第25話 虎狼の涙
上方へと伸びる階段は、まるで天上へと続いているかと思わせるほどであった。
そして、そこを駆けるアイアースとフェスティアは、突如として襲ってきた激しい揺れに、思わず立ち止まり、身を伏せる。
「何事だ?」
「…………おそらく、兄上達が」
そんなフェスティアの声に、アイアースは、地下より込み上げてくるような揺れの正体を察し、それに応える。
これは、主広間の地下深くにある動力源からもたらされる揺れと思われる。
動力源の破壊へ向かったミーノス等が、破壊に成功したのであろう。しかし、そのためにミーノス達は死を覚悟していたはず。となれば、彼らの運命もまた、自ずと決まってくる。
「っ」
「アイアース?」
一瞬、きつく目を閉ざした後、天を仰いだアイアースに、フェスティアが柔らかな声をかけてくる。
彼女からすれば、動力源の破壊はこれ以上にない吉報であり、なぜ、嘆くような仕草をアイアースがしたのかまでは理解できなかったのだ。
「…………動力源の破壊に向かったのは、ミーノス兄上が率いる部隊です」
「なに?」
「兄上と、ジル、ミシェル、リシェルの四人で主要機関部内にある動力源へと突撃していきました。私は、それを援護した後、主広間へ……兄上等は死を覚悟しておりました」
そんなフェスティアに対し、声を落としながら口を開くアイアース。
しかし、そんな言を受けたフェスティアは、一瞬瞑目した後、顔を上げて上階を睨む。
立ち止まって他人の死を嘆くことは、勝利の暁に為すべき事であり、今の二人にはそのような甘えは許されていない。
今も、要塞各所や原野では、両陣営の激しい交戦が続いているのだ。一時の猶予すら、二人には許されていかなかったのである。
「なれば、彼らに報いることが我々の務めだ」
「……はいっ」
「だが、アイアース。そなたは戻れ」
「え?」
そんなフェスティアの言に、頷いたアイアースであったが、それに続く言葉に、目を見開く。
突然、何かを思い立ったかのように口を開いたフェスティアの言が、まるで夢のように感じられたのだ。
「ツァーベルとの戦いには、私一人で赴く」
「ば、馬鹿なっ!! どういうことですかっ!?」
「動力源を破壊した以上、この要塞も長くは持たぬ。ツァーベルとの戦いに参加すれば、それに巻き込まれる可能性がある」
そして、声を荒げるアイアースであったが、フェスティアはアイアース目を静かに見据え、そう口を開く。
たしかに、これだけの質量を持った要塞の動力源である。それこそ、人の知恵では理解できぬような大いなる力を持つ可能性は高い。
これが、大地に落下したとすれば、いかに広大な草原であったとしても、巨大な破壊の力が働くことは想像に難くない。
そして、ミーノス等が全滅していれば、その事実を原野にて戦うシュネシスやサリクスに伝えるモノもないのである。
彼らの他に、生き残っているモノがいたとしても、要塞の最後を悟り、捨て身の攻撃を加えてくるリヴィエト兵達の姿が予想され、その包囲の輪を抜けられる武勇の持ち主は、今となってはフェスティアとアイアースのどちらかでしかないのである。
「なれば、ツァーベルとの戦いには私がっ!! 姉上は、お戻りにっ!!」
「これは、パルティノン皇帝としての勅命だ。反問は許さん」
