第17話 浄化の光
刃が激しい火花をあげて交錯している。
それは一瞬の激突であったが、周囲を照らすほどの火花と金属が焦げる匂いが周囲に漂う中、互いに歯を食いしばって睨み合うアイアースとイースレイ。
と、それまでぶつけ合っていた三本の剣が二人の手から離れて跳ぶ。
即座に遠退き、手近にあったイレーネの剣を手に、再びイースレイと対峙する。力は互角。とはいえ、相手はフェスティアも認めたキーリア№1である。
戦いに対する大義と覚悟の面で揺れているイースレイだからこそ、付け入る隙があるだけで、長引けば地力の差が出てくる。
そんなことを考える中、アイアースは右手がうずいてくるようなそんな気がしてきていた。
だが、それを一瞥することはない。
イースレイから目を切ることの危険性もさることながら、刻印を目にしてしまえばそれを使役せずにはいられないような気がするのだ。
そして、その力をもちいてしまえば、自身は愚か、帝都そのものがどうなるのか。浮遊要塞と同様に赤き巨星に包まれて消滅する未来だけが浮かんでいるように思えるのだ。
そして、右手を固く握りしめると再び地を蹴る。
再び激しくぶつかり合うアイアースとイースレイ。今度はともに片手剣どうしであり、振り下ろした剣を振り上げ、横に薙いだ剣を縦にに斬り落とし、再び剣と剣をぶつけ合う。
とイースレイが舞を舞うかのように身体を大きく回転させる。そんな姿にアイアースは、その背に向かって剣を切り下ろしかけるが、すぐにやって来た痛撃を跳躍でなんとか躱すと、着地を狙って鋭い回し蹴りが襲ってくる。
「っ!?」
飛び退こうとするも、着地の勢いと蓄積したダメージによって足が言うことを聞かない。
「ぐっ!!」
腹に響く衝撃。幾本か骨がこすれ合う感触に襲われたかと思うと、後方へと弾き飛ばされる。
高速で変わっていく景色。体勢を立て直すも、すでにイースレイも自分を追ってきている。刹那。目に映った銀色の光と空気を斬り裂く鋭い音。
身体を捻るも肩口に鋭く食い込んでくる剣先。血が噴き出し、思わず地に倒れ込む。
視線の先。銀色に光るそれは、アイアースを待っているかのように柄を天に向けている。躊躇うことなく握りしめ、横薙ぎに払う。
イースレイ、すでに後方より剣を振り下ろしてきて、いない。アイアースの攻勢を読み、剣を構えてそれを防ぐべく待ち構えている。
――――読んでいる。
そう思ったアイアースであったが、今更止めることなど出来るはずもない。迷うことなく剣を横に薙ぐ。
その刹那、右手が激しくうずいたような気がする。
激しい光。次の瞬間には、赤き鮮血が舞い上がるとともに、光を放った何かが虚空へと舞い上がる。
「お見事です…………殿下」
そんなイースレイの声が耳に届くと、彼はゆっくりと膝をつき、地に倒れ伏す。
静寂。
そうなってはじめて、激しい鼓動と息づかいが耳に届いて来る。そんな中、倒れるイースレイの姿を一瞥して、はじめて勝ったのだと実感させられる。
と、床に金属が落下する音。視線を向けると、折れたイースレイの剣の刃先が、いくつかの破片とともに転がっている。
あの時。イースレイの剣とアイアースの持つリアネイアの剣が交錯し、赤き光を纏った両者。結果として、リアネイアの剣がイースレイの剣を断ち切った事によって、アイアースは勝利を得たのである。
「母さん……。イレーネ、行こう……」
そうして、両の手の剣を一瞥したアイアースは、すでに駆け去ったシヴィラとフィリスの後を追って駆けだしていく。
すでに視界に捉えることのないイースレイの姿。それが、僅かに身じろぎしていたことに気付くことなく……。
フェスティアの私室を駆け抜け、外へと繋がる通路を駆けていく。そんなアイアースの耳に、届く剣と剣の交錯する音。
そして、それに混ざるフィリスとシヴィラの声に、アイアースは思わず立ち止まる。
「出てきなさいよ。皇子様。いるんでしょう? そこに」
そうして、耳に届いてくるシヴィラの声。残念ながら、二人の戦いはシヴィラの勝利に終わった様子である。
そして、ゆっくりと歩みを進めるアイアース。
夕陽に照らされ、穏やかな風が吹きつけるその場所は、美しい花々の咲き誇る庭園であった。
