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第19話 絶望と希望

 空が白み始めた。

 神聖パルティノン帝国第1皇女フェスティア・スィン・パルティヌスは、崩れた石壁の隙間から入りこむ朝日を感じて目を覚ます。

 叛徒達が作り出した包囲の輪に突入し、敵の馬防策に敗れ去った彼女は、部下達の必死の懇願により、戦線を離脱。単身、帝国軍の砦を目指している途上であった。


 ふと、傍らに立て掛けてある双剣を手に取る。


 自身のあこがれにして、帝国最強の女傑リアネイア・フィラ・ロクリスから贈られた双剣。はじめは、彼女が皇妃となることに戸惑いもあったが、今では母親以上に仲のよい身内として剣をかわす仲でもあった。



「ふふふ……、部下を見捨てて逃れた私に対して、あの人は何というのであろうか……」



 美しくも厳しい女傑の姿を思いかえしながら、フェスティアはそう自嘲する。


 部下を捨てて逃げることなど、パルティノン帝室には許されぬ愚挙である。しかし、あの場にいて部下達ともに死ぬこともまた、彼らの思いを無視する形となる。

 だが、リアネイアなら、さらにアルティリア、ラメイアをはじめとするキーリア達ならば、孤軍となっても敵を退け、生き残っている部下達を救い出したであろうという思いは消えることはない。



「叱責も侮蔑も甘んじて受けよう……。だが、仇は必ず取るっ!!」



 そう思い、フェスティアは双剣を腰に下げ、衣服を整える。


 彼女の中では、皇帝もリアネイアもいまだに健在であり、自分が生きていれば仇討ちも果たせるという思いが強くあった。

 そして、それだけが疲弊しきった身体を動かす原動力ともなっているのであった。

 ゆっくりとした足取りで、廃屋から外へと出て行く。

 周囲にわずかながらの気配を感じるが、あれだけ大規模な軍が動いたのである。民間人が森へと非難しているのかも知れないし、魔物の類が動きを見せていてもおかしくはないし。当然、反乱軍の捜索も続いているに違いなかった。

 そして、彼女もまた初陣を済ませ、今回のような戦いも経験した一人の武人である。そのみに油断の類を潜ませることはない。


 だが、それは自分の力量を相手が上回っていない場合の話でもあった。



「ぐっ!?」



 突如、感じる痛みと同時に、フェスティアの意識は急速に遠退いていった……。



 意識が戻ったとき、そこは見覚えのある一室であった。



「な、なぜだ? ここは……くっ!?」



 身を動かそうとしても、手に食い込む鎖が自由を奪う。

 仕方なく顔だけを動かし、周囲の様子窺う。やはり、当初見た印象通りの場所であるようだった。



「離宮か…………、何と言うことだ」



 今、自分がいる場所は、昨夜多くのキーリアや兵士達を囮にして脱出したスラエヴォ離宮であった。

 とはいえ、内壁にもひびが入り、調度品も打ち壊されたり、持ち去られたりしている。伝統として華美な装飾や美術品などをそれほど好むわけではない皇室であったが、それでも庶民からすれば驚くほど高価な物がいくつも存在しているのである。

 叛徒のすべてが自分達を狙うわけでも無し、掠奪目的に反乱に加わった者達も大勢いることは想像に難くない。



「ほう……、目を覚ましましたか」


「…………」



 周囲の様子を窺っていると、耳に届く男の声。


 視線を向けると、顔や衣服の間から治療の跡が垣間見える優男と不敵な笑みを称えた軽薄そうな美男子、無骨そうな大男が室内へと入ってきている。



「鎖に繋がれているとはいえ、よくお休みになられていたようですな」



 フェスティアの全身に視線を向け、大男が気遣うような口調で口を開く。印象とは異なり、優しげな声であった。



「………………」


「そんな、怖い顔をしないでくださいや。皇女殿下、美しいお顔が台無しですよ」


「勝手に口をきくな。ジェス、お前の出番はまだまだ。少し黙っていろ」


「はいはいっと」



 ジェスと呼ばれた軽薄そうな男は、そう言うと壁にもたれてこちらへ面白そうな視線を向けている。先ほどの大男とは異なり、全身を舐め回すように見ている視線が、ひどく癇に障った。



