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第16話 永遠なる蒼天の下で

遅くなってしまい、大変申しわけありませんでした。

 暗雲と暴風雨に支配された大地に赤き巨星が現れると、それは獰猛な獣となって浮遊要塞へと襲いかかった。



「総員、衝撃に備えろ。急げぇっ!!」



 そんな空の様子を目の当たりにしたシュネシスは、周囲の兵達に対してそう口を開く。眼前では、暴風が周囲の木々を激しく揺すり、発生した灼熱の炎が草原へと襲いかからんと舞い降りはじめる。


 周囲から女性兵士達の悲鳴や男性兵士の叫び声がこだまし、混乱と恐怖が陣地を支配しはじめる。


 そして、大地のすべてを飲み込まんとする激しい閃光が、彼らの視界を覆っていった。




「っ!?!?」




 慌てて顔を覆うように姿勢を取ったシュネシス。


 全身に襲いかかる暴風と炎によって、周囲の悲鳴や歓声はさらに大きくなっていくだが、そんな中、激しい閃光を包み込むように、柔らかな薄青い光りが周囲を覆っていく。


 それを受け、顔を覆っていた腕を下げて視界を確保したシュネシスは、その眼前の光景に目を見開く。


 視線の先では、薄青い光りに包まれた巨大な火球が、虚空にてそれに抗うかのように蠢きはじめている。


 他の将兵達もそれに気付き、唖然としたまま視線を空へと向けていく。




「…………やったのか?」



 どこからともなく聞こえてくるそんな声。


 一人が声を発すると、周囲の者達も、自身の無事と仲間の無事に気付き、それまで自分達に襲いかかっていた脅威が取り除かれた事に気付きはじめる。


 


 そして、気付いた後、それが広がっていくことは容易であった。




 草原の一角を兵達の歓声が支配し、それは、光りに包まれる浮遊要塞の姿を一瞥できるすべてのところへと広がっていく。



 皆が皆、絶望の縁から救われ、敵に勝利することが出来たのだと思い、それまでの艱難辛苦を吹きとばさんとばかりに声を上げ、喜びを分かち合っているのだ。



 そんな歓声の中、シュネシスは草原の一角に設置された祭壇へと駆けていく。


 ともすれば、大地をも飲み込んでしまうかという勢いの巨星。それを必死で抑えたのは、その地にあった者達の力であるのだ。




「皆、無事かっ!?」



 そして、祭壇へと辿り着いたシュネシスは、駆け上がったその中央部に集まる神官達の姿をみとめ、その場へと近寄っていく。



「ミュウ……」



 そして、その中央にてフォティーナによって抱き起こされた一人の女性。


 口から血を流し、その美しき妖艶な容姿を青ざめさせ、目を閉ざしている女性、ミュウに対して口を開いたシュネシス。




「先ほど、暴走する力を無理に押さえ込んだ際に」


「…………っ!?」




 フォティーナの力のない声がシュネシスの耳に届く。


 他の神官達も疲弊しているはずだが、それを気にする素振りも見せずに、ミュウの治療に当たっている。


 もとは、教団に組した者が大半であったが、フォティーナ等とともに教団を見限り、今はでは帝国のために尽くしている者達。


 簡単に消える罪ではないことを理解しているが故に、今回の戦いの際には、皆が皆、積極的に前線に赴いている。


 そして、今もまた、仲間のために命を賭けた女性を救おうと必死な様子で力を発揮している。奇しくもそれは、シュネシスの母アルティリアが今際の際に悔い、実現を願った光景でもあった。



 そんな時、原野を包み込んでいた大歓声が、突如として止む。




「…………うぅ」


「っ!? ミュウ、大丈夫かっ」




 それに反応するように、それまで目を閉ざしていたミュウが、苦しげな声を上げる。


 驚き、声を上げたシュネシスや周囲の神官達。だが、ミュウからの答えは、声とは別の形で返されたのだった。




「うっ!? ゴホッッ。――――はぁはぁはぁはぁ。陛下……、殿下は……?」




 血を口から噴き出し、息を荒げながらもなんとか目を見開いたミュウ。


 シュネシスに声に気付いたのか、彼に視線を向けると、最初に口を着いたのは一人の男のことであった。



「無事だ。すぐに戻ってくる」




 少しでも安心させようとそう口を開いたシュネシス。


 しかし、歓声が止んだ原因をすでに察しているためか、表情は暗いまま。そして、ミュウもまた、その先にあるであろう事に対して気付いている。




「分かって、おります。まだ、終わって、いないと……」



 口元から血を流しつつ、そう口を開いたミュウは、黙ったまま視線を向けてくるシュネシス達から視線を背け、傍らにて心配そうに駆け寄ってきたフィリスとフェルミナへと視線を向ける。




