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第1話 遠き夢

 目を開くことができぬほどの眩い閃光に身体全体が包まれていく。


 何が起こったのか分からずに瞼を閉ざしたアイアースであったが、光はなおも網膜を焼き、次第に脳裏へと溶けこんでいくように思える。

 そして、光に全身が飲み込まれたとき、彼の意識は光の中へと消えていった。


◇◆◇


 頬に何やら暖かいものを感じた。


 鉄か何かの堅さと暖かさ。そして、その暖かさは次第に増していき、最終的には肌を焼くような熱さになっていく。



「って、あち、あち、あちっ!? な、なんだぁっ!?」



 思わず目を見開くと、そこはコンクリートブロックに囲まれた狭い部屋だった。

 部屋の中央部に長机が二つ置かれ、両側に長椅子、奥に備品の置かれた棚、入り口付近に個人用の引き出しと書類入れ。そして……。



「起きた? 和将」


「あれ? 斉御司? ん? あれ? 俺はいったい……」


「2時から約束があるから起こしてくれって私は言われたんだけど?」



 まだ、ぼんやりと夢を見ている気分になっている和将に対して、手にした缶コーヒーをゆらゆらと揺らしながら答える女性。


 彼女は斉御司百合愛(さいおんじ ゆりあ)。和将とは同じサークルのメンバーで、長い黒髪と意志の強そうな切れ長の目が印象的な和風美人である。



「約束?? あっ!?」



 百合愛の言に、慌てて机に目をやる和将。黒い表紙に包まれた分厚い論文がそこには置かれていた。



「あー、よかった……。忘れたかと思った」


「持ってきたからここで寝ていたんじゃないの?」


「いや、プリンタの調子が悪くてな。学生課でプリントしてまとめたところ。ただ、眠気には敵わなくて……」


「ふーん。じゃあ、これ飲む時間ぐらいあるわよね?」


「え? ああ、大丈夫だけど」



 再び珈琲缶を揺らす百合愛に対し、和将は壁に掛けられた時計に目をやる。7階にある研究室であるが走れば1分もかからない。余裕はまだまだある。



「それにしても、久しぶりの彼氏とのスキンシップが、サークル室とはね。学長賞候補様は変わっておられるわ」


「へ?」



 和将の答えに、一瞬口元に笑みを浮かべた百合愛は、和将に珈琲を放ると隣へと腰を下ろす。女性特有の良い香りが鼻をつき、一瞬ドキリとした和将であったが、その後の彼女の言に思わず目を丸くする。



(彼氏?? ……そういえば、なんで俺平然としていられるんだろ?)