そんな場にあって、フィリスに剣を突き付けてこちらを睨んでいるシヴィラ。両者ともに衣服を赤く染め、戦いの傷跡が色濃く残っているが、顔に汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべるフィリスに対して、シヴィラは涼しい顔を変えてはない。
「久しぶりね。皇子様。それにしても、随分変わったわね」
「お前もな。人形のような得体の知れない女から、……まさかな」
「あら? 思い出したの?」
そして、そんなシヴィラの表情に、脳裏に浮かんでくる光景。それは、自身の転生のきっかけになった一つの事故と、その直前に出会った一人の女性の姿。
その姿が、今眼前に立つシヴィラと重なっているのである。
「すでに遠い過去だ。むしろ、お前があの子とはな」
「それだけ? なんで私この世界に来たのか。それは分かっていないの?」
「知るかよ。いや、お前のことだ。母さんや百合愛がここにいるのは、そう言うことなんだろう?」
そんなアイアースに対し、視線鋭く睨み付けるシヴィラ。過去の出来事に、怒りが込み上げてきた様子だったが、そんな感情をぶつけられる覚えはアイアースにはない。
むしろ、二人が転生した原因も彼女が作ったのではないか。そんな気持ちを抱かされる。
「冤罪ね。百合愛さんには何もしていないわよ。百合愛さんにはね」
「うぐっ!!」
「っ!! やめろっ。百合愛は関係無いだろうっ!!」
「関係無い? 大ありよ。あなた、この子が好きなんでしょう?」
「だからなんだ。お前には関係無いことだっ!!」
「そう。じゃあ、彼女が死んだらどうなるんでしょうね?」
「……そんなことを、させると思うのかっ!?」
そんなアイアースの言に、フィリスの頸を締め上げるシヴィラ。苦痛に呻き声を上げるフィリスの姿に思わず声を荒げるも、さらに挑発してくるシヴィラ。
もちろん、シヴィラの言はアイアースにとっては事実であるのだが、実際にシヴィラには関係のないこと。
しかし、フィリスの死。
それを突き付けられたアイアースは、ほんの僅かばかりに動揺し、声を荒げる。
「ふふふ。やっぱりそんなモノよね。わざわざ馬鹿ども呼び込んだ甲斐があったわ。あなた達、機会を見て私を殺そうとしていたモノ」
「っ!? ……リヴィエトを引き込めば、戦いが終わるまで俺達はお前らに手を出さない。そう踏んだのか」
そして、さらに言葉を続けるシヴィラ。
そんな彼女の言に、アイアースは自分達の再会とリヴィエトの侵入を思い浮かべる。あの時点で、アイアースはシュネシス等と接触し、恐らくではあるが、フェスティアも自分の生存を知っていた。
そうなれば、シヴィラを元とする教団の排除に動くことは明白。事実として、シュネシスはすでに教団打倒のための手を打ち始めていた。
「そ。あなた達がキーリアになったことを知ったのは、すべてが終わった後だったし、まとめて始末しようとしたら、結束しちゃうんだもの。加えて、あの連中は、パルティノンの領土を欲しがっていたからね。利害の一致というヤツよ」
「そんなことの……、そんなことのために民をっ!!」
「私にとっては切実よ。せっかく拾った命が掛かっているんだもの。でもね、皇子様。私はね、貴方の苦しむ顔が見れればそれで十分なのよ」
「……何?」
すべてを手引きしたわけではないだろうが、北辺の民や数多の将兵を犠牲にした戦いを呼び込んだという事実。
それも、保身のための言う理由にアイアースは思わず声を荒げるも、それまで不敵な笑みを浮かべていたシヴィラの表情が、次第に怒りと狂気を含んだモノへと変わっていく。
それは、炎の中でリアネイアと対峙し、発狂仕掛けた時のそれと似ていた。
「優しいお母さん、いい友人達。いい人生だったんじゃない? それで、転生してからは立派な父親と一族、臣下達までついてきた。私と貴方で何が違うって言うのっ!? 私だって、前の世界ではまともに生きてきたわ。でもなんで、私の前からは誰もいなくなってしまうのよっ!! なんでっ、なんでよっ!!」
「知ったことか。俺もお前に恨まれる謂われなんて無い」
「無い? 貴方の、無用な優しさが、今も私を傷付けていることも分からないわけっ!? あそこで死なせてくれていれば、私も貴方も幸せだったのよ。こんな、こんな、くだらない世界に来る事なんてなくねっ!!」
「っ!? だからなんだ。どんな理由があろうとも、貴様だけは許さんっ!! 帝国の、いや、俺個人のために、ここで殺してやるっ!!」
