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第8話 許されざる者①

 何が起こっているのかよく分からない――――眼前の光景を目にしながらロジェスが思ったのはそれであった。


 なぜ、キーリア達の手で虐殺されたはずシュネシスが生きており、そのキーリア率いてこちらに向かってきているのか。


 本来ならば首を刎ねられ、燃えさかるパリティーヌポリスとともに、アイアース等を出迎える運命にあったはずだ。



「イースレイ。どういう事だ?」



 そんなことを考えつつ、シュネシスの最後を確認したイースレイに対して口を開く。




「あの状態を見て……、生きていると思える人間はおりません」


「…………貴様」


「それより、今は戦うことよ。目の前に皇子様が揃い踏み。反乱分子も含めて、決着をつける良い機会じゃない」




 なおもイースレイに詰め寄るロジェスに対し、顔を背けた彼に変わって口を開いたのはグネヴィアである。


 その言の通り、長剣を手にアイアース等を見つめるその表情は、妖艶な狂気を含んだ笑みに包まれている。




「それに、キーリアだって全部が全部、彼らに従っているわけじゃないわ」




 そして、笑みを浮かべつつ後方へと視線を向けると、そこにはゆっくりと歩み寄ってくる数人の男女。


 皆が皆、キーリアの象徴たる白き軍装に身を包んでいるが、一点、異なる点が存在していた。


 彼らが纏う外套は、まさに流れる血を吸い尽くすしたかのような深紅に彩られているのである。




「それじゃあ、巫女様。私達は行くけど、もう少し楽しみたいんじゃない?」


「……そうね。ロジェ、私は大部分を呼ぶけど、あなたは当初の予定通りに動きなさい」


「っ!? しかし、それでは皇子達の激発を呼ぶことになると思いますが?」




 そして、その赤きキーリア達を率いてテラスから飛び出していくグネヴィアの言に頷いたシヴィラは、ロジェスに対して感情を消し去った表情をむけつつ、そう命ずる。



 当初の予定。



 つまりは、信徒兵達を率いて帝都全域を焼き討ちにせよという命である。


 たしかに、当初はそのつもりもあった。他のモノ達はどうか知らぬが、ロジェスにとってパリティーヌポリスなど、征服地の都でしかないのだ。


 だが、予定を覆され、皇子達は目の前に現れ、その存在に付き従う帝国の守護者達が目の前に迫っている。


 怒りに身を任せた突撃を誘発するならばそれでもよいが、それは嵌めるべき陥穽があってこそのモノ。今、自分達と彼らの間にあるのは、キーリアにとっては問題にならぬほどの高低差のみなのである。



 だが、ロジェスの言に、シヴィラは特に表情を動かさずに応える。




「別にいいわ。守るべきモノが無くなった彼らがどうするのか、見物だとは思わない?」


「……ですが」


「なによ? 他の何かあるの?」


「…………紅蓮の炎に包まれる帝都を目にした時、果たして件のモノ達が、こちらの意志に従うでしょうか?」




 はじめこそ、無表情な口元に笑みを浮かべていたシヴィラであったが、ロジェスの抗弁が続くと次第に不機嫌な様子が表に出はじめる。



「何が言いたいの?」



 そして、ロジェスが口にした“件のモノ達”との言葉に、はっきりとした嫌悪と静かな怒りを表情に出し始める。




(いかん。これは、禁句であったか……)



 その表情と視線に、ロジェスは自分が踏んではいけない尾を踏んでしまったことに気付く。すでに遠い過去となった出来事だったが、シヴィラが発狂じみた激発を見せるようになったのも、“彼女”との対峙の後であったのだ。


 だが、なんとかその名を口にすることを抑えたロジェスであったが、彼の配慮は別なところから発せられた声によって無残にも打ち砕かれることになる。




「リアネイア・フィラ・ロクリス皇妃が、冥府より甦ってくると言うことです。巫女様」


「イースレイっ!?」


「っっ!!」




 静かにそう告げたイースレイ。


 ロジェスの咎めるような声とシヴィラの剣が彼の頸に向かって伸びたのは、ほぼ同時の事であった。



 だが、本気で頸を飛ばすべく伸びたシヴィラの剣は、イースレイの手に収まり、僅かにその手から赤き血を滲ませていくだけであった。


 シヴィラの本気の剣であったのだが、イースレイはそれを表情一つ変えることなく受け止めている。それは、いかな№1と言えど、そのような事が可能なのかと周囲のモノ達に思わせるには十分であった。




