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第13話 茶番の先に

本当に遅くなってしまい、申し訳ありませんでした

『親愛なる帝国の皆様。私は、帝国第四皇子、アイアース・ヴァン・ロクリスであります』



 眼前に映し出された若者の姿をアイアースは冷然と見つめていた。


 自身と同じ名を名乗り、よく似た顔立ちと異なる外見をもつ若者。


 ティグ族の象徴たる虎のごとき白黒の耳と尾を持たぬ彼が、アイアースの名を名乗ることなど、彼を知る者からすれば滑稽でしかない。


 だが、アイアースの生母リアネイアの姿を良く知る者が見れば、眼前の若者の姿はそれによく似ている。


 つまり、耳と尾の有無を問わねば、彼とアイアースはよく似ているのである。




『死したる身であった私が、今、こうしてこの場に立つのは、深く帝国の現状を知り、非情の措置を以て時局を収拾しようという思いからです』




 表情には緊張の色をたたえているが、口調に淀みはなく、いくつかの刀傷が刻まれた外見は、彼が激しい戦いを経て生き残ってきたことを証明している。


 それ故に、映像に映し出された帝都の民も眼前の青年の正体を、ざわめきつつも受け入れはじめている。


 当の本人達からすれば茶番でしかないのだが、帝国の民にとって第四皇子アイアースはすでに死去した存在なのである。


 それが教団に担ぎ出される形で民の前に現れ、こうして派手な演出を以て演説する。


 フェスティアの死とシュネシスの敗北。そして、教団によるパリティーヌポリス再占領が重なったことにより、その視線は帝国全土から注がれているであろう。


 そして、その口から出る言葉を信じる者は多くなくとも、その影響力は非常に大きい。



「それで、これが誰だというのだ?」


「はっ……。アイアース・ヴァン・ロクリス四太子殿下。その人であると」


「では、俺は誰だ?」


「はっ……それは」




 そんな眼前の映像に、アイアースは苦笑しつつ、出迎えの騎兵に対してそう問い掛ける。当然、彼に責任はないのであるが、それでも僅かばかりに自分を疑ってきたことへの意趣返しはしたくなる。


 何より、眼前で繰り返される茶番劇への怒りの方がはるかに大きく、苦笑しているつもりでもその目はまったく笑っていなかった。




「アイアース・ヴァン・ロクリス殿下。その人でございます。殿下」


「うむ。試練を乗り越え、ティグの血を受け継ぐことを証明する姿。紛い物にこの姿は出来ぬよ」



 そんな騎兵を助けるようにジルとリゼリアードが口を開く。


 彼らとしても目の前の茶番が腹立たしくはあるのであろうが、今、騎兵に突っかかったところでどうしようもない。


 罪は今回の茶番劇を演出した者達にあるのであり、それを否定した者も、真に受けた者にも大きな罪はない。


 もちろん、アイアースにもそれは分かっているのだが、何も手出しを出来ぬまま、的に好き放題やられてしまった事実も否定できない。




『この後、パルティノンの受けるべき苦難は並大抵のことではないでしょう。私は、あなたがたの本心もよく理解しているつもりです。しかしながら、時の巡り合せに逆らわず、堪え難きことに耐え、忍び難い思いを乗り越えて、子孫のため未来を繋ぐことを選んだのです』


「お前は民の本心など、何も知らんだろ」


「殿下。言っても聞こえませんよ」




 その後も、若者の演説は続く。


 いい加減、耐え難くなってきたアイアースは、思わず映像に対して毒づくが、苦笑したミュウにやんわりと嗜めなれる。


 美辞麗句を飾ってはいるが、本心無き演説では誰も動かすことは出来ない。


 真に民を思い、未来を選んだとなれば、彼の言を糧に輝ける未来を作り出す事につながるであろうが、それは選ばれし者にしか出来ぬ特権である。


 一人で受けとめるにはあまりに重すぎる責任を背負った者だけが持ちうる者であり、中身の伴わぬ若者の声は、空虚でしかない。



 だが、絶望を知らされた民にとっては、どうであろうか?



