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第11話 終幕への標①

 押し寄せてくる敵兵達に生きることへの希求は感じられなかった。


 倒しても倒しても押し寄せてくる者達。その多くが、自分を討つことよりも、動きを封じることを優先してくる。


 身体に飛びついてくる者もあれば、わざわざ得物に飛び掛かって、身を以てそれを封じようとする。


 狂気以外の何物でもないように思えるが、それに対する感傷などは持ち合わせていない。



 力量に劣る相手に同情したところで戦が終わることはないのである。



 エミーナは、自身に取り付く兵達の槍を全身に受けつつ、彼らを物言わぬ肉塊へと変えると、次々に躍りかかってくる兵達を薙ぎ払う。



 次いで射掛けられる矢。



 すべて叩き落とすと眼前の兵。見事な連携であったが、ほんの僅かな隙間がある。キーリアにとっては一瞬の隙だけで十分だった。


 再び敵兵をなぎ倒すと、両の手の甲が眩い光を発する。


 一瞬、動きを止めるリヴィエト兵達。ほどなく、大地より突き出た岩塊と木根が兵達の身体を突き抜け、その身を虚空へと跳ね上げる。



「見事だな。ちょっと会わない間にずいぶん腕を上げたもんだ」



 そうして作り出された空白に、周囲で交戦していたハインやパルティノン兵達が駆け寄ってくる。


 すでに数を大きく減らした味方。


 討たれた者が大半であろうが、自分達が暴れ回る限り、潰走した兵達は戦場から離れることが出来る。


 味方を見捨てて逃げた者達であるとはいえ、次なる戦いの為には生き残ることもまた肝要であるのだ。




「強くならねば、生き残れなかったからな。そして、主君を失うことも」



 そして、エミーナはハインの言に、表情を緩めることなく答える。


 八年の月日は自分を大きく変えたと今更ながらに思う。


 幼き皇子にすべてを背負わせ、自分はそれに付き従うしかなかった日々を今でも恥じている。


 ハインの言は、かつての自分を知る誰もが抱くことであろう。と、エミーナは思った。



「そうだな。陛下はどうなったんだ?」


「ツァーベルを斬ったところまでは見た。だが、ヤツは死んでいないし、リヴィエトに動揺も歓喜もない。無事に離脱されたと見るのが妥当だろう」



 再び群がるリヴィエト兵と再び岩塊の餌食にすると、先ほど眼にした光景を思い浮かべる。


 シュネシスはたしかにツァーベルを斬った。


 しかし、ツァーベルはそれを一笑に付し、駆けつけたヴェルサリアとともに後退するシュネシスを追っている。


 それに対して、大きく迂回していたゼークト率いる部隊がその行く手を阻み、その場は乱戦になっていたが、今となって状況を知る術はない。



「でも、妥当を選ぶような方でもない」


「そうだな――むっ!?」




 自身の主君をそう評する両名。


 そんな二人の視線の先にて、巨大な火球が虚空へと舞い上がり、周囲を照らすように四散する。


 すると、ほどなく戦場に間延びした太鼓の音が鳴り響く。


 前者はともかく、後者は全軍徹底の合図。状況はリヴィエト側が優勢であったが、パルティノン兵も包囲から脱出する部隊が出はじめている。



 撤退の機としては十分であろう。



「ほらな?」


「まあな。さて、先ほどは取り逃がしたが、今度は逃がさぬ」


「無理をして、せっかくの策を台無しにするなよ?」


「私が下手を打つと思っているのか?」


「思ってねえよ。でも、お前さんが自信満々だとちょっとおかしな感じだな。あの頃とは大違いだ」


「お前は変わっていないがな」


「そりゃどうも。それじゃ、また後でな」




 周囲のパルティノン兵がリヴィエト兵を突き崩す中、互いのそう告げあった両将は、託された任務へ向けて馬を蹴る。


 敗戦という事実は変わらないが、それを次に繋げることもまた、将としての責務であった。




◇◆◇◆◇




 間延びした太鼓の音が原野に轟く中、眼前に立ち塞がる老人達の抵抗は想像以上であった。


 ヴェルサリアは次第に遠退く、白地の軍装へと眼を向けると唇を嚼み、いいように翻弄される自軍の兵士を叱咤する。



「何をやっているのですっ!! 優速の相手を追ったところで追いつけるわけがないっ!!」



 そんな指揮官の鋭い声に、リヴィエト兵達は原野を駆け回るパルティノン兵を半包囲するように広がる。


 数の優位を生かし、パルティノン兵を弓隊等の射程へと誘い出したところを一斉射でもって一掃する。


 数で勝る以上、単純な戦法で相手を削って行けばよいのである。こちらには、特殊な兵器も用意されているのだ。


 しかし、相手が簡単にそれを許してくれるとは限らない。



「遅いっ!!」



 ヴェルサリアはそう叫ぶと、このまま前線へと駆けていきたい衝動に駆られるが、今は主君を守ることが最優先。それ故に、ヴェルサリアの意図も虚しく、機動によって薄くなったところを突破され、包囲陣はたちまち崩されていく。


 空気を斬り裂く乾いた音が原野に鳴り響くも、すでにパルティノン兵は射程外に駆け去った後であった。




「新兵器も、扱う将がこれでは無意味か……」




 ヴェルサリアは、その乾いた音の出所へと視線を向け、そう嘆くが、現状のリヴィエト兵達に期待するのも酷な話だった。


 数で優位に立ち、潰走した敵の一部を粉砕したまでは良かったが、シュネシスに本陣への突入を許しツァーベルが負傷したことは大きく、兵達の間には目に見えぬ動揺が隠れている。