さらに狂ったような声を上げるシヴィラ。そんな彼女が落ち着くのを待ち、アイアースは、吐き捨てるように口を開く。
彼女の身勝手な言い分に怒り心頭であったのだが、過ぎたる怒りは次第に静かな怒りへと変わっていき、彼女を殺めること、悲惨な最期を遂げさせることに躊躇が無くなっていくのだ。
「ふうん? いいの?」
「っ!? 殿下、私に構わずっ!!」
しかし、そんなアイアースに、シヴィラはフィリスをさらに締め上げ、剣を突き付ける。フィリスが必死に声を上げるも、シヴィラは冷然とアイアースに対して言い放つ。
「剣を捨てなさい。皇子様」
「っ…………」
「捨てなさい」
そして、静かに、かつ感情を消し去った声でそう命じてくるシヴィラ。
アイアースは、なおも囚われのフィリスを一瞥すると、腰から下げた双剣と腰に付けた暗器をその場に捨てる。
「殿下……っ」
「ふふっ」
眼を見開くフィリスとほくそ笑むシヴィラ。
そして、ほくそ笑むシヴィラの指先が光と、アイアースの周囲には色とりどりの光の球が浮かび上がってくる。
「これはっ」
「慣れればこういうことも出来るのよ。さあ、ゆっくりと苦痛を味わってね皇子様。キーリアになったことを、丈夫な身体になったことを後悔するといいわ」
そして、シヴィラの言を合図に、周囲の光がアイアースの身体に襲いかかり、小さな爆発を起こしていく。
焼け付くような痛み、冷たく引き裂かれるような痛み、風に斬り裂かれるような痛み、電撃に振るわされるような痛み、棒で打たれたかのような痛み、剣で斬り裂かれたかのような痛みが全身に襲いかかってくる。
「ぐ、うぐっ、ぐうぅ……………うぐっ、あああああああああああっっ!!」
はじめこそ、それに耐え、シヴィラを睨み付けていたアイアースであったが、積み重なってくる激痛に、次第に耐えきれなくなり、声を上げる。
そんなアイアースの姿に、フィリスもまた目に涙を浮かべてシヴィラに抗うも、恐るべき力で抑えつけられ、僅かに彼女を揺らすだけである。
「ふうん……。あまりすっきりしないわね。まあ、もういいわ」
そんな二人の姿に興味を失ったのか、シヴィラは静かに嘆息するとゆっくりと目を閉ざす。
そして、眩い光とともに、彼女の額に浮かび上がる刻印。それを受けて、アイアースの周囲にある光達が活動を停止する。
「な、なんだ??」
「これ? 何らかの刻印らしいわよ。ただの女だった私が、リアネイア達に勝てたのも、これのおかげ。馬鹿な民から崇められたのも、ロジェス達に祭り上げられたのものね」
「刻印……。だが、どういうつもりだ?」
「刻印の暴走が怖くて止まっているだけよ。なにせ、これは非常に不安定らしくてね。私が下手な事になれば、即……」
アイアースの言に、シヴィラはそこまで口にすると、剣を握った手を差し出して、大袈裟な仕草でそれを開く。
「暴走……? あの時みたいにか?」
「そうね。パリティーヌポリスぐらいなら、軽く消し飛ぶんじゃない?」
「……ぐっ」
「残念だったわね。フェスティアが生きていれば、可能性はあっただろうけど、あんなつまらない男と差し違えちゃんですもの」
「黙れっ!! 俺だけでなく、姉上までも侮辱するかっ!!」
「だってそうでしょ? あれだけ、国のため国のためって騒いでいたのに、よりによって一番危険な私を残して死んでしまうんだもの」
そんなシヴィラの言に、アイアースは自身が刻印を身に刻んだ際に起こった神殿の破壊を思いかえす。
あの時も、自身の制御が足りなかっただけだが、周囲に大きな破壊をもたらした。ヒュプノイアがいなければどうなっていたかも分から無かったと思う。
なれば、シヴィラを討ったところで、彼女によって押さえれている刻印が暴走すればどうなるのか。
そして、それを押さえられるのは、ツァーベルの刻印を封じたフェスティアの刻印のみ。だが、双方ともに今はシヴィラの手の内にあるのである。
「っ!!」
「きゃっ!?」
そんな時、フィリスが悦に入って緩んだシヴィラの手を振り切り、アイアースのもとへと駆ける。
即座に周囲を囲む光球が彼女に襲いかかるも、そのどれもが彼女の身体に届く前に消滅していく。
「殿下っ」
「フィリス。傷はっ、大丈夫かっ」
そして、胸元に飛び込んできたフィリスを抱きとめたアイアースは、先ほどの彼女の様子を思いかえし、口を開く。