 彼の演説より類推される、リヴィエトへの降伏という選択は、傷ついた者達にとっては僅かばかりの気休めになる事もあり得る。



『この度、私は帝国の新皇帝として、天の巫女シヴィラ・ネヴァーニャとともに、リヴィエトに対して身を捧げる覚悟を決めました。彼らの要求は、我々の身柄と帝国軍の全面降伏にあり、無辜の民に対する危害は一切加え無いことを宣言しました。それ故に…………』



 そんな調子でなおも続く演説。


 自身の身を犠牲に民の安寧を計る様はたしかに美しく映るのであろう。しかし、その結果は帝国の滅亡という事実が残るのみ。


 たしかに、民を危険に晒してまで戦うことが許されるのかという問題もあるが、帝国に生きる民は、その帝国が滅んだ時に、同じように生きることが許されるであろうか。


 目先の生命は確保できても、未来に待っているのは永劫続く隷属の日々ではなのか?


 そんな自問を続けるアイアースに対し、腕を組んで静かに瞑目していたミーノスが目を見開き、周囲の者達へと視線を向け、口を開く。




「茶番ではあっても、これはこれで効果があるだろう。結果として、民が危険に晒される可能性は減る」


「リヴィエトはともかく、教団のヤツ等が大人しくしているでしょうか?」


「しているさ。こうなった以上、お前が出て行かなければ、偽物が皇帝になってしまうし、リヴィエトに投降すればその時点でパルティノンは滅亡だ。我々はともかく、各地方軍が正体の知れぬ帝室のために戦うことはない。ヤツ等の悲願は成就することになるのさ。隷属の身と引き替えにな」


「……偽物が皇帝を名乗り、それが皇帝としてリヴィエトに降伏すれば……、例え我々が名乗りを上げたとしても、それは紛い物のアイアースであり、ミーノスであり、シュネシスである……と言うことですか?」


「そう言うことだ。お前とて、姉上の辛苦を知らぬわけではあるまい? クズ共に奪われた権威ですら、姉上が勝利を重ねるまで取り戻すことはなかった。今、パリティーヌポリスを奪われ、帝位まで奪われもしたら……考えるまでもないな」




 そう言いつつ嘆息するミーノス。


 その言にアイアースは、自分がただ見つめる事しかできなかった数年間を思いかえす。


 教団による反乱、共和政権の暴政、そして、フェスティアと伯父イサキオス等との抗争。


 たった数年で大陸に覇を唱えていた帝国の国力は落ち込み、権力争いに勝利したフェスティアが奇跡的な成果を上げて帝国を立て直したことも、今回の戦争によって無に帰そうとしているのだ。


 そして、このまま、皇帝権威すらも無に帰されることになれば、待っているのは帝国の崩壊と分裂だけであろう。


 フェスティアが各地方の疲弊を感じ取り、動員を控えたことが逆に仇になる事にもなる。



 そんなことを受け入れられるはずがない。



「なんとか、兄上と連絡が取れないでしょうか?」


「とってどうする? 兄上と言えど、傷ついた軍を率いて浮遊要塞に追い付くのは不可能だぞ?」


「…………ならば、兄上。私を浮遊要塞にっ!!」


「俺の飛竜はもういない。だが、それは俺の役目であるとも思っている。しかしな、アイアース。お前が刻印の力を使役したのは、あの時の一回だけだろう? あれで、浮遊要塞を倒せるのか?」


「……封印されていた神殿は吹き飛ばしました」




 そう思ったアイアースは、キエラにて軍をまとめているであろうシュネシスとサリクス等との合流がまず頭に浮かぶ。


 浮遊要塞を攻撃するにしても、飛空部隊と法術部隊の存在は不可欠。


 以下に精強なキーリアとティグが麾下にいるアイアースでも、彼らを要塞に運ぶだけの戦力が無ければ戦いにはならない。



 そして、自身に託された試練。



 それを乗り越えて獲た力であったが、それが果たして浮遊要塞に通じるのか?


 永久氷域を越え、百万とも言われる膨大な戦力を抱えてきた要塞である。その防御力は、想像を絶する。



 しかし、現状、当のアイアースでも、自身が得た力に自信はない。



「両殿下。差し出がましい事を申し上げまするが、あの程度では、浮遊要塞を屠ることは不可能かと存じます」


「ですが、本来の力を解放できれば……。しかし、それを為せば、このパルティノンの大地は取り返しのつかぬ痛手を被ることにもなりまする。そして、それだけの力を使役すれば」




