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第11話 望郷の時①

 二つの風が戦場を吹き抜けたのは、グネヴィアからの一撃を受け止めたその時であった。


 眼前にて次々に叩き伏せられて、大地に縫い付けられていくキーリア達の姿。それは、つい先ほどまで信徒兵や獣人兵を圧倒し、優勢なまま戦いを進めていた守護者とは思えぬほど、あまりに一方的な戦闘であった。



「よそ見をしている暇はあるのかしら?」



 剣を弾き飛ばし、ミーノスとサリクスをはじめとするキーリア達へと視線を向けるシュネシス。だが、彼らの心配をしているほどの余裕が彼にあるわけでもない。


 耳に届いた言とともに、再び振るわれてくるグネヴィアの剣を慌てて、受け止めその強烈な衝撃に後方へと弾き飛ばされる。



(すまん、ミーノス、サリクス。なんとか耐えてくれっ)



 なんとか着地し、舌打ちとともにグネヴィアを睨んだシュネシスは、そんなことを思いつつ、再び地を蹴って迫り来るグネヴィアへと躍りかかる。


 彼らが対峙するであろう人物が誰なのか、遠目に見たその姿をシュネシスははっきりと覚えている。


 今でこそ、感情を制して戦うことも出来ているが、弟二人がどうなのかまではシュネシスも分からない。


 とはいえ、眼前の女と対峙できるのも自分だけ。アイアースの武勇をもってしても、不死とも言えるグネヴィアの討つ事は適わなかったのだ。


 そんなことを思いつつ、再びぶつかり合う二人の剣。


 激しい力と力の応酬からか、周囲に風が吹き荒れ、刃からは激しい火花が稲妻のような閃光を纏いながら激しく蠢いている。




「うふふふ。良いわねえ。リリスや皇子様に無視されて、戦う機会がなかったけど……陛下はやっぱり素敵よぉ」




 剣と剣との激しい激突の中で、妖艶と狂気の入り混じった笑みを浮かべたグネヴィアは、さらに剣を振るう力を増すとそのままシュネシスの剣を弾く。




「うおっととっ!!……そう思うんだったら、大人しくしておけっ!! お前と遊んでいる暇なんてねえんだよっ!!」



 剣を弾かれ、大きく仰け反ったシュネシスは、続けざまに振るわれてくる剣を、後方へと宙返りしながら躱し、体勢を立て直すと鋭くグネヴィアを睨み付ける。


 先ほどの事情もあり、グネヴィアの相手などをしている余裕は無いというのは本音である。とはいえ、こんな化け物女を放っておくことがどれほど危険かと言うことも、シュネシスは嫌というほど知っている。




「嫌よ。なんのために、三文芝居に乗ってあげたと思っているの? 陛下の血をもらうまではやめないわよ~」


「冗談じゃねえ。あん時だって危うく干からびるところだったんだ」




 グネヴィアもまた、待ちに待った戦いの時を逃すつもりはない。


 元々目を付けていたアイアースに軽くあしらわれた以上、シュネシスとの以前との“事”の決着をつけたいという気持ちもある。そのために、シュネシス等のとった狂言に乗り、この場へと誘ってきたのだ。


 シュネシスの他、アイアースや他のキーリア達と戦うためにも、シュネシスには生きていてもらわねばならない。


 そう考えたが故に、ある意味での裏切りを働いたのである。もっとも、グネヴィアにとって、裏切りとはそれほど大きな意味を持たない。


 目の前に流れる血が多くなればそれでよく、組織に対する忠誠の類は元々持ち得ていないのである。




「うふふふ。今度は干からびるだけじゃ済まさないわよ~?」



 そうして、なおも笑みを浮かべ、シュネシスへと迫るグネヴィア。


 飛び掛かり、振り下ろしてくる剣を弾くと、シュネシスは捻った身体をそのままに、蹴りを見舞う。弾いた剣が、まるで生きているかのように迫ってくるが、グネヴィアを相手に無傷でいるつもりなどははじめから無い。


 蹴りを繰り出し、わずかに空いた右脇付近を背中から緩やかに斬りつけられるも、躊躇うことなく、こちらもわずかに空いた隙を狙う。


 女特有の柔らかな感触が足に伝わると、そのまま休むことなく身体を折り、動きを止めたグネヴィアの腹部を蹴り上げる。




「うっ!? す、すごいわぁ……」




 攻撃を受けてもなお、それが快感になっているのか、笑みを崩さず、むしろ恍惚の表情すらも浮かべるグネヴィアであったが、虚空へと跳ね上げられたその身体は、すでに無防備になっている。