 これで討ち取られでもしていれば、すべては終わっていた。



 それだけにツァーベルの存在はリヴィエト兵達には大きい。パルティノンがフェスティアの死を受けてなお、奮戦していることは賞賛に値するとヴェルサリアは思っている。


 リヴィエトにも指揮官がいないわけではないが、ロマンやアンヌの奮戦も、ツァーベルの代わりにはならない。


 彼らも原野に残るパルティノン兵を相手にせねばならず、こちらへの合流はかなっていないし、なによりも戦場に立つ君主の存在は、それだけで兵達の拠り所となるのだ。


 結果として、この場に残されたのは、動揺を隠せぬ弱兵と包囲下にあっても勇戦する精兵。



 これに加えて、殿を務める老将達の老練さに翻弄させられる状況が加わり、やはりパルティノン最精鋭には及ばぬということを、ヴェルサリアは痛感させられていた。




「ふむ。爺といい、お迎えの近い連中が元気なことだ」



 苛立つヴェルサリアの傍らにて、傷痕の手当てをしているツァーベルが、笑みを浮かべながらそう口を開く。


 眼前の老将達の奮戦を、先に戦死したスヴォロフに重ねている様子で、自兵の不甲斐なさに怒る様子は無い。




「陛下……。不甲斐ない様をお見せしております」


「かまわん。俺もやらかしたしな……。あの小僧、やってくれるわ」


「すでに逃走した様子ですが」


「うむ。今回は不覚をとったが、次はない」




 そんなツァーベルに対し、兵の不甲斐なさを詫びるヴェルサリア。


 もちろん、彼女自身もパルティノン兵の精強さは認めており、単純にリヴィエト兵が劣っているわけではない。


 とはいえ、ツァーベル直属の兵達が、ここまで一方的に翻弄されているという事実を放置することは、力による蹂躙と支配を掲げるリヴィエトの沽券に関わる。




「さて、もう良いぞ。ヴェルサリア、頃合いだろう?」


「はっ……」


「爺どももこれだけ暴れられれば十分だろう。冥土の土産としてはな」




 ニヤリと笑みを浮かべながら騎乗するツァーベル。


 その表情に、ヴェルサリアは背中に冷たいものを感じたが、これで勝利は約束されたものとも思う。


 再び剣をとったツァーベルの姿に、兵達の眼の色が目に見えて変わっているのだ。


 存在そのものが兵を強くする。


 シュネシスに一本とられたこともツァーベルにとっては、静かな怒りとなって燃え上がっている様子で、長剣を握るその手はしずかに震えている。




「よしっ。行くぞっ!!」


「はい。では、左方より」




 そして、眼前を睨んだツァーベルが馬を棹立ちに剣を掲げると、ヴェルサリアもそれに答えて馬腹を蹴る。


 こうなれば、敵のもっとも弱きところを討つというのが常道。


 そして、以下に老練であれど、老将達には全盛期の耐久力は残されていない。