思えば、シヴィラもまたフィリスの剣によって負傷しているはずである。だからこそ、今のような事を口にしているのかも知れない。
「ちいっ、素早い……」
「ふん……。殿下、彼女の刻印は、私が命に代えても抑えて見せます。殿下は彼女を」
「な、何を言うんだ?」
「……ああ。そう言えば、あの男の刻印は」
「そう。貴方が私に植えつけた刻印……。同じだけの力を持った刻印なら、抑えきることも不可能じゃないわ」
「ふーん。できるの? 言っておくけど、私の力は刻印のおかげだけじゃないんだからね?」
そう言うと、フィリスもシヴィラも剣を構え、お互いの刻印に光を灯す。
「殿下。何卒……私を信じてください」
「フィリス……」
そして、意志の強い視線を向けてくるフィリス。しかし、アイアースはすぐに頷く事は出来なかった。
刻印の力を押さえ込むことは、ミュウも下級刻印の力でやり通している。フィリスが持つ刻印の力をもちいれば、彼女以上のことも可能かも知れなかったが、それは今以上の消耗をフィリスに強いることになる。
アイアースやシヴィラと異なり、フィリスのそれは刻印の意志で身に宿っているわけではないのだ。無理な行使は彼女の身を滅ぼすだけである。
とはいえ、シヴィラを討つためには、その手以外に残されていないこともまた事実。シヴィラを討ったとしても、帝都が滅んではなんの意味もないのだ。
「…………分かりました。刻印よ、我が身に寄生する刻印よ」
「フィリスっ!?」
「…………っ!? 考えたわね。そこまで、その男が」
そんなアイアースの苦悩を察したのか、フィリスはアイアースに対して、柔らかな笑顔を浮かべると、まるで刻印に語りかけるかのように光を放つそれに対して口を開く。
そんなフィリスの姿に眼を見開くアイアースと驚きと感心の入り混じった声を上げるシヴィラ。
そんな二人を無視して、フィリスの声は続く。
「大いなるその力。私の命を糧に、それを解放し、すべてを、私以外のすべてを」
「なっ!? や、やめろっ!! フィリスっ!!」
「守れっ!!」
そんなフィリスの言葉に、アイアースは彼女が何をしようとしているのかを察し、彼女を必死で抱きとめる。
しかし、フィリスはその決意を違えることなく力強くそう言い放つと、彼女に右手に宿った刻印が、鮮やかな紫色の光を放つと、静かにフィリスの身体から離れ、虚空へと浮かび上がっていく。
そんな様を一瞥すると、力無く頭を垂れるフィリス。
「まったく。よりによってそんなこと…………っ!?」
アイアースの耳に届くシヴィラのあきれたような声。思わず血が沸騰するのを感じたアイアースは、躊躇うことなくシヴィラに対して火球を放つ。
「いきなり? ひどい男ね。女が自分を犠牲にするのを待って、私を討とうというの?」
「…………フィレスが命をかけたことだ。俺はそれに応えるしかない」
「ふーん。……でもね、皇子様。世の中、そんなに甘くないのよ?」
「何? ――っ!?」
その刹那。
シヴィラの身体から眩い光が発せられたかと思うと、周囲を包み込んでいく。
やがてそれは、空中庭園から、掃討戦に入った宮殿全体。そして、到着したパルティノン軍と信徒兵の交戦が続くパリティーヌポリス全体を包み込んでいく。
「私の力とその子の命の価値のどちらが上か。試してみようじゃないっ!!」
そんなシヴィラの声が耳に届く。轟音とともに光がまばゆさを増し、周囲が突風に吹き荒れていった。
◇◆◇◆◇
アイアースを見送ったシュネシス等は、宮殿内に潜伏する幹部や抵抗を続ける信徒兵の掃討に当たっていた。
怯えた目をこちらに向けつつ許しを請う肥えた豚。
それを蹴り起こしたシュネシスは、躊躇うことなく剣を振るい、肥満した頸と胴を切り離す。
「兄上。こちらの掃討は」
「俺も済んだところだ」
「では、次は……」
そんなシュネシスの耳に、背後からミーノスの声。視線を向けると、ミーノスとサリクスはじめ、方々からキーリア達が駆けつけてきている。
その手にした得物は一様に血に汚れているものの、新しい傷は見られない。一方的な殺戮劇があっただけであろう。
「行くとするか。勝手にこんなところを作りやがって……」
そう言うと、シュネシスは眼前にある重厚な扉へと歩み寄る。
