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第26話 白き狼虎①

投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

 眼前に立つ男、大帝ツァーベル・マノロフは、すでに長剣を手にこちらを見つめていた。



「ほう? パルティノンの女帝殿は、冥府の風に当てられて、憑き物が落ちたように思えるな。しかし、よくぞ冥府から戻って来たモノだ」


「冥府の長や悪鬼達も、私には手を焼くと見た様子でな。雁首揃えてお引き取りを願われたのよ」



 そして、ゆっくりと入室するフェスティアに対して、やや驚きの表情を浮かべた後、ツァーベルは、静かな笑みを口元に浮かべる。


 フェスティアもまた、同様の笑みを返して軽口を叩くが、双方ともに倒すべき敵主との再会を心の奥底では喜んでいるようにも見える。




「さて、第四皇子が僅かな戦いでどれだけ腕を上げたものかと楽しみにしていたが……」


「ふ……、ヤツの剣は、貴様如きを屠るにはもったいない」


「ほう? 言うではないか?」




 そして、剣を振るいながらそう口を開くツァーベルに対し、フェスティアは嘲笑を向けつつそう答える。


 そんな分かりやすい挑発に対し、ツァーベルもまた苦笑しつつ答える。




「すでに動力源は破壊され、要塞の命運は尽きている。もはや、貴様らに勝利はない。そして、敗者に振るう剣を、あやつに持たせた覚えもない」


「敗者、か。貴様ほどの女でも、この要塞に目を奪われるか?」


「失望したか? 要塞さえ破壊すれば勝利は約束される。誰もがそう考える」




 苦笑するツァーベルに対し、フェスティアやゆっくりと階段を上りながら口を開く。


 瞑目しつつ、題目を唱えるように言葉を綴るフェスティアの言は、その後の言葉からも分かるように、彼女ではなく、今も原野にて戦い続ける下々の思いを代弁しているようであった。




「だが、俺は死んで居らぬぞ?」


「そうだ……。だが、要塞は消える。そして、貴様もまた、ここで死ぬのだ。私の手によってな」




 そして、フェスティアの真意を悟り、なおも尊大な笑みを隠さずにそう答えたツァーベル。


 それに対して、フェスティアはそれまでの朗読めいた口調を改め、静かな怒りに満ちた表情をツァーベルに対して向けると、両の手に持った剣を振るい、左を正眼に、右を横に流すように構え、眼光鋭く前方を睨み付ける。




「ふん。なれば、その大言。実現してみるがいいっ!!」



 そんなフェスティアの言に対し、ツァーベルも鋭く剣を振るいながら、周囲を振るわせる声を発すると、長剣を上段に構える。



「っ!!」



 それを合図に、フェスティアはツァーベルに対して床を蹴り、一気に距離を詰めると、その首筋目がけて剣を薙ぐ。


 光を纏ったその剣は、あっさりとツァーベルの頸を弾き飛ばす。事は適わず、数瞬の差で背後に退いたツァーベルは、がら空きになったフェスティアの頭部へと上段から長剣を振り下ろす。



 すべてを一刀のもとに斬り捨ててきた剛剣。



 当然、遮るモノのすべてを一太刀にて両断してきただけの剣撃がフェスティアへを襲いかかったが、フェスティアは残った一刀でそれを弾き、薙いだ剣にて勢いのよ待ったそれを受け止める。



 激しく火花を散らし、ぶつかり合う剣。



 互いに相手を弾き飛ばし、距離を取った両者は間合いを取りながら横に駆け始める。


 フェスティアが正確無比な剣伎を持って敵を屠るのに対し、ツァーベルは、キーリアにも匹敵する膂力を持って敵を両断する。



 剛と柔。断と鋭ともいえる剣伎のぶつかりあいがそこにはあった。



 それでも、眼前の戦いだけがすべてともいうべき両雄のにらみ合いの中にも、冷静に占拠を分析する両雄の姿も存在している。


 ツァーベルの側からすれば、動力源が破壊された浮遊要塞の陥落は時間の問題であり、ヴェルサリアをはじめとする側近はすべて倒され、兵士の逃散・離脱も進んでいる。


 軍人はおろか、軍属もろとも戦に巻き込まねば等ならぬ状況にあり、長引く戦いを歓迎しているわけではないのである。


 侵略と征服がすべてであると公言する国家の君主であり、その過程にある戦いこそがツァーベルにとっての生きる意味であるのだが、敗北を目前にして、滅びの美学に身を落とすほど、ツァーベルは夢想家ではない。