「パルティノン皇帝は、シュネシス・ラトル・パルティヌス陛下お一人です。姉上っ!! なれば、私もともを……。あの時に続いて、再び私を戦いから遠ざけるのですかっ!?」
「そうだ……。そなた、再び私に大切なモノが奪われる様を見せるつもりか?」
「っ!? 私は決して敗れませぬっ!!」
「ツァーベルとの戦いではない。敵が、浮遊要塞をパリティーヌポリスに向けて落下させたらどうなる?」
「っ!?」
「動力源を破壊した以上、そなたの操る法術に耐える術はこの要塞にはあるまい。そして、人の手には過ぎたるこの要塞は、決して残してはならんのだ。この世から消してしまわねばならぬ。それが出来るのは、アイアース。そなただけだ」
「っ!?」
「こちらを向け、アイアース…………」
そこまで言うと、静かにアイアースの肩に手をかけ、正面からアイアースを見つめるフェスティア。
なぜか、その表情が霞んで見える。いつの間にか、両の目から涙が落ちていたのである。
「ふふふ、大人になった様だが、まだまだ子どもだな」
「姉上……」
そんなアイアースを優しく抱きしめ、頭を撫でるフェスティア。その表情は、長く苦難の人生を歩んできた孤高の女帝ではなく、愛するモノを見つめる慈愛に満ちた女性のモノ。
そして、そんな表情を浮かべながら、フェスティアは再びアイアースの目をみつめ、ゆっくりと口を開く。
「ツァーベルとの戦いは、私に任せおけ。そなたには、守るべき者達がいる。私には、……私には、パルティノンしか残っておらぬ……」
「…………」
「私の命は間もなく尽きる。なれば、その命の最後の灯火を、残されたモノを守るために使わせてくれ。そなたや愛する兄弟達を、愛する民を守るためにな」
その言を受け、アイアースは先頃、ミュウが語っていたフェスティアの身に迫りつつある事実を思い出す。
元々、フェスティアに残された時間はあと僅か。
そんなことを思いつつ、アイアースはフェスティアに対して視線を向ける。その柔らかな表情の奥底には、眼前の戦いにすべてを賭けるだけの覚悟が浮かんでいた。
フェスティアは、その残された命の灯火を、最後まで焼き尽くすことを選んだのである。
そして、姉の覚悟を止める術を、アイアースは持っていなかった。
「これを持っていけ。リリスから託されたモノだが、私の思いがそなたに届くかも知れぬ」
そして、フェスティアは首にかけていたペンダントを手に取ると、アイアースに握らせる。
「よいな。そなたは生きて、私が守ったモノを、そして、そなたが守るべきモノを守ってくれ……」
「姉上……」
「さあ、涙は拭え。戦う者の別れに、涙は不要ぞ」
そう言って、アイアースの頬に流れる涙を拭い取るフェスティア。
そんな彼女に対して、アイアースは一瞬天を仰ぎ見る。
そして、浮かび上がってくるのは、幼き頃からともに原野を駆けた日々。そして、家族を襲った悲劇や敗北の際の別れ。
そして、リヴィエトの戦いの最中にあって、ともに戦場を駆けた時の思い出。リヴィエトの奇襲に際し、エミーナ等とともに戦いに参戦してきた騎士がフェスティアであることを知ったときは、彼女の大胆さに苦笑するとともに、ともに戦えたという喜びの方が大きかった。
そして、アイヒハルトに敗れ、生死の境を彷徨っていたあの時。
「…………姉上」
「さらばだ。パルティノンを頼んだぞ」
脳裏を駆け巡るある一時の情景。あの時、たしかに自分を包み込んだのは、彼女の愛情ではなかったのか?