「お初お目に掛かりまする。皇女殿下、私は、ロジェス・マクシミリアンと申しまする。此度の戦乱を首謀させていただいておりまする」


「…………」


「さて、何からお話し致しましょうか。ふむ、まずは、あなたのお父上、今上皇帝陛下はすでに虜囚となられております。帝都への進軍は、さぞ見物でありましょうな」


「なにっ!?」



 ロジェスと名乗った男の言に、はじめは口を閉ざしていたフェスティアであったが、皇帝が虜囚となったことを聞くと、目を見開く。



「そして、リアネイア、アルティリア、ラメイアの三皇妃、並びにここスラエヴォに集結していたキーリアはすべて討ち取っております」


「戯れ言を…………皇妃達が貴様等如きに」


「左様でございますか。ならば、その目にてご覧になればよろしいのではありませぬか? ちょうど、処置が終わったようです」



 そう言って、ロジェスが大男に合図を送る。しかし、大男は顔を顰めながら口を開く。



「おい、ロジェ。本当に見せんのか?」


「なんだ? そんなことを聞いて」


「ちっ。趣味の悪い野郎だな。申し訳ないですね、皇女様」


「ははっ、ダルトは、皇女様に惚れたのか?」


「そりゃ、こんな美人だったら誰でもそうだろ」


「…………早くしろ」



 はじめは乗り気でなかった様子の大男、ダルトであったが、ジェスと呼ばれた男の言への答えを耳にしたフェスティアは、侮蔑に視線を向ける。

 それに気付いて、少ししょげたように見えるダルトは大人しくロジェの言に従った。



「…………あれは」



 外へと通じる扉が開かれるとフェスティアはロジェによって強引に身を起こされ、外へと視線を向ける。

 そこには、うずたかく積み上げられた死体の山と死に化粧を施された白衣に身を包んだ戦士の集団が横にされていた。

 そして、その中央に横たわる大柄で色黒の女性と小柄で少女のような外見の女性に姿が目に映った。



「そん…………な、ラメイア様、アル叔母様……」



 目を見開き硬直するフェスティアであったが、ようやく口にすることができたのは、二人の名前。そうして、全身の力が抜けるようにその場に崩れ落ちる。



「ふむ、お二人の最後は、戦士として何ら恥じることのない物でありましたよ。いっそ、慰み物でもしようと思いましたが、あれだけ美しい最期を遂げられては、逸物も萎えてしまいます」


「趣味の悪い野郎だ」


「うるさいぞ。…………さて、皇女殿下」



 そんな二人の言動も、フェスティアには届くことはなかった。


 ありえないことが目の前に起こり、現実を受け入れることができていないのであった。しかし、そんなフェスティアに対して膝を折って話しかけるロジェが、さらに追い打ちをかける。



「皇帝は虜囚となり、三皇妃は斃れた。あなたの母上を待つ運命も容易に想像がつくでしょう」



 その言を受け、フェスティアは再び目を見開く。



「貴様ら……っ!! 母上に何をするつもりだっ!!」


「何って、そりゃあなあ、俺達を苦しめた元凶だ。せいぜい、苦しみながら死んでもらうしかないなあ」


「貴様っ!!」


「ジェス、黙っていろと言っただろ。とはいえ、メルティリア陛下に関してはその通りですがね。三皇妃に向かうはずだった劣情が向かう先は当然そうなる。なにしろ、あの美貌だ」