 対するフェスティアにとっては、自身の敗北は即ちツァーベルの生存を意味する。


 そして、ツァーベル自身が語るように、浮遊要塞を撃破したところで、ツァーベル本人を討ち漏らせば、パルティノンに襲いかかる脅威が払拭されることはない。


 本隊や浮遊要塞をはじめとする主戦力を失ったところで、パルティノン北辺を制圧している部隊は数多く存在しており、それらをまとめ上げるための旗が健在であれば、再びパルティノンに牙を剥いてくることは明白である。

 



 決着は今。


 皮肉にも、倒すべき敵主どうしの思いは、その戦いの最中で一致していた。


 

◇◆◇◆◇




 眼前に広がる美しい情景が、激しい振動によって静かに遠ざかっていく。



「っ!? 私は……ぐぅっ…………。己……」



 目を見開くと、周囲を揺らす振動。そして、全身を襲ってくる激痛。


 アンジェラは、咄嗟に懐に入れていた鎮痛薬を口に含む。全身の傷を癒す事は不可能であったが、目先の痛みを和らげる効果はある。



「そうか、あの時私は……」



 先頃までの戦闘を思いかえしながら口を開き、なんとか身を起こそうともがくアンジェラであったが、そんな彼女の眼前を一人の男が駆けて抜けていく。


 白を基調とした軍装に身を包み、獣の耳と尾を持つその男、パルティノンの第四皇子アイアース。


 彼女にとっては、敬愛する上官の仇であり、愛する男性の仇でもある男。だが、その背を追うことは敵わなかった。


 先ほどの戦闘の際、件のアイアースによって全身を斬り裂かれているため、身体の自由がきかないのである。


 頸を飛ばされなかったことも幸いしていたが、それ以上にいくつかの幸運が彼女の生命を現世に繋ぎ止めていたのである。


 そして、追撃をあきらめたアンジェラは、主広間中央部に倒れる女性の姿を目にすると、全身に走る激痛に耐えつつも、彼女の元へと歩み寄る。




「姉様っ!! ヴェルサリア姉様っ!! しっかりしてくださいっ!!」



 そして、胸元を十字に斬り裂かれ、今もなお血を流し続ける女性、ヴェルサリアの元に駆け寄ると、最後の力を振り絞って治癒法術を全身に施す。


 途端に、強烈な疲労と気怠さが全身を襲ってくるが、それを受けてヴェルサリアの身体がにわかに反応を見せ始める。


 ほとんど消えかかっていた呼吸も戻りつつあり、今ならば鎮痛薬と気付け薬を飲ませることも可能であろう。



 そう思うと、双方を砕き、静かにヴェルサリアの口元にそれを含ませる。



 ゆっくりと、ヴェルサリアの目が見開かれたのは、それから間もなくのことであった。



◇◆◇◆◇



 再び距離を詰め、ぶつかり合うフェスティアとツァーベル。


 互いに剣を振るい、火花を散らす傍ら、体術を織り交ぜて相手の姿勢を崩し、後転して体勢を立て直し、再びぶつかり合う。



 力のツァーベルと技のフェスティア。互角のぶつかりあいがそこにはあった。



 とはいえ、そこは男と女。


 そのうちに、膂力で勝るツァーベルが、フェスティアの剣伎を力で押しきると、僅かに開かれた彼女の身体に長剣を振り下ろす。


 体勢を崩され、後方へと飛び退いたフェスティアであったが、今度ばかりはそれも叶わず、身体を斬り裂かれ、飛び散った血飛沫が周囲を染めていく。



「ぐぅっ!! っ!!」



 それを歯を食いしばりながら耐えたフェスティアは、鋭く振り下ろされる長剣をかいくぐると、双剣を巧に振るってツァーベルの肉体を斬り刻む。


 それまで、互角の戦いを演じ、互いの身体に刃が届くことの無かった両者であったが、ここに来ての互いの一撃に大きく体力を消耗させ、そこからは互いに血で血を洗う激戦を展開していく。


 そして、いくつかの激突を経た後、再び距離を取って睨み合う両雄。全身を赤く染め、息を荒げつつもその瞳に宿る炎が消える様子は無い。




「はぁはぁはぁ……ぐぅっ……」


「はぁはぁ。ふふ、やはり貴様といえど、限界はあるか」




 身体から流れる血で床を赤く染めながら膝をつくフェスティア。疲労からか、白磁の肌が紅潮し、息も荒くなっている。全身に受けた傷は大きく、常人ならとうの昔に冥府の門をくぐっているところ。


