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第16話 黒の姫騎士③

 テルノアが討って出てくることはある程度予測できていた。そして、それを討てるのも自分だけであることも。


 だが、その状況を如何に作り出すのか。戦の経験はすでに積んでいたが、指揮官としての機を読むことはまだまだあるとフェスティア自身も思っていた。

 とはいえ、大軍同士のぶつかり合いの中央を麾下の部隊だけで突破する度胸は自分には無いとも思った。

 現にテルノアは、両翼が激突する最前線を突破し、左翼側指揮官を殴打して戦闘を停止させている。


 両翼がぶつかり始めてから半刻。


 セミョアとアルスランに率いられた偽装ゴーラ王国兵が各所に入り込んで衝突をあおっていたのだが、今ではその二人に率いられた部隊はテルノア直属兵に追い立てられて必死の逃走を行っている。



(本来であれば、アレで決着であった。セミョアの頸は胴を離れ、オアシス軍の前に晒されていたであろう。わだかまりは残るが、王女の悲惨な最期はより強い怒りとともに共和政権へと向けられるはずであった)



 そんなことを思ったフェスティアは、それを待っていたかのように各所に現れた白地に青の装飾を施したい服に身を包む集団に目を向ける。


 天の巫女シヴィラ・ネヴァーニャに忠誠を誓う“教団”直属の信徒兵達であった。


 精強さは旧帝国軍やオアシス軍には及ばぬが、巫女への忠誠を頼みにした死を恐れず、“人”を傷付けることをためらわない。

 そんな人間達が、どれほど危険か。戦場を知る人間であれば、痛いほど分かるモノだった。


 だが、オアシス軍が崩れる様子は一向になかった。



「なぜだ、あそこまで混乱していてなぜ?」



 背後の女性神官は、冷や汗を浮かべながら口を開く。


 味方同士の衝突が弱まった所に突然の奇襲を受けたのである。壊乱状態になり、再び味方同士でぶつかり合っても不思議ではなかった。



「集団には“核”と言うモノがある。それが健在であれば、軍は潰走にはいたらない」



 女性神官の言にフェスティアは短く答える。


 『勇将の下に弱卒無し』


 強き将に率いられた兵士は、将の強さを分け与えられたかのような精強さを見せる。


 テルノアやギアスディール、シハヴディール、イナルテュクといった最悪の敗戦を知る歴戦の将達に、紛い物の奇襲が通用するほど戦は単純ではなかったのだ。



「小手先の法術が通用する相手ではない。勝ちたければ、小娘を引っ張り出すのだな」


「それは、巫女様のことでありましょうか?」


「他に誰がいる?」


「……殿下、お言葉ではありまするが」


「おっとっと。そのくらいにしときなよって、あぶねえっ!?」



 慌てる女性神官に、口元に侮蔑表情を浮かべながら告げるフェスティアであったが、あっさりと挑発に乗った女性神官が反論を使用とすると、二人の耳に軽薄そうな声が届く。


 そして、その声の持ち主が姿を現すと、フェスティアは挨拶代わりとばかりに剣を振るう。


 もとより当てるつもりはなかったため、男もあっさりとかわすことが出来たが、その居合いの速さに女性神官は目を剥くだけであった。



「私に話しかけるな。ゴミが」


「そうはいくかよ。出番だって告げに来たんだ。んな元気があるんだったら、とっとと行っちまえ」


「ついでに貴様の頸も持っていきたいものだ」


「んだと? 言っとくけどなあ」


「すでに居場所は掴んでいるのだろう? いい加減聞き飽きたわ。それよりも、連絡がすんだらさっさと失せろ。存在自体が目障りだ」


「ちっ! 可愛げのねえガキだ」



 軽薄そうな声の主、ジェスはその整った容姿をゆがめつつ、フェスティアの罵倒混じりの言をそう吐き捨てる。


 実際の所、本気でやり合えばどちらに転ぶのか分からない差であるのだが、今、ジェスのまわりは敵ばかりというのが正しい。


 そのため、監視役の女性神官をともなってそそくさと姿を消した。



