでは食事や武器の手入れ、備品の補充を行う程度であったが。


 中に入ると、日もささぬような部屋にある6つの影。住人に化けた信徒は外出させているため、今回は8人という大所帯での行動になるようだ。



「遅かったな」



 影の内、腰を下ろしていた一人が立ち上がり、アイアースの下へと近づく。その姿は、年齢の割には長身のアイアースが見上げるほどであり、がっしりとした胴体の上にやや不釣合いな細面の顔が乗っている。

 そして、鮮やかな銀色の髪を細いドレッドロックスにまとめ上げているため、とても派手な印象を与えていた。



「すまんな。前の任地が遠くてな」


「ふむ……」



 アイアースの言に、大男は静かに全身を見まわす。



「どうかしたのか?」


「いや、女の方はともかく、お前さんはまだ子どもみたいなんでな……」


「間違ってはいない。まだ、15になったばかりだからな」


「なにっ!? おい。俺達にガキの世話をさせる気か?」



 アイアースの言に、大男と相対するように壁にもたれていた男が声を荒げる。先ほどの大男は外見に似合わず物静かな様子であったが、こちらの男は一見すると線の細い美男子であったが、少し気が短く少し騒がしい様子である。


 外見自体はやや小柄で、鼻筋の通った美青年であったが、片目を隠すように伸ばした金色の髪が暗がりの中でもよく映えている。



「ふう……。後は任せたぞ。シュレイ」



 しかし、男の言には取り合わず、“者”はさっさとその場を後にした。



「ちょっと、待てよ。俺は納得してねえぞっ!!」


「落ち着けよ。足はひっぱらねえ」


「うるせえな。てめえの話は聞いてねえよ」


「うおっ!?」



 後を追おうとする男をアイアースは抑えようとするが、男の思いも寄らぬ力に押され、壁に背中を打ちつけた。



「何しやがるっ!! 痛えじゃねえかっ!!」


「きゃっ!? ちょ、ちょっと、喧嘩はやめて~~」


「?? 随分、なよなよした女だな」



 さすがにアイアースも頭に血が上り、男に対して掴みかかる。それを見ていたミュウが慌てて止めに入り、それまでの凛としたいて態度を見ていた大男もミュウの様子に困惑しつつ二人を抑える。



「そのぐらいにしておけ」



 騒ぎはじめた四人の耳に、やや高めであるが胸に響き渡る男の声が届く。

 互いに相手の胸ぐらを掴むアイアースと男も恐る恐ると言った様子で声の主へと視線を向けた。


 腰掛けたままこちらを睨むのは、先ほど“者”にシュレイ。と呼ばれた男であった。

 目が合うと、アイアースはどこか背筋に冷たい何かがしたたり落ちるような感覚に襲われる。



「ようやく全員揃ったんだ。自己紹介をしておこう。私は今回の任務の責任者を務めるシュレイだ。階級は№6」



 口元に短く切りそろえられた髭を軽く撫でながらシュレイと名乗った男は周囲に立つキーリア達に続きを促す。№6となると、近衛時代では№1不在時にキーリアを統率する役割であった。


 このシュレイという男も、それを納得させるだけの風格を感じさせる。



「私はシャル。階級は№11です」



 シュレイに傍らに立つ赤い髪の女性が口を開く。涼しげな切れ長の目元と鼻筋の整った綺麗な顔立ちかつ真っ赤な唇。絵に描いたような美女であるが、どこか退廃的な雰囲気を与える女性でもあった。



