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第12話 望郷の時②

 周囲のざわめきが耳をついた。


 ロジェスは、宮殿内部より内城にて起こっている事態を見つめつつ、周囲の幹部達の同様に苛立ちを覚えるも、彼自身の動揺も大きかった。



「ヴェージェフ……。貴様――っ!?」



 そして、その動揺が怒りに変わるのにそれほど大きな時間は掛からず、傍らにて悠然と内城の様子に目を向けている男に視線を向ける。


 しかし、すでにその場に件の男の姿はなく、代わりにあったのは、自身や幹部達に対して剣を向けてくる信徒兵とその指揮官の姿であった。



「ユマ? それに……」



 ロジェスは、突き付けられた剣を睨みつつ、その背後に立つ三人の人間。それぞれが、妙齢の女と壮年の男、そして年若き女性の三人に対して鋭い視線を向け、口を開く。



「久しいな。ロジェス」


「かつての英才が、ここまで落ちぶれるとは思ってもいませんでしたよ」


「クトゥーズ閣下に、ミランダ参謀…………レトラ渓谷の戦いにおいて消息を絶ったと聞いておりましたが」




 三名がともにロジェスにとっては見知った顔である。


 しかし、ユマはともかくとして、クトゥーズとミランダが自分の目の前に立っているという事実は、あらゆる情報を手に謀略を張り巡らせる彼であっても予想外のことである。


 リヴィエト内部の派閥抗争に敗れ、参謀総長ヴェルサリアによって粛清の憂き目に遭っていたはずであるのだ。




「色々とあってな。様々な輪廻の絡み合いの結果が、我々を現世に留まらせた」


「左様でございますか。して、此度の暴挙はいかなることで?」



 そんなロジェスの言に、苦笑混じりにそう応えたクトゥーズ。


 その表情に彼自身も現状を受け入れることに多少の抵抗をもっていることは明白である。とはいえ、この火急の折に、愚かなる行為に走る意味も理解しようがない。




「ロジェス……。あなた方は、信徒達を裏切り、あまつさえ祖国さえも裏切りました。その報いを受けるべきです」


「ほう? 如何様にして? そもそも、私にとっての祖国はリヴィエトであって、パルティノンではない」


「そうではない。貴様は、この地に生きるすべての民を、自身の野心の為に弄んだ。貴様とて、所詮は……」


「黙れっ!!」




 そして、クトゥーズに変わって口を開くユマの言に、ロジェスはあきれ口調でそう応えるも、信仰や理想に狂う女に正論は通用しない。


 なおも口を開こうとするユマを一喝したロジェスは、周囲を取り囲む信徒兵を法術でもって蹴散らす。



「巫女の威を借りねば何も出来ぬ売女がっ!! どの口で私を非難するというのだっ!!」


「…………なんですってっ!! あなた達がっ」


「なんとでも言え。どのみち、私に未来はないのだ……。だが、冥府にて下僕は何人いても問題ないな」




 そうして、さらに駆けつけてくる信徒兵やユマを睨みつつ、静かにロジェスはそう告げる。



 どのみち、教団は終わりである。



 復活した三皇妃が、意図したとおり四皇子を葬ってでもいれば、可能性はあったが、今内城を埋め尽くす信徒兵を蹂躙する女の姿に、すでにそれが叶わぬ事であることも悟っている。



 とはいえ、大人しく愚か者に討たれるほど潔い性分でもない。




「せっかくだ。まとめて、殺してやる」




 口元に笑みを浮かべ、静かにそう告げたロジェス。


 そんな彼の姿に、ユマをはじめとする信徒兵や幹部達は顔を青ざめさせ、クトゥーズとミランダは肩をすくめて剣を抜いていた。



◇◆◇◆◇



 馳せ違った先にあったのは、激しい衝撃と地の感触だった。


 ミーノスは身体から吹き上がる血飛沫をこらえつつ、後方を睨み付ける。そこでは、同様に血を吹き上げつつも、鋭い眼光を消し去ることのない女性の姿。


 再び立ち上がって全力で女性、アルティリアへと向かって駆け、互いに大鎌を振るうと、息を合わせたかのようにそれが激突し、激しい火花を散らす。


 衝撃。つばぜり合いから押しきられるも身体を捻り、鋭く回転させながら鎌を振るう。狙うは、互いの首。


 同じ武器、同じ型を持っての戦いであり、行き着く終着点は同様。そこから先は、すべてが力量の差に表れていく。


 つまり、首を跳ばれることを避けた先にあるのは、地に倒れるミーノスと佇んだままそれを見据えるアルティリアの姿であった。




「ぐっ……」


「どうした? もう終わりか?」


「くぅっ……。まだ、だ」




 これで何度目であろうか? 思い返す事も出来ぬまま、身体に鞭を打ち身を起こす。


 そうして、息をきらしながらアルティリアと向かい合う。


 満身創痍のミーノスに対し、アルティリアは傷一つ負わず、息一つきらしていない。同じ武器、同じ剣伎をもってもここまでの差があるのである。


 そこにあるのは、絶望的なほどの開きを見せる技量の差である。




「そうして立ったところで、待ち受ける結果は同じだぞ。そなた……、こうして闇雲に同じ事を繰り返していれば、いつかは結果が覆ると思っていないか?」


「っ!?」


「何をもって戦っているのだ? こうして、帝都に攻めあがり、武器を取る理由はなんなのだ? そなたは、優れた力を持っているようだが……私を倒すことだけに専心したところで、何も救う事は出来ぬぞ」




