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第6話 前座

今回はちょっと短いです

 探索に出ていたフィリスが駆け戻ってくると、陣内は騒然となった。


 アイアースも当然のように駆けだしかけるも、リゼリアードとヒュロムに抑えられ、ことの成り行きを村内にて見守る。



 先頃に激情を制されたばかり。



 そんなアイアースが到着を待つ人物は、彼の実兄、ミーノス・ヴァン・テューロス。


 テルノヴェリにおける決戦にも参戦していたはずであったが、重傷を負った彼と一人の竜騎士を探索先にてフィリスが発見したのだった。




 そして、時を隔てること半刻程。


 フィリスに先導された一団が、全身に傷を負い、気を失ったミーノスをアイアースの本陣へと運んで来た。


 寝台に寝かされたミーノスは、全身を襲う激痛に顔を歪ませているが、身を起こす様子は無い。


 身体の各所から刻印の光が漏れており、光りとともに滲んだ血が全身の痛みを助長している。


 アイアースに比べればやや小柄であったが、再会したときからその存在は、アイアースにとっては大きかったと思う。



 はじめてテルノア等と対峙したときも、歳年少だった自分を気にかけたのと同時に、兄弟として何らかの繋がりを感じていたとも思える。



(俺も、ともに戦えていれば……)



 自身の知らぬところで、兄弟達とは再び離ればなれになってしまった。


 なにより、フェスティアはすでにこの世にない。



 凶報が真実であれば、本陣にいるはずのシュネシスやアルテアが生きている可能性も低いだろう。


 先ほどの激情は、そんなやるせなさが浮遊要塞を眼にしたことによって噴出した結果であったのだ。




「私は知っていたのだ……、だが、それを言うわけにも。その結果がこれだ。不義の報いは」


「落ち着いて。大丈夫だから」




 ほどなく、フィリスやミュウとともにアイアースの前へと進み出で、膝を折る少女の姿がアイアースの目に映る。



「貴方は、たしか」


「……帝政リヴィエト・マノロヴァ王朝、第3皇女、タチアーナ。パルティノン四皇子殿下、こたびのことは……」


「待ってくれ。それより、兄上は?」


「重傷を負っている。何卒……」



 眼前にて力なくそう呟くだけのターニャ。


 以前、ミーノスに連れられているのを見かけて時はずいぶんと気の強い少女だと思っていたのだが、今は生気を失い、憔悴しきっている。



 これ以上、彼女に何かを語らせるのは難しかった。



「ミュウ。どうなんだ?」


「血は止まっているわ。後は、殿下次第よ。ただね……」


「どうした?」


「これを見て」



 そして、アイアースは傍らに立つミュウに対し向き直る。


 治療はフェルミナをはじめとする治癒法術を扱える者達が全力で当たっているが、状況は芳しくない様子。


 そして、ミュウは一度何かを言い淀んだ後、手の平に小さな球体を転がす。



「なんだそりゃ? 弾か?」


「そう。弾よ」


「だからなんの弾だよ?」


「西方で研究が進んでいる武器ね。私は現物を見たことがないけど、殿下は知っているの?」


「詳しくはないがな」


「……そら恐ろしいことね。それで、これがミーノス殿下の身体中に残っていた。キーリアじゃなかったら即死モノよ。重要な腱とか神経も容赦無く撃ち抜かれているし」


「なるほど…………。タチアーナ皇女。これが、貴方が知っていたというモノのことか?」




 ミュウの言に、アイアースは記憶の片隅に残っているある武器のことを思い浮かべる。


 ターニャは何も答えずに目を伏せているが、その様はそれが事実であることを肯定している。


 法術が発展しているこの世界にそれが存在していることは驚きであったが、使用方法次第では誰にでも使役が可能な武器。



 やがてはすべての得物に成り代わるそれである。


 表面上は冷静を装っているアイアースであったのだが、それの存在を考えると恐ろしさを禁じ得ない。




「兄上の敗北も、これが原因か?」


「違う。これでやられたのは、二太子や飛空兵、そして……」


「そして?」



 アイアースはターニャの表情が苦悶に沈んでいく様を見つめつつも話を続けさせる。


 シュネシス等の敗北には関係していないようだが、彼女の言にはまだ続きがある様子だった。


 だが、アイアースはさらに彼女を追い詰めたことを後悔することになる。



「パルティノンの女帝陛下とその直属兵達だ」


「っ!? なぜそれを?」


「先ほども言ったとおりだ。私は知っていた。御姉様が、皇女様に対して策を授けているのをな」



 途端に、アイアースは全身が冷たくなっていくことを自覚する。


 この女は知っていた。シヴィラが、フェスティアの不意を狙っていることを。そして、それは何者かの策謀の結果があると言うことを。



「ちょっとまって、皇女様って……話が見えないわよ」


「待てミュウ。順を追って聞くとしよう」


「殿下? ――っ!?」