「二人とも、殿下を、お願いね?」


「ミュウさん…………」



「陛下は、国を、パルティノンを……」


「ああ。だが、貴様も死ぬことは許さん。…………弟の嫁をむざむざ死なせてたまるかっ」



 懇願するように目を潤ませ、この場に居ない想い人のことを二人に託すミュウ。


 フェルミナは、涙をこぼしつつ短くそう答え、フィリスもまた唇を嚼んでそれに頷く。



 そして、シュネシスに対してもそう懇願したミュウであったが、シュネシスは毅然とそう答えると、彼女から目を背け、視線を空へと向ける。




「皆、戦の用意だっ!! 一人の女が、命を賭けて救ったこの大地。決して、敵に奪われることは許されんっ!!」


 空を睨み、そう声を上げるシュネシス。



 祭壇の周囲に駆けつけた者達が、それに対して歓声を持って答えると、眼前の光景に目を奪われ、沈黙していた将兵へと伝播していく。




 再びの歓声が原野へと響き渡る。皆が皆、空より迫り来る敵種を睨み武器を取り、最後の戦いへと挑み掛かっていったのだった。




◇◆◇◆◇




 突如出現した赤き巨星に、要塞は抗うこと敵わず飲み込まれていった。


 はじめこそ、外縁に施した魔導防壁が破壊の炎を何とか押さえていたが、巨大なその力の前にはなすすべもなく崩れ去り、炎は勢いを残しつつ要塞全面に襲いかかっていく。


 けたたましく鳴り響く警報。崩れゆく外壁。方々より吹き上がる炎。そして、それによって舞いあげられる兵士。


 それまで、他を圧倒してきた力の象徴たる要塞は、たった一人の青年の力によって崩壊へと向かおうとしているのだった。



 そんな要塞の様をその中枢部にて見つめるツァーベル以下リヴィエトの首脳達。


 それまでありとあらゆる敵を圧倒し、葬り去ってきた浮遊要塞。たった一度、現皇帝ツァーベル率いる反乱軍によって攻略されたことはあれど、外壁から内部に至る各所がここまで破壊されたことは、要塞がこの世界に生み出されて以降、はじめて事であるのだ。


 皆が皆、目の前で引き起こされる一方的な破壊行動に茫然自失し、身じろぎ一つとれぬ中、ただ一人、その光景を冷然と見つめていたツァーベルが玉座ごと諸将を振り返ると、無言のまま立ち上がる。




「大帝っ!?」


「どちらに?」




 そんな主君の姿に、はじめに意識を取り戻したロマンとアンジェラが次々に口を開く。



「知れたこと。いつまでも小僧の好きにはさせておく気はない。各部署の存在を報告させよ。それと、生き残りの兵達を宮殿へと退避させるのだ」



 二人の言に、冷然と口を開いたツァーベルは、そう告げると再び歩み始める。


 そんな主君の姿に、凍り付いていた首脳達もはっとして我に返り、自らの為すべき事を為すべく動き始める。



「外縁部を切り離すのだっ!! 急げ」


「残存部隊は戦闘の用意を。我らを欺いたゴミどもに鉄槌を下すのだっ!!」




 広間内部の沈黙は破られ、賑やかな声がこだましはじめる。君主が健在なれば、臣下は為すべき事を為すのみであり、史上初めてその身を傷つけることになった浮遊要塞なれど、その内部では次なる戦いに備えた準備が着々と進められていく。



