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第12話 終幕への標②

 ベッドに横たわるヴェルサリアの身体から傷が消えることはなかった。



「ふむ、これで大丈夫だろう」


「はい。陛下、申し訳ございません」


「言うな。俺とて、油断していたのだ」



 ヴェルサリアの身体に刻まれた傷を撫でながら、そう口を開いたツァーベルであったが、それに対するヴェルサリアの謝罪に思わず唇を嚼む。


 彼女の負傷もそうであったが、完全勝利を前に受けた手痛い傷。


 皇帝の首を晒し、浮遊要塞と全軍を持ってパルティノンの大地を蹂躙してやろうと思っていただけに、勝利を一変させた攻撃は痛すぎた。


 ヴェルサリアの謝罪はそこにあり、参謀総長として敵の手札を読み切れなかった事への無念さは見て取れる。




「陛下。こうなれば、皇女様の策をお受けください。今は、戦力を回復するべきです」


「分かっている。それ以上、口出しするな」


「はい……」


「お前は身体を癒し、政に心を砕け。戦に出ることはもう許さぬ」




 そんなヴェルサリアの言に対して、苛立ちを隠さずにそう告げるツァーベル。ヴェルサリアの代わりが務まる者など、今のリヴィエトには存在していないが、今回のようなことになる前に彼女を戦場から遠ざけたかったのが本音である。


 そして、今、彼女が口にした策を採用すれば、彼女がそれを受け入れるであろうことも分かり、ツァーベルの苛立ちは余計に募っていく。



 結果として、自身の不始末により、忌々しい者達に手柄を与えてやることになってしまったのである。




「…………失礼いたします」


「っ!? 誰が入ってよいと言ったっ!?」




 そんなとき、ノックとともに入室してくる一人の女性。


 気の強そうな目元とそれを覆う眼鏡が印象的な、若い女性であり、許可無く入室してきた彼女に対して、ツァーベルは声を荒げる。


 しかし、女性もまた不機嫌そうな口調で答えた。




「……仮にも、自分の娘に対して、随分な言い草でございますね」


「父親だと思ったこともないクセに良く言う。それで、なんだ?」


「陛下……。アンジェラ、無事だったのね。よかったわ」



 そんな毒を含んだ言をぶつけ合う両名に対し、嗜めるような声を上げるヴェルサリア。彼女は、単独任務にでた妹の無事を素直に喜んでいたが、アンジェラはそんな姉の様子を一瞥するだけで、すぐにツァーベルに対して向き直る。




「はっ。陛下、パルティノン側より使者が到着いたしました。いかがなされますか?」



 一瞬、ひどく悲しげな表情を浮かべたヴェルサリアと苛立ちを隠さなかったツァーベルであったが、その報告にお互いに目を合わせる。


 前者にとっては吉報であり、後者にとっては凶報である報告。


 だが、無碍に追い返すほどの余裕があるわけでもなかった。




「下話はしたのか?」


「無論。無条件降伏以外は許さぬと通達しております」


「…………まあ、よかろう。通せ」



 すでに下話は通してある。と言っても、こちらが用意した人間達がシナリオ通りに事を運んで来たに過ぎない。


 反発する人間がいたとしても、それはこちらが排除し、教団側は無謀な戦争を推進した皇族に変わって、民の生命を守り抜いたという形式が残る。


 その先にあるのは、隷属と平和。だが、将来的にも続く支配関係にあっても、豊かになれば人は隷属の身を受け入れる。


 そして、悪役になるのは自分とフェスティア、シュネシス、アイアース。といった面々である。


 そのことを気にするつもりもないし、弱きものが強きものを悪として憎むことは常にあること。


 歴史は結果でのみ語られるのが常であるのだ。




「ちょっと待て」



 そう思い、謁見の許可を出したツァーベルであったが、役目を終え、そそくさと退出しようとするアンジェラを呼び止める。



「なんでしょうか?」


「報告は別の者にやらせる。お前はヴェルサリアを見舞っておけ」


「………………」


「いい加減、お前も大人になれ。お前らの望むように事は進めておいてやる」



 先ほどのヴェルサリアに対する態度を鑑み、そう口を開いたツァーベル。しかし、アンジェラは口を閉ざしたまま反抗的な視線を向けてくる。


 すでに、皇帝と将軍という立場の男女であったが、その姿は一見すると、思春期の娘と相対する父親のようなもの。しかし、ツァーベルは有無を言わせずヴェルサリア私室から出ると、強引に扉を閉める。


