表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/183

第23話 再会と船出

 それから一週間の後の朝、無念の表情を浮かべた看守達が無言でメルティリアを促す。軽く頷いた後メルティリアは、膝をつくとアイアースの小さな身体を抱きしめる。



「伝えたいことはすべて伝えたわ。ただ、最後に一つだけ。リアネイアだけでなく、ゼノスのこともアルティリアこともラメイアことも。忘れないであげて」


「はい」


「あなたが生きて、私達のことを誰か一人でもいい。覚えていてくれさえすれば、私達は幸せ」



 そこまで言うと、メルティリアはアイアースの衣服の隙間に、小さな丸薬を忍ばせる。一瞬、何があったのか分からなかったアイアースであったが、すでにメルティリアは背を向け、処刑台へと歩みを進めていた。



「看守長」


「は?」



 悲痛な面持ちで、メルティリアを見送っていた看守長が振り向く。



「一つだけ、わがままを聞いてもらえないか?」


「な、なんでしょうか?」


「あの人の最後を、見せてくれ」


「そ、それは……」


「取り乱したりはしない。それに、反乱軍にとって、自分の存在価値など無に等しいだろ。牢獄の中で死ねばそれで良し。街に放り出せば一人で生きていく力など無い。そう判断しているんじゃないか?」


「…………分かり申した。この老骨もおともいたします」



 周囲の看守達を見まわし、一度閉じた目を見開いてそう言った看守長とともにアイアースは地上への階段を上る。


 そんな折、地上からの盛大な蛮声が耳に届いた。


 皇帝の自決から一週間。

 満足な掠奪も出来ず、怒りの矛先を見失っていた群衆にとっては、久々の獲物の登場である。


 致命傷を負い、歩くことも辛い身体と成っても気丈さ、そして、美しさを失っていないメルティリアの姿は余計に彼らを刺激しているようであった。



「面の皮の厚い女だっ!!」


「貴様のおかげで俺の娘は死んだんだっ!!」


「恥を知れっ!! 魔女がっ!!」


「その色香で無能者を誑しこんだくせにっ!!」



 手ひどい罵声が彼女を包み込む。


 そんな言葉の嵐の中を、彼女は静かな態度で進み、処刑台の下に辿り着く。

 メルティリアを護送していた4人の看守達は、振り返った彼女に対して静かに敬礼をするとその場にて直立する。



「なんだっ!? お前達も、その女の手先か?」


「こんな女に礼儀を尽くす価値なんて無いぞっ」



 自身の責務を果たしているだけの看守達にも、心ない罵声が飛ぶ。少なくとも、メルティリアの処刑は、パルティノン帝国の法に基づいて執行される。

 そして、皇后などのようなやんごとなき身分にあった者に対する礼儀の一種として、今のような行為が行われている。


 帝国の歴史上、大逆者に対しても行われてきた行為であり、彼らが批判されるいわれはまったくなかったのであるが、熱狂に支配された人間に冷静な判断を求めることなど不可能な話でもあった。


 そうして、数多の蛮声に包まれる中、メルティリアは最上段へと立つ。


 処刑人と並んだ彼女の前に、司法官が並び、彼女の罪状を宣告する。



「――――以上の罪により、被告人メルティリア・ティラ・パルティヌスを斬首刑に処す。最後に、申すことは?」



 司法官の問い掛けに、メルティリアは嘲笑を持って応える。


 司法官を名乗ってはいるが、彼らの多くは法の専門家でもなく、形式を飾っているに過ぎない。そして、自分達の正義をことさら強調する判決文に対しても、つたなさが滲み出る内容であった。