「…………身のこなしは、ただ者ではない。あのような人間が……」


「うむ。それより、どこへ行くつもりなんだ?? あの二人」



 ジェスの身のこなしを、ハヤトが冷や汗混じりにそう評すると、ロッツァも頷いた。



「よけいなことは気にするな。――諸君。今回の敵はテルノア以下のオアシス連合軍首脳。恐るべき難敵であるが、すでに交戦中の信徒兵達が道を作り出す。その機を逃すな」


「…………はっ」


「正直気は進みませんが。承知しました」



 それまで、比較的落ち着いた表情で戦場に目を向けていた両者が表情を暗くしながら口を開く。


 フェスティア自身、彼らの心情はよく分かる。


 今回の戦。大義も民意もオアシス側にある。


 帝国そのものを乗っ取った共和政権とシヴィラ率いる“教団”であったが、反乱より一年近くまともな政策も採らずに、帝国が残した課題を放置し続けた。

 対して、オアシス国家群は朧気ながらも、食糧難や敗戦による兵士家族の慰撫といった諸問題に対処し、地方反乱もすべて鎮圧している。

 そして、今回の反乱に関しても、帝国勢力の復権が根底にあることはところどころで見ることができる。


 テルノアやギアスディールに、旧帝国全土への野心は見えないが、自国の経営を考えれば、帝国そのものの復活は都合がよく、オアシス側への利益の確保も見えるからである。

 また、主たる戦いの多くでも政権兵を降伏させることでよけいな反感を買うことを徹底して避けていることもある。


 だが、フェスティアはその大義を選ぶことはできなかった。


 シヴィラの首を討つ機会はいくらでもあった。自分の生命は失われるであろうが、かの少女を失った共和政権や教団が衛星国群の反乱を抑えることなどできるはずもないし、このまま放って置いてもテルノア等による新政体は誕生するであろう。


 以前であれば、自身の命などはとうに擲っている。


 しかし、今の彼女が抱える命は、彼女のモノだけではなかったのだ。

 そして、それを失うことを肯じえることが、今の彼女にはできなかったのだ。



(私を信じてくれる者達よ……。許せとは言わぬ……。私を憎んでくれてかまわぬのだ……)



 自己弁護ともとれる思考かも知れない。


 しかし、今のフェスティアには、背後に付き従ってくれる兵達に対して、そう思う以外に手立てはなかったのである。



◇◆◇



 地から兵士が沸いて出てきた。


 テルノアは、自分に躍りかかってくる白地の衣服に身を包んだ敵兵達を薙ぎ払いながらそう思った。

 ゴーラ王国兵に偽装し、自軍を散々撹乱してくれた敵兵達。その指揮官たる“裏切り者”のゴーラ王女、セミョア・ティモーシャの首はすでに目の前であったのだ。


 死兵となって立ちふさがる敵兵をなぎ倒し、追い付きかけたその時。乗馬の足が折られた。


 突如、虚空へと投げ出されたテルノアは、身体を捻り大地へと目を向けると、目に映るのは無数の敵兵。自分へと突き立ててきた得物を掴むとそのままへし折ったが、それでも次から次へと沸きだしてくる敵兵達。


 気がつけば、麾下の騎兵達もろとも周囲を包囲されてしまっていたのだ。


 イナルテュクやギアスらも同様なのか、周囲は敵兵達の歓声によって包まれていた。

 それでも、乱戦になったから2刻ほどが経過しているが、先々の崩壊には至っていない。自分達もそうであるが、各地で指揮官達が奮戦しているのであろう。

 各地で崩れぬまま戦闘を続けることによって、敵兵達を逆包囲する形もとれる。


 こちらは包囲している相手のみを叩けば良いが、敵兵とすればいつ味方の包囲が破られるのか分からない状況である。


 その精神的な負担に差は大きい。だが、長期戦になれば連戦が続くこちら側が不利になることは明白だった。

 20万近い軍勢とぶつかり合い、それに勝利した後の同士討ち。そして、敵の奇襲。

 歓喜の輪が一瞬して崩壊し、再びの衝突へと繋がっている。現状は、戦での高揚が勝っているとは言え、一つの破綻が全軍の崩壊を導きかねないことは、テルノアとしてもよく分かっていた。


