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第4話 最後の嵐③

遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

 身体に刻まれた傷はそれほど多くはなかった。


 イースレイとグネヴィアが戦闘から離脱していることを考えれば当然でもあったが、それでも、かつてのアイアースやミーノス等と同格のキーリアも居るのである。


 弟たちに比べれば、自分はカミサから大きく成長したとは思っていない。だが、向かって来るキーリア達の動きは手に取るように分かるのだ。


 アイアースやミーノスであれば、今も周囲は屍の山が築かれているであろうことは、想像に難くない。だが、今回に限ってはそれが上策とは言えないのである。


 そんなことを考えていると、声をあげ、前後から向かって来るキーリアの姿が目に映る。


 挟撃の形をとっており、それらの背後からは左右に別れて側面に回り込もうという者達もいる。


 よくよく見れば、四人ともにテルノヴェリにて戦場をともにした者達であり、国を裏切り、姉フェスティアをその手にかけた者達である。




「あの時とは、さすがに違うがな」




 そんなことを思いつつ地を蹴って跳躍し、身を振り替えしつつ前方のキーリアを斬り裂くと、勢い余って倒れ込んだ彼女と激突した背後のキーリアを斬り伏せる。


 派手に血を吹き上げて倒れ込む両者であったが、致命傷にはなっておらず、血を流しながら地に倒れ伏し、呻き声を上げている。




 ――――止めを刺すことも出来るが、彼らを裁くのは自分ではない。



 そう思いつつ、横に回り込んでいた二人に視線を向ける。




「どうした? 今更怖くなったか?」


「くっ……」




 挟撃しようとしていた二人があっさりと倒されたことに気押されたのか、足を止め剣を構えてこちらを睨み付けている。


 とはいえ、顔には汗が浮かんでおり、息づかいもはっきりと聞こえてくる。




「戦う気がないなら武器を捨てろ。邪魔だ」


「っ!!」





 そんなキーリア達に対し、シュネシスは自分でも驚くほどに冷徹な声をかける。


 案の定、声をあげて突っこんでくるが、怒りに染まった剣筋を見抜くのは容易い。背後からの剣も同様である。


 僅かに身体を横にずらすと、先ほどまで立っていたところを二本の長剣が振り下ろされていき、目を見開く両者の様子も見て取れる。


 ふっと息を吐きだし、駆け抜けたときには、二人もそれまでの者達と同様に大地に倒れ伏していた。



◇◆◇



 正門前での戦闘はあっさりと終了していた。


 信徒兵に亡骸によって覆われれていた一角も今は白き軍装に身を包んだ者達が倒れ伏し、その場に立っているのは一人の男だけであった。




「むう……、生き残りのキーリアはあの程度だというのか」


「あの男……。本物のシュネシスだとすれば、ここですべてが終わるというのに」


「やはり、イースレイ等を頼る以外に無いのか?」



「いや、今回に限りは、陛下の力量を褒めるところでしょう。実力で上回るとは言え、本気で向かって来るキーリア達を、命を奪うまでもなく、行動不能に追い込んでいる。相当な実力差が両者の間にはあるということでしょうな」



 そんなシュネシスの姿に、苦虫を噛むような表情を浮かべながら口を開く教団幹部達。


 実際に戦うことも出来ず、遠き宮殿外縁から伝導水晶を用いて戦いの様子を見守っているだけなのだが、言うは易く行うは難しとはまさにこのこととも言える。


 そんな彼らに対し、静かに口を開いたロジェスであったが、それでも今のシュネシスの戦いぶりには、驚きという印象を抱いている。



「ちぃっ…………カミサやテルノヴェリを生き残ったのは伊達ではないと言うことか……」


「それでだけではないでしょう。何が、とは言えませぬが」




 舌打ちとともに口を開いた幹部に対し、ロジェスも頷きつつそう答える。


 たしかに、カミサやテルノヴェリでの戦いの激しさは、両陣営にとっても長く語り継がれるほどの戦いであろう。


 しかし、フェスティア暗殺の前には、自分達でも不意を討てるような、はっきりとした隙を晒し、もっとも近くにいたにも関わらずフェスティアを救う事すらも出来なかった。


 だが、今の彼にそのような隙は微塵も感じられず、キーリア達をあしらう様にも余裕が感じられる。




(いや、余裕どころか、彼らを率先して生かそうとしているのかな?)



 そんなことすらも考えられるほど、シュネシスの戦いぶりは圧倒していた。


 一桁№はすでに全滅しているとはいえ、彼が最後に倒した者達は、その後任候補者達である。


 カミサ前夜のシュネシスやジル、セイラ等には十分対等に戦えるだけの力をつけているはずであったのだが、それもほぼ無抵抗に倒されているのだ。




(皇帝としての責務が、本来持ちうる力を解放した……そんなところかな?)




