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第18話 煉獄の底へ①

数を減らしてもなお降り注いでくる砲火に、一騎、また一騎と突き崩されていく。


 急造の飛空部隊であり、生き残った飛空兵がほとんどいない以上は致し方ない状況。被害を抑えるためにも、一刻も早い突破が求められているのだった。


 部隊の先頭に立ち、目的地を睨み付けるミーノスは、眼前に降り注ぐ色とりどりの光を睨みつつ、今回の任務に思いを巡らせる。



 要塞内部に突入し、動力機関を破壊する。



 それによって要塞は機能を停止し、リヴィエトの侵略の意図を挫くことが出来る。すでに主力部隊が壊滅し、残った戦力だけではパルティノン全土を攻略することは不可能なのだ。


 そして、自分達の目的となる動力機関。


 これは、要塞内部に5箇所存在しており、そのうちの主要機関は、他の4つを攻略した上で、主広間からしか突入することは不可能であるという。


 その情報をこちらにもたらしたターニャの言であったが、彼女自身、浮遊要塞内縁部の砲門の存在は知らなかったという。



 皇女であっても知ることに出来ない最高機密。



 そんな未知なる迷宮にこれから足を踏み入れ、短時間でそれを攻略しなければならないのである。


 それ故に、こうして激烈な砲火の中へと突入しているのである。


 弱点というモノは、もっとも堅固な部分の側にあり、同時に人の手で産み出されたモノのは、すべてが真上と真下に弱点を持っている。



 そして、今ミーノスの目に映りはじめたモノ。



 先頃、リヴィエト兵達が大地へと向かって降下してきた孔穴こそが、彼らの目指す目的地であった。



 そして、それに接近するに連れて激しくなる砲火。



 ミーノスや彼の坐乗するエルクも少なくないそれを身体に受けているが、それに怯むことなく前進を続ける。


 後方を振り返る余裕は無く、攻撃を受ければその方向に向かって投擲や法術を向ける以外に反撃の手はない。


 現時点で何人がやられているのか? それすらも分からないまま、ミーノス等は前進を続ける以外にはない。



「殿下っ!!」



 そんな時、傍らを飛空していた竜騎士のイルマが、声とともにミーノスとエルクに対して飛竜をぶつけ、その進路をずらす。


 突然のことに目をむいたミーノスであったが、その視線を向けたのと、空気を斬り裂く乾いた音が飛竜ごと彼女の身体を撃ち抜いたのは同時であった。



「イルマっ!?」



 そんな眼前の光景に思わず声を上げたミーノス。前方へと視線を向けると、ちょうど自分達が目指す孔穴とその周囲から伸びる筒状の何かが目に映る。


 先頃、自分を倒した敵の新兵器。大きさ自体は、周囲の中砲台には劣るモノの、対人威力はそれを隔絶している。


 そして、一時の役割終えたのか、それらが一斉に内部へと引き戻されると孔穴が閉ざされていく。



「くそっ!!」


「おのれっ!!」



 傍らと背後からの声。


 全身に傷を負い、なんとか姿勢を保っているイルマを守るように、前へ出たルーディルが投擲用の槍をかまえ、フィリスとフェルミナが後方で詠唱をはじめる。




「イルマの仇だっ!! 行けっ!!」



 ミーノスもまた、その意図に気付くと、三人が呼吸を合わせやすいように声を上げる。


 ミーノスの声と同時に放たれた槍とそれを追っていく風と雷の閃光。やがて、槍が二つの法術に包まれ、激しい閃光を纏いながら孔穴へと向かって伸びていく。


 うなりを上げ、虚空を突撃した槍が、孔穴の傍へと突き刺さると、巨大な閃光を上げてそれらを吹き飛ばした。




「ダメだっ!! 孔穴は閉ざされたままだっ」



