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第19話 煉獄の底へ②

遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。

 宮殿に近づくに連れて、周囲は不気味な静寂に包まれはじめていた。


 要塞外部から地上への砲撃は続いており、地下区画では動力機関に向かっているキーリア達が交戦中のはずであるにもかかわらず。


 そんなことを考えつつ曲がり角へと差し掛かると、アイアースは後に続く者達を制すると壁を背にその先を伺う。


 宮殿内部に繋がると思われる扉。しかし、門兵はおらず、代わりに無造作に置かれた木箱や土嚢などや崩れた煉瓦の周囲に奇妙な気配を感じる。


 そして、入り口上部にはいくつかの窓。そこからの侵入も不可能というわけではないだろうが危険なことには変わりない。


 それを受け、アイアースは皆を集めると互いに顔を近づけさせあって、口を開く。




「あそこから入れると思うが、おそらく伏兵がいる。俺が引っ張り出すから、仕留めてくれ」




 そう告げると、アイアースは剣をとり、再び壁ににじり寄る。


 再び顔を向けると、他の者達は一様に詠唱を開始し、ティグ族の戦士二人が石弓をかまえて、アイアースに視線を向けている。


 この石弓や弓のように筋力や技量に左右されないものであるが、非常に重量があり、拠点などのでの迎撃主体の武器と言える。


 しかし、人間の膂力を超越するティグ族ともなれば、それを持っての戦いは十分に可能であった。


 そして、詠唱をしていた者達の周囲に、それぞれの属性を締める魔力色が回り始めるのを見計らい、アイアースは地を蹴る。


 即座に放たれてくる火炎と雷撃。飛来してくる無数の矢。しかし、それらは彼らの存在をミーノス等に伝える結果にしかならない。


 アイアースはさらに扉へと駆けつつ、火炎を弾き飛ばし、雷撃を躱すと着地点に矢の雨。



 声を上げ、剣を振るって次々にそれを叩き落とす。それでも、止むことなく降り注ぐ矢の雨であったが、その出所はすでに把握している。



 ほどなく、降り注いだ火炎の雨が隠れていたリヴィエト兵を吹き飛ばすと、鮮やかな閃光を放ちながら失踪する雷撃が吹き飛ばされた兵達を焼き払う。瓦礫や土嚢に隠れていたリヴィエト兵達は、小さな竜巻と地より沸き上がった岩塊と氷塊によって身体を突き抜かれる。