 今も倒れ伏すキーリア達を一瞥し、正門へと向かって歩み始めるシュネシスに、ロジェスはそんな感想を抱く。


 無謀ではあろうが、教団の支配下にあって、その屈辱に耐える帝都の民には、新皇帝の姿は巨大な希望となるであろう。


 ルーシャ難民やその他の地方も帝都の情勢を見守っており、表舞台に現れた皇族達の動向に注目しているのだ。




「しかし、このまま我々を斬れるとは思っておるまい? 次はどうでるかな?」



 静かにそう呟いたロジェス。


 周囲の幹部達がその呟きに対して訝しげな視線を向けてくる中、彼らの見守る城塔に緩やかな振動が届いてくる。


 視線の先では、正門がその巨大な体躯をゆっくりと開いていき、周囲を振るわせている。そして、開かれた城内に立つ二人の戦士の姿と、それを目にしたシュネシスが、それまでにないほどの動揺を浮かべる様もまた、彼に目には映りこんでいた。



◇◆◇



 こちらの誘いにイースレイもグネヴィアも動くことはなかった。


 二人がかりで掛かってこられれば、最悪一人だけでも相討ちにしてやる算段はあったのだが、明くまでもこちらの出方を見守っている様子だった。




「来ないならば、こちらから行くぞ」




 外壁からこちらを見下ろしている二人に対し、静かにそう告げるとゆっくりと歩き出す。


 視線は城門にむいているが、気配は絶えず探っている。さすがに、急襲を受ければ一撃で倒される可能性もある。


 二人が動いてこない以上、こちらはあくまでも敵の手の内にあるのだ。


 そう思ったとき、予想外にも城門が振動をあげて開きはじめる。



 わざわざ自分を招き入れようという意図であろうが、そこにどんな益があるのかまでは分からない。


 とはいえ、広場で戦うよりは市街地で戦う方が敵の目を眩ませることが出来る。それに、今更逡巡をするほど気も長くない。



 そう思いつつ、さらに歩みを進めるシュネシスであったが、前方に何やら不思議な気配を感じ、一瞬身構える。


 一撃は来なかったものの、その不思議な気配に警戒しつつ歩みを進めるシュネシス。しかし、城門をくぐろうかというところで、眼前に立つ者達の姿をはっきりと捕らえることが出来た。



 そして、その者達の姿に、シュネシスは思わず目を見開く。




「っ!? フィリスっ!? それに、貴様は…………っ!!」


「はじめまして。いや、お久しぶりです。と言えばよろしいか? 兄上」


「…………女だったのか。つまらぬことをほざくな」


「へえ? 分かるんだ。でもね、こっちも好きでこんなことをやっているんじゃないんだよ」


「大事な弟を見間違えるかっ!! ――――まあいい、そこをどけ」


「そうもいかないよ。粛清されるよりはあんたと戦う方が良い」


「お前には、言っていない。フィリス、いったい何があったんだっ!?」





 眼前に立つのは、アイアースの偽物を演じた女のキーリアと彼が良く知る臣下であるフィリスである。


 浮遊要塞攻略に参戦していたが、その生死は不明であり、シュネシスも気にはしていた。


 もっとも、アイアースと深い関係にあるという以外は、あくまでも近衛兵の一人であり、名とそれ以外のことは分かっていない。


 それでも、顔見知りが眼前に立っていて、何もしないわけにも行かなかったのだ。




 しかし、フィリスは無表情のまま、こちらを一瞥してくるだけである。



 当然、普段の彼女であれば平伏し、ともに剣をとって戦うであろうし、直情径行に敵陣へ突っこむ可能性もある。



 だが、今の彼女にそれを求めるのは不可能と言えた。




「なんだい。じゃあ、こっちから行くよっ!!」


「っ!? 邪魔をするなっ!!」




 そして、そんなシュネシスとフィリスの態度に、傍らの女キーリアが地を蹴り、シュネシスへと向かって来る。


 隙を突いたつもりであろうし、腰に下げた双剣ではなく、袖から出した暗器を鋭く繰り出してきた女であったが、それでもシュネシスを捕らえるほどの精妙さはない。


 シュネシス自身、彼女に咎がないとはいえ、アイアースの名を騙り、民を混乱させた彼女対して容赦するつもりはない。無言で暗器を繰り出す彼女の身体を立合から横に薙ぐ。




「っ!? うそっ!!」




 間合いは完璧なまでに詰まっており、シュネシスを完全に捉えたと思っていたのであろう、暗器を弾き飛ばされ、身体を斬り裂かれた彼女は、驚愕と言った表情を浮かべつつ、その場に崩れ落ちる。



「ふ……、さて、フィリス。いったい、どういう……っ!?」



 その様を見つめつつ、フィリスへと詰め寄るシュネシス。


 しかし、フィリスはそれに答えることなく目を閉ざすと、シュネシスはその姿になぜか背筋に粟が立つような気分に襲われる。



 刹那。


 背後より剣。無言で剣を弾き飛ばし、返す刀で斬り捨てる。


 視線を向けると、先ほど倒したキーリア達が一斉に飛び掛かってくる姿。思わず舌打ちしたシュネシスは、その場から後方へと飛び退くと、最後尾のキーリアを斬り伏せ、その後を追うと、もう一人に蹴りを見舞い、地面に叩き伏せる。


