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第4話 二つの種族

昨日は投稿できずに申し訳ありませんでした。

 どれほどの時間をそうしていたであろうか?


 暗がりをぼんやりと長めながら、石造りの床に身を投げ出したアイアース。だが、いくら嘆いたところで、フェスティアが彼に元に返ってくる事は無い。


 そんなことを考える自分は、ひどく酷薄な人間なのであろうかと思いながらも、ゆっくりと身を起こす。


 周囲には相変わらずの暗がりとぼんやりとした赤い光りがあったが、それらを見つめていても、先ほどのようにシヴィラの達の姿が浮かんでくることはない。


 そして、シヴィラの姿を思い浮かべたとことで、彼女に対する怒りが沸騰することもなかった。




「あんな女。もう、どうでもいい」




 思わずそんな言葉が口をつく。


 彼女が何を思って自分を憎み、自分の大切な者を奪い去っていくのかは分からない。だが、もはや怒りを抱く気すら起きず、その価値があるとも思えなかった。


 目の前に現れれば、無言で首を刎ねてそれで終わりにする。それだけの女でしかないとアイアースは思う。




「ん?」




 床に転がる二人の剣を拾ったアイアースは、胸元からこぼれ落ちるように飛び出し、虚空にて揺れている何かに気付く。


 手にしたそれは、フェスティアより託された印綬であった。



「そうだな。俺にはまだ為すことがある……」



 そう呟くと、アイアースは印綬を握りしめ、上へと続く階段をゆっくりと上がっていった。



「気は済んだ?」



 広間へと出ると、最初に耳に届いたのはヒュプノイア声。


 その目は普段と変わらぬ優しさを含んでおり、先ほどまでの魔后としての威厳に満ちた姿はすでに無い。


 フェスティアの死をアイアースの告げるという大業を為さねばならなかったのである。そこに、優しさを見出す余裕は彼女にもなかったのであろう。


 フェルミナやフィリスもまた、アイアースの姿に安堵している。




「ええ。もう、大丈夫です」


「それで、どうするつもり?」


「兄上の元へ。姉上から託された責務。果たさねばなりません」




 それに頷きながら応えたアイアースは、胸元より首から下げた印綬を取り出す。


 それを見て取ったヒュプノイアはゆっくりと頷き、傍らに立っているオイレと飛天魔の王へと視線を向けた。




「アイアースよ。そなたは、それを持つ意味を理解しているか?」


「はい」




 ヒュプノイアの視線を受けたオイレが、ゆっくりとアイアースの前へと進み出ると、印綬に視線を向けて静かに口を開く。


 その威厳に満ちた口調は、自身の孫に託された責務の重さを彼なりに案じていることがよく分かる。




「なれば、それを理由に処断される可能性があるとしても。シュネシス皇子の元へと赴くか?」


「はい。私が死したとしても、兄上がその正当性を証明すれば、パルティノンの存続はなる。もし、処断されるとなれば、刻印とともにかの浮遊要塞にでも特攻いたしますよ」


「特攻? まあ、よい。それだけの覚悟があるのならば……な」




 オイレの問いに、淀みなくそう応えるアイアース。


 処断などあり得ないという思いはあるが、何が人を変えるかは分からない。


 ただ、シュネシスが自分の存在を不要と判断し、処断するとなれば甘んじて受け入れるつもりだった。


 禁忌であることを知りつつも、フェスティアから印綬を受け取ったことは事実であり、相応の罰を受ける理由にはなる。




「こちらへ来てくれ」




 そんなアイアースに対し、オイレは外へ出るように促す。


 先頃、アイアースの手によって破壊され、周囲に瓦礫が散乱する神殿であったが、ヒュプノイアに連れられてここにやってきたアイアースは、外の様子を知り得なかった。


 はじめこそ、神殿地下と同様に闇と赤い光りに包まれていたのだが、今は西日が柔らかに降り注ぎはじめている。


 そんな日差し差し込む神殿前広場に視線を向けたアイアースの目に映ったモノ。



 それは、アイアースに向かって膝を折り、頭を垂れる数多のティグと光りの飛天魔達の姿であった。




「こ、これは…………」


「ティグと飛天魔の精鋭二〇〇〇。此度の戦に際し伴いくだされ。殿下」




 目の前の光景に目を見開いているアイアースに対し、オイレが静かに膝を折り、頭を垂れながらそう口を開く。



「この大地にあって、大義は常に我々の下にある。此度の戦、必ず勝利していただきたい」




 飛天魔の王もまた、オイレに倣うとそれまでの矢や高圧的な態度は影を潜め、常に大義を胸に戦いを続けてきた光りの飛天魔としての姿となってアイアースにそう告げる。



「姉上は、はじめからこのことを?」


「いや、我々とて、皇帝陛下からの助勢要請は受けていた。だが、我々の忠誠は、真にパルティノン帝室とパルティノンの大地に向けられている。内乱や後継者争い。そして、脆弱なる侵略如きで腰を上げるわけにはいかぬのだ」