 突撃した先にて、白き長髭を汗に濡らす老将軍の姿は、決死の攻防を続けつつも、肩で息をする様が見て取れていた。



「ぬっ!?」



 そして、こちらの突撃に対して顔を上げ、覚悟を決めて突っこんでくる老将軍。


 剣を翳すその姿に、全盛期の猛将ぶりが伺えるだけの気迫を感じさせるが、今となってはツァーベルの相手ではなく、ヴェルサリアも補佐に着いている。


 先ほどのような失策は無い。


 そう思うと、ヴェルサリアは静かに黒き光りを纏って手を前面に向ける。


 どす黒く淀んだそれは、不気味に蠢き、すべてを飲み込もうかというように膨張すると、まるで生きた蛇の如く老将へと向かって伸びていく。



「な、なにっ!?」



 そんな光りの様子に目を見開く老将。


 ヴェルサリアに詠唱をしている様子は見られ無かったためであろう。慌てて防御に移ろうとするが、それは長年の戦いで身についた反射であろう。


 結果として、うごめく光りと迫り来る脅威の両方を接近させることになる。


 法術を放ったヴェルサリアを一睨みしたツァーベルは、加速しながら黒き光りに追い付くと、それを思いきり斬り伏せる。


 すると、蛇の如く蠢いた光りが霧散し、周囲のパルティノン兵へと襲いかかっていく。



 刹那。



 身体に巻き付いた黒き光りによって締め上げられるように血を吹き上げるパルティノン兵達。


 断末魔の間が原野を支配し、倒れ込んだその時には、眼前に迫ったツァーベル等の突撃によって蹂躙され、先頭に立っていた老将軍は、崩れ落ちる最中にツァーベルにその首を跳ばされていた。




「よけいなことを。まあ、今に始まったことではないがな」



 さらに疾駆を続けるツァーベルに駆け寄ったヴェルサリアは、そんな苦言を受けるが、彼が自信の力のみを頼みにすることは今に始まったことではない。


 そして、そんな姿が兵達を惹きつけるのだから変える必要もないだろう。だが、今のヴェルサリアは彼の言に対して一言告げる権利がある。




「申し訳ありませぬ。陛下。恐れ多くも、私がおらなんだばかりに、敵君主の一刀を受けることなど、思いも寄せませぬ故」


「……次はないぞ?」


「あっては困りまする」




 チクリと先ほどまでの苦戦の原因を告げるヴェルサリアに対し、パルティノン兵をなぎ倒したツァーベルは憮然としたまま答える。


 ツァーベル自身、自分の負傷後の不甲斐なさを見ている以上、怒気を発するわけにも行かないのだが、今はこうして生きている以上、二度目はない。


 しかし、ヴェルサリアにとっては、今もこうしてツァーベルが健在であることを、シュネシスに知られたことこそが問題なのだった。


 彼が倒れた事による、兵の弱体化も同様。そして、ツァーベルが何らかの加護を受けている事を知った以上、生き残ればそれに対する対策を即座に見つけ出すだけの力量は持ち合わせている。