 そして、沈黙するアイアースに変わってミュウがターニャに対して口を開くが、アイアースは自分でも自覚できるほど声の調子を落としながら口を開く。


 それに対して顔を向けてきたフィリスが、思わず目を見開くほど、アイアースの表情は凍りついていたのだ。



「して、シヴィラが皇女とはどういうことだ? 今度ばかりは、答えぬことは許さん」


「シヴィラ……は、大帝ツァーベルと皇后の間に出来た娘。そして、彼女は、母親の死とともに大帝によってこのパルティノンへと送り込まれた。将来の侵攻先への楔としてな」


「お前達との関係は?」


「義理の姉妹と言うべきか。私は、先代皇帝ニコラス・マノロフと皇后の子。ツァーベルは、父を殺して帝位と母様を奪い取った男……」



 アイアースの凍り付かんとする視線に一瞬身じろぎしたターニャであったが、すでに覚悟を決めているのか、ゆっくりと眼を閉ざし、静かに口を開く。


 リヴィエト大帝ツァーベルは、元々は一士官でしかなかったという。


 そして、彼女達の母親である皇后もまた。だが、お互いに戦の才を先日の戦いでアイアースに討ち取られたアレクシス・スヴォロフに見出され、身よりの無かった母親はスヴォロフの養女となったという。


 やがて、美しく成長した皇后は皇帝に見初められて宮廷に入るも、その時点でツァーベルとは互いに恋心を抱いていたという。


 だが、4人の女児に恵まれたが、待望の男児は得られず、落胆した皇帝は次第に皇后を遠ざけ、ついには宮廷より追放。


 皇帝の不興を買っていた、スヴォロフやツァーベルもまた追放されており、皇后の追放はツァーベルに反乱を決意させる契機にもなった。


 ターニャもまた、母親とともにツァーベルに同行していたが、母親と懇ろになる男に好印象を抱く事も出来ず、反乱に勝利し玉座を奪い取ったツァーベルに懐くこともなかったという。


 なんとも複雑な関係が刻まれるリヴィエト帝室であったのだが、その内情にはさほど興味のないアイアース。


 しかし、ここに来て、シヴィラの正体を知るところになったのは、ある意味で大きな収穫であったのかも知れない。


 すでに興味を失いかけていたとはいえ、乱を起こし、多くの人間の命を奪った巫女や教団は、結局の所はリヴィエトの走狗でしかなく、討ち果たすには十分な理由になる。


 操られている信徒兵達も、自分達の信じる巫女が、敵国の間者でしかなかったことを知れば、自然と離れていくことは明白であるのだ。



 そして、自身の出自について語るターニャもまた、口惜しそうに唇を嚼んでいる。



「それで、貴方の姉とは?」


「…………ヴェルサリア・ニコラヴィナ・ヴァシレフスカヤ。それが御姉様の名前であり、今では帝政リヴィエト軍の総参謀長の地位にある。私や、アンジェラ姉様が今の地位にあるのも、一重に」


「その、ヴェルサリアという女が、姉上の殺害を謀ったのだな?」


「……結論だけを言えば、その通りだ。ツァーベルは、正面からの決戦を望んでいたが、姉様は敗北の可能性を見出していた。それ故に……」



 さらに問い掛けを続けるアイアースは、自身の体内から込み上げてくる炎を何とか押さえつつ、さらに話を促す。



「それは、父親の仇を討ちたいがためか?」


「違うだろう。正直なところ、父の記憶はほとんどない。残念ながら、私達は二人の父親に捨てられたようなものなのだ。だが、姉様は」


「仇である男にすがりついているのか」


「気色悪いことだとは思う。だが、姉様は母様によく似ていらっしゃる。そして、シヴィラもまた」



 表情が苦悶へと変わるターニャ。


 彼女自身、姉の行動の意図が分からず、困惑しているのであろう。そして、大帝ツァーベルが、ヴェルサリアとシヴィラに向ける感情もまた、複雑に絡み合っているようにアイアースには思えた。




「そうか。それで、事情はどうであれ、リヴィエトの皇女である貴方が、なぜ兄上のを救った? 兄上が死ねば貴方は解放される。絶好の機会であったのでは?」


「分からぬのだ」


「分からない?」


「彼とは、戦を前にして出会った。私が失態を演じた先でな。思えば、あの場で討たれていたとしても不思議ではなかった。だが、それを見逃し、私を捕らえたのも、戦場にて勝利し、あくまで勝者として振る舞ったのだ……。情報を流す気はなかったのだが」



 俯きながらそう答えるターニャ。


 彼女が抱く感情に、アイアースをはじめとする者達はなんとなくだが気付いていたが、それと同時にミーノスの狡猾さにも敬服する。



 結果として、彼女は重要な情報を口にしている。



 新兵器の存在もそうであるが、リヴィエト内部の複雑な内情もそう。個人の感情がどうかは知らなかったが、このあたりまでを見越しての判断は冷徹に行ったのであろう。



「それで、肝心のことだが、兄上は……そして、両軍の激突はどういう事になったのだ? 何故に兄上は敗れた?」


「私が見てきた範囲でよければ……」



 そして、ターニャに対する問いかけは続いていく。


 両軍の最後の激突とも言うべき戦の趨勢を、アイアースは知らぬわけにはいかなかったのだ。

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