 そんな兄弟の会話を慮って、口を閉ざしていたリゼリアードとヒュロムが静かに口を開く。


 二つの種族によって守護されてきた刻印であり、その威力は他を隔絶している。


 その後の二人の言によれば、力が完全解放されれば、この大地にセラス湖とアンサイルス湖と並ぶ大湖がもう一つ出来上がるという。


 そして、その周辺の生物すべてが消滅することも。つまりは、敗北を待たずしてパルティノンそのものが滅亡しかねないのである。


 それ故に、大いなる力を持った彼らが辺境の地に身を置き、認められた者だけが外地へとの交流を許されると言う厳しい立場を守ってきたのである。



 しかし、フェスティアがアイアースにその試練を託したことは、それを頼みにせざるを得ないほど、帝国の危機局は切迫しているのである。



 事実として、帝国中央軍本隊は壊滅し、地方軍の動員も困難な状況にまで追い込まれている。


 そんな状況に、皆が皆言葉を紡ぐことなく沈黙している。




「…………私が何とかするわ。シュネシス殿下達とのことも、殿下の刻印の使役に関してもね」



 そんなとき、一同に視線を向けていたアイアースと視線が絡み合ったミュウが、ゆっくりと口を開く。



「今から浮遊要塞に追い付くことも物理的に不可能なわけじゃないでしょうけど、それじゃ戦えるわけ無いしね。だったら、転移でもするしかないわ」


「転移? だが、ミュウ。お前は……」


「私だって成長しているわよ。そして、私だって曲がりなりにも帝国の一門。黙って帝国が滅びる様を見逃すわけにはいかないわ」




 毅然としてそう言い放つミュウ。


 かつて、反乱に際しては震えているだけで何も出来なかった彼女。


 だが、長年にわたって、その天才的な頭脳によって、アイアースを支え続けてきたのである。キーリアとなってからは、常人以下であった身体面も強化されている。



 それ故に、危険な賭にも出られるだけの自信が付いているのであろう。



 だが、それがどれだけ危険なことであるのかは、この場に集まる聡い人間達には当然のように理解できる。


 数千人を転移させ、大地を破壊し尽くす刻印の力を抑えるともなれば、その先に待っているのは、彼女の死でしかないのだ。





「しかし、ミュウ。アイアースの意図通りに転移を行うとなれば、この地とキエラで巨大な力を行使せねばならん。加えて、刻印の暴走を抑えるともなれば……」


「覚悟の上よ。この危機局に際して、誰もが命を賭けなければならないのは一緒。単に、私の危険が一番大きいだけのことよ」




 そんなミーノスの言に、妖艶な笑みを返すミュウ。


 すでに覚悟を決め、それを変えるつもりのない人間を翻意させることは不可能であるのだ。


 そして、死を覚悟した女の意志を無碍にするつもりもアイアースにはない。



「浮遊要塞は、どれぐらいで帝都に着く?」


「はっ!? 計算に寄れば、二日後の正午には、帝都対岸のセルヴェストポリ上空を通過するものと見られております」


「分かった。ミュウ、明日の夕刻までに……やれるな?」


「っ!? 当然」


「よし。兄上、皆。彼女が覚悟を決めた以上、俺は彼女に託す。そして、浮遊要塞、いや、リヴィエトと教団は必ず倒す。皆もまた、勝利のためだけにその身を捧げてもらいたい」




 そして、ミュウの覚悟を受け取ったアイアースもまた、すでに決めていた覚悟を口にする。


 すでに身が滅ぶ覚悟は出来ている。そして、皆が皆同様の覚悟を決めていることもアイアースは知っていた。


 そして、その言を受けた者達もまた、彼に対して力強く頷いた。



◇◆◇

 


 出撃を前にし、にわかにざわつきはじめる二つの都市。


 残された僅かな可能性にすべてを賭けるべく、皆が皆、パルティノンとリヴィエトの文字通り最後の戦いに向けて動いている。





 しかし、そんなことを知ることのない数多の民は、突如出現した第四皇子からもたらされた宣言によって、絶望の淵に沈んでいるのだった。


 セラス湖北岸のある港町もまた、同様であり、人々は家々に閉じこもって帝国の敗北に自失し、あるモノは数少ない酒場に足を運んで憂さを晴らしていた。




「これで、本当に帝国も終わりか……」


「シュネシス皇子は生きているらしいといっても、アイアース皇子といい、こっちも本物かどうかもわかりゃしない。皇帝陛下が亡くなられた以上、どっちにしたって……」


「中には、自分から犠牲になる巫女に同情する馬鹿もいるみたいだけど、あいつ等が何をしたのかももう忘れてんのかよ。どうせ、皇帝陛下が戦死したのもあいつ等が何かやったんだろっ!?」