そんなことが頭に浮かぶアイアース。
しかし、その真実を問い掛ける前に、柔らかな女性のモノから、戦陣を駆ける女帝のそれへと表情を変えたフェスティアは、アイアースに対して短く、そして勇ましくそう告げると、上階へと続く階段を駆け上がっていく。
一瞬にして、距離をつけられたアイアースは、すでに追うことも真実を問うこともあきらめると、彼女の背を見据える。
「姉上っ!! ――――ありがとうございましたっ!!」
そして、その背に対して、アイアースがそう声を上げると、上階へと駆けるフェスティアは、振り返ることなく片手をあげた。
数的の雫が、アイアースの頬に当たったのは、それから間もなくのことであった。
◇◆◇◆◇
「大帝っ!! 主要機関部に敵兵が侵入っ。動力源が破壊されましたっ!!」
伝声管からの聞こえてくる切羽詰まった声。
それを、ツァーベルは無言で聞き取ると、今も各所より鳴り響く爆発の揺れに耳を傾ける。
要塞が激しい揺れに見舞われはじめたのは、つい先ほど起こった振動の後。要塞最上部に位置する私室にてそれを感じたツァーベルには、何が起こったのかも大方の予想はついている。
自分がこの要塞を攻撃するとしても、そこをまず攻める。こちらが、それを守りきることが出来なかったことは、敵を褒めるしかないのであろうが。
「操舵の状況は?」
「安定は保てておりますが、出力の回復はすでに……。要塞下部も炎に包まれはじめております」
「……限界まで保て。残りの兵は上層部の民の離脱を優先させるのだ」
「はっ。しかし、総長代理は……」
「貴様に託す。ヤツはヤツの戦いがあるのだ。頼むぞ」
「っ!? ははっ!!」
操舵は可能であるが、主要機関が破壊されている以上、落下は時間の問題であろう。補助機関は、主要機関があってはじめて役にたつのだが、それでも、時間稼ぎにはなる。
そして、交戦の続く原野であっても、戦うことの出来ぬ民を脱出させぬわけには行かなかった。
戦は兵のみで行うのではなく、後方にて支えるべく戦力も当然必要になってくるのだ。
「あのお人好しが、武器を持たぬ民を虐殺するとは思えんしな」
そして、命令を終えたツァーベルは、今も原野にて指揮を取る敵指揮官の姿を思い浮かべる。
本人は謀略の類を駆使し、また冷淡な作戦を好む様子だったが、こちらの策を読んでなお、正面から攻撃を仕掛けてくる性質は、ともすれば果敢であり、君主の私室としてはもうしぶん無いであろう。
だが、このての人物は大概がお人好しというのが相場と決まっている。
「貴様もそう思うであろう? 遠慮はするな。入ってこい」
そして、ツァーベルは苦笑しつつ、背後にある扉へと声をかける。ほどなく、ゆっくりと開かれた扉の先には、双剣を手にした女性の姿がそこにあった。
◇◆◇◆◇
瓦礫に包まれた主広間から出ると、アイアースは要塞の損傷に動揺するリヴィエト兵やリヴィエト民間人達を横目に次々に区画を駆け抜けていく。
ミーノスより、脱出のための突入孔穴は知らされており、宮殿内部から地下へと向かうことが最短である。
「っ!? 貴様っ!! 止まれっ!!」
そんな時、駆けていくアイアースの姿に気付くリヴィエト兵の一部。
やはり、キーリアの白き軍装や白と黒の髪、尾は非常に目立つ。とはいえ、立ち止まって相手にしてやるような暇は無い。
そして、打ち鳴らされる銅鑼の音が、宮殿内部に轟く。しかし、それもまた、動力源破壊の余波によって掻き消されていく。
地下区画に下るに連れて、要塞の崩壊は進んでいるのだ。
「むっ!?」
とはいえ、簡単に逃してくれるほど甘くはない。アイアースの視線の先では、土嚢を積んで通路を塞いでいる。さらに、その隙間からアイアースに向かって伸びる鉄製の筒が彼を仕留めるべく、今か今かと待ち構えているのだった。
「あきらめろ。もう、逃げ場はないぞっ!!」
そして、立ち止まったアイアースに追い付いてきたリヴィエト兵達。その一部の兵もまた、砲筒を手にアイアースを狙っている。
「………………」
そして、アイアースは無言で両の手を頭上へと掲げる。
