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第16話 夢の終わりへ

 変わらぬ光景がそこにはあった。



「まるで、あの時のことを夢見ているようだ。とはいえ、姉上はすでに亡く、あの時に、お前はいなかったがな……イースレイ」



 ゆっくりと室内に歩み寄り、立ち止まってそう口を開いたアイアース。


 かつて、姉フェスティアを救出するべく一人この場に乗り込み、ロジェス、ジェストの両名を破り、つかの間の勝利に浸った場所。


 そこから、シヴィラの法術を受け、屈辱の敗北に身を落とした。


 自分にとって、この場は幼き頃の思い出の場所でも、かつての家でもなく、ただただ、苦悩と屈辱の場であったのだ。


 そして、そんな場はすべての決着にとっては、まさに天地といえる。



「殿下……」


「まさかお前が、こうして生き長らえているとはな。お前がいれば、リヴィエトとの戦いは優位に進んでいたであろうに」


「……私は、パルティノンのキーリアである前に、教団の衛士なのですよ。殿下」


「姉上とともに戦場を駆け、その覇権に尽力したという過去も、教団に組した後は無きモノなのか?」


「…………フェスティア様と、ともに駆けた日々は、遠き夢であったのです」




 そして、室内へと足を踏み入れたアイアースに対し、顔を上げながら口を開くイースレイ。


 アイアースにとっては、レモンスク近郊でのスヴォロフ元帥との戦い以来の再会であったが、その時の戦いに望む高潔な戦士としての姿とは異なり、苦悩に苛まされる憐れな男のように、眼前に立つイースレイの姿は映っていた。