「何を驚かれております? 怒りに支配され、鈍りきった剣で私を討てるとでもお思いですか?」


「っ!? …………血。そうね。今は、やめるとしましょうか」


「巫女様……っ」


「今は。よ……、皇子様の冥土の土産にまで取っておかないとね。そう言うのは」




 そして、なおも巫女を見据えつつ、そう告げたイースレイの言に、シヴィラは力なく頷き、命令の撤回を口にする。


 それに対して、声をあげたロジェスであったが、巫女はそれに対して顔を背けると、力無くそう告げたのである。


 いずれにしろ、最悪の事態が避けられたことには変わりなく、目の前の危機を脱することのみに意識を向ければよいというのは、ロジェスにとっても、イースレイにとっても幸いではあった。




「それじゃあ、呼ぶわ……」



 そして、目を閉ざしながらそう口を開いたシヴィラの周囲に小さな風が起こり、彼女の身体が眩い光を発すると、激戦の開始された内城に一つまた一つと信徒兵の部隊が現れ始め、さらにその周囲に次々に残った最後の獣人兵達が姿を現したのだった。




「はぁはぁ……。さてと、仕上げはあなたよ。フィリス」



 そして、息をつきながら傍らに立つフィリスへと視線を向けたシヴィラの言に対し、フィリスは無言で目を閉ざすと、身体に深い青色の光を灯しはじめたのであった。



◇◆◇◆◇



 傷が浅くなった。


 眼前に現れた赤いキーリアを斬り伏せたアイアースは、手に伝わる感触に思わずそう思った。


 シュネシスの生存とキーリア達の寝返りによって、自分達の勝利は大きく近づいたように思えた矢先、グネヴィアに率いられた正体不明のキーリア達の攻勢とその後に現れた信徒兵や獣人兵達によって内城は、泥沼の乱戦に様相を呈している。


 本来は、帝都民の半数以上を収容できるだけあって広大な空間を有している内城であったが、そのことが数を頼みにする信徒兵達に優位に働き、数で劣るこちらの不利を招いている。


 百人のキーリアと言えど、その大半が訓練生あがり。敵キーリアや獣人兵とまともに戦えるのは30人に満たない。


 切り捨てるのは簡単であるが、それでもシュネシスを信じてこちらに寝返った者達を無碍に扱うわけにも行かず、戦闘能力での優位は数の優位によって押しきられる形になっているのだ。


 そんな時、先ほど討ち漏らしたキーリアに、訓練生あがりと思われる女性キーリアがなぎ倒される。




「伏せていろっ!!」



 そんな様子を目にしたアイアースは、地を蹴ると一気に敵キーリアに肉薄し、一刀のもとにその頸を弾き飛ばす。


 一撃必殺ではあったのだが、やはり思っていたような手応えはなかった。




「で、殿下っ。ありがとうございます」


「ああっ。仲間との連携を密にしろ。絶対に死ぬ……な」


「は、はいっ」




 全身を赤く染め、アイアースに背を預けるようにして立つキーリアに対し、視線を向けたアイアース。


 今、斬りかかってきた信徒兵数人を相手に、敵の攻撃を受け止めているが、そのまだあどけない姿に、アイアースはカミサにて散ったファナの姿を重ね合わせる。


 自分よりは年上であったにも関わらず、どこか守らねばという気になる女性であったが、彼女もまた、自身の戦い最中に散っている。


 そんなことを思い出しつつもアイアースは剣を振るって血糊を落とすと、静かに宮殿方向へと視線を向ける。




「やはり、何かあるか……なればっ!!」


「殿下?」


「俺は行く。すぐに仲間の輪の中へ駆けろ。いいなっ」


「はっ、はいっ」




 周囲のキーリア達も、思うようにいかぬ戦いに困惑している姿が映る中、アイアースはその原因をテラスにてこちらを見据える一人の女に求めると、背後にキーリアに対してそう声をかけると、時をおかずして地を蹴る。


 方々にて戦っている信徒兵をなぎ倒し、獣人と対峙するキーリア達の姿に思わず跳躍すると、こちらに気付いた淀んだ獣人の目に剣を突き立てると、勢いそのままに押しきり、そのまま脳漿を破壊する。