 運良くそれから逃れた者達は、アイアースの背後に続いたティグ族の戦士二人の矢によって次々に射抜かれていく。


 そうして、矢の雨が僅かになった時、アイアースは地を蹴って前方へと跳躍すると、腰元からナイフを手に取り、それを投ずる。


 火の刻印を施したナイフであり、地に突き刺さったそれは、次の瞬間には爆炎を上げて周囲を焼き、全身を焼かれて飛び出してきた兵士の首を飛ばす。



 その刹那。上方より殺気。



 見ると、筒状の何かが後方へと伸びており、それはミーノスやフェルミナを狙っている。



「っ!!」



 気付いたときには壁に手をかけて身体を跳ね上げ、穿たれた窓の前へと身体を跳躍させていた。


 突然現れたアイアースの姿に、目をむいている数人のリヴィエト兵。その手には、案の定件の新兵器が握られている。


 そして、それを見たアイアースは、瞬時に全身の血液が沸騰するような感覚に襲われる。


 聞くところによれば、フェスティアは件の兵器によって、討ち取られたのだという。このようなものが存在すること自体、アイアースにとっては腹立たしかった。



 そして、気付いたときには、右手より放った巨大火球によって、その場を赤き炎で包んでいた。



 そして、上層部より撃ち込まれた火球により、下部の扉も爆風によって内側から吹き飛ばされ、内部にいたリヴィエト兵の黒こげ死体が方々に転がっている。




「アイアース。大丈夫か?」



 そして、着地したアイアースに、刻印の使役を案ずるミーノスが駆け寄ってくる。


 他の者達も同様で、皆が皆、ミュウからアイアースの刻印の危険さを聞き知っているのだ。




「問題ありませんっ。行きましょう」


「ああ。ただ、気をつけろ。例の新兵器は相当数が用意されている。この先、どこから狙われるかもわからん」


「はいっ」




 しかし、戦いによる昂揚が全身の痛みを忘れさせているのか、アイアースはそれに対して笑みを浮かべながら答える。


 そんなアイアースに対し、顔を見合わせた合ったミーノス達は、静かに頷くと先を促す彼に対して短く忠告し、先へと急いでいた。




「…………前方より、多くの人の蠢きが感じられます」



 いっそう広くなった通路を駆けていたとき、フェルミナが静かに口を開く。


 宮殿内部へと侵入し、道を塞ぐリヴィエト兵を蹴散らしながら進み上層へと駆け上がってきた一行。


 交戦のない時は、目を閉ざして風が運んでくる人の気配を探っているフェルミナであったが、ここに来て何らかの変化を感じ取ったのであろう。




「この先が……」


「主広間だろうな。気持ち、通路も広くなっている」


「当然、敵も増えるでしょうな」


「ああ。どちらにせよ、主要機関部には、主広間からしか入れん。行くしかないな」




 そんなフェルミナの言を受け、アイアースは通路前方を睨む。


 ミーノスとジルの言が耳に届く中で、この先にツァーベルがいる。と思ったとき、アイアースは再び全身の血液が激しく動き始めたことを感じる。


 そこに突入し、主要機関部を破壊。そして、ツァーベルを倒す。そうなれば、この戦いは終わるのだ。




「? 待ってください……。二太子殿下、主要機関部とは、ここよりも下にあるのでしょうか?」



「うん? 詳しい場所は知らんが、主広間より降りていくという情報は得ているが……」


「そうですか。しかし、何らかの力の流れを感じます……」


「流れ?」



 そんな時、再び目を閉ざしていたフェルミナが口を開く。


 再び風の流れを感じた様子だったが、その言にアイアースやミーノスをはじめ、他の者達も顔を合わせる。


 彼女の言の通りであれば、主要機関部に通じる道があると言うことになる。だが、その確証まではなく、何が待ち受けているかも正直なところは分からない。


 また、当初の予定通り、主広間を突破しての攻撃では、こちらとしても無事では済まないであろう。


 その名の通り、敵の中枢部であり、ツァーベルをはじめとするリヴィエト首脳とその直属が待ち構えているはずだった。


 こちらも、アイアース、ミーノス、ジルといった最強クラスのキーリアが居るとは言え、さすがに最精鋭を相手取っては、一騎当千というわけにもいかない。


 ここまで無傷で敵兵達を蹂躙できたのは、一重に敵の数が少なかったというのが大きいのだ。




「…………兄上」


「うむ。主広間からの方が確実であろうが、敵の戦力は膨大。フェルミナ、そっちの人の気配は?」


「…………申し訳ありません。力の流れが大きすぎて」


「そうか……、賭けてみるか?」




 そう考えて見たところ、結論のでないアイアースは、ミーノスへと視線を向ける。


 彼もまた、すぐに結論が出なかった様子で、フェルミナの言を受けてアイアースへと向き直る。




「そうですね。やってみる価値はあるかと」


「ほう? 以外だな」


「は?」


「いや、お前ことだから、“私が囮になって、主広間に突っこみましょう”とか言い出すと思ったんだが」


「はは。却下されると思ったので言わなかっただけですよ」


「考えてはいたのか? まったく……。まあ、それならそれで良かろう。フェルミナ、どっちだ?」


「あ、はい。こちらです」




 そして、お互いに結論出したアイアースとミーノスは、軽口をたたきあうと、フェルミナに先を促していた。

 


◇◆◇◆◇



 アイアース等が主要機関部へと続く迂回路へと向かった頃、浮遊要塞主広間では、不埒な侵略者達を万全の体制で待ち構えていた。


 しかし、内情を知らぬ侵入者が隠されていた通路を発見するとまでは考えておらず、その報にアンジェラをはじめとする首脳達は困惑したのである。



 相手はパルティノン最強のキーリア達。



 いかに精鋭であれど、個人の武ではそれには及ばない。なれば、自分達の利点である数の優位を生かすまで。


 それ故に、通路に配置した兵士達には索敵と奇襲を徹底させていたのである。


 だが、そんな用意も無に帰そうとしていた。



「どういう事だよっ!! 主要機関部には、主広間からしか行けねえんじゃなかったのかっ!!」


「その通りだ。私とて、今し方知ったところだ」



 悠然と玉座に腰掛けるツァーベルの眼前で、ヴィクトルがアンジェラにそう食って掛かるが、アンジェラは不機嫌そうに彼を睨むと吐き捨てるかのようにそう口を開く。


 彼女の言うとおり、主要機関部への隠し通路は最高機密であり、臨時参謀総長のアンジェラも知る事は出来ないモノである。


 一介の参謀でしかなかった彼女が、突然参謀総長代理を務めること自体が異例であるのだ。


 その原因は、膨大な戦力の喪失。


 お世辞には有能と言い難い者が多かったが、それでも長年にわたって軍務に付いている上層部がこぞって戦死してきており、組織的な構成要素や情報の伝達不備が当然のように出てきているのである。