 そんなフェスティアに対し、ツァーベルはやや息を荒げつつも、全身に刻まれた傷は関係ないといった様子で口を開く。


 実際、傷から血が滲み続けているフェスティアに対し、ツァーベルの傷はすでに塞がりはじめているようにも見える。




「…………ふん、すべての攻撃を、……あらゆる痛手を退ける。貴様とは違うのだ」


「ほう? 気付いていたか?」


「……私とて、遊んでいたわけではない」




 そういってツァーベルを睨むフェスティア。


 彼女自身、リヴィエトによる侵略をただ呆然と眺めていたわけではない。


 あらゆる手管を用いて情報の収集に当たっており、敵君主の身に隠された秘密の存在にも気付いている。



 そして、それが決定的になったのは、クルノスの戦いでの顛末。



 シュネシスによって討たれたかに見えたツァーベルは、その後も変わらずに戦闘を続けていたという事実だった。



 そして、あらゆる資料から導き出した結論。





「“覇者の刻印”。あらゆる痛手、損傷を軽減、後退させ、宿主を守護する刻印……。貴様の身に宿っているとはな」


「ふ、刻印が俺を選んだと言うことだ。そして、リヴィエトもまた……な」




 フェスティアの言に、ツァーベルは長剣を握りしめる右手の甲をフェスティアへと向けると、そこから眩い光が放たれ、彼の全身を薄く包んでいく。


 刻印の守護か彼に触れていき、今も流れる血が薄まっていく。




「そうかも知れぬ。事実、刻印が人を選ぶことはありうる。だが、私とてその事実一つをとって、戦いをあきらめるわけには行かぬのだ」


「そうか。しかし、それでいて俺に向かって来るだけというのは、少々無様ではないか? いや、俺にこれだけの傷をつけたのも、貴様ら兄弟だけだがな。第四皇子にやられた傷はまだ痛むぞ」




 そう言って、首筋を撫でるツァーベル。


 肉体に損傷を与えられぬ以上、彼は文字通りの不死身。実際、アイアースが放った刻印の炎を浴びてもその身体はびくともせず、頸動を斬り裂いてもその身が滅ぶことはない。


 ツァーベルの刻印の存在を知ったシュネシスが、最後の望みを託したアイアースの炎も通じない事実。



 それがあったとしても、フェスティアが退く理由にはならない。




「お褒めに与り光栄。……まあ、これも遊んでいた。と言うべきか」




 そんなツァーベルの様子を目の当たりにしつつも、フェスティアは全身の痛みに耐えつつ立ち上がる。



 その様子に、ツァーベルもまた、剣を構え、眼前の敵種を待ち受ける。



 絶望的な事実を知りながら、なおも戦い続けるフェスティアの姿は、ある種の尊崇の念をツァーベルに抱かせる。


 それでも、絶対的な勝者として待ち構えるツァーベルに対し、今のフェスティアは、その眼に宿る炎と僅かに残された命の灯火を激しく燃え上がらせるように、ツァーベルへと向かっていく。




(すでに勝敗は決し、自身の命も長くない。それでも、それでもなお、来るか……)




 そう思ったツァーベルは、心に残る尊崇の念に加え、敬愛に近い感情が生まれはじめていることを自覚する。




(思えば、あいつもこの女によく似ていたな……。僅かな希望の灯火にすべてを賭ける。そんなところはそっくりだ)




 そう思い、ツァーベルはフェスティアの背後にて優しく微笑み続ける彫像に視線を向ける。



 僅かな希望の灯火。



 それは見事に新たな花を咲かせ、こうしてリヴィエトに勝利をもたらさんとしている。だが、希望の灯火を燃やし尽くした女は二度と目を覚ますことはなく、その灯火によって咲かされた大輪の花を、ツァーベルは受け入れることは出来なかった。




(俺は、これを待っていたのかな?)



 向かって来るフェスティアの姿がひどく遅く感じている中、笑みを浮かべつつその表情を見つめる。


 かつて、自分に向けられていたモノと同じ意志の強さを感じさせる目。だが、自分に対する愛情が灯っていたそれとは異なり、今こちらに向けられるのは、敬愛ではなくはっきりとした憎悪。



 その炎を受けつつも、ツァーベルは決着をつけるべく長剣を振り上げる。



 正面からの突撃。それは、大陸の覇者パルティノン皇帝としての矜持であり、パルティノン民が持つ、ある種の滅びの美学を体現するかのような行動である。


 であれば、正面からそれを受け止めることもまた、相手に対する礼儀である。



 そう思いつつ、上段に構えた長剣を振り下ろさんとするツァーベル。





 刹那。




 彼の眼前は、鮮やかな白き光よって包まれ、一瞬視界が暗転する。



 気がついたときには、後方の壁へと叩きつけられ、全身を激痛が支配すると同時に、自身の肉体からあふれ出た血が眼前の場を流れていく。





「…………。バカな……っ」





 視界が戻り、全身が激痛に支配される中、ツァーベルは眼前の光景に対して、静かに口を開く。



「立て。勝負はこれからだっ!!」




 そして、耳に届く、凛とした女性の声。



 その声の先には、白銀を髪を揺らめかせ、その右手に眩い光を灯す白き狼の姿があった。

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