「飲まないの? おごりなんだけど?」


「ああ、もらうよ。ってか、これ熱すぎだろ」


「馬鹿が悪戯して高温になったままなのよ」


「ああ、ハインさんか」



 百合愛が馬鹿と読んだのは、ハインと渾名される2期年上の先輩のことである。

 自分達のサークルでは、メンバー同士を愛称で呼ぶ風習があり、趣味や好みなどから先輩が連想してつけたり、小中高での渾名をそれに選んだりしている。


 ちなみに、和将はアイス。百合愛はフィリスである。


 和将の場合、サークル見学に行ったときに、アイスを頬ばっていたからという理由であるが、百合愛の場合はよく分からない。


 本人曰く、なぜかそう呼ばれていたからという理由であったが。



「まったく、あのばかと主席争いしているあなたが仲がいいというのもね」


「おいおい、そんなに嫌わなくてもいいんじゃないか?」



 苛立ちを隠さず缶に口をつける百合愛に対し、和将は苦笑しながら先輩を庇う。



「嫌っているわけじゃないわ。優秀だし、統率力はあるし、サークルになくてはならない人よ。ただね……」


「お、おう…………」



 そこまで言って言葉を切った百合愛は、ジト目になって和将を見つめる。


 それが威容に威圧感があり、思わずたじろぎそうになった和将は、大人しく百合愛の言を待つ。何か言って睨まれでもしたら本気で後ろに倒れ込みそうであった。



「人の彼氏をダシにしてナンパに繰り出されるのは迷惑だわ」


「ま、まあな……。っと、そろそろ行くわ」


「そう。今日はこれないって行ってたわね」


「ん……? ああ、そうだったな。明日また行くよ。あと、残り飲んでいいからなあ」



 嫉妬からか気持ち頬を膨らませてそう言った百合愛に対し、和将は苦笑しながらそう応えると、ちょうど時計が目に入る。

 かわいい彼女の反応に頬が緩み、それが必要以上に恥ずかしく感じたため、ちょうど都合のいい時間になったことは救いであった、


 ただ、今日のこれからの予定に関してはなぜか思い出せなかったのだが。



「え? …………そ、それじゃあ、ね」



 なぜか、頬を染め、言葉に詰まりながらそう応えた百合愛に対し、首を傾げた和将であったが、気にせずに手を振るとサークル室を後にする。



「それじゃあ、行くとしますかね」



 そう言って、論文を握りしめると一気に地面を蹴る。



「あれ??」



 気がつくと、すでに研究室の前まで来ていた。



「?? 息も上がっていないし、汗もかいてないよな??」



 運動部時代に鍛えたとは言え、最近はバイクにはまってロードワークも減っている。気合いを入れて七回まで上ってくれば息も上がる気がするし、何よりも、走っていた記憶が抜け落ちているように思えた。



「あっれ~? チャラ男がこんなところに何か用~~」



 そんなことを考えている和将の耳に、おっとりした女性の声が届く。


 目を向けると、目尻の泣きぼくろが印象的な女性が研究室の扉の前に立っている。



「美しいお姉さん。今度、お茶でもどうですか?」


「まあ、喜んで~。って、何よぉ~、いきなりぃ~」


「チャラ男呼ばわりされたんで、口説いてみた」


「はあ、かつての純情少年も都会に出てきてすっかり毒されちゃったわ~」



 そう言って、嘆くように目元抑える女性は、沢度深海さわど みう


 和将の親戚で、大学で助手を務めている。


 おっとりした性格と間延びした口調からは一見頭が良さそうには見えない。しかし、入学以来一貫して学年主席であり続け、今では大学院に通いながらも学会への参加もしているほどの才女である。


 とはいえ、発想が独特すぎて中々相手にされないという現実もあるのだが。



「はいはい。教授は?」


「いるわよ~。入音いれねさんも一緒だけど~」


「げっ!?」


「なんだその反応は?」


 思いがけない人物の存在に和将は思わず口を開くが、あいにくと室内のその人物に聞こえてしまったらしく、毒のこもった声が和将の耳に届く。


(あれ?)



 ふと、目頭が熱くなるような感覚に襲われる。



(?? なんでまた?)



「おい、十川。遠慮しとらんで中に入ってきたらどうだ?」


「論文できた~?」



 突然のことに困惑している和将であったが、室内から聞こえてくる二つ女性の声に慌てて室内へと足を踏み入れた。



(あれ……?)