 互いに大鎌を構え、対峙する中、アルティリアは静かにミーノスを見つめ、そう口を開く。


 たしかに、幾度となく繰り返した馳せ違いの結果はすべて同じ。


 アルティリアの傷一つつけることなく地に倒れ伏すミーノスの姿があるだけである。だが、何をもって戦うという問いの意味は。


 パリティーヌポリスへと攻めあがり、こうして実の母との戦いに挑んでいる意味は。



 だが、今のミーノスにそんなことを考えている余裕は無く、眼前の女性を倒すことだけが脳裏をついている。




「…………そうか。なれば、もはや加減はせぬ」



 そして、そんなミーノスに対し、眼光鋭く見据えながらそう口を開いたアルティリア。


 気付いた時には、ミーノスの身体は虚空へと跳ね上げられ、次の瞬間には地に叩き伏せられる。


 全身が避けるような痛みに襲われる中、身を起こすと、眼前にて跳躍し前転しつつ、背を斬り伏せ、そのままの勢いで蹴りを見舞われる。



 それは、まるで舞いを踊るかのような優美かつ洗練された戦技。



 小柄な体躯を生かしたその戦いぶりは、まるで神話に現れる天使の如く背に翼を得ているかのようなそんな神々しさすらも感じさせる戦いぶりである。


 そんなことを思い浮かべるほど、アルティリアの攻勢は圧倒的であり、ミーノスは反撃の機会を得ることも、反撃に討って出る気力すらも奪われている。


 そして、再び虚空へを舞いあげられたミーノスの目に映るアルティリアの姿。次の瞬間には、陽の光に照らされた鋭き白刃が光となって振り下ろされてくる。



「っ!!」



 咄嗟に我に返り、大鎌を構えてそれを受け取るも、直前まで成されるがままの身体である。衝撃に耐えられるはずもなく、後方へと叩き伏せられると、そのままに宮殿の外壁へと叩きつけられる。



「ぐあっ!!」



 途端に、身体の内部が敗れたような感覚に襲われ、次にやってきたのは強烈な嘔吐感。ほどなく、込み上げてくる何かを抑えきれずに、ミーノスは口から多量の血を吐き出した。



 全身に粟が浮かび、視界もしぼやけはじめる中、耳に届く足音。



 顔を上げると、どこかモノ悲しい表情を浮かべたアルティリアの姿が目に映る。そして、そんな表情を変えることなく、アルティリアは手にした大鎌を振りかぶる。



 そんな時。



 一瞬の間とともに、アルティリアの目からは、赤き血の涙がこぼれ落ちる。




「? 何、これは?」




 それを拭い取り、手が赤く染まる様を見て驚きの声をあげているアルティリア。しかし、すでに戦意を奪い取られているミーノスはその隙を突くことも出来ない。圧倒的な力の差は、それまで絶望的な戦いを生き抜いてきたミーノスであっても、その希望を奪い取るには十分なモノであったのだ。


 そんな時。一陣の風が、ミーノスとアルティリアの間を駆け抜ける。



「っ!?」


「くっ!? な、なんだ……」




 お互いに突然の事態に目を丸くし、過ぎ去ったそれに対して視線を向ける。そんなミーノスの耳に飛び込んできたのは、凛とした女性の声であった。




「何をやっているのだ皇子よっ!! そなたは……、そなた達は、馬鹿な連中が大事だったのではないのかっ!!」




 視線の先にて声を荒げるのは、飛竜を駆る女性竜騎士ターニャ。またの名を、タチアーナ・ニコラヴィナ・ヴァシレフスカヤという、帝政リヴィエト皇女でもあるその女性は、凛とした気の強そうな表情をミーノスへと向けている。