 そして、帝国の守護者たるキーリアではなく、あくまでの教団の衛士であると語るイースレイ。


 だが、シュネシスを通じて、イースレイがフェスティアの登極を支え、その派遣奪回に尽力したという事実は耳にしている。



 フェスティアもまた、教団を抑えるために送り込んだ男が、最後の最後でアイアースと対峙することになるなどとは夢にも思っていなかったであろう。



 そして、フェスティアとともに駆けた日々を、“夢”と呼んだ以上、もはや、彼に後戻りをするという選択肢は無い。




「“夢”か。なれば、現実は衛士№1としての意地か? それとも、そこの女のためか?」


「そうかも知れません。教団の衛士が、巫女を裏切ることなどあり得ませぬ」


「№1か……。誰もついてこない、猿山の大将を守ってなんになるというのだ?」


「っ!! ――――それでも、私は彼女を守らねばならぬのです。これ以上、誰もついて来てくれなければ、彼女がかわいそうだ」


「そうか。――ならば、行くぞっ、イースレイ。シヴィラっ!!」



 そして、お互いに剣を構えるアイアースとイースレイ。


 アイアースにとっては、シヴィラを頂点とする教団は、憎しみの対象でしかなく、いかなる思いを抱いていようとも、それを守ろうとするイースレイは倒すべき敵でしかない。


 教団がパルティノンにとって害になる存在であるとしても、今回の戦いは私怨のためでしかない。


 だが、イースレイもまた、シヴィラ個人のために戦うというのならば、これは、私闘。



 戦いの場に、これ以上の言葉は不要であった。



◇◆◇



 眼前にて激突し始めた男達の姿は、獰猛でありながらも美しくもあった。


 一人は、自分を守るため。もう一人は、自分を殺すため。その動機は対照的でありながらも、目的はたった一つ。



 自分の存在を賭けて。



 と言うモノであった。そして、その事実にシヴィラは全身に気怠さを感じつつも、思わずほくそ笑んでいる。



 彼女にとって、二人は愚か、すべてが滑稽でしかなかった。



 この世界に新たな生を受けてから、色濃く残る記憶達。


 本来ならば父となるべき男によって、首を絞められ、虚ろな視線を向けていた事にはじまり、父親は違えど姉妹と呼べるはずの者達から向けられる怨嗟。


 そして、居場所を失い、野心と欲望に満ちた者達に連れられて降り立った大地。そこで待っていたのは、自分の足で立つことすらも敵わぬほどうちひしがれた愚民達。


 周囲の者達の美辞麗句に涙を流し、自身が施した法術に平身低頭して感謝の言葉を口にする。



 そんな光景が広がった果てにあった反乱劇。



 それは激しい戦いだったと思う。


 しかし、生まれながらの力を頼みに戦う自分に対して、血の滲むような鍛錬を重ねてきた者達が、その人生を駆けて戦わねばならぬと言う現実。


 ともすれば、後々に語り継がれるかのような戦いもあったのであろうが、自分にとっては愚者達が用意された舞台の上でのたうち回っているようにしか思えなかった。



 だが、そんな時に出会った一人の女性。



 眼前に立ち、全身を傷つけ、赤き炎に身を照らしたその女性は、枯れきっていた自身の目にもこの世のモノとは思えぬほどの美しさをもっていた。


 しかし、彼女の姿は、自身の心の奥底にしまい込んでいた最悪の記憶を呼び起こしてしまった。


 自身の過ちで奪ってしまった命。それに対して、自分を責めることなく、ただひたすらに祈りを向ける女性の姿は、腕力に寄ることも、言葉に寄ることもなく、自分を傷付け続けた。



 そんな女性が、この世界にあって再び自分の間に現れ、命を賭けて守ろうとした一人の男。



 その姿に気づくこともまた、容易であった。


 彼は、自分を救おうとした時と同様に、お人好しであり、甘い人間であったが、それでも、彼の周囲には多くの人間が常に寄り添っていた。


 彼が命を失ったのは自分の過ちであるだろう。だが、同じ人間であってもなぜここまで違うのか。



 彼は多くの人間に愛され、ともにあることが許されているのになぜ、自分は人に愛されず、常に孤独であるのか。


 この手で彼の女性を目の前から消し去った後も、そんな感情に支配され続けていた。



 理想に燃える皇女様に権力を明け渡したのも、そんな感情に支配される日々にあって、周囲の者達の言に頷く事が面倒になったのと、何かのために必死で抗い続ける彼女の様を見続けるのも悪くないと思えたのだ。


 そして、その通り、彼女はボロボロになるまで抗い続け、孤高に身をやつしながらも生き続けた。


 その姿を見た時、はじめて自分にはないモノを明確に示してくれた。そんな風に思えた時もあった。



 だが、彼女は大いなる戦いを前に、女性としての幸せを知ったようだった。



 自分の中で何かが崩れていく。



 そんな感情に支配され、気付いた時には、炎の中に倒れる彼女の姿があるだけ。それは、影武者であったようだが、結局彼女は、自分がもっとも憎む男とともに戦場に散っていった。


 すべてが自分を傷付け、孤独にさせる。そんな思いを抱いて生き続けてきたその先にあったのは、さらなる憎しみを生み続ける自分。


 それに後悔はない。自分が傷つくのならば、他人も傷ついたしまえばいい。そう思うことの何が悪いのか。


 しかし、なぜだろうか。憎しみとともに、自分を刺し、憎悪を向けてきた女性。かつて、生きてきた生にあっても、最後まで自分を憎み続けていた唯一の存在であった彼女は、最後の最後で自分を守ったのである。




「どうして、なのかしらね? 百合愛さん」


「えっ!?」




 背後に近づく気配に、そう口を開いたシヴィラは、驚きの声を上げるフィリスの剣を弾き飛ばすと、その眼前に剣を突き付ける。


 フェルミナ等とともに玉座の間に残っていた彼女であったが、残存信徒兵との交戦に巻き込まれた際に、意識を取り戻し、眼前の男、アイアースの後を追った来ていたことには気付いていた。