 とはいえ、それを追えばこちらも同様になる。足場無き場での戦うことが出来るほど、人は完全ではない。


 だが、万に一つあるかないかという機会である。躊躇うことなく跳躍したシュネシスは、その首を跳ね飛ばすべく、剣を振りかぶる。


 先ほどのアイアースとの戦いの際、胴を両断されたにも関わらず平然と生き延びているグネヴィアである。なれば、彼女を倒す方法はなんなのか。ともすれば、巫女以上に強大な力を持ってなる存在でもある。だが、生あるモノに滅びが存在しないはずもない。




『伝承に寄らば、頸を跳ばすか、心臓をひと突きにするか……。しかございません』




 フォティーナに内偵させて出てきた結論である。


 すなわち、一般的なキーリアを討つための攻撃でしかない。だが、両断や失血の類で死ぬことのない相手であり、いかなる状況にあってもその二箇所への攻撃は確実に対処してくる相手である。




「これは、一顧の賭けだがな……」




 虚空を駆けながら、グネヴィアへと迫るシュネシスは、そんなことを呟きながら、自身の剣を握りしめた。



◇◆◇◆◇



 得物を構え、こちらを見据えるその人に、自分の姿は見えていないようにミーノスには思えた。


 気を抜けば一瞬で頸を弾き飛ばされる。かつて、本気で対峙をした者達は、すべからくそんな最後を迎えていたという女傑。


 スラエヴォにて散った最後の姿は、フェスティアの登極以降、他の二人とともに語りぐさになる程雄々しくも美しいモノであったと聞く。




「どうした? 来ないのならば、私から行くぞ」


「くっ!!」




 そして、ミーノスもまた彼女のと同型の大鎌を構え、地を蹴る。


 その死を見届けることは出来ず、死に際しての彼女の願いも未だになってはいない。だが、幼き頃より今この時まで、一日たりとも忘れた事なき事もある。




『そなたは、兄弟達を支え、帝国繁栄のためにその身を尽くしなさい。大望を捨て、民を、人を守ることを生涯の是とするのです』



 姉フェスティア、兄シュネシスの背を追い続けた来た幼き日々にあって、常に耳をついていた言葉。


 将来、帝国を背負う二人を助け、民を安寧に導く。幼いながらも、そんな未来を思い描いていたのは、一重にそんな教育の賜だとも思う。


 だが、あの日。すべてが失われたあの時以降、自分は生きる指標を失っているようにも思えた。


 あらゆる可能性の末に、登極を果たしたフェスティアの元に駆けつけなかったのも、そこには脳裏に描いていた帝国の未来が見出せなかったが故。


 自身が旗となって人を導く生き方を否定し、ひたすら誰かの後を追い、それを支えることのみを目的としてきたのである。


 帝国の惨状を省みた時、そんな生き方以外を教えられなかった自身と教えてくれなかった人を恨みもしたと思う。


 だが、こうして生き長らえ、再びそんな生き方を可能とする機会を得た。だが、そのためには、それを与えてくれた人。



 母、アルティリアをこの手で討ち果たさねばならないのである。




「温いっ」


「っ!?」




 そんな思いを抱きつつ、大鎌を振るうも、それを失望したように見据えたアルティリアは、短くそう口を開くと、大鎌の柄を振るってミーノスの動きを止め、続けざまに連撃を加えてくる。


 一撃一撃が、その小柄な体躯からは予想できないほど重く、かといって致命傷にはならぬ箇所を攻撃している。


 そのために、痛みが走る全身を気にすることなく、動くことは出来る。




「はぁはぁはぁ……」


「見たところ、貴様もキーリアのようだが……、そんな覚悟でこのパリティーヌポリスに攻め上がって来たのか? 帝国も甘く見られたモノだな」




 だが、明らかに格上の相手との対峙でもある。動くことは出来ても、肉体と精神の消耗は尋常ではない。


 そんなミーノスをはじめ、今も地に膝をつき、顔をゆがめているキーリア達を見据えながら、アルティリアは厳しい視線を向けてくる。


 かつて、北辺の王女として厳しい環境に身を置いていたアルティリアは、こと戦いに関しては、同格の皇妃達の中でも特に激しい決意をもって挑んでいたという。



 自分は反逆者。



 皇族となってからも、常にそんな意識に苛まれて続けていたように、今更ながらミーノスは思っている。それ故に、今自分達と対峙する理由もまた、パリティーヌポリスを守ること、即ち帝国を守ることである。