「汚らわしい……っ!! 母上が貴様等如きに敗れるわけが無かろうっ!!」


「平素であれば、当然我らが皇后陛下に勝つことなど不可能でしょう。しかし、今の我々は、皇帝陛下の御身を預かっている」


「……………っ!?」


「まあ、そんなことはどうでもよろしい。ジェス」


「おう、ようやくか」


「無茶はするなよ? 優しく丁重に扱い、相応に絶望も与えておけ。……汚れを知らぬ女だ」


「はん、今回の事の立役者をつかまえて何言ってんだ?」



 小声で何事かを話すロジェとジェスであったが、二人のやり取りがフェスティアに耳に届くことはなかった。



 かつて、皇室の離宮が構えられていた杜の都スラエヴォ。

 反乱軍の攻撃と掠奪によって廃墟と化したこの都市に、若い女性のすすり泣きが聞こえはじめたのは、その日の夜からであった。



 ◇◆◇



 スラエヴォにて皇帝一行が叛徒に襲撃されたことは、すぐに近隣一帯に広まっていった。

 スラエヴォの軍管区に属する小村にあっても御多分に漏れず、住民達は噂話に熱狂し、反乱軍の襲撃という未来への恐怖に震えあがっていた。


 そんな小村の一角を、修道女が足早に歩みを進めていた。


 よく見ると、全身に傷を負い、痛みに顔を顰めている様が見て取れるが、混乱する村人の目に彼女が映ることはなかった。




「そうか……、父上も母上も……」



 シュネシスは、修道女からの報告に声を落とす。


 スラエヴォ襲撃からすでに三日。自身が集めていた腹心達も集結しはじめていたが、もたらされる情報は悲報ばかりであった。



「姉上とアイアースは捕らえられ、ミーノス達は行方不明。……どうにもならんな」


「殿下……」


「まさか、帝国がこんな形で終焉を向けるとはなあ……。じいさんが無茶を言い出したときに嫌な予感はしていたんだが」



 シュネシスの脳裏に、大親征に反対する皇太子一家の姿が思い浮かぶ。

 90を超えても尚、現役を誇っていた先代皇帝は、自身の人生を締めくくるべく大親征に乗り出したのであったが、それは100人近くいる皇子、皇女の大半による反対を押しきってのことである。


 そして、先代の戦死によって継承戦争が起こり、今度は民衆の反乱を呼んだ。


 この間わずかに5年。思春期の多感な時期を動乱によって乱されたシュネシスとしては、大人達の身勝手さにあきれつつも今後の身の振り方を考えるしかなかった。



「皇族であることを忘れて、どっかに亡命でもするか?」



 そんな軽口がでるが、周囲の者達は答えない。



「そんな目をするなって。分かっているよ。いずれ、俺は皇帝となる。お前達はそのために集めたんだ……。今は、生きよう」



 シュネシスの言に、皆が頷く。

 胸の内を知るわけではないが、皆が皆、シュネシスを助けることで利を得る事は分かっている。ならば、彼としてもその期待に応えないわけにはいかないのであった。




(殿下……、あなたには大きくなってもらわねば困ります。……そして、私の目的が成ったときは、すべてをあなた様に告げましょう……。私の罪を……)



 最後の到着した修道女、フォティーナ・ラスプーキアは、そんなことを考えながら目の前の若者に視線を向けた。



 この日、帝国領スラエヴォにて発生した反乱は、帝国近衛軍『キーリア』総帥、リアネイア・フィラ・ロクリスの死によって終結を向かえた。

 三皇妃以下のキーリア、近衛兵、離宮警備兵、スラエヴォ守備隊全員の戦死、皇帝以下皇族全員が行方不明となった。

 この時点で、宰相のメルティリア・ティラ・パルティヌスを除き、神聖パルティノン帝国は、その中枢にあるべき人間のすべてを失ったのである。

 大陸の過半を制圧し、大海原を席巻し、別大陸にまでその版図を広げようとしていた史上空前の大帝国。

 その千年にも及ぶ繁栄の歴史が、今終わりと告げようとしていた。

暗い話が続いてしまい、申し訳ありません。


あとは、感想などをいただけるととても喜んじゃったりします。

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― 新着の感想 ―
読んでいて苦しくなりますが面白いです。 シヴィラとフォティーナには是非苦しんで死んでもらいたいと思いますがどうなるのか。
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