「それでさぁ~、入音さんひどいのよ~」



 ふと気がつくと、目の前には研究室の光景ではなく、見慣れた中庭の景色が映っている。先ほど、声をかけてきた二人の姿もなく、傍らにて美海が何かを言っている。



「はれ? えっと、論文は??」


「は? 美和みわちゃんが読んどくっていって預かったじゃない??」


「そうだっけ? 姉御は??」


「いや、捕まりそうだったから必死で逃げてきたんでしょ?」



 和将の言に深海も首を傾げながら答える。


 しかし、どう考えてもおかしかった。教授との会話の記憶もないし、そもそも論文の内容自体を思い出すことができない。



「で、どうして俺はお前と帰っているんだっけ?」


「……いよいよ健忘症? 梨亜姉が食事に誘ってくれたんだじゃない」


「母さんが? う~ん」



 和将の言に、深海はかわいそうなモノを見るかのような視線を向ける。


 先ほどから和将の言が支離滅裂なためであったのだが、和将からすれば所々で記憶が飛んでいるのである。話が繋がることの方が不思議なのであった。



「忙しいって言うのに、不肖の息子のために定期的に時間を作るんだもん。できた人よねえ」


「そりゃあな。俺も尊敬している」


「なに? マザコン?」


「なんでだよっ!!」


「まあ、顔良し、頭良し、性格良し、ついでに年齢以上に若い見た目の完璧超人だもんねえ。分かる気がするわ」


「……てか、おばさんと姉妹なんだよな。母さんて」



 和将はやや惚けた表情を浮かべながら口を開く深海の言に頷きながら、そう口を開く。

 深海の母親は年齢相応の外見をしているが、和将の母、梨亜子は今年40歳になるが、昨今の美魔女などに分類されるのか、私服を着て学生に紛れていても違和感の無いほど若々しい見た目をしている。

 深海などはそう言った面も含めて羨望の眼差しを送っているのだ。



「さ、ノロケはそこまでにして、さっさと行こ?」


「って、飛び乗るな。倒れても知らんぞ」



 そう言って、目の前の大型バイクに飛び乗る深海。いつの間にか駐輪場にまで来ていたようだった。



「で、やっぱりこうなるのね?」


「どうかしたの?」



 再び、目の前の景色が変わり、ほくほく顔で席に着く深海と母、梨亜子の姿が和将の目に映った。



「いや、別に」



 三度目になればさすがに慣れる。


 とはいえ、記憶が飛ぶというのは化なり深刻な問題のようにも思えるのだが、和将はそれほど気にする気はなかった。



「って、どうかしたの??」


「は?」


「あら? 涙なんか流してどうしたの?」


「はあ?」



 目を見開きながら、和将に目を向けてくる深海と梨亜子。


 二人の言に首を傾げながら目を擦ると、手にはたしかに液体の温かい感触が残る。



(そういや、研究室に行ったときもそうだったよな??)


「なになに? 久しぶりにお母さんに会えて感激しちゃった?」


「どういう親子だそりゃあ」


「ふふ……。あ、来たわね」



 茶化すような表情を浮かべる深海に軽くツッコミ入れた和将に対し、少しうれしそうに微笑んだ梨亜子が店の入り口に視線を向けた後、口を開く。



「ん? 誰か来たんですか?」


「ええ。仕事で親しくさせていただいている方とその娘さん達」



 和将の問い掛けに、少し照れくさげに話す梨亜子の表情は、母親の中に女性のモノを感じさせるモノであった。



「こんにちは。梨亜子さん、今日はお誘い、ありがとうございます」


「こんにちは。ほら、二人とも。あいさつして」


「……ああ、こんにちは……。息子の和将です…………っ!?」


「私は姪の深海でーす。おじさん、格好いいですね」



 梨亜子に促されるように、目の前の男性に頭を下げる。だが、和将の視線は、彼の背後に立つ女性へと向けられていた。


 背に流れる長い黒髪と細く均整のとれた身体、意志の強そうな切れ長の目。

 その美しい容姿の女性は、初対面であるはずの和将の脳裏にたしかに刻まれていた姿であった。



(姉上っ!?…………っ??)



 声にならない声。同時に、和将の視界は闇に包まれはじめる。


 その刹那、梨亜子や深海、男性らの立ち姿が変わっていく。頭髪を黒と白に染め、白地の衣装に身を包む梨亜子、胸元の開いた派手目な衣装に身を包む深海、白地に青の装飾を施した男性、そして、黒色の甲冑に身を包み、銀色の髪を靡かせる女性。


 その姿は、やがて甲冑姿から黒衣に身を包み、悲しげな表情を浮かべた姿へと変わっていく。



(な、なんだっ!?)



 再び口を開くが、自分の声が耳に届くことはなかった。

久しぶりの復活です。


とりあえず、タイトルとあらすじはどうだったでしょうか?

忌憚なき意見をいただけると、とてもとてもありがたいです。それでは。

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