「なんだ? あの小娘は」


「むっ。小娘とはなんだっ!! 貴様も、似たようなモノではないかっ」


「うわっ。馬鹿っ!!」




 そして、突如として乱入してきたターニャに対し、訝しげな視線を向けそう口を開いたアルティリアに対し、ターニャもまた声を荒げる。


 慌てて止めに入ろうとするミーノスであったが、満身創痍の身体はそう簡単には言うことを聞いていくれない。


 そのうちに、アルティリアは口元だけに笑みを浮かべた表情をターニャへと向けている。




「ほう? それは、私が小娘だと言うことか?」


「違うのか? 見た目も体型も……って、そんなことはどうでも良い。皇子よっ!! 不抜けたのならば、この女の相手は私がするぞっ!!」




 そして、そんなアルティリアの静かな、かつ激しく燃え上がる怒りを察することなく、そう口を開いたターニャは、果敢にも正面からアルティリアへと挑んでいく。


 一見無謀にも思える戦いであったが、それはターニャ個人がアルティリアへと挑んだ場合である。


 今、彼女にはともすれば一介のキーリアをも圧倒できるだけの味方がついているのである。



『ふんっ!!』


「むっ!?」




 正面からの突撃であり、ターニャの首を跳ばさんとするアルティリアに対し、ターニャの飛竜、エルクは身を捻ると、死角から自身の尾を振るい、アルティリアへと叩きつける。


 慈善に攻勢を察していたアルティリアはそれを難無く受け止めるも、続けざまに吐き出された炎には、余裕を見せるわけにも行かず、地に身を投げ出すようにそれを躱す。



「もらった!!」



 それを見て取ったターニャは、一連の機会を待っていたかのように槍を繰り出す。その先にあるのはアルティリアの頸部。


 まさに一撃必殺の技でもある。



 しかし……。




「ふむ。太刀筋はよい」


「えっ!? きゃあああっ!?」


『ぬおっ!?』




 アルティリアの首を貫くとばかりに思われた槍は、その直前で掴み取られ、その動作を止めている。


 そして、軽く小石を放り投げるように、指先から手首にかけてを振るうと、巨体のエルクごとターニャを投げ飛ばした。




「くうっ……。なんて女だ」


「やめておけ。あれで、本気など出していないぞ」



 投げ出された虚空にて身を正し、ミーノスの傍らにまで降りてきたターニャとエルクは、視線の先にてゆっくり歩み寄ってくるアルティリアの姿を睨みつつそう口を開く。


 ミーノスからしていれば、生意気な口をきいた小娘に仕置きをしているだけであるのだが、その言にターニャは声を荒げる。



「だからなんだ。貴様はもうあきらめたのかっ!!」


「あきらめてなど……」


「では、なんだその様は」


「…………これは、俺と……あの人との戦いだ。無関係なお前は」


「無関係っ!? 貴様、なんだその言い草はっ」


「言い草って……」


「私は、貴様にとっては無関係なのか? 過ぎたる事は言わぬ。だが、戦友ですらないのか?」


「戦友……?」


「皆、ともに戦っているではないかっ。皆が皆、貴様や皇帝の戦いを患わせぬよう、戦っているのだ。私とて……っ」




 そんな様子で、真っ直ぐと自分を見据えてくるターニャの言に、ミーノスは改めて周囲を見据える。


 そして、次第にミーノスは周囲の様子の変化に気付かされる。シュネシスもまた、グネヴィアとの戦いを続けているが、それ以外のキーリア達。加えて、サリクスもまた、信徒兵との戦いを始めている。


 そして、自身の目を疑うように、サリクスの傍らにて戦う人物の姿も目に映る。


 信徒兵を相手に怯むことなく、大剣を振るい、負傷したキーリア達を援護していくその姿。



 結果として、ミーノスは目の前の戦いに集中できているのだ。



「…………そうか。俺は」


「分かったか。だったrっ!?!?」


「まあ、これで戦う理由は明白だな」


「き、貴様っ!! こんな時にいったい何をっ!?!?」


「悪いな。だが、これで、死ねなくなった」




 そして、そんなキーリア達の戦いと、眼前に歩み寄ってくるアルティリアの姿に、ミーノスはとある事実を察する。


 だが、それを成すためには、ミーノスはある一つの覚悟を決める必要が出てくる。


 もっとも、彼自身、その覚悟そのものは口にしていたように思う。だが、口にはしたが、いつしかそれを考えないようにしていたのかも知れない。


 だが、今こうして目の前に現れたターニャ。そして、自分達のために戦い続けるキーリア達の姿に、それは甘えでしかなかった事に気付かされる。




「なかなか、見せてくれるではないか。して、どうする?」


「知れたこと。次で、決着をつけてさせていただきますよ」


「ほう? なればよし。そなたの覚悟。見せてみるがいいっ!!」




 そして、歩み寄ってくるアルティリア。結果として、息子の接吻場面を見せつけられた形になったが、今は、それまでとはまるで違う顔つきになったミーノスの姿に、不敵な笑みを浮かべている。



 そして、大鎌を振るってそう声をあげたアルティリアに対し、ミーノスは再び地を蹴る。



 彼が成すべき事と、そのために必要な覚悟。




 この手で、母を討つという覚悟を成すために…………。

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