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第24話 光溢れるその先へ

 斬り裂かれた鞭が虚空へと舞い上がると、次の瞬間にはヴェルサリアの身体は十字に斬り裂かれていた。



「ぐっ……、陛、下……」



 全身を痙攣させながら、そう口を開いたヴェルサリアは、やがて全身の力が抜けるようにゆっくりと崩れ落ちていく。


 そして、瓦礫を破砕しつつ倒れた後、彼女の身体は、身じろぎ一つすることもなかった。


 それを一瞥し、生き残ったリヴィエト兵達を睨み付けたフェスティア。彼らもまた、大半が背後に立つアイアースによって討ち果たされ、すでに継戦意志は消え去っている。



 そんなリヴィエト兵達にゆっくりと歩み寄るフェスティア。



 得物を構えつつも身体を震わせるリヴィエト兵達は、今にも逃げ出しかねないほどの動揺を見せているが、蛇に睨まれた蛙のごとく、フェスティアの視線から逃れることは不可能な様子。なかには、へたり込んで失禁している兵士もいる。



 そんな兵達の眼前に立ち、剣を振りかぶるフェスティア。震える兵士達は、声をあげることも出来ずに涙を流しながらそれを呆然と見守ることしかできていない。



 そして、振るわれた双剣。



 それは、彼らがかまえる得物を次々に寸断していき、やがてそれは武器としての役目を終えていく。


 そして、丸裸になった兵士の内、へたり込んだまま呆然と涙を流す女性兵士の顎に手を添えて自分の方へと視線を向けさせる。


 さらに震えが大きくなる女性兵士であったが、その流れるような銀色の髪とまだまだ幼い容姿が、かつての自分を想起させるようにフェスティアは思った。



「……無様な、命はくれてやる。さっさと失せよ」




 そして、女性兵士から視線を外すと、フェスティアは吐き捨てるようにそう口を開く。


 アイアースが目を丸くする中、兵士達は何が起こったのか分からぬ様子で、呆然としている。




「聞こえなかったのか? 命はくれてやるから、私の前からさっさと消えよ。二度と、パルティノンの地を踏むことは許さぬ」



 再びのフェスティアの鋭い声。


 今度は大半の兵士が、身を凍り付かせ、へたり込んだ同僚や部下を引っ張るようにして立ち上がると、広間の外へを駆けだしていく。


 そして、フェスティアは取り残された形になっている女性兵士を引き起こす。



「……貴様も軍人ならば、敵の前でそのような醜態をさらすな。それとな」



 そして、それまでの鋭い視線を向け、女性兵士に対して諭すようにそう口を開いたのち、ゆっくりと視線を落とすフェスティア。


 彼女の視線の先では、女性兵士の股間部分が色濃く染まっていた。



「女であるのだ。そちらの処理も急いだ方がよいぞ?」



 苦笑するようにそう告げると、途端に顔を赤く染め、それまでの放心状態から一点、きつくフェスティアを睨むと、女性兵士もまた主広間より駆けだしていく。



 その光景を静かに見守るフェスティアとアイアース。


 一つの戦いが、一応の終わりを見たのである。




「っ!?」




 そして、一瞬の平穏に浸っていたフェスティアであったが、突如として、視界が転瞬し、全身から力が抜けるような感覚に襲われる。


 倒れ込みそうに身体を叱咤し、表情を必死に取り繕うが、それでも違和感が消えることはない。


 これは、先頃、シヴィラ等の奇襲を受け、そこからからくも脱した頃より続く症状であり、一時は身を起こすことも苦痛なほどの気だるさに襲われてもいたのである。



 リリスをはじめとする多くの腹心達を失ったことでの衝撃か、自身の内にて生きていた命の息吹に花を咲かせた事が原因か、それとも……、否、すでに分かりきっている理由もあったのだが、フェスティアはあえてそれを考えぬようにしていた。