「ふん。まあ、件の青二才を討てば済む事よ」


「はい」



 相変わらず憮然としたまま、もう一人の老将軍を討ち果たすツァーベルと戦場に眼を向け続けるヴェルサリア。


 そんな二人が会話を交わし、視線を向ける原野の先。


 立ちふさがる老将達を指揮する壮年の男の背後にて、白き軍装に身を包んだ男が、盆地を脱するべく疾走する姿が見て取れた。



「シュネシス・ラトル・パルティヌス。発見せり」



 静かにそう告げたヴェルサリア。


 頷き、疾駆を開始するツァーベルとそれに呼応して鳴らされる銅鑼。そして、彼に続くリヴィエト兵達。


 ヴェルサリアは、鐙に立って周囲の部隊に集結命令を出しながら、こちらの行く手を阻もうと迫り来る敵兵を睨み付ける。


 大地がいっそう激しく揺れている。


 ヴェルサリアは、そんな大地の様子を感じ取りつつ、口元に笑みを浮かべる壮年の男の姿を睨みつける。



 ツァーベルの剣をかいくぐり、自身へと向かってきたその男。



 鋭い剣先が顔をかすめるが、一撃を放った後の身体はがら空きである。馳せ違い様に脇腹を、斬り裂き、反転して男の背後を斬り落とす。



「見事……」



 軍馬の背にてのけぞり、こちらに視線を向けてくる男。なぜか、笑みを浮かべている。



「だが、最後に私は貴公に勝てたな。ヴェルサリア参謀総長」


「何を……? 言って、ぐぅっ!!」




 男を睨んだヴェルサリアであったが、崩れ落ちつつそう告げた男に対し、口を開く傍ら、口元からこぼれた血によってそれ以上言葉を継げなくなる。


 視線を向けると、胸元から突き抜けた剣先が、赤く染まり、鮮やかな光を放っていた。


 視界が転瞬する。自分が崩れ落ちている事までは理解できていたが、大地に叩きつけられる感覚はいつまでもやってこなかった。



◇◆◇◆◇



 ヴェルサリアが敵指揮官を追って行ったことには気付いていた。


 そして、予想したように敵指揮官は敗れ去り、大地に崩れ落ちていく。しかし、その刹那、駆けつけたパルティノンキーリアの剣がヴェルサリアの身体を突き抜ける。


 それに気付いたときには、馬を強引に反転させ、崩れ落ちる彼女の身体を抱き上げると、件のキーリアに斬りかかっていた。



「不意打ちとは、やってくれるな。小娘」


「それが何だ?」


「覚悟は出来いるんだろうなっ!?」


「当然だっ!!」



 片手にヴェルサリアを抱き、剣を打ちあわせながらそう口を開く。


 しかし、相手のキーリアも憮然としたままそれに答えると、強きにもこちらに対して斬りかかってくる。



 油断があったとはいえ、シュネシスに一度敗れた身。



 当然、同等かそれ以上の技量を持つはずの相手である。こちらに優位はあれど、これ以上の動揺を招くわけには行かなかった。




「おっさんっ!!」



 互いに剣をぶつけ合い、火花を散らすなか、耳に届く男の声。


 いったん距離をとり、視線を向けると、生意気そうな表情をした青年騎兵がキーリアに対して躍りかかっていく。




「小僧っ!! 邪魔をするなっ」



 割り込んできた騎兵、ヴィクトルの対して怒気を含んだ声をぶつける。しかし、暴言とも言える言動を向けていたヴィクトルはそれに怯むことなく口を開く。



「いいのかい? 敵が逃げるぜ?」



 つまらなげにそう告げ、敵の剣を受け止めるヴィクトル。彼の言うとおり、シュネシスの姿は先ほどよりもさらに小さくなっており、周囲のパルティノン兵も方々へと撤退を開始している。


 相当な数を討ったが、こちらの被害も大きい以上、目の前の大魚を逸する訳にも行かないのだった。




「分かったら、さっさと行けよっ!!」


「ふん。生意気な」




 そんなツァーベルに対し、決死の防戦を続けながら口を開いたヴィクトル。そんなとき、それまで傍観を続けていたリヴィエト兵達が一斉にキーリアと彼女に従うパルティノン兵達に向かっていく。


 ツァーベルが一騎討ちを邪魔されることを嫌うのは、麾下の兵達にとっては常識。今回はヴィクトルが無謀にも割って入ったため、ようやく助力が敵ったのである。




「残りは、シュネシスを追う。我に続けいっ!!」



 普段であれば殴り倒しもするが、今は状況が状況。加えて、スヴォロフが眼をかけていた男であることも手伝い、ツァーベルはその場を任せる気になっていた。


 反転し、盆地の出口へと差し掛かっていたシュネシスを全力で追っていく。


 途中、遮ってくるパルティノン兵もいたが、相手にする気もなく牙を持って押しつぶすのみ。撤退をはじめたパルティノン兵達を逃すべく、自らが劣りになっているのであろうが、それは愚策でしかない。


 目に見えて大きくなってくるシュネシスの姿に、自身を傷つけたことやヴェルサリアが倒された事への苛立ちを向けていく。



 刹那。



 大地の揺れが一向に収まっていないことに気付く。


 自身の背後に大軍が着いてきていることを考えれば当然ではあったが、それでも数が減っているのに対して、揺れが収まる気配は無いことはおかしい。


 そう思った矢先、一瞬こちらを振り向くシュネシス。


 その表情は、怒りの中に、不敵な笑みが含まれている。



(なんだ?)