「よせよせ。どこに信徒がいるかもわからねえんだぞ?」


「そうだぜ? 何をされるか分かったもんじゃねえ。あいつら、口じゃきれいごといって、慈善だ何だとやっているけど、俺達なんて金づるとしか思ってねえよ」



 酒場にてくだを巻く男達。


 彼らのような戦場とは無縁な人間達であっても、前線に立って兵を鼓舞し、平時は民の平穏のために奮闘するフェスティアの姿を知っている。


 この漁村のようなさびれた地であっても、フェスティアは足を運び、復興を誓っていったのである。


 事実として、漁獲高は変わらないが、内陸水運の活性化による恩恵は確実に受けていた。



 誠実な態度と実績。



 それらが、女神の如き美貌と相まって、フェスティアに接した国民の多くは、多少の批判あれど、フェスティアを自分達の君主として敬愛し、その死を悼んでいたのである。


 そして、帝都を占領し、アイアースと名乗る男を傀儡として支配する教団。


 フェスティアの治世にあっても様々な活動をしていたのだが、その恩恵にあずかれなかった者にとっては、単なる反逆集団に過ぎない。




「リヴィエトだってひどいもんらしいぞ? 北で捕まったヤツなんか、身体に刻印を埋められて、キーリアに特攻させられたとか」


「で、爆発させられんだろ? いったい、人をなんだと思ってやがんだあいつ等?」


「第四皇子とかもきれいごとをいっていたけど、結局教団幹部だけが助かって、俺らだけが奴隷にされちまうのさ」


「はあ、この酒を飲めるのも、あと僅かか……おっと」




 そして、侵略者へと話が移る男達。


 北の惨状は、すでに民の間に広がりつつあり、リヴィエトの過酷な統治は現実にまで迫ってきている。


 こうして、彼らが酒を愉しむ時間もあと僅か。そんなことを思った男の一人が、追加を頼むべく席を立つが、すでに全身に酔いが回っており、ふらついた勢いで傍らの席にいる客に身体がぶつかる。



「大丈夫か?」


「ああ、すまねえすまねえ。兄ちゃんは旅人かい?」



 男がぶつかった相手は、男を咎めるどころか、もつれた足を心配してくる。それに対した頭を下げた男は、目深に外套を被った客の姿に、そう口を開く。




「うむ。まあ、そんなところだ」


「へえ、まあ、悪いことはいわねえ。さっさとここから逃げた方がいいぜ? 侵略してきた軍隊がもうすぐここにやってくるって話だ」


「そのつもりだ。しかし、なれば貴公等はなぜこの地から逃げださんのだ?」


「はは、それが出来りゃあ、とっくにやっているよ。俺達みたいな貧乏人は、商売道具を手放したら奴隷になるしかねえ。それによ……」


「それに?」


「生まれ育った街だぜ? そう簡単に捨てられねえよ」


「そうか。そうだな、故郷は簡単には捨てられぬ」


「そう言うこった。兄ちゃんも、故郷に帰って親孝行してやった方がいいぜ?」


「そうしよう。ああ、これ使ってくれ」


「へ? っって、こ、こいつはっっ!?!?」


「話の礼だ。ではな」





 そう言って、旅人は大量の金貨の入った袋を男に預けると、その額に腰を抜かし掛けた男を尻目に、酒場を後にする。


 ちょっとした騒ぎになり、旅人の姿を追った数名の男達。


 しかし、出て行ったばかりの旅人の姿は夜の港町からは完全に消えてしまい、男達は一気に酔いが覚めるほどの金貨を前に呆然としていた。




 そんな男達の慌てぶりを尻目に、港へと向かい、対岸にて光りを灯すパリティーヌポリスの姿を一瞥する旅人。




「ふう……」




 夜風に身を任せ、外套を外すと、ちょうど月明かりが雲間から旅人へと降り注ぎはじめる。


 何かに祝福されるかのように、月の光に身を任せる旅人。その頭部から流れる黒みがかった銀色の髪が、夜風に静かに揺られていた。




◇◆◇◆◇


 大地に静かに風が吹き始めていた。


 その風は、滅亡を誘う滅びの風か、栄光を導く祝福の風かは分からない。ただ、流れる風が人を癒すことに変わりはない。


 決戦の時が確実に近づくこの時、夜に吹き通った一陣の風は、戦いを間にする者達をどのように癒したのであろうか?



 そして、風とともに最後の戦いは確実に迫りつつあった。

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