 二人の間に他人である自分が張り込むことは出来ないのである。






 そうして、報告文書に目を通したツァーベルは、不機嫌なまま大広間へと向かう。


 すでに、残っている文武の部下達は勢揃いし、パルティノン側の使者も荷物を背に頭を垂れている。


 玉座に腰を下ろし、居ならぶ臣下達を見据えるツァーベルは、ふと、寂寥感に支配される。




(たった数日で、ずいぶん少なくなったものだ)



 レモンスクからクルノスにかけての戦いは、戦続きの人生の中でももっとも激しい戦いの連続であった。


 彼自身も、たった一度の戦で手痛い打撃を受けているのだ。


 そして、激しい戦いを証明するかのように、ともに戦場を駆けた将軍の多くがすでにこの場にはない。



「で? 何をしに来た?」




 そんな不快な気分を隠すことなく口に出したツァーベル。


 思わず、居ならぶ部下達と使者が顔を上げるが、怒気を含んだ表情を一瞥すると、皆が顔を背ける。




「はっ。この者達は」


「知っている。それで、無条件降伏以外になんの意図がある? 臣下の礼をとるのは、件の小娘と小僧の役割であろう」


「大帝。今は、こちらを献上しようと」




 そんなツァーベルの言に対し、パルティノン側。その実は教団の使者を務めるロジェスとジェストがゆっくりと顔を上げ、そう口を開く。


 間者として帝国に潜入させ、相応の成果を上げた両名であったが、若いクセに権謀術を張り巡らせる小ずるさが好きになれなかった。


 道化を演じさせているとはいえ、小手先の策謀を誇る二人の姿にもよけいに苛立ちが募る。




「なんだ?」


「おそれながら……」


「ふん。…………持ってこい」




 もったいぶる両者に対し、面倒くさげな態度でそう告げるツァーベル。


 恐縮しつつも背後の荷物を階下へと運びはじめる二人の部下。それは棺のような大きさのものであったが、階下に運ばれ、そこにあるものが視界に入ったとき、ツァーベルは思わず身を起こす。



「こ、これはっ!?」



 階下へと降り、棺の中身を目にするツァーベル。


 そこに寝かされていたのは、死化粧と耐腐敗法術を施された女性の亡骸。そして、それはツァーベル自身も良く知る女性のもの。



 それは、フェスティア・ラトル・パルティヌスの亡骸であった。




「手こずりましたが、なんとか仕留めることが出来ましたよ。大人しく、こっちの言うとおりにしておけば、子どもでも授かったでしょうにねえ」




 棺に手をかけ、亡骸に視線を向けていたツァーベルの耳に、ジェストの軽口が届く。普段より不敵な性格をしている男であり、不敬など今に始まったことではない。


 能力がある故にそれを黙認していたのは、ツァーベルであり、彼自身も今回はそれが通ると思い込んでいる様子であった。



 しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。




「ぐぶっ!?」




 気がついたときには、憤怒が全身を支配し、ジェストの首を手で掴んで、それを締め上げていた。




「いつ、俺がこんなものを持ってこいと言った?」


「むぐうっ!?」


「た、大帝っ!?」




 握り込む首が軋むような音を上げ、息を絶っていく。


 主君の突然の激発に、部下達が目を見開き、声を上げるが、ツァーベルはそれを気にする素振りを見せずに全身を痙攣させはじめるジェストを無視し、ロジェスに対して怒声を上げる。




