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第21話 運命の邂逅

投稿時間が安定せず、申し訳ありません。

 補助機関部の防衛は成っていた。


 敵の主力である数人のキーリアとティグ族にて編成された攻撃部隊であり、ようない内部の守備隊の被害も甚大だった。しかし、結果として、敵キーリア達の自爆も実らず、四基の動力機関の内、三つは応急が可能であるという。


 主要機関部の制圧が完了する頃には目処が立っていることだろう。



 主広間に隣接する中央制御室にてその報告を受け取ったアンジェラは、その事実にひとまず安堵していた。


 主要機関部へと通じる迂回路に馳せ参じた部隊も、砲筒を大量装備した守備隊によって足止めされ、すでに複数部隊を援軍に向かわせている。


 いかに人間を越えし者と謳われるパルティノンのキーリアであれど、砲筒の一斉射を受ければ生き長らえることはない。


 シヴィラ等によるフェスティア暗殺の際にそれは証明されているのだ。



「各制圧部隊の生き残りは、すべて主要機関部へと向かわせろ。通路で粘っている連中もろとも討ち取ってやれ」


「はっ。…………しかし、生き残った者達は満身創痍でありますが」




 眼前に映る込む投影画面に視線を向けつつ、アンジェラと彼女の副官達はそんな言葉を交わす。


 機関を破壊された機関部は、自爆したキーリア達の身に宿った刻印の影響か、色とりどりの破壊の光によって荒れ狂っているが、それは防衛が成った他の機関部も同様。


 しかし、こちらの場合は、それぞれに一種類の光が中心であるという違いがある。こちらは、法科部隊によって操られた操心兵に、敵キーリアと同様の手法で刻印を埋め込み、それを暴走させて、敵を巻き込ませる自爆戦法の結果である。