 キーリア達、地に降り立つと逡巡無くこちらへと突撃してくる、振り下ろされた剣を躱し、再び地に叩き伏せる。




「こっちだよっ!!」


「っ!?」




 そうしている間に耳に届く声。


 見ると、先ほど倒した女性キーリアが、軍装を赤く染めつつ再びこちらへと躍りかかってきていた。




「なんだ。随分、しぶといじゃないか……」


「あいにくね。まだまだ、これからだよ」


「気の強い女は嫌いじゃないぞっ!! 来いっ!!」





 暗器を受け止め、口元に笑みを浮かべたシュネシスに対し、キーリアもまた笑みを浮かべる。しかし、手応えを考えれば、彼女がこうして自分に向かって来ることが不思議で仕方ない。


 武器もろとも身体を斬り裂いたのである。如何にキーリアであれ、すぐに動くことなど困難なはずであった。




「くうっ……」


「クソがっ」


「……なんだと?」



 そんな時、今し方倒したばかりの四人のキーリアが、再び立ち上がってくる。その様子には、さすがのシュネシスも焦りを含んだ声をあげていた。




「おいおい、どうなっているんだ??」


「さてね。答えてやる義理はないよ」




 そして、周囲を取り囲まれていくシュネシス。


 そんな彼の問いに、女性キーリアは素っ気なく答えると、他のキーリア達ともに得物を構え、再びシュネシスへと向かって跳躍した。



◇◆◇



 周囲を水色の光が包み込んでいた。


 やがてそれは城門から眼前の広場へと向かって飛んで行き、鮮やかな光をあげて霧散していく。




「ふう。これで後は、あの子次第ってところかしらね」



 傍らにてそう口を開く少女に対し、イースレイは静かに頷く。


 当初は、自らシュネシスの相手をするのが礼儀であると思っていたのだが、巫女からの命令を自分が無下にするわけにもいかなかった。


 そして、アイアース皇子の偽物を演じきったキーリア。アニをはじめとする教団最後のキーリア達にシュネシスの相手をさせていたのだが、結果は見ての通り。


 アニもまた、実力的には元のシュネシスとは互角と言えたのだが、一撃の下に斬り伏せられている。


 しかし、一撃で止めを刺そうとしていないシュネシスの甘さは結果として自分の首を絞めることになっている。




「巫女様……して、あの子は」


「ええ。ヴェージェフの作った秘薬であの調子。一応、皇帝陛下が死ぬまで、刻印を使役し続けるよう命じてあるわ」


「しかし、それは……」


「まあ、危険ではあるでしょうね。でもね、今更人質なんて必要無いわ。陛下が来た以上、彼もまたここに来る」


「…………それも、ロジェス殿の策でございますか?」


「不満? 私としたら、皇子様の苦しむ様が見てみたいだけだし、どっちでも良いんだけどね」



 キーリア達への治癒法術を終えたシヴィラは、これから起こりうることには興味が無いと言わんばかりに宮殿へと向かって踵を返す。


 そんな彼女の背を負いつつも、城門へと視線を向けたイースレイは、その視線の先に立つ女性に対して視線を向ける。



 彼自身、彼女、フィリスのことを知らぬわけではない。



 剣伎も並ではなかったし、近衛としての振る舞いなどは精錬され、何よりも意志の強そうな真っ直ぐな目が印象的でもあった。


 今となっては、自分は彼女にとっては敵でしかなかったが、それでもこれから彼女に起こりうる運命には、目を背けたくはない。



 何より、これ以上巫女に手を汚させたくもなかった。



 しかし、皇子の苦しむ様が見たい。とまで言い切った巫女を変心させるなどと言うことはもはや不可能であるようにも思えるのだ。



「不満ではあります。仮に彼女が生き長らえたとしても、皇帝を手にかける助力をしたことを知れば」


「当然、自裁してしまうでしょうね~。だいぶ、気も強いみたいだけど、そう言う子のほうが案外脆いのよね~」




 そんなイースレイの言に、グネヴィアが以下にも楽しげな口調で答える。


 彼女にとっては人の苦しみは蜜の味である。それが、自身の苦痛にも繋がるのだからおかしな話もであるが、それでも、彼女の言は正鵠を射ている。



 秘薬によって意識を奪われたフィリスが身に刻むモノ。



 それは、かつて“大帝”と謳われた男が身に刻んでいた大いなる力。件の男は、それを自身の不死のための使役していたが、本来のそれは他者を守るべき使役するモノである。



 今、フィリスに託されている役割は、まさにそれであったが、その大いなる力は、自らが選んだ者以外に使役されることを好まない。


 それでも使役を行った者は、例外なく命を削り取られ、大きな苦痛に身を晒すことになるのである。





「さてと、イースレイ。フィリスさんがどうなろうと知ったことではないけど、皇帝陛下に関しては、精々無残に死んでもらいなさい。あの子達が失敗したら、あなたが直々にね」


「…………ははっ」




 そんなことを考えているイースレイに対し、シヴィラは戦闘の始まった城門へと視線を向けると、特段の感情の動きを見せることなく口を開くと、非常とも言える命令を下したのだった。


 

◇◆◇◆◇



 馬蹄の到来は遠く、嵐は激しさを増すばかりであった。

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