 そして、今もなお、自分の命を狙おうとしていたことも。




「フィリスっ!? なぜここにっ」




 そして、戦いの最中であってもその存在に気付いたアイアース。イースレイもまた、予想外な乱入者の姿に、驚き、目を丸くしている。



「ともに戦うために決まっているわ。この子は、リアネイア様の……いや、梨亜子さんの仇なのよっ!!」


「どういう……」


「どう言うって、そう言うことよ。まあ、答えが聞きたかったら、彼を倒すことね。私は、上で待っているわ」





 そして、怨嗟の念を向けてくるフィリスと事態に困惑するアイアース。


 そんなフィリスの言に、あの人は梨亜子という名であったのかとも思い、リアネイアもまたという考えが浮かんだが、それはさすがに出来すぎというモノか。


 とはいえ、いまだに事実に気付かない鈍感な男に対する意趣返しはまだまだ残っている。簡単に言うつもりもないし、そのために最適な人材も目の前に転がっている。



 そう思うと、シヴィラは指先に転移のための光を灯すと、足元にそれを落とす。




「ま、待てっ!!」




 剣を拾い直して声を荒げるフィリスの声。


 しかし、全身が眩い光に包まれると、シヴィラは先ほどまでの皇宮内部ではなく、戦いを前に心を落ち着けた場所。空中庭園に立っていた。




 眼前では、自身が与えた力によって咲き誇った大輪の花たちが、風に揺られながらシヴィラを出迎えていた。



◇◆◇◆◇



「ま、待てっ!!」



 光とともに消え去ったシヴィラの姿に対し、声を荒げたフィリスが空中庭園へと続くフェスティアの私室へと駆けていく。




「待て、フィリスっ!! 一人では危ないっ!!」




 それを目にしたアイアースも、後を追うべく床を蹴るが、ほどなく回り込んできたイースレイの重い一撃が襲いかかってくる。


 それを片手で受け止めると、衝撃によって敷物が煙を上げて抉られ、足元が熱くなる。だが、受けきれたことにより空いた脇腹を狙える。


 躊躇うことなく振るった剣であったが、瞬時に身体を捻ってそれを受け止めたイースレイは、そこから留まることなく剣を繰り出してくる。


 それをすべていなしつつも反撃を加えていき、やがてお互いに剣と剣をぶつけ合う幾度めかの膠着状態に陥っていく。




「邪魔をする気か? イースレイっ」


「行かせませぬ。殿下、通りたく場、私を倒していってください」


「言われずともっ!!」




 そう言うと、アイアースは両手の剣を思いきりイースレイに対してぶつけると、受け止められたそれが激しい火花と光を発し、その勢いそのままに後方へと飛び退る。


 いったん距離を取ると、呼吸が激しさを増していることに気付く。身体には無数の傷が刻まれ、白き軍装をさらに赤く染めている。


 思えば、内城での乱戦を斬り抜け、リアネイアと全力で向かい合った後である。身体はいつ限界を迎えるかも分からない状況なのだ。



 となれば、こうして距離をとれた今を生かす以外に手はない。



 そう思うと、アイアースはふっと息を吐き、右手に持ったリアネイアの剣を正眼に、左手に持ったイレーネの剣を下段に構え、腰をやや屈めていく。



 勝負は一瞬。



 イースレイもそれを悟ったのか、長剣を両手に構え、顔のすぐ脇へと剣を持っていき、アイアースに鋭い視線を向けていく。



 静寂。



 同時に床を蹴り、激しい金属音が周囲に包まれたのは、それから間もなくのことであった。



◇◆◇◆◇



 落ち着きのある一室を抜け、城外へと出たフィリスの視線の先にあったのは、花々の咲き誇る庭園であった。


 夕陽に照らされ、穏やかな風に揺れる花々の姿。それは、血に塗れた宮殿にあって、ただ一つの純潔を誇っているかのような、そんな美しさを見せつけてくる。




「きれいでしょ? 私が育てたって言うのにね」




 そんな光景に見とれてるフィリスに対し、眼前にて花々を愛でる女。シヴィラ・ネヴァーニャ。かつての名を、静原美空と言った女性が、ゆっくりを腰を上げ、視線を向けてくる。