 しかし、爆風を受けても孔穴は閉ざされたままであり、その強健さまでは予想外のことであった。



「……殿下、必ず、お勝ちください」



 そんな時、滑空しながら孔穴を睨むミーノスの耳に、絶え絶えとなったイルマの声が届く。



「イルマ?」



 驚きと共に視線を向けたミーノスであったが、その時イルマは前方へと飛竜を走らせていた。


 飛竜が痛みをこらえるように咆哮し、降り注ぐ砲火を全身に受けてなお、進撃を止める様子は無い。


 そして、血で赤く染まるイルマの身体は、色とりどりの光りによって包まれはじめている。




「ま、まさかっ!? イルマ、やめろっ!!」


「っ!! 殿下、止めても無駄です。あいつが決めたことですっ」




 その意図を察したミーノスは、声を上げて彼女に静止を促すが、傍らにて竜を駆るルーディルは力無く首を振るう。


 ミーノス自身、その覚悟も理解していたし、すでに致命傷を負っていることは理解している。だが、彼女が選んだ行動は、あまりに悲しすぎる。


 それは、肉体が限界を迎えたキーリアが選ぶべき、最後の道であるのである。


 肉体に刻印を埋め込み、その力によって人間を越えた力を得たキーリア。その行きつき先は、刻印によって肉体を消耗し尽くされて朽ち果てるか、アイアースがそうなりかけたように、刻印を暴走させて、自身を人でなく大型獣へと変えてしまうか。



 そして、もう一つ。



 朽ち果てるか大型獣へと身を落とす前に選び得るもう一つの道がキーリアには残されている。


 そして、彼女が選ぼうとしているのはそれであった。


 咆哮しつつ砲火の中を突き進む飛竜とイルマ。光に包まれるその身体に、再びリヴィエトの新兵器が向けられていく。


 そして、空気を斬り裂く乾いた音が、空に響き渡ったのと、孔穴付近で巨大な閃光が瞬いたのはほぼ同時のことであった。



 死を悟り、自身の滅びを代償に敵を道連れにする。



 かのスラエヴォ事件に際しても、多くのキーリア達が暗き森の中でそれを為し、皇族達を脱出させていった手段。



 人たる身で無くなったキーリア。彼らは、自身の死すらも他者のために用いるのである。




「……っ、総員、要塞内部に突入する。続けっ!!」



 そして、皇族であれど、同じキーリアであるミーノスに、その最後を悲しむ余裕も資格も無い。


 一人の戦士と飛竜が、命を賭けて作り出した道。そして、そう言った道はこれから幾重にもつなげられていくであろう。


 砲火をかいくぐり、孔穴から要塞内部へと突入したミーノスは、そう思いつつ前方を睨む。


 孔穴から内部に入ると、広大な空間が広がっており、その吹き抜けの空間には幾重もの通路が張り巡らされている。


 そして、その通路には要塞の守備につくリヴィエト兵達が待ち構えており、方々から法術や矢、そして、いくつかの砲火がこちらへと降り注いでくる。




「殿下。あそこが、上部へ繋がる通路のようです」


「よし、行くぞっ!!」



 そんな時、張り巡らされた通路を冷静に見つめていたルーディルが、ミーノスへと竜を寄せ、そう口を開く。


 飛空部隊である以上、わざわざ最下部から駆け上がっていく必要は無い。


 敵の抵抗は当然予想されるが、本拠地への殴り込みである。抵抗する敵はすべて斬り捨てるぐらいの気概が必要なのだ。



 そう思うと、ミーノスはエルクにさらに速度を上げさせ、迫り来る砲火や矢をモノともせずに空間最上部へと突き進んでいった。



◇◆◇◆◇



 突き出されてくる白刃を躱すことは容易かった。


 だが、躱すほどのモノでもない。そう思いつつ、穂先を斬り落としたアイアースは、眼前にて打ち震える兵士と両断すると、勢いそのままに周囲兵を斬り落とし、その背後に控える弓兵と法術兵に向かって跳躍する。