「な、なにがおかしいっ!!」



 そして、すぐに化けの皮がはがれる。

 メルティリアの態度に激昂し、声を荒げる司法官達に対し、メルティリアは嘲笑を浮かべたまま口を開く。



「他者を悪、自らを正義と信じて疑わぬ思慮の浅さを憐れんでのこと」



 静かであるが、他を圧する言動に、周囲を包んでいた蛮声は止み、ざわめきが場を支配する。



「斬れ」



 主任者たる司法官の声に、処刑人が大剣を構える。

 ゼノスの処刑の際には、その威容に怯え、メルティリアの乱入も重なって自害を許す結果となったが、今回の処刑人はそれとは異なる。

 色素の抜け落ちたかのような白に近い色の髪。全身を包む白を基調とした軍装。それは、紛れも無きキーリアの明かしたる装束であった。


 そして、目の前にいるかつては帝国の頂点に立った女の姿を舌なめずりをしながら見つめる。



「はっはっはっは。冥府にて、皇帝陛下にお目見えできることは身に過ぎたる栄誉。感謝いたすぞっ!!」



 振り下ろされる大剣が新春の陽光を浴びて煌めいていた。




「終わったか」



 歓声に沸く処刑場に目を向けながら、アイアースはゆっくりとそう口を開く。


 これで、自分を守る人間はすべていなくなった。看守長達には悪いと思ったが、肉親をすべて失ったという事実は、身を引き裂かれるかのような思いを彼に与えていた。



「ちょっとだけ、悪さをさせてくれ……」


「殿下?」



 そう言うと、アイアースは右手を天へと掲げ、精神を集中させていく。


 途端に、周囲に風が吹き荒れ、空には曇り始める。そして、赤い光がアイアースのもとへと集まってきていた。



「で、殿下っ!! お気持ちは分かりますが、何卒っ!!」


「大丈夫だ。人々に向けて放つつもりはないよ」



 慌てる看守や群衆達を尻目に、アイアースは悠然と答える。そして……。


 アイアースの周囲に風が舞い上がりはじめ、衣服が揺られる。やがて、光は彼の小さな身体全体を包み始めた。



「弔砲代わりだ。メルティリア様……父上や母上達とともに……安らかに」



 周囲の喧噪を無視し、アイアースは静かにそう呟くと、右手に集まったモノを全力で解き放つ。


 それは、高速で天空へと上っていき、周囲の雲を吹き飛ばすと、やがて爆音とともに飛散した。


 ゆっくりと舞い降りてくる光の粒が周囲をほのかな灯りに包んでいく。


 さきほどまで、メルティリアに対して罵声を浴びせていた群衆達もその光景と苦々しく見つめていた市民達も皆静かにその光景と見つめていた。



「殿下っ!?」



 ほどなく崩れ落ちたアイアースの姿を慌てて支えた看守長は、その小さな身体を抱き、元来た通路へと戻る。


 共和政権側は、アイアースをまだ子どもであるとして高を括っている。だが、今のような光景を見せつけられれば、その存在に脅威を抱く可能性は十分である。


 となれば、手段を選んでいるヒマはない。



「なあ、看守さん。そいつは、最後の生き残りの皇子だろ?」


「むっ!? なんだ貴様は?」



 歩みを速める看守長に、少壮の男が歩み寄り、小声で話しかける。



「野次馬の一人。……と言いたいところだが、こう言う立場だ」



 そう言って、男は胸元のボタンを外す。すると、看守長の目にはある人間たる証が目に映る。



「なんとっ!? しかし、キーリアは陛下の死とともに死に絶えたはずでは?」


「よく知っているじゃねえか」


「…………長くなりますかな?」


「いや、今夜まで皇子を頼む。それだけだ」


「分かり申した」



 男はそう言うと、再び群衆の中へと紛れていく。その姿を一瞥すると、看守長は人目につかぬよう、足早に監獄へと戻っていった。


 


 処刑場が熱狂に包まれる中、夜の帳は落ちて征く。


 メルティリアの処刑の後、帝国を支え続けた各大臣や上級官吏達が次々に処刑台へと上がっていく。周囲には血の匂いが立ちこめ、群衆達はひたすらに流れる血に酔い続けた。


 普通であれば、処刑人が力尽き、翌日以降へと持ち越されていくはずであったが、今回の処刑人は血の雨の中を狂気の笑みを浮かべながら立ち続け、剣を振るっていく。


 そんな様を、周囲を取り囲む群衆達は熱狂したまま見つめ、反乱軍。今は、共和政府と名乗る集団の首脳達や反乱の中心を担ったイサキオスをはじめとする軍関係者達は、軽蔑と恐怖の入り混じった困惑のまま見つめていた。


 そんな熱狂の渦を、いくつかの影が走り抜ける。


 アイアースがそれに気付いたのは、高揚による目の冴えにも限界が来始めた、まさに草木も眠る丑三つ時。真夜中のことである。



「おら、起きろ小僧」



 うつらうつらと意識の混濁を自覚しはじめた頃、耳に届いたのはそんな女性の声であり、同時に全身を激痛が襲っていた。


 どうやら、寝ぼけ眼のうちに蹴り上げられ、壁に叩きつけられたようだ。



「か、閣下っ!! 何と言うことを」



 暴行の犯人を招き入れた看守長は、目の前の信じられないような事態に、目の前の女性を咎めたてる。



「ああんっ? 帝国はもう滅んだんだ。今さら忠誠心なんて抱けるか」


「そ、それでも、一応は主君ですぜ?」


「そうです……やめて下さい」


「ちっ……っ!! そんな目で見るんじゃないよ」


「いててて……。ふう、生きていたのか。イレーネ。フェルミナもハインもミュウも……みんな無事だったんだな」



 いいたい放題な女性に対し、アイアースは身を起こしながら口を開く。全身の痛みに顔が歪むが、相手にそれに対する謝罪を求める気にもならなかった。



「久しぶりでございます。皇子殿下」


「よせ。気色悪い」



「んっ? 随分、可愛げ無くなったじゃないか。小僧」


「いろいろあったんでな。それで、どうする気だ? キチガイどもは騒いでいるが、さすがに城門を抜けるのは厳しいと思うぞ?」



 小馬鹿にするような態度に腹も立ったが、今はそうしている状況ではない。はじめから、好きになれない女であったが、その強さは心得ている。

 今となっては、生きていてくれたことは素直に頼もしいと思ってもいる。ふざけた態度は腹立たしかったが。



「まあ、考えも無しにわけじゃあないッスよ。フランにも、殿下のことは頼まれていますし……」


「フランが……」



 アイアースは、ハインの言に離宮から脱出する際に自身を守っていたキーリアのことを思い出す。


 追撃をかわすべく、一人殿を務めた彼女。聞くところによれば、まさにリアネイアがシヴィラに討たれるその時まで橋を守りきり、最後は力尽きて谷底へと転落していったという。