「だが、此度の件で、リヴィエトと教団が真に誅すべき敵種であることは自明。殿下にとっては腹立たしいことかも知れませぬが」



 そう言った二人の言に、アイアースはやや腹立たしさを覚えずにはいられなかった。


 パルティノン帝室の権威が貶められ、多くの人間達が失われていく中でも、彼らは腰を上げることはなかった。


 帝国の内乱に関しては、帝室の自業自得な面もあったが、教団の暴虐やリヴィエトの侵略に際して、彼らの存在があれば戦況そのものは大きく変わっていたかも知れず、間違いなくフェスティアの死など無かったのだ。



 だが、数多の戦にあって、勝利や大義の象徴であった二つの一族。



 その存在は、パルティノン帝室と並んで神聖なモノになりつつもあるが、逆に言えば彼らを味方につけさえすれば、常に大義を得る事にもなる。


 たとえ、それが不当なる手段であっても、内情を知らぬ民の目にはそう映る。そして、次に待っているのは、敵対陣営からの攻撃。


 敵に無条件で大義を与える種族など、極めて危険極まりなく、すべての勝者がパルティノンのような寛容さを見せるとは限らないのだ。


 そして、彼らの決断は、ある一つの事実をアイアースに突き付けてもいた。


 パルティノン滅亡の可能性。そして、両種族はそれに殉ずる覚悟を決めたという事実を。




「分かりました。両陛下。必ずや、勝利して見せます。その時まで、我々に力をお貸しください」




 そして、アイアースに出来ることは、その覚悟を受け止め、それに答えることだけであった。




「皇子殿下。お初お目にかかりまする。私は、オイレが三子、リゼリアード。今回の出撃に際し、我リゼリアード以下、ティグの戦士一二〇〇。殿下の麾下に入ります」


「同じく、フィラノイルが四子、ヒュロム以下、光りの飛天魔八〇〇。四太子殿下の麾下に入りまする」



 両者に対してそう応えたアイアースにティグと飛天魔の先頭に並んでいる二人の若者が口を開く。



 リゼリアードと名乗ったティグ族の青年は、長身のアイアースより頭一つ分ほど大きく、アイアースはオイレ以上に屈強な体つきをしており、戦によるモノか鍛錬によるモノか、戦装よりのぞく肉体のあちこちに鋭い傷が刻まれていた。


 そして、その容姿は、決して消えること無きある人物の容姿に酷似しており、当然アイアースともよく似ている。


 ヒュロムはリゼリアードとは対照的に、やや華奢ともいえる体躯であり、線の細い外見に白色の翼がよく映えている。


 非常に中性的な外見であったが、低く落ち着いた声が、冷静な性格をよく表している。




「よろしくお願いいたします。叔父上……で、よろしいのですね」


「はいっ!! 殿下」




 そんな、アイアースの言に、力強く答えるリゼリアード。その言動から、礼節を重んじる人物であることがよく分かった。



「ヒュロム殿は、フェルミナの……」


「はっ……。妹が、大変お世話になりました」


「いえ、それは……」




 ついで、アイアースはリゼリアードの傍らに立つヒュロムに対して口を開く。


 彼の静かな言は、先頃、、飛天魔の王であるフィラノイルからも同様のことを言われたアイアースにさらなる後ろめたさを感じるが、今回は背後から彼の妹であるフェルミナが進み出で、久方ぶりの再会となった兄に対して頭を垂れる。




「お兄様。ご心配をおかけいたしました……。でも、シャルは」


「聞いている。あいつはあいつなりに務めを果たしてくれた」




 フェルミナが目を潤ませつつ口にした女性、シャルミシタはリヴィエト軍との戦いで彼女を守り、果てている。


 あえて彼女の名を出したと言うことは、ヒュロムとシャルミシタの関係をアイアースは察したが、それはどちらかと言えば、罪悪感を助長するだけであった。


 だが、アイアースにとって、これから予想される厳しい戦いにあっては、これ以上にないほどの援軍であった。



◇◆◇



「それじゃあ、行きなさい。私達に出来ることはこれまで、帝国の未来は、自分達の手で勝ち取るのよ」


「はい。お祖母様、本当にありがとうございました」




 ほどなく、ティグと飛天魔の精鋭達と言葉を交わし終えたアイアースは、フェルミナ、フィリス、ミュウを伴い、出立の準備を整える。


 ヒュプノイアが用意した転移方陣に乗り、来るべき戦の地へと赴くのだ。


 そして、短く言葉を交わした二人は、眩い光とともに別離を余儀なくされる。


 アイアースと、彼の麾下に従う者達の姿が消えると、ヒュプノイアはその永遠に衰える事なき美貌に、悲しみの色をたたえはじめる。




「行きましたな」


「ええ……」


「必ずや、吉報がもたらされるでしょう」


「そうかも知れないわ。でも…………、過酷な試練に誘い、多くの人間の運命を背負わせ、あげく幸福とは言えない人生を…………。これで、何度目なのかしらね」


「陛下……」




 その光景を見守っていたオイレは、ヒュプノイアに対し、静かにそう口を開く。


 そんな彼の問い掛けに対し、ヒュプノイアは静かにそう答えたが、ほどなく感情を抑えきれずに顔を押さえ、その場にて膝を折る。




「分かっているわ。これは、私が選んだ道……でもね」


「魔后陛下。そう、自分を責められるな」


「あの子の目を見ていれば分かりまする……。ほんの僅かなときであれ、アイアースは、そしてリアネイアは幸せであったのだろうと……。そして、あなた様を責めることができる人間は誰もいないと言うことも」