「姉上? 如何なされました?」



 そして、沈黙するフェスティアに対し、労るような声をかけてくるアイアース。


 その姿は、先頃テルノヴェリにて邂逅したときと比べ、男前が増したかのように見える。そして、それ以上に変化を与えているモノ。



「ふぉっ!?」


「ほう? やはり、作り物ではないのか。中々の手触りだぞ」


「あ、姉上」



 弟の心配をごまかすように、アイアースの頭部に生える耳を撫でたフェスティアは、その手に感じる柔らかさや毛の感触に感心したように頷く。


 アイアースの身に流れる血を考えれば当然なのだが、こうして種族の特徴が表に出てくる事実は、彼の出自を言外に証明する一因ともなる。




「戯れだ。許せ……」




 とはいえ、今はそれに言及する必要もない。おかしな形とは言え、彼がパルティノン皇族であることは、すでに証明されるにたるモノがある。


 そして、フェスティアは苦笑するアイアースに対して肩をすくめると、たまたま視界に写ったあるモノを拾い上げる。




「……それは」




 アイアースも表情を引き締めてそれを見つめる。


 今、フェスティアが手にするそれは、リヴィエト軍が使用した新兵器。


 彼らは砲筒と呼んでいたが、鉄製の筒に何らかの器具や装置が取り付けられ、削り出された木製の得に取り付けることで、安定性を保っている様子。


 金属製の弾は、筒脇から飛び出した小箱の中に並ぶようにして装填されるようだった。




「内部には、刻印球が取り付けられておりますね。これに刺激を与えて……姉上?」



 手渡されたそれを分解しつつ、興味深げにそれを見つめるアイアースであったが、彼はフェスティアが砲筒に向ける視線の鋭さに気付く。



 静かな怒りと怨嗟がはっきりと表情に浮かんでいるのだ。




「こんな……こんなもので、リリスは……兵達はっ!!」


「姉上……」




 フォティーナより告げられた報告により、リリスをはじめとする近衛部隊達が、何によって倒されたのかはすでに聞き知っている。


 それだけに、眼前にある兵器には、憎しみの感情以外が沸くことはない。


 そして、アイアースの手から奪い取る形で、フェスティアはそれを地に叩きつける。


 途端に、空気を斬り裂く音が轟き、中に残っていた弾丸を吐き出す砲筒。その威力は、フェスティアの膂力を持ってする破壊行動でも衰えを知らなかった。




「姉上。行きましょう、ツァーベルの元へ。この戦いを終わらせる。他に、方法はありません」




 そして、耳に届くアイアースの声に対し、フェスティアや頬を伝う熱い何かを拭い去ると、それに頷き、上階へと繋がる扉を睨み付けた。




 要塞全体が、激しい揺れに見舞われたのは、二人が階段を駆け上がりはじめた最中のことであった。



◇◆◇◆◇



 機関部内は、空気を斬り裂く乾いた音に満ちあふれていた。


 ミーノスは、耳に届くそれと、悲鳴や断末魔、そして、仲間達の声を受けつつも、動力源を探っていく。


 刻印の力がこもった物質であることは分かっているが、これを破壊する事によって起こりうる何かを探るまでは、安易な破壊は出来ない。


 ミュウから託された探知生物を張り付かせてはいるが、ミーノス自身も各所を回ってそれを探る作業に追われている。


 しかし、動力源の周囲はリヴィエト兵によって囲まれ、かつて自身を射落とした新兵器による弾丸の雨が降り注いでいる。


 幸いにして、身を隠す箇所は多くあり、敵も動力源に傷をつけることを恐れてはいるのか、攻撃点は限られている。


 しかし、その攻撃点に出てしまえば、ミーノスの肉体は一瞬にして撃ち抜かれることになる。如何に、人間を越えたキーリアと言えど、眼前に神経を集中させている状態で、背後からの攻撃を躱すのは困難だった。


 そして、その攻撃点は、ジルとミシェル、リシェル兄弟によって必死に守り抜かれていた。




「ぐぅっ!?」


「ジル殿っ!!」


「大丈夫だ。行けっ!!」


「はっ!!」




 そんなジルとミシェルの声がミーノスの元に届く。


 鉄製の壁を引きはがして即席の盾を両手にかまえたジルがミーノスの背後に立ち、文字通り身体を盾にして飛来する弾丸の雨を防ぎ、ミシェルとリシェルが双子ならではの連携でリヴィエト砲兵達を屠っていく。