 そんなアルティリアに対して、自分がミーノスであると告げたところで意味は無い。


 血を別けた親子である。自身が、知らぬ内に成長した我が子にそういわれたところで、信じるわけもないとミーノスは思うのだ。


 何より、戦いの場にあっては、どちらかが倒れるその時まで、戦いが終わることはない。




「…………まだです。参りますっ!!」


「その意気だ。来いっ!!」




 そうして、ミーノスもまた立ち上がり、大鎌を構える。


 そんな姿に、勇ましい笑みを浮かべたアルティリアもまた、その小柄な体躯に闘気をみなぎらせたのだった。




◇◆◇◆◇




 鋭く振り下ろされる長剣を躱すと他方から別の剣が伸びていく。



「おっと。そんなに力んでいたら当たるモノも当たらないよっ!! 剣はこう振るんだっ!!」



 サリクスが首の皮一枚で躱した長剣を振るう女傑。それをいなすことが出来るモノは数えるほどしかいないであろうが、そこから出来る隙はいかなる熟練者であっても、消し去ることは出来ない。



 相手が相応の実力者であれば、あるほどに。



 今、サリクスとともに眼前の女性と対峙するキーリアは5人。


 この状況にあってもなお、女性の表情に焦りの色はなく、今も突っこんでいったキーリアの剣を余裕の表情で受け止めていた。



「おらっ!!」


「がっ!?」



 そして、剣を弾き飛ばすと、がら空きになった身体を思いきり蹴り飛ばす。


 思いがけぬ攻撃に吹き飛ばされたキーリアは、地に思いきり叩きつけられ、一瞬絶息している。そして、そんな様子を遠巻きに見ていた信徒兵達が、ここぞとばかりに得物を持ってキーリアへと殺到していく。


 実力の及ばぬ者達は、攻勢をあきらめ、防御主体の行動をとっているが、ともに戦う上位№達は、ある程度の消耗を覚悟で攻勢に出ているのだ。


 そして、キーリアの恐ろしさが骨身にしみている信徒兵達は、こうしてできて隙に集団でもって一人づつ仕留めようとしている様子だった。



「っ!? やめろーーっっ!!」



 だが、それをただ見ているわけにも行かなかった。


 シュネシスとミーノスは、一人難敵と対峙しており、動けるモノと対峙するサリクスが必然的に力の劣るキーリア達の援護に回る必要が出てきているのだ。


 そんな背景もあり、常に周囲に気を配りつつの戦いであるが、眼前の女傑、ラメイアの攻勢を斬り抜けられるのもまたサリクスだけであり、上位№達への援護も同様に求められている。


 地を蹴って、振り下ろされた得物を断ち切り、信徒兵達を蹴散らすも、すぐ背後からの殺気に、地に這いつくばるように身を投げ出してなんとか躱す。



 だが、このような戦い方をしていては、ジリ貧でしかない。




「…………どれだけ人が良いんだい? あんたは」


「えっ!?」




 だが、躱しきったと思った攻勢も、それは単なる囮に過ぎなかった様子。


 声とともに、全身を襲う衝撃に、サリクスはその巨体を後方へと弾き飛ばされ、遠巻きに状況を見守っていた信徒兵達もろとも大地に叩きつけられる。




「ぐはっ!!」


「っ!? 今こそ好機っ!! やれいっ!!」





 土煙を上げ、大地に叩きつけられたサリクスに対し、先ほどから圧倒され続けていた信徒兵達が声を上げる。自分達から攻勢をかける愚を悟り、ラメイアが創り出す機会を探り続けていたのである。


 そして、構えられていた無数の得物が陽の光を受けて煌めき、未だに痛みの残るサリクスに向かって振り下ろされてくる。


 咄嗟にハルバードを振り回して柄ごとそれを叩き斬るが、周囲を何重にも取り囲んでいる信徒兵から向けられてくる攻勢は勢いを失わず、なんとか立ち上がったサリクスの全身は、無数の傷が刻みつけられている。