 そんなヒュプノイアに対し、オイレとフィラノイルが静かに口を開く。


 長き時を生き、多くの人間を導いてきた魔后。


 それまで、決してこのような弱さを見せたことのない彼女であったが、自身の血を受け継ぐ者達に襲いかかる相次ぐ不幸には、いかに永遠の時を生きる者であっても心を消耗させるのだった。


 そんな彼女を、血と伝統を受け継ぎながら支え続けた二つの種族は、再び一つと成って戦いに挑もうとしていた。


 


◇◆◇◆◇


 

 眼前の小村を背後に白き軍装に身を包んだ人間達が、縦横無尽に駆け回り、兵士達を屠っていく。


 敵の裏をかいた奇襲になるはずであったのだが、この取るに足らない小村に数名のキーリアを含む精鋭が隠されているとは夢にも追わず、兵達の動揺も収まる様子は無かった。




「何をやっている。敵のキーリアとの近接戦闘など、死体の山を築くだけだ。距離ととって包囲し、法科部隊の罠に誘い込めっ!!」




 アンジェラは眼前にて一方的な被害を被る部隊を歯ぎしりとともに見つめると、配下の騎兵達にそんな指示を飛ばす。


 ほどなく、恐慌状態から回復したリヴィエト軍は、キーリア達から距離取り弓や投擲といった遠距離攻撃を敵キーリア達にぶつけはじめ、それを見て取ったキーリア達もそれまでの奔放な動きを改めはじめる。


 そうしてようやく自軍の被害が落ち着きはじめたのだが、アンジェラの指示の後半は空振りに終わった。


 法科部隊が用いた法術の大半は、見事にキーリア達を捉えることに成功したのだが、彼らの生命を奪うまでには至らなかったのだ。




「参謀っ、敵は村内にまで後退いたしました」


「こちらの被害は?」


「戦死者は五〇〇余。負傷者は二〇〇〇を越えております」


「高すぎる授業料だったな。油断していたとはいえ……」




 戻って来た騎兵からの報告にアンジェラは思わず唇を嚼む。


 この騎兵はスヴォロフ麾下の頃からの付き合いで、彼女をかわらずに参謀と呼んでいる。


 彼らの中で、敬愛する上司は死んではいないのだ。



「これ以上の損害はまずいな……」



 落ち着きを見せ始めた戦場を一瞥し、そう口を開くアンジェラ。


 こちらの全軍はおよそ一万。


 守備隊のほとんどが残されていないとはいえ、セラス湖沿岸都市群を急襲するには心許ない。


 だが、敵の目をこちらに向けさせるには十分な数。




 パルティノン本隊には劣るとしても、各都市に残された守備隊に遅れを取るような弱兵でもなく、パルティノン側にも無視できない数であるのだ。


 だが、作戦の序盤でキーリアに噛みつかれるというのはアンジェラにとっても予想外であった。




「一部を貼り付け、我々は前進いたしますか?」


「馬鹿を言え。正面でも敵わぬと言うのに、背を見せる気か? 背後から追撃を受けたら文字通りの全滅だぞ」


「しかし、このままでは」


「最終目的を果たせぬことは悔しいが、我々の役目はすでに成っている。なれば、かのキーリア達を押さえ込んでおけばいい」


「……よろしいのですか?」


「我々の目的は、勝利。違うか?」




 騎兵の言に首を振ったアンジェラは、落ち着きを見せ始めた戦場を一瞥し、そう口を開く。


 今回の彼らの行動は半ば独断と言える範囲の作戦行動であったが、パルティノンの女帝が死んだ以上、生き残りのパルティノン軍本隊を撃破すればことは成る。


 アンジェラ自身、スヴォロフが企画した戦略の実現を望んでいたが、それを為さずともに勝利は見え始めているのだ。




「親衛隊の連中に花を持たせるのは少々口惜しいですがね」


「言うな。本隊の壊滅は言い訳できん。それでも、我々が生かされている以上、為すべきことを為さねばな。――――むっ!?」



 そんなとき、アンジェラは眼前の草原が、揺れ動いた様な気がした。




「いかがなされました?」

「…………気のせいか?」




 アンジェラの視線を受け、騎兵や周囲の兵達が、彼女と同じように草原へと視線を向ける。


 はじめこそ、風に草木が揺れ、柔らかな陽光に照らされる緑野の美しさにつかの間目を見張った彼ら。



 しかし、そんな彼らの余裕も、すぐに消え去ることになる。





 思いがけない軍勢が、原野に出現したのはその刹那であった。

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