 最後まで自身の責務を果たしたのだった。



「フェルミナもミュウも……無事でよかった」



 奴隷オークションからの数奇な縁となった二人もアイアースの身をあんじてここに駆け付けてくれたようだ。



「私は……殿下のモノ……ですから」


「ひどい目にあったんだからね~。責任はとってよ」


「なんのだよ。でも、フェルミナ。結印は外してあるから、もうお前と私は対等だぞ?」



 涙目で戯けるミュウに対し、アイアースは軽くツッコミを入れてから、フェルミナの言に答える。


 彼女は元々奴隷たるべきではない身。あの場から逃げおうせた以上、自分の国へ帰ることも出来たはずだった。



「…………」


「ああ、答えなくていいよ。助けに来てくれたことは素直に嬉しい。それに、味方は多い方がいい」


「ほう……。母親の亡骸に泣きついていた小僧とは思えぬな。どうせ今も泣き伏せていると思ったが」


「子ども相手に容赦ないですね」


「泣いたさ。枯れるほどにな。ただ、弔いは済んだけど仇討ちがまだなんでな」


「…………ふん。まあ、まずはここから出るぞ」


「殿下、すいやせんね」



 そう言うと、ハインは、アイアースの衣服をまさぐる。そして、小さな丸薬を見つけ出した。


「とりあえず、死んでもらうしかないな。計画はこうだ」




 それから、数刻の後、いまだに広場が熱狂に包まれる中、帝都の中心路を遺体を運ぶ馬車が通り過ぎる。乗せられた棺は非常に小さなモノであった。



「大丈夫…………ですかね?」


「そう思うしかないわよ」



 フェルミナは、ミュウを連れて上空よりその光景を見つめていた。万一の際は、強行突破も辞さないため、近接戦では足を引っ張る二人は別行動を取っていたのだ。

 それまでの帝都であれば、飛天魔の上空からの脱出は許されなかったのであろうが、今は叛徒達が警備に当たっている。

 普段、それを警戒している飛空部隊も、今日に限っては血の宴に気を取られており、二人は余裕を持って脱出を見守ることができていたのだ。



「でも、よかったわね」


「はい」


「皇帝陛下達は、悲しいことになっちゃったけど。殿下が生きていれば」


「ミュウさんは、愛国者というモノなんですか?」


「そんなつもりはないわよ~。でも、皇室に何かをされたわけじゃないし、皇妃様は私の話を真摯に受け止めてくれたからね。ちゃんと、殿下の面倒を見なきゃ、申し訳ないわ」


「そうですね……。でも、本当によかった。」



 そう言いながら、フェルミナはミュウとともに城門を超える。


 その後、ゆっくりと城門へと辿り着いた馬車は、兵士達の見聞を受け、同じように城外へと脱出した。

 城門を守る共和政府の兵士が見聞した際に浮かべた喜色は、護送する者達の心に怒りとともに刻まれる。内宮から中宮、そして外宮の門を通過する際にも同じ光景が繰り替えされた後、馬車は墓地へと向かわずに帝都西方に広がる森へと消えていった。



 そして、血の宴が収束した後、皇族最後の生き残りであったアイアース・ヴァン・ロクリス獄死の報が共和政府の元へと届けられる。


 看守長の報告によると、メルティリアの死に絶望し、壁に頭を打ちつけての自殺だったという。


 罪深き皇族とはいえ、幼子の遺体をさらしものにするのは忍びないとの思いから、すでに郊外の罪人墓地へと埋葬したとの報告は、城門通過の際に遺体の見聞を行った兵士達の証言にも一致し、共和政府の人間達は自分達の手を汚すことなく問題の処理が出来たことに安堵し、特に審査されることもなく受理される。


 看守長はその結果を聞き終えると、職務を辞し、部下であった看守達も全員が上司に続いた。


 さすがに、訝しげに思った一部の首脳達が、彼らを問い詰めようともしたが、その全員が北を向いて自決したという報告を受けていよいよ狼狽する。


 探索の結果、森に乗り捨てられていた馬車が発見され、空の棺も見つかったことを受け、共和政府及び反乱に荷担した民衆は慌てふためいたが、すでに始まっていた政治抗争と衛星国の反乱の前に、皇子一行の行方を掴むことはついにかなわなかった。



 平和な時代は過ぎ去り、動乱の時代がゆっくりと幕を上げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