礼拝堂と呼ばれる、シヴィラ等の瞑想と天への祈りを行う場であるという。それまで、教団の幹部達が会議や軍議に用いていたという場であり、アニがアイアースに扮して演説を行ったのもこの場である。
城の一角を短期間で改修した場であると言うが、シュネシス等には不要なモノである。
「行くぞっ!!」
「はいっ!!」
そして、シュネシス、ミーノス、サリクスが勢いを付けて跳躍すると、躊躇うことなく扉へと蹴りを見舞う。
派手な音をたて、吹き飛ぶ扉。そして、駆け込んでいくキーリア達。残った幹部達が怯え、信徒兵達が最後の抵抗を見せようとしてくる。
そんな光景を予想していたシュネシス等であったが、彼らの目に飛び込んできたのは、予想外の光景でもあった。
「おや? 皇帝陛下は随分荒っぽいことをなされる」
「皇帝だとっ!?」
聞こえてきたのは、澄ました男の声と余裕のない女の声。
視線の先では、かつての教団最高幹部ロジェス・マクシミリアンとユマ・スィン・コルデーが全身を赤く染めながら、血に身を預けている光景であった。
「さてと、ユマ。お遊びはこれまでだ。我々も、覚悟を決める時が来たようだ。クトゥーズ閣下、ミランダ殿も、同様にな」
そして、状況を理解できないシュネシス等に対し、ロジェスは肩をすくめてユマと背後の壮年の男と年若い女性に声をかける。
「うむ。まあ、この辺りでよかろう」
「悔しくはありますが……」
「なっ!? あ、あなた達っ!! 何を言っているのですっ!?」
「状況を見ろ。俺達にあるのは、死だけだ」
「そ、そんなことっ!! なれば、シュネシスっ!! 貴様だけでもっ!!」
「おっ!?」
そして、クトゥーズとミランダもまた。武器を捨ててふっと一息つくが、唯一ユマだけは状況を掴めずに声を荒げている。
そして、ロジェスの嗜めも無視して、シュネシスに対して剣を向けてくる。
はじめこそ驚いていたシュネシスであったが、いかに歴戦と言えど、所詮文官あがりのユマである。
あっさりと横薙ぎに払って地に叩きつける。
「うっ……ぐう……」
「ふう。さいごまで、これか」
「…………よく分からんが、ロジェス……だな」
「ええ。シュネシス様」
「貴様には……っ!?」
「っ!? こ、これはっ……!?」
そうしてロジェスの前に立ち口を開いたシュネシス。
彼に聞きたいことは山ほど在り、すぐに処断する予定はない。ロジェスもまた、すでに覚悟を決めていたため、素直にそれに従おうとしている。
しかし、その時、周囲が眩い光に包まれ、その光が増していく。
「……巫女様っ!? なんと言うことをっ」
「巫女だと? 何がどうなっているっ」
「敗北を受け入れるのならば、パリティーポリスもろともの死を選ぶ。と言うことですかな」
「なんだってっ!? 貴様らっ、それを知っていてっ!!」
苦々しげ表情を浮かべてそう口を開いたロジェスに対し、シュネシスがそう問い掛けるが、それに応えたのは年長のクトゥーズである。
彼もまた、シヴィラのみに宿った刻印の正体を知る者。そして、ミーノスの問い掛け通り、そのことを知ってもいた。
「話す義理は無かろう」
「ぐっ……。こんな……、こんな結末みとめらるかよぉっ!!」
そして、素っ気なくそう応えたクトゥーズの胸ぐらから手を放し、声を荒げるミーノス。
周囲を包み込む光がなんであるのか、分からないほど愚かではない。そして、それが分かるからこその声でもある。
そして、その彼の声は、その場にいるキーリア達の思いを代弁したモノであったのだ。
「そ、そんな……。だ、駄目よ。いくら何でもこんなのっ!!」
「ミュウっ!! なぜここに」
「そんな、ことより……ううっ」
「ミュウさんっ!!」
「よせっ、ミュウっ」
「無茶すんじゃないよっ!!」
そして、さらに室内に響く声。
シュネシス等の視線の先では、身体に光りをたたえて、この状況に抗おうとするミュウとそれを止めようとするフェルミナの姿。
フィリスとリアネイアの亡骸を守るように命じたはずであったが、状況をがそれを許していないと判断したのであろう。
サリクスとアニの制止にも、法術をやめようとしない。
「無駄ですよ。……もう」
そして、室内に響くミランダの諦念の声。周囲が突風と衝撃に包まれたのは、それから間もなくのことであった。
長くなったの分割します。
第18話は、22:00に投稿予定です。