 しかし、彼らも身体の各所を次々に穿たれ、全身を赤く染めながら息を荒げている。




「ジル、大丈夫かっ!?」


「殿下……。私は大丈夫です。ですが、二人のためにも、出来うる限り、急いでいただければ……」


「ああ。だが、慌てるわけにはいかんのでな」


「はい、正確に、なさってください……」




 そして、そんな彼らの奮戦に対し、ミーノスも意識をそちらへと向けざるを得なくなる。


 顔を向け、そう口を開いたミーノスに対し、ジルは口から血を流し、汗を浮かび上がらせた顔をミーノスに向けると、力強くそう答える。


 しかし、声の調子から、全身を襲う激痛は増すばかりのようだ。




「……っ!? 未知の物質か……。だが」




 そして、反応を示す探知生物たち。


 その多くが、緑色の身体を紫色に変貌させており、その解析結果を示すことはない。


 解析がなれば、この生物たちは体色をその物質が表す炎色反応等と呼応させ、その物質を少量産み出すのであるが、紫色で物質を産み出さない場合は、基本的に未知の物質ということになる。


 ミュウのような人間であれば、異なる判断も出来ようが、ミーノスの知識ではこれが限界でもあった。




「ジル、結果がどうなるかは分からぬが、やはりこれは破壊するしかない。よく頑張ってくれた」


「……はっ」


「ミシェルとリシェルを。覚悟を決めてくれ」


「分かっております。ですが殿下、そのような顔をなさらずに……。我々は、この日のために、この時のために生きております。その死が、必ずや帝国の未来を繋ぐためにあると」




 そして、ミーノスは懐から取り出した刻印球を手に、一瞬目を閉ざし、眼前にて防戦するジルへと視線を向ける。


 刻印の力による破壊であり、どのような連鎖が起こるのかは分からなかったが、それでも動力源を破壊し、要塞の動きを停止させる以外に勝利の可能性は無い。


 如何にアイアースであれど、ツァーベル・マノロフを討ち取れる可能性は極めて低いのである。


 そして、そんな勝算の低い博打に弟を差し向けたのは、ミーノス自身もまた、死地に赴くつもりであったからである。




「三人とも……ありがとう」



 舞い戻ってきたミシェルとリシェルは、すでに息も絶え絶えと言う状態であった。


 通常の戦いであれば、モノともせぬほどの戦力差であったが、やはり新兵器の存在は非常に大きい。今でこそ、物陰に身を隠して法術で牽制しているが、リヴィエト兵達も二人が退いたことによって数にモノを言わせんと集結しつつある。


 そんな、状況下。ミーノスは、三人に対してそう口を開くと、手にした刻印球に意識を向ける。



 ほどなく、眩い光を放ちはじめる刻印球。



 まもなく、すべてが終わる。そう思ったミーノスは、こちらへと視線を向ける三人のキーリア達に対して頷く。


 思えば、スラエヴォにて母をはじめとする多くの人間達を失い、思い出したくもない半生を送ってきた。


 しかし、皇族である自分には、身を徹して護ってくれる存在も数多く居た。それが、眼前の彼らの先任に当たるキーリア達。



 そして、キーリア達には、そのような存在はない。



 それでも、ひたすらに帝国のために尽くす彼らは、今もまた、笑って命を差し出そうとしている。思えば、自身に付き従った者達は、すべてがその任を果たして散っていった。


 そして、今の自分自身も、彼らの後任達とともに散ろうとしている。


 そう思ったとき、ミーノスの脳裏に浮かび上がる人間達。凶刃に倒れた、両親や皇妃達の姿。兄弟達の姿。ともに戦った者達の姿。そして、小生意気な視線を向けてくる少女の姿。いや、小柄なだけの女性の姿でもあったか。




「ふ、こんな時に、思い出すとはな……最後ぐらい慰めてやれば良かった」



 戦いを前に、眠る彼女を一撫でして別れた事が今になって思い返ってくる。これまでの人生にあって、多くの人間、そして、女達を見送ってきたが、今度は自分が見送られる側になろうとしているのだ。