「いつ、俺がフェスティアを討てと命じたのだっ!? 決戦を前に、よけいなことをしおって。それで、敵主の亡骸を晒し者にして、功績を誇るかっ!!」


「で、ですが大帝。今回の手管は参謀総長の…………」


「リヴィエトの支配者は誰だ?」

「っ!?」



 そんなツァーベルに対し、弁明を口にするロジェスであったが、それは火に油を注ぐのみ。


 ヴェルサリアはそう言った策謀に対する対価を払っており、彼らの軽挙に対する責任を取る必要は無い。


 声は小さくなっていたが、その全身から圧倒的な怒気を発しつつの問い掛けに、ロジェスは思わず後ずさりしながら押し黙る。




「誰だと聞いているっ!?」


「ぎゃふっっ!!」


「――――っ!? た、大帝陛下であります」




 そんなロジェスの態度に、再び怒りが込み上げたツァーベル。


 全身から発せられた怒気に、両の手に力がこもると、握りしめた何がが砕け、何かが潰れたような悲鳴が耳に届く。


 首をあらぬ方向へと曲げたジェストの姿に、ロジェスは身を震わせながら尻餅を付くと、震える全身を叱咤してそう答える。




「ふん……。では、さっさと戻って小娘と小僧に降伏文書の練習でもさせておけ。それと、しばらく二人にさせてくれ」


 そう言い放つと、すでに人ではなくなったジェストの身体をロジェスに対して投げつけるツァーベル。


 先ほどまで功を誇っているかのような態度が見て取れた両者であったが、一人はその品性に相応しい“褒美”を賜り、もう一人もまた、生命という名の対価を得る事になった。


 そんな二人の態度と自身がしでかした醜態に気付いたツァーベルは、全身から放つ怒気を急速に鎮めるとそう口を開く。


 そして、その言に対して、居ならぶ部下達は無言で敬礼すると、そそくさと退出していった。


 大帝が怒気を発することは幾度もあれど、今回のような理不尽な理由で部下を誅殺したことはない。


 激しい戦が大帝の精神を消耗させていることに、皆が皆気付いていたのだった。





「こうして再び相まみえることになったか。女帝よ……」


 一人になり、棺に横たわる女性に対してそう口を開くツァーベル。


 答えること無き女性の姿は、なんとなくではあるが、すでに失われた一人の女性の姿と重なっているようにも思える。


 今、目の前にいる女性に対して、気品や美しさでは敵わぬ女性であったのだが、それでもツァーベルにとっては、今までの覇業やリヴィエトの意志である侵略と支配のすべてを投げ出してもかまわぬほどの女性。