 それ故に、彼女はあせってもいたのだ。


 どこかの軍が崩れる前に、自分が合流をしなければならないと。それが、長く戦場を生き抜き、夫の後を受けて国を動かすモノの本能であった。



「どけいっ!!」



 テルノアは、手にした長剣を振るって敵兵達を薙ぎ払うと、空いた左腕を振るってさらに敵兵達を切り裂く。

 戦の高揚が彼女の肉体に変化を与えはじめていたのだ。


 獅子の耳と尾を持ち、ティグ族と並び称される尚武の一族。レア族。

 ティグ族が金色の眼に変化する以外、特段の変化無く戦えることに対し、レア族は戦での高揚が肉体に大きな変化を与えていくのである。

 彼女のように爪が硬化し、肉体を切り裂くほどにまでなるのはその初期段階でもある。


 そして、高揚が進むにつれて筋肉が膨れ、犬歯が発達していく。その姿はまさに獰猛な獅子に近づいていくのだ。

 同族であるラメイアは、その姿を見せる前に重傷を負っていたが、姉のテルノアはいまだに健在である。



「どうしたっ!! 妾はまだ生きておるぞっ!! かかってこぬのかぁっっっ!!!!」



 眼に金色の光を灯し、犬歯を鋭く発達させたテルノアが、沸き上がってくる高揚に身を任せるように、咆哮する。


 その姿に、それまで死を恐れずに彼女達に襲いかかっていた兵士達が一瞬たじろぐ。

 そして、その機を逃さずにテルノアは、敵兵の圧力が一番厚いとろに向かって突っ込む。力に任せ振るった長剣が折れた後は、両の手を振るって血の雨を周囲に振りまいていく。



「閣下っ!! 敵が怯んでおります。こちらをっ!!」



 一瞬、周囲に空白ができる。


 その機を待っていたかのように、麾下の兵士が差し出した馬にテルノアは跨がる。

 死を覚悟したのか、満足げな表情浮かべる騎兵。だが、ここで死なせてやるような余裕は無かった。



「乗れっ!!」



 そう言うや否や、兵士を引っ張り上げると背後に乗せ、馬に鞭を入れる。

 困惑していた騎兵であったが、すぐに得物を構え直すと、テルノアが手綱を握る左の側の敵兵達を蹴散らす。

 馬を操っていない以上、弱点となる左側への攻撃も今では容易であった。



「左へ回り込むっ!! 続けぇいっ!!」



 密集した敵は方向転換が困難になる。それが、絶大な威力を発揮する場面はいくらでもあったが、今回ばかりはそれを発揮する場面を与える気はなかった。

 眼前の敵に突っ込んだテルノアであったが、そんな彼女の耳にと凄まじいばかりの歓声が届く。

 それは、旧オアシス軍右翼。ゴーラ王国方が交戦を続けていた方向であった。



◇◆◇



 フェスティア率いる総勢200の騎兵部隊も、テルノア直属集団に倣うように丘を駆け下りてゆく。



(――――正面から討てるほど柔な敵ではない。……一瞬の動揺。難敵を討つには相応の何かが必要だ)



 そう思ったフェスティアがだした結論。


 それは、側近の首。


 標的となるのは、激しい交戦で疲弊しはじめているゴーラ王国軍総帥。ギアスディール・ゴーリー・ティモーシャであった。

 フェスティアを先頭に、ゴーラ王国側へと突入する一団。

 出くわす王国兵と斬り伏せ前進するフェスティア達であったが、その視線の先にあったのは、白い布地が赤く染め上げていく様であった。

 そこに満ちるのは、血の匂いと切り刻まれた死体の発する内腑の匂い。

 思わず吐き気を催すほどのそれの先に見えるモノ。それは、総帥たるギアスディールを中央に、止まることなく回り続ける一隊の姿であった。



(車かっ!?)



 軍団を円形状に回転させながら突撃する戦法で、敵の殲滅から堅陣の強行突破などで用いられる。

 ただ、兵士の消耗の激しさは群を抜き、用兵の難しさもまた有名なモノであった。

 しかし、ギアスディールは信徒兵による包囲下にあってそれを実践していた。

 そして、じわじわと締め上げられるはずの王国兵達は、逆に信徒兵の包囲の輪をじわりじわりと削り取っているのである。

 そして、外部からの弓には、その周囲を隙間埋めるように駆ける騎兵達が盾を持って防ぎきる。馬甲を纏っているにもかかわらず、恐るべき耐久力を持った馬でもあった。



(先ほどのモノと言い、これだけの兵科を用意していたのか……っ!!)