 この世の元は思えぬ断末魔をあげて崩れ落ちる獣人を踏み台にさらに先へと急ぐアイアース。


 だが、その先では、妖艶な笑みに狂気の色をたたえた女が舌なめずりをして待ち構えていた。




「来たわね~、皇子様。ちょっと、退屈していたところだし、私と遊んで行ってよ」



 そんな女の周囲で倒れ伏し、呻き声を上げるキーリア達に思わず足を止めるアイアースであったが、それは眼前の女を喜ばせるだけであろう。


 とはいえ、アイアースにとっても憎むべき敵手であることに変わりはない。




「グネヴィア……っ」


「ふふふふ。あの時以来かしら? わざわざ、教団に呼びよせた甲斐はあったわ~。こんなに、立派に成長してくれたんだから」


「なに、気持ち悪いことを言っていやがる。貴様などに用はないっ」


「あらあら、ちょっとは育ての親に対して、感謝を……あら?」




 そんな調子で妖艶な笑みを浮かべているグネヴィアに対し、アイアースは嫌悪と憎悪の入り混じった表情を向け、声を荒げる。


 それに対して、笑みを崩さないままアイアースへと歩み寄せはじめるグネヴィアであったが、突如として彼女は地に崩れ落ちる。


 そして、先ほどまで彼女と対峙していたアイアースは、そんな彼女の後方に立っている。





「へえ……、いつの間に? 全然気付かなかったわ」


「っ!!」





 はじめて驚きの表情を浮かべたグネヴィアであったが、それは、彼女の油断が生んだ結果でしかない。


 本気の対決であれば、こんなあっさりとアイアースの攻撃を許すこともなかったはずだが、グネヴィアにとって、アイアースはいつまでもイレーネの影に守られている子どもなのである。


 かつて、恐れることなく自分に挑んできた少年の姿が脳裏に残り続けるグネヴィアは、その生来の気質も相まって、ほんの僅かな隙をアイアースに見せることになったのである。


 そして、そんな驚きもつかの間、アイアースは躊躇うことなく身体を回転させると、グネヴィアの肉体を横薙ぎに両断した。



 舞い上がるグネヴィアの半身。



 そこから流れる血は、鮮やかな色合いを見せながら彼女の下半身へと伸びていく。はじめこそ、驚愕に目を見開いていたグネヴィアであったが、舞い上がった上半身が虚空にて停止すると、不気味な笑みを浮かべはじめる。




「なかなか、やるじゃない。でも、残念だったわね……」




 一瞬の静寂の中、そんな声がアイアースをはじめとする者達の耳に届く。


 そして、声とともにそれまで伸びていた赤き血が、徐々に凝結していき、ほどなく両断された両半身が一つに戻り、斬り落とされた両足も元に戻っていく。




「化け物が……」


「ふふふ。さあ、続きをしましょうか?」


「ちっ…………っ!? いや、その必要は無い」


「え? どういう…………きゃっ!?」




 そんなグネヴィアの姿に、アイアースは怒りと失望の入り混じった視線を彼女へと向ける。これ以上、眼前の女と戦っている暇などはない。


 その時、そんなアイアースの心情を感じ取ったのか、グネヴィアの背後に飛び掛かる一つの影が彼の目に映る。




「よう。遊び相手だったら、俺がなってやるぞ」



 意外なほど弱々しい悲鳴を上げながら、思いもしない攻撃を受け止めたグネヴィアの眼前には、不敵な笑みを浮かべたシュネシスの姿がある。



「あら? 皇帝陛下直々とは……。でも、今はね」


「そう言うな。行くぞっ!!」


「あん、もう……。せっかちな男は嫌われるわよ?」


「俺に限ってはそれはない。アイアース、行けっ!!」


「はいっ!!」




 そして、シュネシスがグネヴィアとの対峙を開始したその時には、アイアースは地を蹴り、再び大型の獣人に向かって跳躍する。


 突如として迫ってきたアイアースに対し、野生の本能が呼び起こされたのか、牙を剥いてくる獣。


 それに対して、普段よりも間を詰める形で剣を振るったアイアースは、迫り来る爪を牙をかいくぐってそれを弾き飛ばし、頸を斬り飛ばすと同時にその頭部を足場に一気に跳躍する。


 キーリアにとって、内城とテラスの間にある高さなどは問題にならない。だが、今真正面からテラスに乗り込んだところで、待ち構えているイースレイとシヴィラを喜ばせるだけである。



 通常の跳躍では、勢いの弱まった所で着地するしかないのだ。




「アイアースっ!!」


「手をっ!!」




 そして、そんなアイアースの意図を読み取ったのか、彼の前方にて同じように跳躍するミーノスとサリクスの姿。


 両の手に持った剣を鞘に戻し、二人の手を固く握りしめるアイアース。次の瞬間には、シヴィラ等の待ち構えるテラスを大きく飛び越えていた。



 再びの虚空。



 視線の先には、目を閉ざして詠唱を続けるフィリスと剣を構えるイースレイやロジェスをはじめとする幹部達。そして……。




「シヴィラっ!!」




 剣を手に、アイアースへと静かな視線を向けている“天の巫女”シヴィラ・ネヴァーニャの姿。


 アイアースにとって、許されざる者の姿がそこにあったのである。





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