 そう思った刹那。


 全身が何かにぶつかったと思うと、虚空へと跳ね上げられていた。





「ぐおっ!?!? な、なんだっっっっ」




 襲ってくる衝撃と痛み。腕に抱えたヴェルサリアを離すことはなかったが、それと大地が視界に交互に写り込むと、次は蒼き虚空が目に映る。


 包む浮遊感に自分は虚空に跳ね上げられたのだと言うことを察する。


 そして、身体を起こして落下に身を任せると、眼下の光景が目に映りはじめる。




「ば、馬鹿な……。我々は勝ったはずだぞっ!!」



 思わず怒りが込み上げ、そんな言葉が口をつく。




 眼下にあるのは、大地を疾駆する鋼鉄の魔物。




 馬に近い体躯をもった動物が横一列に並んで突撃しているのであろうが、一体一体が馬のそれよりもはるかに大型であり、全身を覆った装甲によって数体の動物が、一体の超大型獣のようになっているのだ。


 そして、それが通過した先に残されたるのは、肉塊へと変えられたリヴィエト兵達の姿。


 苦痛に顔を歪ませつつ、大地に着地したツァーベルは、転倒して身動きをとれなくなっているそれへと歩み寄っていく。


 外見は馬そのものであったが、こちらの姿に鼻息荒く吠え掛かるような仕草を見せるところから、馬以上に獰猛かつ好戦的な生物なのであろう。



 だが、眼前の魔物も、他と一体となった装甲によって自由を奪われている。




「失せろっ!! 下等生物がっ!!」




 さらに向かって来るような仕草を見せた生物を一刀のもとに斬り伏せると、舞い上がる鮮血の中で耳に届く呻き声。


 視線を向けると、浅黒い肌をした兵士が装甲に押しつぶされてもがいていた。




「パルティノン兵か。こいつはなんだ?」


「ぐぅ……っ」




 歩み寄り顎を持ち上げるようにして問い掛けるツァーベル。他のそれは原野の彼方まで駆けており、他のパルティノン兵も大半が戦場を離脱している。


 つまり、彼を救う味方がいない以上、こちらの好意に乗る以外に彼に助かる方法は無い。




「もう一度聞く。こいつはなんだ?」


「誰が答えるかっ!!」


「ほう、ずいぶん元気じゃないか。なれば、自力で脱出するのだな」


「ま、まてっ!! 殺せっ!!」


「断る。俺は、自分の女を助けなければならん」




 しかし、こちらの提案に対して強きに答えたパルティノン兵。


 答えぬ以上、付き合う暇はない。


 背後で何やら喚いているパルティノン兵であったが、周囲の生き残りが止めを刺すべく駆け寄っていく。




「無用だ。精々苦しんで死ねばいい」


「ははっ!!」




 そんな兵達に対して、不機嫌に声をかけるツァーベル。


 周囲の惨状には苛立ちが募るばかりである。開戦当初の緑野はすでに無く、今は赤く染まり、方々に骸の転がる地獄があるだけであった。


 そして、本来であれば、ここに転がっているのはパルティノン兵のみであるはずだったのだ。




「大帝っ!!」


「おう、無事だったか。被害は?」




 そんなツァーベルに対し、ヴィクトルに肩を貸したロマンとアンヌが駆け寄ってくる。


 周囲にて身体を休めていたリヴィエト兵達も、傷ついた身体を揺らしながら歩み寄ってくる。


 予想以上の惨状である。


 先ほどまでの勝利も一気に吹き飛んでしまったかのような。そんな空気が漂っている。そして、ロマンの言によってそれはさらに加速する。




「はっ……。総戦力の4割が戦死。残りの大半が、負傷しております」


「…………分かった。急ぎ、要塞へと戻るぞっ」


「っ!? 追撃はしねえのか? 動けるヤツはまだいるし、あの女も遠くまで行っていないぞっ!!」


「ちょっと、口の利き方に気をつけなっ!!」


「かまわん。だがな、小僧。こいつを見ろ」



 ロマンの言に対し、ツァーベルはさらに込み上がる怒りを自覚しながらも、そう告げる。それに対し、苦痛に顔を歪ませていたヴィクトルが声を荒げる。


 キーリアと対峙していたとはいえ、なんとか生き残った様子。相変わらずの態度に、さしものツァーベルも苦笑するしかない。