「呼んでおいてなんだけど、よく素直に来てくれたわ。ここは、皇帝陛下と一部の側近しか知らない場所だからね」


「なんのつもりだ。私は、導かれるままにここに来た。逃げようとしたのではないのか?」


「逃げる? どこへ逃げろって言うの? もうこの大地に、私が行ける場所なんて無いわ。ここが、最後の場所」


「そう……。たしかに、墓所とするには十分すぎる場所ね。貴方には似合わないわ」




 そんなシヴィラの言に、フィリスは剣を抜き放つ。


 意識を回復してからか、妙に身体が昂ぶっている。何がそうさせているのかは分からなかったが、その昂ぶりが、シヴィラを討つためには十二分に発揮されるはずであるのだ。




「似合わないって言われも、ここを作ったのは私だし、他人にどうこう言われる筋合いはないわ」


「ほざけっ!!」





 肩をすくめ、そんなことを口にしてくるシヴィラ。


 逃げ場はなく、眼前には剣を構えた敵がいるにも関わらず、彼女が冷然としている様はよけいに腹が立った。


 そして、床を蹴り、シヴィラに対して斬り込んでいく。奇襲とまでは行かぬが、剣を抜いてもいない相手である。しかし、それが危険なことは先ほどの様子から分かっている。抜き身の剣を弾き、さらに剣を打ち込んでいくも、シヴィラは表情を変えることなくそれを弾いていく。




「分かっていないのかな? ラメイアをはじめとするキーリア達が私には敵わなかったのよ? 歳年少の近衛とはいえ、貴方が私に敵うわけがないわ」


「だからなんだっ!! 私は、貴様を討つ。それだけだっ!!」

 

 そんなフィリスの攻勢に対し、ウンザリとした様子を隠すことのないシヴィラ。


 フィリスとしてもそんなことは理解している。そもそも、剣伎は必要だからならっているだけで、本来は支援の類の方が得意であるとも思っている。



 そして、剣に関しては、アイアースの傍らにてともにありたいという思いもあったのだ。


 だからこそ、剣伎のみでシヴィラとは相対したかったが、さすがに彼女はそこまで甘い相手ではなかった。



 とはいえ、実力差が明白だからこそ、付け入る隙も存在する。




「はあ……。行くわっ!!」


「っ!?」




 そして、こちらの攻勢にうんざりしたのか、深いため息を吐いて、こちらを睨み付けてくるシヴィラ。



 ――――来る。



 本能的にそう思ったフィリスは、咄嗟に防御姿勢を取ると、それを待って居たかのように襲いかかってくる攻勢。


 その一撃一撃が、細身のシヴィラから繰り出される事が嘘のように思えるほど重く、剣もろとも断ち切られてしまうような、そんな思いを抱かされる。




「やるわね。でも、それだけっ!!」



 そんなフィリスの防戦に対し、賞賛めいた言を口にしたシヴィラは、大きくかつ鋭く振りかぶると、横凪を一撃をフィリスへとぶつけてくる。


 咄嗟に飛び退き、その一撃を防ぐも、後方へと弾き飛ばされる。


 眼前には、止めを刺すべく迫ってくるシヴィラ。だが、それはフィリスが意図していた行動でもあった。



(掛かったっ!!)




 そう思った時、フィリスは背に隠していた短弓を手に取る。


 飛距離は短く、威力もせいぜい相手を負傷させることが出来るかどうかという代物であったが、弓に関しては百中を誇る自身がある。


 加えて、自身に迫ってくる相手である。回避は不可能なはずであった。




「私の勝ちだっ!! シヴィラ」



 思わずそう叫んだフィリス。そんな声が響いた時には、放たれた矢がシヴィラの額目がけて飛来していた。



 しかし、この時フィリスが相手にしていたのは、人ではないのである。




 “天の巫女”



 彼女の中に奇跡を見た数多の人々が、畏敬をこめてそう呼んだのは、何も信仰のためだけではないのである。


 フィリスが気付いた次の瞬間には、肩口を赤く染めたシヴィラによって、フィリスは捕らえられ、その体躯からは想像も出来ぬ力によってフィリスを締め上げてきていた。



「ぐぅ……っ、ば、馬鹿なっ」


「滑稽ね。まあ、よく頑張ったといえる。間にあったようよ?」


「な、なにを……?」


「出てきなさいよ皇子様。いるんでしょう? そこに」




 今起こっている事態が信じられないフィリス。しかし、現実に彼女の身は、シヴィラによって拘束され、動きを奪われている。


 そして、すでにシヴィラの意識は、彼女ではなく、近づいてくる靴音の主へと向けられている。



 ほどなく、夕陽に照らされはじめた通路に立つ一人の男。


 陽に照らされた白と黒の髪は、まるで炎を纏っているかの如く写る白き虎。アイアース・ヴァン・ロクリスその人が、二人の視線の先に立っていた。

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