「貴様とは、もう一度戦場で相まみえたかった。妻もまた、戦場を駆る女将軍でな。その立ち振る舞いは、貴公と並ぶほどであったのだぞ? …………だが」




 なぜか、親しみのこもった口調でそう語り続けるツァーベル。


 亡骸に失った女性の姿を重ねるなど、滑稽でしかない。だが、あの時、戦場で相まみえた時からその姿に惹かれる面があったのであろうと今更ながらに思う。


 そして、そんな二人の女性は、一人の少女によって奪い取られたことになる。





「お前はは俺の気性を確実に継いでいる。そして、俺からもまた、奪っていった……。ふふふ、いったい俺は何をやっているのだろうな?」




 そんな少女の姿を思い浮かべたツァーベル。その問いかけは、背後に立った人物に対する問いかけであったのかも知れない。




「知らないわよ。で、どうするつもりなの?」


「この大陸はお前にくれてやる。俺の名を以て、すべてを破壊するなり、殺し尽くすなり、好きにすればよかろう。俺は、部下達とともに旅を続ける」


「ふーん、私はお払い箱ってこと?」


「今に始まったことでも無かろう」


「あっそ。でもね、そう簡単に事が進むと思うの?」


「何?」


「パルティノンの皇族はまだ生きているわよ? あの連中が、貴方の好きにさせると思うの?」


「ほう? ……そうか、また挑んでくるか」


「さてね。いずれにしろ、好きにしろと言った以上、貴方がいなくなったら好きにさせてもらうわ。散々な目にあったんだしね」


「ふん」




 背後に立った少女シヴィラ・ネヴァーニャに対し、顔を向けることなく言葉を続けるツァーベル。


 自分が他者のすべてを奪ったように、彼女もまた自分を含む他者からすべてを奪おうとしている。しかし、それに対する興味など、すでにツァーベルにはなかった。



 倒すべき敵主の存在。



 侵略と破壊の先にあり、支配と平和の前に存在するモノ。


 祖先より未来永劫続く旅とは、その存在を打倒するためにあるのかも知れなかった。



 そして、両者の一瞬の邂逅は、シヴィラの転移によって終わり、父娘の邂逅もまた終わる。


 フェスティアの棺を要塞下部に安置させたツァーベルは、表情に覇気を取り戻し、要塞を南下させるよう号令したのだった。



◇◆◇◆◇




 集められてきた報告は、アイアース等を安堵させるものが大半であった。



「では、兄上達は…………」


「はっ、シュネシス陛下はご無事でございます。ですが、総長閣下をはじめ……」



 今、アイアースの傍らにて馬を進める騎兵は、クルノスから離脱してきた部隊指揮官の一人で、戦死した将軍に変わって敗残兵達をまとめていた。


 負傷自体も軽く、行軍の最中に戦の展開を報告してもらっていたが、敗戦の報に消沈していたアイアース等にとっては僅かばかりの救いにはなっている。


 敗戦に加えて、帝都占領の報まで受ければどんなに些細な朗報でも救いになるのだから当然と言えば当然であったが。



「それと、殿下。総長閣下より伝言が」


「ゼークトが? なんだ?」


「お兄さん達を大切にしてください。だそうです」


「…………そうか。無論だな」




 そんな騎兵の言に、アイアースは一瞬声を落とし、目を閉ざす。


 フェスティアの登極後に抜擢された人物であったが、オアシス方面での不遇時代に一度だけ顔を合わせている。


 教団が緊急にもうけた関所の突破を手助けしてくれたのだが、今の言もまた、その際にアイアースにかけたものと似通っている。


 母、リアネイアの分身とも言える剣は、イレーネの剣とともにアイアースの元にあり、死したと思っていた兄たちとも再会した。


 姉、フェスティアを再び失ったことは、決して埋めること無き衝撃であったが、これ以上、大切なものを奪わせるつもりはない。


 そして、フェスティアにしても、ゼークトのような自身が見出した忠臣達が死出の旅に付き従っている。




(俺がそこへ行くときは、すでに冥府を平らげた後だろうな)



 そんなことを考えつつ馬を進めるアイアースの眼前に、原野にそびえる巨大な城塞が映りこみはじめる。




 城塞都市ハリエスク。



 キエラと並ぶユクリアナ地方の主要都市で、水運の要衝であるキエラに対して、こちらは交通の要衝として原野の中心にそびえている。


 そんな大要塞であったが、決戦に際する動員のため、今は総勢一万ほどの守備兵が詰めているだけである。


 しかし、遠目から見ても、要塞全体が動揺しているようにアイアースの目には映っていた。




「なんだか、とてつもなく嫌な予感がしてきたぞ」


「いったい、どうしたというのでしょうか?」


「敗報や戦死の報が届いていれば当然の反応かも知れんが、喪に服すと言うよりは……」


「怒りにまかせて出陣しかねないような、そんな怒りの声が広がっているようだ。風がそう告げている」




 口を開くアイアースの傍らにて馬を進めているジルとリゼリアードが口を開くと、上空よりフェルミナとともに滑空して来たヒュロムがそう口を開く。


 大空を自由に舞い、天の使いとも称される飛天魔達は、常に風とともに生きている。


 そのため、風が乗せてくる人々の声を聞くことが出来るものも中にはいるのだという。


 フェルミナも徐々にそれが聞こえはじめたのだと以前話していたことをアイアースは思いかえした。



「殿下、我々が先行し、様子を探りましょうか?」


「いや、堂々と正面から行けばいいさ。味方を前に、こそこそするのも変だろ」


「しかし、万が一と言うこともあり得ます」


「教団の連中は、パリティーヌポリスを制圧することで手一杯だ。ハリエスクにまで手を回す余裕があれば、クルノスに信徒兵を送り込むぐらいのことはやる。最低限の警戒だけで十分だ」




 そんなアイアース等首脳陣に対し、フィリスが進み出てそう口を開く。


 たしかに、元フェスティア直属の近衛兵ならば動揺する守兵達も警戒しないだろう。しかし、教団が手を回しているわけでもない以上、下手な事はしたくなかった。




「さすがに兄弟だけあって、根っこはよく似ているな。だが、第二皇子は」


「敵に対するときと味方に対するときは違うさ。行くぞ」




 そんなアイアースに対し、ターニャが控えめにそう評する。


 たしかに、フェスティアもシュネシスもミーノスも、冷静な指揮官でありながらどこか無謀なところがあり、それで自身を追い込む悪癖は存在している。


 フェスティアやシュネシスのように、それを平然と跳ね返せるならばそれでよいのかも知れなかったが、今となってフェスティアは戦死し、シュネシスは敗北。そして、ミーノスは重傷を負っている。


 兄弟の中では、決定機まで味方の死を受け入れたサリクスぐらいなものであろうか?