 後退無き侵略王朝。その誇りと伝統は、戦いそのものにあり、それを受け継ぐのは大帝ただ一人ではないのである。



 そんなことを臣下達に任せたツァーベルは、一人灼熱に支配される要塞外部へと身を乗り出す。


 周囲は崩れ去った要塞の瓦礫が焼け焦げ、人であったモノや木々がいまだに激しい炎を上げている。




「っ!!」



 そんな周囲の様に目を向け、身体を赤き巨星に焼かれながらも、ツァーベルは平然として目を閉ざす。


 目の奥の闇に灯るは、静かに微笑む白き彫像。そして、その彫像の胸部が光りを放ちはじめると、ツァーベルの身体全体もまた似たような光りに包まれていく。


 やがて、その光りは巨大化していき、それまでの赤き巨星によって支配されていた要塞外縁部を包み込んでいく。


 そして、赤き巨星は、その血の如く鮮やかな光りを失っていき、眩い光が要塞全体から発散される。



 次の瞬間には、要塞は雲一つ無き蒼天と美しき緑野に挟まれた空間へと佇み、そして、その威容をそれまでの巨大な大陸とは異なる様そうへと変化させていた。




「ふう……、どうなることかと思ったが……。やるようだな、パルティノンの皇子よ」




 ふっと一息つき、そう呟いたツァーベル。


 大きく姿を変えた要塞外部に立ち、蒼天の空を見上げると、浮かんで来るのは自身の前に立ちふさがるパルティノン皇族達の姿。


 まともに相まみえたのは、フェスティアとシュネシスだけであったが、彼らを含む皇族達。その中には、すでに失われている人間達もあったが、ツァーベルにとっては、死してなおパルティノンを守らんとする彼らもまた、倒すべき雄敵である。



 そして、視線の先にある一人の男。



 力を失い、要塞へと降下してくる一人の青年の姿に、ツァーベルは口元に笑みを浮かべながら、それを見つめていた。



◇◆◇◆◇



 アイアースは眩い光の中をゆっくりと降下していた。



「くっ……、くそ、身体が……」



 そんな周囲の状況を睨みつつ、なんとか姿勢を正そうと試みるが、僅かでも身体を動かそうとすると、激痛が全身を駆け巡る。


 それは先ほどまでの昂揚を解き放ったが故か、血の巡りを辿るように痛みが駆け巡っているのだった。


 かつて、キーリアとなるべく全身を切り開かれた際の痛み、刻印を身に宿した際に是殷賑を引き裂いた痛み。


 常人であれば、当の昔に死しているような痛みにアイアースは耐え続けて来ている。


 そんな過去を思い出し、痛みに抗いつつ、自由落下に身を任せた身体を動かし、なんとか姿勢を立位へと戻したアイアースであったが、全身が軋むような痛みがひく様子は無い。


 それでも、今の状態ならば激突死だけは避けられる。


 そんな冗談ともとれるようなことを考えつつ、身を光の中に晒しているアイアースであったが、ほどなく周囲の光りは鮮やかさを増していき、やがて、空へと四散していく。




「…………っ!? な、なんだとっ!?」




 そして、四散した光りの先に現れたモノ。


 それは、先ほどまでの大陸の如き浮遊物ではない。元々の部分から大地に当たる部分を切り離し、宮殿と都市に当たる部分のみを上部に残したそれ。


 見覚えのあるその外観は、まさに浮遊要塞そのものと言える。



「外縁の武装を破壊すれば、望みがあるのではなかったのかっ?」



 要塞を一瞥し、思わずそう口を開いたアイアース。


 彼の視線の先では、新たに露出した部分から、小型の砲台が顔を出し、そして、要塞下部からは、数多のリヴィエト兵達が地上へ向けて降下している。


 どういった原理なのかは分からなかったが、落下の衝撃もなく、何かに導かれるように大地へと降り立ったリヴィエト兵達は、草原にて待ち構えていたパルティノン兵に対して、猛然と襲いかかっていく。


 そんな様を目にし、悔しさに顔を歪ませながらアイアースは、その残された都市部分へと降下していく。



 一際、広くなっている一角に降りると、再び全身を襲う痛み。思わず膝を折り、持参した回復役を口に含んで強引に噛み潰す。しかし、苦みが広がるばかりで、全身からの痛みが引くことはない。




「っ!?」




 そんなアイアースが痛みに耐えつつ顔を上げる。


 周囲から感じる人の気配。剣を手に視線を向けると、屹立する建物の間から、こちらを覗く人々の姿が見て取れる。


 そして、アイアースの痛みをこらえる視線を感じると、皆が皆そそくさと窓と思われぅ部分を閉ざしていく。




「子どもや女が……いや、そんなことは関係ないっ!!」



 そんな人々の姿に、アイアースは民間人をも手にかけるところであったのかと思いかける。


 だが、彼らもまた兵士や将軍の関係者であり、軍属に当たるのであろうと思い直す。


 おそらく、シュネシスやミーノスであれば、このような感情を抱くことはなかったであろう。敵である以上、情けを抱く必要は無い。加えて、敵は一方的にパルティノンに攻め入ってきた侵略者なのである。