 殺到する矢を端から叩き落とし、迫り来る火炎をものともせずに、それらを斬り落とすと、舞い上がった鮮血によってその場は赤く染められていった。



 静寂。



 先ほどまでツァーベルと対峙していた広場は、今はリヴィエト兵の死体が並ぶ屠殺場とかし、アイアースの他に動くものは何一つ無かった。


 無言のまま剣を振るい、血糊を拭ったアイアースであったが、怒りに身を任せた殺戮劇の主役は、すでに次なる戦い場を求めている。



 眼前に屹立する摩天楼。



 ツァーベルはその最上部にて、アイアースを待っている。そして、その場に辿り着くには、それを突破しなければならない。



「殿下っ!!」



 そんな時、アイアースの耳に聞き覚えのある声が届く。


 驚きと共に視線を向けると、胸元に飛び込んでくる黒き影。慌ててそれを抱きとめたアイアースの目に、それとともに駆けてくる者達の姿が映っていた。



「フェルミナ、それに、皆無事だったのか」


「ああ。お前のおかげでな」



 周囲の惨状に目を向けつつ、アイアースの肩に手を置くミーノス。


 アイアースがこの殺戮現場の主役であることは容易に想像できたようで、その闘気を宥めようと必死の様子である。



「それで、どうしたんですか?」


「浮遊要塞を止めるためさ。内部の動力機関を破壊し、要塞そのものを停止させる。反撃に出るにはそれしかない」


「他の者達も他方面へと向かって下ります。我々は、殿下と合流し主要機関を破壊するべく」




 そして、なんとか平静を取り戻したアイアースの問いに、ミーノスとジルが摩天楼を指差しながら口を開く。


 ミーノス、フェルミナ、フィリス、ジルの他に、キーリアとティグ族の戦士が二人ずつ付き従っている。




「なるほど。それで、それは、どのあたりにあるんだ?」


「宮殿内部。それも、入り口は主広間にあるという。当然、敵も待ち構えているはずだ」


「そうですね。――行きましょうっ」


「待ってください。…………っ」




 そして、ミーノスの言に頷き、先を急ごうとするアイアースに対し、フェルミナがそっと手を差し出し、背に手を当てて目を閉ざす。


 すると、アイアースは全身が柔らかな風に包まれているような気分に包まれていく。




「殿下……。ここまでの無茶を」



 そして、目を見開いたフェルミナは、目元に悲しみの色をたたえてそう口を開く。彼女が感じたのは、刻印によって支配され、悲鳴を上げているアイアースの身体の声。


 浮遊要塞を止めるべく、限界まで力を振り絞り、ツァーベルとの激突を経、先ほどは数百人を相手に大立ち回りを演じた。



 加えて、彼は休息無く戦いを続けているのである。




「今は大丈夫だ。まだまだ戦える」


「大丈夫って……、ミュウもそうだけど、貴方まで」


「スマンなフィリス。だが、戦いをやめるわけにはいかん」


「分かっています。ですが」




 そんなフェルミナに対し、そう応えたアイアースであったが、それに対してフィリスはあきれたような視線を向けてくる。


 先頃のミュウもそうであり、アイアースもまた、自身の身が滅びるその時まで戦いを続けるだろうという思いがある。


 命に代えても為さねばならぬ事があるのはフィリスも理解しているし、今がその時であることは重々理解してもいる。


 だが、愛する人間が傷つき続ける様を見続けるのもまた、大きな苦痛であるのだった。




「それぐらいにしておけ。今は、誰もが戦い続けている。俺達が時間を掛ければ掛ける分だけ、地上の連中が苦労するんだ。立ち止まっている暇はないぞ」




 そんなアイアース等に対し、ミーノスが嗜めるように口を開くと、皆が皆それに対して頷く。


 今の戦いは個人のものではなく、そのすべてがパルティノンの未来に繋がるものなのである。



(その通りだ。また、俺は……)