 戦場に立たないアルテアがどうであるのかまではアイアースにも分からなかったが、彼女の場合も他人を平気で危険な任務に追い込むことがあったから同様であろうか?




 と、そんなことを考えつつ城門の前にまで進むと、慌ただしく守兵達が飛び出し、前方に陣を敷き始める。


 思いがけない歓迎の仕方であったが、こちらの正体を告げていない以上いたしかたないこと。


 そんなことを考えていたアイアースであったが、ハリエスク側から数騎の騎兵が駆けだしてくる様を見て取ると、麾下の兵達に合図をし、臨戦態勢をとらせる。





「お待ちくださいっ!! そちらに四太子殿下はおられますかっ!?」




 疾駆してきた騎兵達の一人が、臨戦態勢をとったこちらに驚くように声を上げる。


 その言に、思わず顔を見合わせるアイアース一行。


 壊滅した本隊以外でその事実を知っている兵は無いはずである。とはいえ、武器をかまえる様子も伏兵の類も見られない状況。加えて、他の騎兵達も同様で、一定の距離を保って全員が停止し、轡から足を外して攻撃意志の無いことを示している。




「アイアース、大丈夫だ」


「兄上っ!?」




 そんなとき、後方より兵達に抱えられるようにして進み出でるミーノスの姿。


 思わず声を上げたアイアースであったが、それをしっかりと聞いていた騎兵が慌てて下馬し、大地に跪く。




「大変、ご無礼をいたしましたっ!! 二太子殿下、四太子殿下っ。お待ちしておりました」



 そうして、慌てて頭を垂れる騎兵達。


 次いで、城門前に陣を敷いている兵達もそれにならい、先ほどまでざわついていた周囲には、アイアース一行のどよめきが響くだけであった。




「お、おう。しかし、なぜ?」




 そんな様子に、再び顔を見合わせるアイアース一行であったが、ミーノスは苦笑してアイアースの肩を叩き、ゆっくりと頷く。


 今は、相手に任せておけと言いたいようで、アイアースもそれに頷き、騎兵に対して問いかける。


 自分達の存在は多少漏れることはあっても、この場にやってくることまでは予想できるはずがない。




「それは後ほど。今は、城内にてお休みください」


「いや、ここで話せ。なんなら、印綬も見せる」



 そんなアイアースの問いに、騎兵は申し訳なさそうに答えると、城内に誘う。


 しかし、アイアースはそれを許さず、答えるように促す。城内に入れば袋の鼠となり得ることもあり、このぐらいの警戒はしておいて損はない。


 万が一、彼らが教団に寝返っていたとすれば、捕らえられて教団に差し出される恐れもあるのだ。


 もっとも、疑ってもいないし、一般兵ぐらいならばアイアース一人でもどうにでもなる。



 そして、発言を促すべく、アイアースは首から提げた印綬を持ち、騎兵に対してその姿を見せる。




「っ!? やはり、あのことは本当だったのですね……」


「あのこと?」



 それを目にし、再び目を見開いた騎兵達。


 アイアースの問い掛けに対して、顔を見合わせると、驚くべき事を口にする。




「はっ…………。先頃、教団より全土に向けて通達がございました。聖上陛下の死と皇太子殿下の敗北。そして、パリティーヌポリスの占領」


「それはすでに知っている。クルノスの生き残りが教えてくれたんでな」


「さようでございますか。ですが、先ほど巫女の、いえ、ある人物の口より、一つの事実が告げられたのです」


「ある人物?」


「はっ…………。その人物とは、第四皇子アイアース・ヴァン・ロクリス」


「…………は?」




 そうして、騎兵の口をより発せられた言葉と名。


 それを聞いたアイアースは、一瞬の思案の後、余りに頓狂な声を上げるしかなかったのだ。 

次回は火曜日の19時投稿の予定です。

明日は私用で更新できませんので、ご了承ください。

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