 しかし、アイアースは、今は遠き過去となった事実ではあるが、人の命が国家の勝利以上に優先される世界で生きたことがある。


 そんな僅かな記憶が、一瞬、彼に油断を生じさせているのだった。





「らしくないな。パルティノンの第四皇子」


「っ!?」




 そんな声とともに、アイアースに向かって降り注ぐ矢の雨。


 激痛をこらえつつ、それを躱し、躱しきれぬモノは叩き落とす。しかし、次なるは上空より落ちてる白刃。


 地面を転がりながら躱し、身を起こし様に一人の首を跳ばし。躍りかかってきたもう一人の顔を掴み、力をこめて一気に握りつぶす。


 潰れたトマトのように成ったそれを地面に捨てると、アイアースは無造作に剣を振り上げる。


 気配を断って躍りかかって来ていた敵兵が首筋から顔にかけてを斬り上げられ、鮮血を飛ばしながら崩れ落ちていく。




「ほう? 油断していながらもやるではないか?」



 再びアイアースに語りかけてくる男の声。


 背後を振り返ると、再びの激痛。


 だが、苦痛に顔をゆがめている場合ではなく、アイアースは自身の背後に立っていた壮年の男と向き合い、それを睨み付ける。


 苦痛は続いているが、先ほどまでのそれよりは弱く、何よりも、アイアースにまるで気配を感じさせず、今も悠然と立つ男に対する戦慄の方がアイアースには強かったのである。



(この男……、俺より遙かにっ)



 一瞬の対峙で、アイアースは男の実力を見抜く。


 それは、ある意味では対等に近い立場の下でしか気付くことに出来ない境地であるのだが、改めて背筋に冷たいモノが走ったアイアースは、恐怖との戦いに打ち勝たねばならなかった。


 対峙する人間に対して震え上がるほどの屈辱は他にはない。




「ふむ、俺と対峙しても気後れしないか。新皇帝とはまた違う強さだな」



 そして、なおもアイアースを値踏みするかのような視線を向けてくる男。そんな男に視線を向けていると、一つの名前がアイアースの脳裏に浮かび上がる。



「…………ツァーベル・マノロフか?」


「おう。お前は、パルティノンの第四皇子、アイアースかな?」




 そして、アイアースの問い掛けに対して、笑みを浮かべながら頷いたツァーベルは、今度はアイアースに対してそう問い掛けてくる。



「…………ああっ!!」



 そして、それに対して応えると同時に、アイアースは、足元を蹴り、ツァーベルに対して躍りかかる。



 眼前の敵種との対峙による昂揚。



 それが全身を支配していくと、不思議と全身の痛みは遠ざかっていく。軋む事なき身体ならば、男を斬ることは容易い。



 そう思いつつ、剣を振るったアイアース。



 しかし、馳せ違い、地に足をつけた後、全身から血を吹き上がらせたのはアイアースであった。




「っ!? なぁっ?」



 赤き鮮血が吹き上がっている。それを見て、感じたのは痛みではなく驚きであった。



「ふーん、俺の本気と対峙して、死なずにすんだのか。さすがだな」



 そんなツァーベルの声が耳に届く。いつの間にか、手に長剣を持ち、それが血を吸って赤く染まっている。


 そして、ツァーベルの額から流れる赤き血を受け、彼は表情を緩ませる。




「新皇帝にやられたときは油断していたが……、ふふふ、やはり楽しめそうだな」


「楽しむだと?」


「ああ。女帝との対峙を、小娘に邪魔されたのでな。だが、貴様なら代わりが出来そうだ」


「小娘? シヴィラのことか?」


「ほう? 知っているのか? お互い、あのじゃじゃ馬には苦労するな」


「ああ、本当にそうだなっ!!」


「おっ!?」



 まだまだ余裕を誇っているツァーベルに対し、アイアースは再び身を起こして地を蹴る。


 今度は長剣にて止められたモノの、反撃を受けることなく剣撃を打ち続けられている。先ほどは、身体が軋んでいた分、動きに淀みがあったのかも知れなかったが、今度は敵の力量もよく分かっているのだ。