古今東西、時代が変わっても無抵抗を意味する仕草に大きな変わりはない。とはいえ、アイアースの真意として、腰に下げた二振りの剣を地に投げ捨てることはしたくなかった。
「剣も捨てろっ!!」
「それは出来ない。とはいえ、私は抵抗する気もない。貴様が、取り上げればよかろう」
「っ!? …………変な素振りを見せたら、構わず撃て。俺もろともだ」
そして、案の定声を荒げる指揮官。
アイアースの思惑通りであったが、自身を犠牲にアイアースを討とうという姿勢は、素直に賞賛に値するとアイアースは思った。
「……お前のおかげで何人もの仲間が」
「ふん、それはこちらの台詞だ。それに、剣をとって向かって来る以上、死を覚悟するのは当然だろう?」
そして、慎重にアイアースに近づき、怨嗟の声を向けてくる指揮官であったが、アイアースはその言を鼻で笑い、そう答える。
アンジェラもそうであったが、どうにもリヴィエト側や教団の者達は、自身の悪行を棚に上げる傾向があるように思える。
アイアースからしてみれば、戦場における死を責められるいわれはないし、敵に対する非道を行った覚えもない。
「スヴォロフやイースレイはまともだったんだがなあ」
「っ!? む、ん? ぬう、は、外れんっ!?」
「どうした? 私は抵抗していないぞ?」
「ば、馬鹿なっ!? なぜだ……」
そして、アイアースの剣に手をかける指揮官と兵士。
しかし、その剣がベルトキットから外れることはなく、金具も意志を持ったかのように動きを見せようとしない。
「その剣は、母上とイレーネが自らの魂を打ち込んだ剣。意志が宿っているのだよ」
「戯れ言ごとをっ。ぬぬぬっ…………」
「ほら、貸してみろ。こうするのだっっ!!」
「ぐうっ!?」
そして、アイアースの言に声を荒げる指揮官であったが、親しげにアイアースが口を開くと、剣に意識がむいている両名の頭部を掴む。
一瞬の出来事であり、何が起こったのかも理解できなかった両名。しかし、アイアースが一瞬、目を閉ざすと、その肉体は鮮やかな炎を上げて燃え上がっていた。
刻印の力によって、アイアースは詠唱の必要無く炎の力を使役できるのだ。
油断した兵士を焼き尽くすことは問題ではない。そして、すぐにその場に轟く空気を斬り裂く音。
燃え上がる炎に対して、次々に撃ち出される弾丸が突き刺さっていく。しかし、そこに待っているはずの勝利は、リヴィエト兵達の元からは逃れていった。
二つの炎からさらに巨大な火球が後方へと飛来すると、通路に詰めていたリヴィエト兵達が爆風とともに焼き尽くされ、二人の死体を投げ捨てたアイアースが地を蹴ると、後方からもたらされる爆風に乗って一気に土嚢との距離を詰める。
慌てて砲筒をかまえる兵士達であったが、アイアースは飛び掛かりながら袖に隠した暗器を取り出すと、それを投じる。
眉間に暗器を突き立て、悲鳴を上げる兵士達。陣地に飛び込んだアイアースは、その首を弾き飛ばすと、再び開かれた通路を駆け始める。思いがけない事で時間を取られており、脱出を急ぐアイアース。
階段を駆け下り、通路を駆ける事を数度と無く繰り返すと、それまでは異なる区画へと出ていた。
「ここか……っ!!」
アイアースは、それまでとは異なる雰囲気の区画に、思わず口を開く。
よくよく耳をこらしてみると、爆音に混ざって、剣戟の音や砲筒の発射音が耳に届く。
そして……。
「殿下……? アイアース、殿下、ですか?」
「っ!? 誰だっ!?」
アイアースの耳に届く女性の声。
ちょうど、区画に響いたアイアースの呟きが届いたのであろう。しかし、周囲を見まわすアイアースに、声の主の姿は見当たらなかった。
「私です……。サーダです」
「サーダっ!? ――っ、フェルミナッ!?」
そして、周囲を見まわすアイアースの耳に、何かを退きづる様な音が届き、声の主が自身の名を告げる。
目を向けると、全身を赤く染め、倒れ込んだサーダが、フェルミナを抱えるようにして僅かに空いた隙間から這い出してきていた。
「何があったんだ?」
「はぁはぁ……、巫女とイースレイが」