 法術は実力者が使役すれば、恐るべき威力を発揮するが、ずぶの素人が使役しても暖房代わりにも成らない。


 だが、人を媒介とした刻印の暴走であれば、刻印が本来持つ力が余すところ無く発揮される。


 人間を越えた者達でも、退去して向かって来るそれに抗うことは難しかったのだ。




「……言うな。大帝の命だ」



 だが、それは人の命を武器にし、生還の可能性は無である。


 アンジェラ自身、それの使役には反対であり、それに抗うことも出来たのであったが、今はツァーベルの命であるという責任逃れにすがる事しかできなかった。


 きれいごとを言って、要塞が破壊されてしまえば、僅かに残された勝利も遠く消え去ってしまう。僅かな綻びが破滅へと繋がることは、リヴィエトもまた同様であるのだ。




「参謀っ!! 一大事です」


「どうしたっ!?」




 そんな自身の罪に対する自責に目を伏せていたアンジェラに対し、投影画面を睨んでいた副官達が声を上げる。



「っ!? 何をやっているっ!!」




 そして、目に映った光景に、アンジェラもまた声を荒げたのだった。


 彼女の眼前では、主要機関部入り口に釘付けにしていた五人のキーリア達が、一斉に機関部内広間に突入し、動力源へと殺到している様である。


 幸い、自爆攻撃を敢行したわけではない様だが、弾丸の雨をものともせずに突き進んだキーリア達の勢いに、防衛部隊の攻勢が鈍った勘は否めない。




「っ!! なんのために、砲筒の自由使用許可が出たと思っているのだ……。方々からの一斉射でヤツ等は屍を並べるだけだったのだぞっ」



 眼前の光景にそう声を荒げるアンジェラであったが、今となっては詮無きことでもある。


 動力源に入りこまれた以上、近接戦に持ち込んだ上で相手を仕留める必要があり、それを相手に自爆する余裕すらも与えずにやらねばならないのだ。


 防衛他部隊の各指揮官にそれだけの力量があるのかどうかは、急造の総参謀長であるアンジェラにとっては未知数であり、彼女自身はそれほど大きな期待をしていなかった。


 ツァーベルやヴェルサリアは、危急の際には自らが陣頭に立って事態の解決を図る。しれは、確実ではあったが、下が育つ土壌は育まれがたい。



 戦いという部隊にあっては、確実性が求められる以上、それが間違いであるとは言えなかったが。




「参謀、こ、これをっ」


「今度はなんだっ!!」


「白虎の耳に尾……。もしや件の」


「っ!?」




 再び耳に届く副官達の声。


 苛立ちとともに視線を向けたアンジェラであったが、表情を強ばらせる彼らの声と拡大された投影画像に映る影に、彼女もまた表情を青ざめさせていく。


 それが向かっているのは、動力源ではなく、上層へと繋がる通路。そして、その先には、兵の大半が各所へと向かい、手薄になっている主広間があった。




「例の第四皇子か……。――――各所に伝令。命令は必ず履行せよ。過程は問わぬ。以上だ、残りは私とともに広間へと向かうぞ。この場討ち取ってくれるっ!!」




 そして、来るべき敵種の存在を察したアンジェラは、各地で戦う部隊に対してそう告げると、自身の得物を握りしめる。



 参謀が献策を放り出して、個人の戦いに走ることなど、本来ならあってはならぬ事であったが、事リヴィエトにあっては君主自らが個人の戦いを優先しているのである。



 そして、アンジェラにとっては、数度にわたって屈辱を与えられた相手なのである。




「っ!? 参謀。ご覧下さいっ!!」


「だから、なんだっ!! っ!?」



 しかし、再び彼女は眼前の光景に凍り付く。


 彼女の目に映った主広間の光景。


 そして、そこに立っていた一人の女性の姿に、彼女は言葉を失うしかなかったのだ。



◇◆◇◆◇



 駆け上がった先には、巨大な空間が広がっていた。


 作り自体は、皇宮のそれであったが、その規模はハギア・ソフィア宮殿の大広間よりも巨大であり、方々には弓兵や弩兵が詰める区画や、守備兵が身を潜めるための段差なども用意されており、式典の部隊と言うよりは、堅固な防衛区画としての印象が強い。



 そんな堅固な場にあって、その中央に佇む一人の女性。



 白き外套に身を包み、静かに目を閉ざすその姿は、このような血塗られた戦場ではなく、花によって彩られた王宮の深層こそが似合いの場であろう。


 だが、そんな女性の姿に、巨大な力を得、多くの敵を屠ってきたアイアースは、思わず足を止めていた。



 倒すべき敵主、ツァーベル・マノロフは、この先にいる。



 そんな確信がアイアースにはあったのだが、眼前の女性の姿に底へ向かう一歩がどうしても踏み出せずにいたのである。




「アイアース・ヴァン・ロクリス皇子……間違いはございませんね?」




 そんな時、眼前の女性が閉ざされていた目をゆっくりと開き、その視線をアイアースへと向けてくる。


 彼女の黒髪は、それまで彼女が歩んできた人生を想起させるほどの漆黒さを表すような気がしていたが、今、見開かれた深紅の瞳は、その髪と同様に彼女の眼前で流れてきた数多の血を吸い取ったかのように見える。




「……ヴェルサリア・ニコラヴィナ・ヴァシレフスカヤ。今は、参謀総長ではなく、皇女とお呼びするのが正しいか?」




 だが、アイアースとて圧倒されているばかりではない。


 不敵な笑みを浮かべつつ、ヴェルサリアへと言葉を返すアイアース。今、眼前に立っているのは、力によってすべてを制してきた大帝ではなく、国を奪われ、すべてを失いながらもその国家そのものを受け継ぐ者だけが持ちうる血の記憶。


 お互いに、血と記憶を受け継ぐ者同士、無意識の内に相争い、同時に共感する何かがそこにはあった。




「お好きなように。どのみち、貴方はここで死ぬのですよ」


「その言葉、そっくりそのままお返しいたそう。皇女殿下」




 そんな人物との対面に、アイアースはひどく冷静な自分がいる事に困惑していた。


 ミーノス等の託された思いを背に、ここまで駆け上がってきたのである。立ち止まっている場合ではないのだが、なぜだか眼前のヴェルサリアに対しては、討って出ることが出来ずにいる。




「ふふ……。やはり、母親同様、どこか甘い」


「…………」


「あの時、彼女はあなた達を守ることよりも、敵を討つことを優先するべきでした。しかし、あの方は戦士である前に母親であることを選んだ。そして、貴方もまた、戦士である前に一人の男であることを選んでいる」




 そんなアイアースを嬲るように、ヴェルサリアはゆっくりと口を開く。


 そして、すべてを見透かすかのようなその口調と言葉に、アイアースは目を見開くと同時に、平静を保つよう必死に理性に働きかける。


 言葉自体は単純な物であり、調べれば知る事が出来そうなものでもある。だが、アイアースにとっては、琴線を大きく刺激する言葉なのである。




「……何が言いたい?」


「ふふふ、あなた方のすべての不幸は、すべて私の手の平にて動かされていた。とすれば、いかがいたします?」


「っ!? ……戯れ言を」


「そうですか。シヴィラ様。いえ、美空様。とお呼びするのが正しいでしょうか? 彼女は、ひどく貴方を憎まれていた。知ったときは、貴方に少し同情いたしましたがね」


「…………」


「大帝陛下の御子として生まれ、私にとっては種違いの妹に当たる。ですが、その生は望まれぬ結末が待っておられましてね。私が、手を下さずとも、いずれは排除される運命にありました。まさか、将来対峙すべき雄敵をここまであっさり崩壊させてくれるとは思いませんでしたが」


「黙れっ!!」




 そして、尚も言葉を続けるヴェルサリアに対し、アイアースは彼女の身体をかすめるように火炎を放つ。


 彼女が自分を挑発していることは分かっていたが、シヴィラを例に出すことで、暗にパルティノン側の無能を嘲っていることは明白であり、それを黙って聞き流せるほど、アイアースは大人ではなかった。