「で、殿下っ!! お待ちをっ!!」


「今止まっては、逆に押しきられる。私がギアスを討つ故、道を作り出せっ!!」



 ハヤトの声にそう応えたフェスティアは、馬に鞭を入れ前面の敵へとぶつかる。


 数人の首を瞬時に飛ばすと、わずかに遅れてハヤト等が突っ込む。


 旋回中であった王国兵が振り向き、後続とともにそれを挟撃するべく躍りかかる。

 車は止まった。しかし、今度待っていたのは乱戦である。数人を斬り伏せるフェスティア。その頭部に弓。苦もせず叩き落とすと、視線。

 目を向けると、弓とおぼしき得物を構えたギアスと視線がぶつかり合った。


 フェスティアは叫び声を上げると、一気に軍馬を跳躍させ、一気にギアスとの距離を詰める。


 視線の先に、矢をつがえた弓。よく見ると、両端に刃がくくりつけられていた。



(“弭槍”……っ)



 弓術と槍術を融合させた武術に用いられるもので、長距離に対しては弓を、近距離に対しては槍として、万能性を備えた武具である。


 しかし、弓として用いることを考慮しているため、本来の槍として役割は薄く。刺突には向いていない。

 そのため、軸回転を用いた薙ぎ払いが主となるのだが、それは馬上では非常に難易度の高いモノでもある。


 しかし、今フェスティアの眼前にあるギアスにとって、それは何ら苦にならない所作のようでもあった。


 着地と同時に前進し、馳せ違う。


 今までの戦にあっては、自分の背後で地を吹き上げて倒れ込むモノがすべてであった。しかし、今度の相手は格が違う。


 兜を弾き飛ばされ、仮面で覆われた頭部から銀色の髪がこぼれ落ちた。


 戦場を渡る風が非常に心地よい。と、なぜか場違いなことをフェスティアは考えていた。

 だが、身体は止まることはない。ほくそ笑みつつも馬を返し、再びギアスへと躍りかかる。背を見せていれば弓によって射貫かれる。


 再び馳せ違う。今度は、お返しとばかりにギアスの兜を弾き飛ばす。頭部を覆ったターバンが目に映る。


 頭部から血を流したギアスが背後へと迫る。馬を跳躍させ、強引に向き直ると、右腕の剣を振るった。


 ギアスの表情が映る。動じた様子は無いが避けるそぶりも無い。


 と、ギアスは口元に笑みを浮かべたまま左腕を掲げる。右手に握った剣は、勢いそのままにギアスの左腕に装着された手甲へと食い込み、火花を上げる。



「っっ!?」



 途端に、馬がまわり、バランスを崩された。


 背後に殺気。ギアスの手に握られた弭槍が、フェスティアの首を跳ばすさんと、一陣の風となって迫ってきていた。



 ――――途端に、すべてが停滞したかのような錯覚に襲われはじめる。


 豊かな牧草が生えそろう牧。陽の光を浴びながら、一騎の騎兵が舞うように駆け回る。全身を白地の衣服に身を包んだ女性と思われる操守は、黒と白の髪を風に任せながら、馬上にて身体を回す。


 すると、彼女を中心として同心円状に光の線が流れるように輝く。


 彼女の周囲の置かれていた標的は、そのすべてが頭部を失っていた。



 フェスティアは、遠き過去のものとなった記憶の通りに身体を動かしていた。背後へと向き直ったとき、眼前を槍の穂先が通り過ぎていく。


 左腕の剣。相手の右腕を弾き飛ばす。足に力がこもる。全身が跳ね上がる。ギアス。その表情は驚愕のモノへと変わっている。ためらうことなく右腕を振るう。


 剣先が人の肉体へと入りこんでいく感触。

 次の瞬間、ギアスディールの首は、夕日に染められた虚空へと舞上げられていた。

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