 改めてそれを自覚したアイアースは、先ほどまでの自身の短慮を悔やむ。


 あのまま、先へと突き進んでいれば待っていたのは自身の破滅であろう。ツァーベルの挑発に乗り、待ち構えていたリヴィエト兵達の渦に飲み込まれることは自明であるのだ。


 そんなことを考えつつ、アイアースは駆け出したミーノスの後を追う。


 ミーノスもまた、先頃の傷が癒えきっているわけではなく、フェルミナやフィリスも本格的な戦争への参戦は今回が初めて。そして、ジルをはじめとするキーリアとティグ達は、それこそ前線にての戦いを続けている。

 


 誰もが、自身の持ちうるすべてを今回の戦いに賭けており、そこに個人の戦いというものは存在を許されないのであった。

 

 

◇◆◇◆◇


 

 暗雲と暴風が去り、それを待って居たかのように激しい交戦が眼前の原野と空にて開始されていた。


 すでに壊滅し、沈黙を続けていたパルティノン軍は、いつの間にかセラス湖北岸へと集結しており、リヴィエト側との戦いを始めたのである。


 その様子と、伝令によるシュネシス等の檄文が伝えられると、パリティーヌポリスの市民達は大地がわれんばかりの歓声を持って家々から飛び出し、対岸と空にて戦いを続ける将兵に対して視線を向けている。




「ええいっ!! また、ヤツ等か。忌々しいっ」



 そんな光景を港にて見つめていたイースレイの耳に、教団幹部の怒声が届く。


 他の幹部達の反応も似たようなものであり、皆が皆、目前にまで迫った戦の終わりと自身の栄達が破られたことに一通りの怒りをたたえているのだ。


 形はどうでアレ、パルティノン“皇帝”の名で申し出た降伏が、パルティノン側の攻撃によって破られる。


 以下にリヴィエト側が内情を知っているとは言え、これで邪魔な者達を排除するための大義名分を得たことになるのだ。


 愚かな俗物ほど、自身の進退に関わることには敏感に反応する。この時の彼らは、パルティノン側の不義に対するリヴィエト側の怒りを以下に静めるかと言うことだけに専心していた。




「ふむ。これでは、約定違反ですな。皇子殿下」


「そうだな。巫女様、如何なさいます?」




 そして、そんな幹部達の様を冷然と見据えていたヴェージェフが、並んで立つ“アイアース皇子”とシヴィラに対して口を開く。


 偽皇子は、興味が無いとでも言うようにシヴィラへと視線を向けるだけであったが、シヴィラは冷然と眼前の光景に目をやっている。




「馬鹿同士のじゃれ合いには興味はないわ。戻りましょう」


「み、巫女様っ!?」


「よ、よろしいのですか? 此度も、パルティノン側指揮官の首を献上すれば……」


「それで、ジェストがどうなったと思っている? 少しは考えろ」


「うっ……」





 そんなシヴィラの言に対し、幹部達が喚くように口を開くが、それに答えたのは、フェスティアの亡骸をツァーベルに献上し、危うく命を失いかけたロジェスである。


 そして、彼に同行したジェストは、ツァーベルの怒りを買ってその品性に相応しい最期を遂げることになったのだ。





「そう言うことよ。やりたいなら勝手にやりなさい。私は何もしないわ。行くわよ」




 素っ気なくそう言い放つと、シヴィラはさっと湖へ背を向け、宮城目指して歩き始める。すでに、彼女にとってはパルティノンとリヴィエトの戦いは他人事でしかない様子であり、事実、どちらの勝利に終わっても、彼女に待ち受ける運命は一つしかない。


 それを悟ったイースレイは、無言のまま彼女の後を追う。


 彼女が戦わぬ以上、自分が戦うこともない。しかし、心の奥底では、パルティノンの勝利を願っていた。


 それによって、自身の運命が破滅することを知っていたとしても。






「閣下。用意をしておく必要はありますかな?」


「ああ。巫女様には私が話しておく」



 そして、背後にてそんな会話を交わすヴェージェフとロジェスの会話が、イースレイの耳に届くこともまたなかった。

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