 後方にて床に突き刺さり、火柱を上げる火炎。しかし、身体をかすめたにも関わらずヴェルサリアは表情一つ変えぬどころか、身体が傷つけられた様子もない。




「ほう? 私に命令いたしますか。もう一度言わせていただきますが、貴方はここで死ぬのですよ」


「戯れ言はそのぐらいにしておけ。私は死なぬ。貴様や背後に隠れている大帝の首をとるまではなっ!!」





 そんなヴェルサリアは、アイアースの口調が気に入らないのか、それまでの柔らかな笑みを表情から消し去り、冷然とした口調でそう言い放つ。


 だが、アイアースとしても、そのような安い挑発を聞き続けるつもりはない。




「ふむ。状況を理解していない様子ですね。まあ、死ぬ前に一つ、我々の同胞を多く屠って来たことを謝罪していただかねば……、とりあえず、そこに跪き、頭を垂れていただきましょう」


「冗談は、それぐら」


「跪けっ!!」




 そして、なおも言葉を募るヴェルサリア。


 いい加減、挑発にも飽きてきたアイアースであったが、それは彼らしくもない愚かな油断であった。


 思わず、あきれ口調になりかけた彼に対し、それまでとはまるで異なる鋭い口調でそう言い放ったヴェルサリア。




 次の瞬間には、空気を斬り裂く乾いた音が主広間に響き渡り、無数の弾丸がアイアースの肉体を貫いたのだ。




 全身の力が抜けていくことが分かる。


 それは、ほんの一瞬であったが、完全なる油断であった。


 周囲に備え付けられた区画から自分を狙う弓兵達の姿は認識していたが、ヴェルサリアの後方に埋伏する砲兵の事にまで意識が回っていなかった。


 幸いにして、全身が穿たれたとはいえ、急所はすべて外している。だが、一瞬にして多くの血液を失った肉体は、自由を奪われている。




「正面から相手と対峙し、それを討ち果たす。大帝国の皇子としての矜持は立派でしょう。ですが、その矜持が結果として民を苦しめ、帝国を崩壊させた事に気付かなかった。それが、あなた方の失敗なのですよ」


「ぐう……っ。だ、黙れ……」


「強がりですか? ですがっ」


「うっ!?」





 そして、床に倒れ込んだアイアースの耳に届くヴェルサリアの冷然な言。なんとか、それに抗ったアイアースであったが、突如として体に何かを打ちつけられ、全身を襲う激痛とともに、浮遊感が襲ってくる。


 強引に目を見開くと、ヴェルサリアが握る鞭が全身に絡み、アイアースを虚空へと晒し上げていたのだ。




「ふむ。戦いを経て少しは成長したのかと思いましたが、興醒めですね。手段を問わず、甘さを捨てさえすれば、パルティノンの今日のような未来はなかったというのに」


「黙れっ。国を奪われ、簒奪者に媚びを売る貴様のような女に何が分かるっ!」


「……それが、リヴィエトにとっては必要であった。これだけですよ」


「必要だと? たしかに、国のためには、冷徹に不要なモノを斬り捨てていくべきかもしれん。無能を斬り捨て、愚か者を排除していくことがな」


「あら? やはり、通じるところはあるのですね」


「冗談ではない。人は愚かであり、無能かも知れぬ。教団の口車に乗り、我々の家族を奪った民など、愚か者の極地であろう」


「………………」


「だが、それでも、パルティノンを思い、国を立て直そうとする者達もいる。自分の愚かさを恥、改めんとする者達もいる。……それを斬り捨てた国になんの価値がある? それを、思い、導かぬ皇族になんの価値があるっ!!」




 静かなる問答。


 だが、そこには両者が決して相容れることの出来ぬ事実が横たわっていた。







 そして、時は再び動き始める。





 突如として、轟音が鳴り響くと同時に、広間の入り口の扉が吹き飛ばされ、アイアースやヴェルサリアの元に強烈な旋風が吹き荒れる。


 それに巻き込まれ、全身が痛みに襲われるアイアース。


 しかし、虚空からゆっくりと落下していく最中に、その痛みは緩やかになり、何かに優しく受け止められたときには、全身を襲う激痛は消え去っていた。




「少し見ぬうちに、漢の顔になったな……。アイアース」


「えっ?」



 耳に届く、凛とした、それでいてどこか柔らかな優しさを持つ声に、アイアースは思わず目を見開く。


 彼の視線の先には、黒みがかった銀色の髪を風に靡かせ、白磁の彫像の如き美貌に一点の曇りもたたえさせていない、一人の女性の姿が映っていた。




「姉……上……?」




 静かに、そう口を開いたアイアースの言に対し、柔らかな笑みを浮かべた女性。





 その姿は、聖帝と称されし、パルティノンの女帝、フェスティア・ラトル・パルティヌスその人であった。

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