 そして、その言を受け、刻印はさらに光を増していく。気付いたときには、ミーノスの周囲を光の膜が取り囲んでいた。



「っ!? な、なんだと?? どういうことだっ!?」



 走馬燈の様に過去の事象が脳裏を駆け回っていたミーノスは、突然の事態に困惑する。


 そんなミーノスに対して、三人のキーリアが向けてくる視線。それは、申し訳なさとともに、安堵が伺える表情でもあった。




「貴様らっ!! 何か知っているなっ!?」


「お許しください、殿下。我々は、皇帝陛下より、殿下達を生きて返せるように命を受けております」


「兄上がっ!? しかし、破壊は……っ。――――っ!?」




 そして、声を荒げるミーノスに対して、頭を垂れるジル。その言に、さらに問い返すミーノスであったが、三人の全身が色とりどりの光に包まれはじめたことに気付くと、思わず言葉に詰まる。




「き、貴様らっ!! なぜ、そんなことをっ!!」


「お許しください殿下。我々が、この身に宿った憎むべき力から解き放たれるには、こうする以外に手はありませぬ」


「っ!?」




 なんとか声を絞り出したミーノスであったが、そんなミーノスに対し、視線を落としながら口を開くジル。


 ミシェルとリシェルも同様に視線を落としている。


 そんな様を見て取ってミーノスは、彼らの覚悟と抱えてきた悲しみを知る。


 彼らの多くは、帝国への忠誠や純粋な力を求めてキーリアとなったわけではないのである。


 多くが、すべてを失い、依るべき社としての帝国への忠誠と大いなる力にすがるのである。だが、その先に待っているのは、人を越えた力に振り回され続ける生涯。



 斬り裂かれた身体に埋め込まれた刻印がいつ暴走するかも分からぬ苦悩の日々なのである。



 ミーノスやアイアースのように、そのような苦悩以上の大望を抱える人間であれば、力の行使のみに全身全霊を向けるが、それは一握りなのである。





「殿下。我々に対し、過ぎたる任務を与えてくださったこと。感謝いたします」



 そして、耳に届いたそんな声を最後に、ミーノス視界は白き光に包まれていった。



◇◆◇



 主筋に当たる人物の姿が消えると途端に全身を痛みが襲いはじめる。


 ジルは、それに耐えつつも、弾丸によって穿たれた箇所から吹き出す血が留まることはない。


 すでに、全身に致命傷を負い、長くは持たないのである。そして、血とともに噴き出す光。



 覚悟ははじめから決めていた。



「ミシェル、リシェル。よく頑張ったな」



 背後にて尚も交戦を続けていた双子達に対して、そう声をかけると、全身に光と灯しながら、法術の連射を続けていた二人は、無言のままその場に倒れ伏す。




「終わりましたね。我々の戦いは……」


「ああ」


「私達は、誰かのために生きられたのでしょうか?」


「無論だ」


「なれば、よかったです……これ以上、男である必要も」


「女である必要もなくなります」





 ジルもそれに倣い、その場に腰を下ろすと、二人はゆっくりと口を開く。その声は、男の声と女の声が入り混じった、ひどく不思議なモノである。


 双子であり、お互いがよく似た声を持っているのだが、どちらが発したものなのかまでは判断が付かない。



 聞いた話に寄れば、彼らは男であり女でもあったのだという。



 二人は、森に生きる種族の出身で、非常に中性的で美しい外見と明晰な頭脳を持ち得ており、奴隷商人やその手の趣味を持つ人間達にとっては、嗜好品のように取り扱われる事が多いと聞く。


 そして、彼らは孤児であり、護ってくれる存在など無かったのである。となれば、行き着き先など決まっていた。


 そんな彼らにとって、戦乱によって得た機会とキーリアへの挑戦は自然の選択であったのだろう。





「それでも、必死に生きた。それは、誇りではないかな」


「ええ……」


「そうですね」





 そして、それ以降、三人は言葉を紡ぐことはなくなる。全身を包み込む光がさらに光度を増していき、それを目にしてリヴィエト兵達が駆け参じてきたのだ。




(リィナ…………。ようやく、君の元へと行けそうだ。……殿下、どうか、お幸せに)



 目を閉ざすと、光の中で微笑む女性の姿。そして、その背後には、過酷な運命に抗い続けた皇子達が、自分を送り出すように佇んでいる。


 そして、彼らに対してそう呟いたとき、閉ざされたジルの眼は、色鮮やかな閃光に包まれていった。

キャラクターの造形や最後はどういう印象がありますでしょうか?

各キャラクター達が迎える“死”に関しても、出来るだけ書き込めたらと思っています。

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