 そして、ひとしきり笑った後、気を失ったヴェルサリアを彼らの前に突き出す。



 血は止まっているが、受けた傷は深く、いまだに目を覚ましていない。ツァーベルが戦場を連れ回したのだから当然だったが、それでもこの報いは受けさせてやらねばならない。




「俺の不注意でよけいな兵を死なせた。加えて、つまらぬ策略に引っかかり、自分の女まで傷をつけた。今、かのキーリアを追ったところでこの怒りは収まらん。パルティノンの大地に、相応の報いを与えてやらねばな!!」




 そうして、はじめて怒気を発したツァーベルに、生き残った兵達が戦慄する。


 自身の無能が生んだ結果であったが、自身への怒りとともに敵に対する怒りも沸騰していた。



◇◆◇◆◇



 疾駆を続け、キエラに辿り着いたのは陽も傾きはじめた頃であった。


 歓声を持ってシュネシスを出迎えた者達であったが、彼が伴ったのは僅か数騎であり、彼自身も負傷している。


 無言で城内へ向かっていったシュネシスであったが、その姿が戦の結果を告げている。


 絶望感が市内に浸透していくのに、それほど多くの時間を有さなかったが、それでも為すべき事は多々ある。




「城門は開けておけっ!! それから、街道に可能な限りのかがり火をたき、道しるべにするんだっ!!」


「陛下?」


「兄様っ。何を言っているんですか」




 シュネシスを出迎えたフォティーナやアルテアをはじめとする文官や守兵達が、シュネシスの言に色めき立つ。


 彼を追って来るであろう、リヴィエトに対し、皇帝ここに有りと言うことを示すようなものなのである。


 しかし、彼の意志は揺るがなかった。




「味方が戻って来たらどうするんだっ!? ここに帰ってきた連中を追い出すきかっ!? 敵の侵入など小事に過ぎねえんだっ!! さっさとやれいっ!!」



 身支度を調え、そう叫んだシュネシスは、すぐに市街地へと繰り出し、傷ついた兵達に対して、治癒法術を放っていく。


 そんな皇帝の姿に、先ほどまで消沈していた市内は、徐々に活気を取り戻していき、原野を必死に敗走してくるパルティノン兵達は、街道に焚かれたかがり火を標に、城門を開かれたキエラへと舞い戻ってくる。



 ヴェルター、ハイン、エミーナといった諸将と抱き合い、生存を喜びあるシュネシス。そんな姿に諸将もまた、捲土重来を誓っていく。



 そして、傷ついた彼らの背後からゆっくりとキエラへと近づいていく軍勢。


 それは、戦勝を確信していたリヴィエトに痛撃を与え、パルティノン兵の生存を助けた殊勲者達であった。


 その先頭に立つ男を出迎えたシュネシスは、その巨体を抱き、背中を力強く叩く。




「よくやってくれた。サリクス。俺の失敗を見事に挽回してくれたっ!!」


「兄上、痛いですよ……。それでも、遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」




 豪快に笑い、背中を叩くシュネシスに、苦笑する男サリクス。


 神聖パルティノン帝国第3皇子にして、オアシスの女帝を伯母に持つ男。


 そんな彼に付き従うオアシス兵2万が、傷ついたパルティノン兵達と静かに合流した。


 フェスティアが兄弟達に託した最後の手札。それは、本隊の敗北に際し、最後の切り札となるべきオアシス軍と彼らの用いる“騎甲馬”であった。



◇◆◇◆◇



 この決戦の翌日。


 シヴィラ・ネヴァーニャ率いる教団の反乱とパリティーヌポリス占領。加えて、聖帝フェスティアの死とシュネシスの敗北が、全土に発せられる。


 フェスティアの死の真相は伏せられたままであったが、それを聞いた多くが、教団の犯行と断定。


 加えて、パリティーヌポリス占領も相まっての反逆は、リヴィエト二対する利敵行為でしか無く、教団に対する怒りが帝国全土にて沸騰する。




 しかし、沸騰する怒りの声の中、その怒りを困惑へと変える声明が続けざまに発せられようとしていた。




 戦いを終えた者達は、まだその事実を知らなかった。

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