「アリア。階級は№24」



 続いてシャルの傍らに立つ少女が口を開く。


 それまで目を伏せていたが、見開いた大きな目と銀色の髪はどことなくフェスティアを思い起こさせる。



「俺はミュラー。階級は№15だぜ。で、小僧はどうなんだ?」



 男はミュラーと名乗ると、アイアースに対して目を向けてくる。


 自分の外見と年齢がそんなに気になるのか、いやにつっかっかってくる印象だった。



「名はカズマです。階級は№19。まあ、若輩者ですが足はひっぱらねえですよ」


「19? その年でか?」


「ミュラー、貴様もそんなにかわらんだろ。私とてまだ22だしそいつの頃には戦場に出ていた。つまらんことを気にするな」


「俺は20ですぜ? 5つもしたならじゅうぶんガキですよ」


「次」


「あ、えっと……。ちぇっ……」



 アイアースの№に驚きを隠せないミュラーであったが、シュレイの言に渋々といった様子で腰を下ろす。

 だが、アイアースはその際のシュレイの視線に相変わらずの恐怖めいた何かを感じずにはいられなかった。



「あ、えっとお……。んん、私はミラ。階級は№20です」


「おいおい、さっきの態度はどこへ行ったんだ?」


「えっ!? あれはあ、そのお……」


「次」


「名は、ザックス。階級は№27……。おそらく、自分が一番下位№ですね」


「そうなのか? お前は?」


「はっ……、名はメリカ。階級は№13であります」



 最後に残った女性が口を開く。この中ではやや年長のようであるが、ミュウが時折見せる魔性めいた色気はなく、浅黒く焼けた肌が健康的な色気を振りまいている。


 だが、なぜか階級がしたのザックスを守るように立っているようにもアイアースには見えた。



「…………上位階級ばかりが集まったか。ふむ……」



 そう言って、シュレイはなにやら考える仕草を取って口を閉ざす。聞いていた情報と集められた人間達を秤にかけて不審に思ったのであろうか?



(まあ、一桁はしょうがないとしても10位台と20位台ばかりが集まったんじゃ、小国の反乱鎮圧レベルだ。大型獣の討伐にしては規模が大きすぎる)



 シュレイの様子に、アイアースはそう思った。もっとも、戦いに油断は禁物であり、余裕がある戦力で戦うのはある意味では必勝を期すモノであった。



「まあ、よかろう。出立は今夜だ。それまでは自由に過ごせ」



 そう言うと、シュレイ全員に白色に光る丸薬を投げ渡す。行動は限られるが、命を繋ぐモノは全員が共通していた。



「自由か……。ザックス、ちょっと付き合えよ」


「え? いいですけど……」


「小僧。お前も来るか?」



 薬を飲み終えたミュラーがザックスの肩に手を置き、子どものような笑みを浮かべると、先ほどの態度はどこえやらアイアースにも声をかけてきた。

 もっとも、その様子にどこへ行くかは予想できたが、アイアースはあえて聞き返してみることにした。



「どこ行くんです?」


「そりゃあ、戦の前だ。一つしかねえだろ? っと、小僧にはちょっと早いか」


「っ!? 駄目です駄目です。そんなところ……っ!!」


「な、なんだあっ!?」



 そして、ミュラーの目的に気付いたミュウが慌ててアイアースを押させながら口を開く。その剣幕にミュラーをはじめとする他のメンバー達、シュレイまでもが驚きの表情を浮かべていた。



「ミラ、地が出ているぞ」


「あっ……っ!? でも、どっちにしてもダメです」


「 ?? お前らどういう関係なんだ??」


「まあ、親戚みたいなもんですよ。お互い、身内で生きているのは二人だけなので」


「ふうん。まあ、珍しい話じゃねえな。じゃ、俺達は行くぞザックス」


「え、ええ……」


「なんだあ? 乗り気じゃねえって事はお前まだ童貞か? せっかくだから卒業しとけ」


「いや、経験が無いわけじゃあ」


「ほれ、行くぞ。それじゃあ、隊長。ちょっくら行って来ます」


「さっさと行け……」



 アイアースの言に、ミュラーは表情を変えずにそう言うとザックスをともなって外へと出て行く。


 その際に、メリカが少し不機嫌そうな表情を浮かべたが、事情を探る気にはならなかった。色々あるのは皆同じである。

 それに、アイアースの言に素っ気なく答えたミュラーとて、どこか同情するような表情を一瞬浮かべたのだった。


 自ら望んで力を求めた者達。上位階級に上るモノに必ず共通することであると言うが、力を望むことはどこか悲しい過去を抱えるモノ。深く詮索しないことも礼儀。


 そして、彼らの知らぬところで、歴史という歯車は再び狂いを生じさせようとしていた。

ちょっとキャラが多くなります。それについてのご意見などもお待ちしていますので、是非ともよろしくお願いします。


キャラが多いと書き分けが大変ですが、会話が非常に楽ですね。

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― 新着の感想 ―
シャルもメリカも聞いたことある名前ですね… もしや皇族集合?7〜8年ぶりでも顔で気づかないものかね?
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