「イースレイっ!? バカな、あいつはっ」
「生きて、いたのでしょう。二人は、フィリス様を……」
「フィリスが? どうしたと言うんだ」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐサーダ。見ると、フェルミナは気を失っているだけであり、全身の傷は癒えはじめている。
サーダの言によると、脱出の途上で、シヴィラとイースレイの奇襲を受け、自身は致命傷を負い、フィリスとフェルミナも負傷したのだという。
フェルミナは一撃で昏倒してしまったため、難を逃れたのだが、最後まで抵抗していたフィリスは意識を刈り取られると、二人によって連れ去られてしまったのだという。
「……それで、お前はフェルミナを」
「私は、キーリアであります。殿下……」
「ああ……、よく、戦ってくれた」
「ジルやミシェル達も、同様、でしょう。殿下、帝国を……」
「ああ」
「最後に、介錯を…………」
沸き上がる怒りを抑えつつ、床に倒れる二人を膝に抱き上げるアイアース。
サーダは、残った命を削ってフェルミナの傷を癒したのであろう。彼女としては、いずれは主筋になる人物であり、それを救う事は当然でもあったのだ。
そして、ゆっくりと目を閉ざすサーダ。脈はまだ残っており、全身を襲う痛みと死の恐怖からの解放。
彼女にとっては、それが今もっとも大きな願いであるのだろう。
それを察すると、アイアースはフェルミナを床に横たわらせ、剣を抜く。
「サーダ、家族は?」
「おりませぬ。私を知る者は、すでに皆」
「俺達は決して忘れぬ。お前達のことをな」
「ありがたきことです。殿下……」
そう言って静かに頷くサーダ。
覚悟はすでに出来ている。そう告げられたアイアースは、静かに彼女の首筋を薙いだ。
フェルミナを連れて、通路から区画へと出ると、耳に届く乾いた音。
慌てて物陰に身を隠したアイアースは、区画上層部より眼下の広場を狙っているリヴィエト兵の姿を睨むと、その視線の先にある人物に対して口を開く。
「ルーディルっ!! 無事かっ」
「殿下っ!! ……うう、遅いですよっ。急いでくださいっ」
(私の背に。ルーディル殿、ガーデ殿。今少し、頑張ってくだされ)
そんなアイアースの伝に答えたルーディルと真竜のガーデ、そして、エルク。
彼らの周囲には、パルティノン飛空兵やリヴィエト兵の死体が折り重なるように倒れており、その屍を超えるように、生き残ったリヴィエト兵達は彼らに向かって行っている。
死を覚悟した突撃。
これらが、飛空兵達の意識を奪い、砲兵による狙撃を可能にしたのであろう。最強の竜騎士であるルーディルですら、全身に傷を負っているのだ。
「今、行くっ!!」
そんな彼らの姿に、アイアースは火球を放って身を起こすと、一気に地を蹴る。
火球がリヴィエト砲兵達の陣地へと着弾し、派手な爆風を巻き起こすと、アイアースはそのままエルクの背に飛び乗る。
(しっかり、捕まっていてくださいっ)
そして、全身に感じる浮遊感。
血に塗れた区画内部を全力で滑空し、巨大な空間内に穿たれた穴へとエルクが殺到していく。その最中、アイアースの目に映ったのは、必死の思いで別の区画から脱出を計るリヴィエト民間人の姿であった。
(これだけの人間が……。だが、俺は…………っ!!)
そんなことを考えつつ、フェルミナの身体を強く抱きしめ、手綱を握るアイアース。気付いたときには、青き空を舞っていた。
「……姉上、兄上、皆……」
背後のルーディル等の姿とともに、炎と煙を上げる浮遊要塞の姿に対し、アイアースはともに要塞内部へと突入した者達の姿を思い浮かべる。
だが、それを嘆いている暇は、今のアイアースにはなかった。
すでに動力源を失った浮遊要塞は、ゆるやかにではあるが、確実にセラス湖上空から、パリティーヌポリスへと向かって落下していたのだ。
そんな要塞の姿に、アイアースの脳裏には、ある事実が浮かび上がる。
――――罪無き民を、そして、愛する姉をその手にかける。
残された時間は、あと僅か。そして、決断の時は目前にまで迫っていた。