「はあ? 参謀総長代理がそんなんでいいのかよっ!?」


「良いわけがなかろう。それよりも、貴様はさっさと追撃の用意をせよ。私は主要機関部に向かう」


「なんだよ。続けて失敗したクセに、威張りやがって」


「文句は後でたっぷりと聞いてやる。ついでに、第四皇子の首でもとってくるんだな」


「はん、言われなくて無くてもやってやるよ。てめえら、行くぞっ!!」



 激高したヴィクトルの言は至極真っ当であったが、残念ながら根本的な原因を理解しているとは言い難い。


 運が悪かったで済ませられるような問題でないが、事実としてそんな要素が強すぎるのだ。そして、失態を責めるよりは挽回することの方がはるかに重要である。


 怒りを抱きながら駆けていったヴィクトル等の背を見つめるツァーベルに対し、アンジェラがふっと一息つくと、ツァーベルを睨み付ける。




「陛下。黙っておられましたね?」


「さてな。それより、貴様も参謀として役割を放棄するつもりか?」




 そんなアンジェラの言に、ツァーベルは表情を動かすことなくそう問い返す。


 少なくとも、主要機関部へと赴くことは、参謀総長としての役割に相応しくない。



「……私は二度にわたって失態を演じました。その責を取りたく思います」


「ふむ、分かった。貴様の参謀総長代理の任を解く。後任はヴェルサリアの復帰まで空位でかまわん。して、主広間守備隊指揮官に任ずる」


「っ!? しかし、それでは」


「俺に刃向かう気か?」


「っ!? ……謹んで拝命したします」


「よし。主要機関部には、第7大隊を向かわせる。砲の使用も全面解禁するから、思うさまに使え」


「っ!? ははっ!!」



 そして、アンジェラに変わって大役を仰せつかった第7大隊指揮官は、砲の全面使用許可も相まって、力強くそれに答え、駆けだしていく。


 彼もまた、若手士官の一人であり、軍上層部か壊滅した今、次代を担うべく功績の機会を求めていたのである。砲の使用も、敵女帝フェスティアを討ったという実績ある新兵器と言うこともその気持ちに拍車を掛けているのだ。




「加えて、各機関部に向かっている部隊の一部を呼び戻し、G区画に差し向けろ」




 そんな第7大隊が広間中央部から階下へと消えていくのをいちべつしたツァーベルは、さらに別区画へと向かっている部隊を指名し、そう命じる。



「っ!? しかし、それでは……」


「なんのために、全員が刻印兵になっている? その意味を考えるんだな」


「そんなっ? 陛下、それでは……っ」


「だから、考えろと言っているだろう。アンジェラ、参謀総長代理の任は解いたが、貴様はいずれ、国軍の頂点に立つ身。少しは、大人になれ」


「っ!? ですがっ!!」


「兵を死なせたくなければ、自身が成長することだ。スヴォロフのようにな」




 そして、ツァーベルの言に反目したアンジェラも、失われた上官の名に沈黙する。

 本来であれば、彼女はリヴィエト皇女という立場。自身が望んでその地位を捨てたとはいえ、事実が消えることはない。


 そして、その立場と血というものは、彼女が生きている限り背負うべき責務から逃れることを許さないのである。



「さて、俺は戻る。貴様の手並みと諸君等の奮闘。期待しているぞ」



 そう言って、玉座を立ったツァーベル。


 自身が戦う場はここではない。


 先頃、激突したアイアースの姿はツァーベルの脳裏に色濃く残り、彼の本能が再び自分の前に現れるであろう男の姿を待ち侘びているのである。



 ――――一撃一撃を重ねるごとに力を増していく、戦の申し子の姿を。



◇◆◇◆◇


 

 数十人が一瞬のうちに、物言わぬ骸へと変えられていた。



「な、なにもんだ、てめえはっ!?」



 殺戮劇の主役となった眼前の人物に対し、距離を取ったヴィクトルはそう声を荒げる。


 初撃を躱したものの、同時に作り上げられた無数の骸。一歩間違えれば自分もその列に加わっていたことは想像に難くない。


 声を荒げるのも、身体の奥底にある怯えを払拭するためであった。




「見れば分かるであろう?」



 しかし、眼前の人物はそうとだけ答えると、ゆっくりとヴィクトル等へ向かって歩み寄ってくる。



「っ!!」



 その悠然とした姿を目にし、その眼に自分達の姿は映っていないことを悟ったヴィクトルは、苛立ちが怯えを上回り、再び斬り込んでいく。


 刹那、閃光が自身の眼前で煌めいたかと思うと、咄嗟に身体を倒す。


 ヴィクトルが眼前から消えたことによって、背後の兵数人が一気に斬り落とされ、その場を血の海へと変えていく。



「ほう? なかなかやるようだな」




 なんとか攻撃を躱し、眼前の人物へと向き直ったヴィクトル。


 斬り抜けた際に、敵の漆黒の兜を飛ばしていたのだが、本当であれば首を飛ばしているだけの間合いであったのだ。


 それに対する敵の反応はなく、今も悠然とこちらに視線を向けているだけである。



「ふむ、ツァーベルの前座としては十分だな。来い」


「て、てめえっ!!」


 そして、ヴィクトルに対してそう口を開いた敵種。


 その静かでありながら、凛とした意志の強さを感じさせる声に、ヴィクトルは思わず感じた死の恐怖を、声を荒げて否定していた。



◇◆◇◆◇


 向かう者と待つ者。


 その両者が再び相まみえるその時は、すべての決着の時。そして、本来その場にあるべき人物もまた、その場へと向かっていた。

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