 失態に二度目はない。




「くっ、調子に乗るなっ!!」




 ツァーベルもまた、重い一撃をアイアースへと振り下ろす。それまでの攻勢が一変、一撃で相手に主導権を奪われ、防戦一方となってしまう。




「おらおらっ!! さっきの勢いはどうしたっ!?」



 そう叫びつつ、剣を振るってくるツァーベル。


 その剣は、身体の各所を確実に傷つけ、嬲るように戦闘能力を奪っていく。研ぎ澄まされた剣伎と技量がなければ出来ぬことであり、加えて、相手の実力差も相応に必要な事。


 その事実に、アイアースは思わず唇を嚼むと、地を蹴り、一気に跳躍すると、上空にて身体を捻り、一気に下降してツァーベルへと襲いかかる。


 笑みを浮かべてそれを待ち構えるツァーベル。このまま突っこめば、待っているのは両断された自分の肉体であろう。


 加えて、ツァーベルは捻転による奇襲にも備えている。つまり、彼に好きは一片もない。




「っ!!」




 だが、今のアイアースには、自身の力を越えたそれが備わっているのだ。



「うおっ!?」



 一瞬、手をかざしたアイアースから、一直線に躍りかかる炎。


 詠唱もなく、集中もない法術の使役は、ツァーベルとしても予想外であったようだ。




「やるなっ!!」




 そんなツァーベルの声がアイアースの耳に届く。


 先ほどまでの笑みは消え失せ、獰猛な戦人の表情を浮かべたツァーベルの姿がアイアースの目に映っていた。


 そして、炎を振り払ったツァーベルの首筋。ほんの僅かな隙まであれど、剣が通れば問題はない。




 そう思ったときには、そこ目がけて剣を振り下ろしていた。




 鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡り、鮮血が舞い上がったのはその刹那のことであった。




◇◆◇◆◇




 伸ばした手が届くことはなかった。


 ミーノスは、光りに包まれる浮遊要塞へと落下していくアイアースの姿を、ただ見送るしか無く、いまだに彼の耳には『行ってくださいっ』というアイアースの声がこびりついて離れようとしなかった。




「アイアース…………。くそっ!! なんのために俺は……」


(皇子、貴公は負傷していたのだ。自分を責めなさるな)


「あいつだって傷つき続けていた。だが……」


(兄弟ならば、皇子を信じるべきであろう。幸い、皇子の気配は消えてはおらん)


「本当か? だったらっ!!」


(貴方らしくもない。姫の熱さが移ったのか? 下にいる新帝陛下達を連れてこなければ、犬死にぞ?)


「…………っ、そうだな」




 アイアースを空へと残し、離脱せざるを得なくなったミーノス。


 ほんの僅かな差を悔やんだ彼に対し、エルクが静かに語りかける。真竜である彼は、風の流れや人の気配を、人間以上に感じることが出来、アイアースが健在であることも分かっているのだ。



(むっ!?)


「どうした? ――――うおっ!?」



 そんな時、二人の傍らを高速で何かが駆け抜けていく。


 真竜とキーリアの力を持ってしても、捉えることの出来なかったそれ。慌てて、視線を向けたミーノスの目には、空よりもたらされた陽の光に照らされ、銀色に輝く長髪が目に映る。




「な、あ、あれはっ!?」


(…………ば、馬鹿なっ!? そ、そんなことが)




 その姿に、目を見開き、言葉を詰まらせる両名。今、彼らの傍らを駆け抜けていったそれの姿は、たしかにある人物のそれを想起させるのである。



「そうだったのか……。しかし、なぜなにも……むっ!?」




 それから導き出される結論を察し、さらに疑問が募るミーノス。


 そんな彼らの元に、件の人物からもたらされたメッセージが届くのはそれか僅かな時を挟んでのことであった。



 そして、それを手にしたミーノスは、再び始まった両軍の激突の舞台へと、高速で駆けつけていったのだった。



◇◆◇◆◇



 赤き巨星の暴虐は去り、永遠なる空と美しき緑野にて対峙する両軍。その最後の戦いが、今、幕を開けようとしていた。




 そして、銀糸を纏い、永遠なる空を翔る白き狼もまた、本来あるべきもとへと駆けつけようとしているのだった。

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