「…………そんなに、俺達が憎いのか?」



 痛みに顔をゆがめつつも、止血剤を口に含み、跳躍したサリクスは、着地と同時に信徒兵達をなぎ倒しつつ、そう口を開く。


 そんなサリクスの言に、信徒兵達が顔を見合わせる。


 ここに来て命乞いであろうかと思ったモノが大半であったが、圧倒的な武勇を持つ相手がそんなことをするとは、いかな狂信者達でも信じることはなく、指揮官の一人がその問い掛けにゆっくりと応える。




「我々は、巫女様の御ために戦うのみ。それが、帝国の死である以上は……」



 指揮官と思われる信徒兵は、静かにそう応えると、周囲の兵達を促し、サリクスへと得物を向けてくる。




「そうか。結局、何がそうさせたんだろうな」


「何、黄昏れているんだい?」




 そんな指揮官の言に、サリクスは虚しさに襲われつつも顔を上げる。すると、信徒兵の背後に悠然と歩み寄ってくるラメイアの姿。


 その背後では、アニをはじめとするキーリア達が倒れ伏しており、僅かな間に彼らが制圧されてしまったことがよく分かる。




「っ!? か……」


「…………まあいい。それより、あんた。今、帝国に死。とか言いやがったねえ?」


「っ!?」




 そして、さっと跳躍して信徒兵の列を飛び退き、サリクスの傍らに降り立ったラメイアに対し、サリクスは思わず押し隠していた言葉を口にしかける。


 そんなサリクスを一瞥したラメイアは、きっと鋭い視線を信徒兵達に向ける。その視線の鋭さと、それまで味方と思っていた者から向けられた怒気と殺気に、その場の信徒兵達が硬直する。




「ざけんじゃないよっっ!!」



 そうして、怒気とともに振るわれた大剣が、うなりを上げて信徒兵へと襲いかかる。


 跳ね跳ぶ首。吹き上がる血飛沫。耳を劈く断末魔。殺戮劇と呼ぶに相応しいすべてがその場には存在していた。


 そしてそれは、それまで数多の戦場を駆けてきたサリクスすらも凍り付かせ、その場にいなかった信徒兵達を震え上がらせるには十分なほどの圧倒的な武勇の証左でもあったのだった。





「ふう……。さてと、あんた」


「は、はい……」




 吹きつける風に血の匂いと人であった何かが入り混じる中、傍らへと立ったラメイアの言に、サリクスは静かに応える。




「どういう状況下は分からないけどね。どうやら、敵はあんたらじゃなくて、あの連中だったようだねえ」


「…………それでも、民です」


「そうね。でもね、民は彼らだけじゃあないわ。私らは、常に民を思い、民のために生きることを義務づけられている。そして、そこに驕りなんてない。そして、私らは常に最良の選択をしている。だったら、それに反抗する連中こそが間違っているんだよ」


「…………ですがっ」


「そりゃあ、流れに抗えなかったのもいるだろうよ。全員が全員、悪党って事もない。でもね、すべてを救うなんて無理なんだよ」


「…………」


「納得いかないかい?」




 静かに諭すようにそう告げてくるラメイアに対し、サリクスは静かに反問するしかなかった。


 たしかに、彼らの成したこと許されることではなく、サリクス自身、容赦のない殺戮を加えて事もある。だが、信徒兵達が、何をもって教団の信仰に走ったのか。


 それは他の兄弟達も同様に感じていたことでもある。しかし、それを考えてなお、彼らを悪と断じれるほど、サリクスは他の兄弟達ほど強くなかったのである。


 決戦に際し、隠し球という形の戦力外となったのは、そんな優しさという名の弱さをフェスティアが見抜いたが故にでもあったのだ。



「納得いかないなら、それでいい。でもね、戦う時は躊躇っちゃあ駄目だ。それに、その弱さだって一つの武器であるんだよ」


「武器? …………っ!?」


「弱ければ、戦いが終わったあとで、こうして抱きしめてやりゃあいいんだよ。それだけで、癒しになったりするんだ」



 そう言うと、ラメイアは静かにサリクスを抱きしめる。




「こうして、私の心を呼び起こしてくれたじゃないか。本当に、優しい子だよ。あんたは……」


「母上?」


「悪かったね。何もしてやれなくて……。サリクス、立派になったよ。あんたは」


「っ!?」





 そして、そんなサリクスの内面を悟ったかのように口を開くラメイア。


 その表情と口調は、次第に柔らかなものなっていき、そして、静かに口にしたその名。


 なおも、生き残りの信徒兵が迫る中、それを耳にしたサリクスは、頬を伝う熱くモノを感じ取っていた。

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