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激闘編 最終話 夢幻の如く……②

遅くなってしまって申し訳ありません。

 逃げ場を無くした炎がうなりを上げていた。


 結界の内部にあって、天幕や草花を飲み込み成長し続ける炎。それは、戦場に倒れた者達を焼き、戦い続ける者達をさらなる境地へと誘う。


 暗がりの中から燃えさかる炎を見つめていると、不思議とその力に魅入られていくのだ。



「っ!!」



 その最中、馬腹を蹴り手綱を振るうと、炎の熱さと宵の涼けさが入り混じった風が全身へと吹きつける。


 そうして、耳に届いていた歓声や剣戟は次第に遠退き、目の前にて戦う敵兵達の姿だけが目に映っていく。



 刹那。



 自分の姿に気付いた敵のキーリアが、妖艶な笑みとともに口を開き、こちらへと躍りかかってくる。


 声は聞こえぬが、周囲の騎兵達が色めきだつことは気配で分かる。


 そんな者達を、手で制すると、さらに速度を上げて眼前のキーリアへと向かっていく。



 グネヴィア・ロサン。


 長く教団において№1の地位にあった最強の女。


 流血を好み、他者や自分自身を切り刻むことに快感を覚える狂者であり、まさに戦うために生まれてきたような女。


 長らくこの大地に生き続ける人ならざる者でもあり、彼女の手にかかった者は数知れず。例え勝利を得たとしても、死が訪れることなく再び挑みかかってくるその姿は、さながら伝説上の悪鬼の類と言えよう。



 現にに今もまた、自分に視線を向けつつ、狂気のこもった笑みを浮かべているのだ。



「ふっ!!」



 そうして、再び聞こえはじめる喧噪。静かに振り下ろされた双剣が、グネヴィアを十字に斬り裂く。


 しかし、その剣撃はグネヴィアには届かなかったようで、彼女は再び笑みを浮かべはじめる。




「うふふふふっ。陛下、剣先は鋭いですが、なんで傷を治してしまわれたのですか? 貴方の血は、他の者と比べて格別なもの。さあ、再び私…………あら?」




 しかし、そんな狂気の笑いもつかの間、グネヴィアはゆっくりと乗馬から崩れ落ちていく。



 そんな滑稽な様を横目に、さらに馬を進める。




「えっ!? これって、ちょ、う、動けないっ?? なんで、え、ま、まさかっ!?」




 グネヴィアの困惑した声が耳に届くが、そんなことを気にしている状況ではない。



 炎に包まれる原野の先。



 ちょうど結界と外界の狭間にてこちらを一瞥する一団。




 その中央にたたずむ女の姿に、全身から怒りが込み上げてくる事を自覚する。




「陛下っ!!」



 そんなとき、後に従う近衛兵達が声を上げる。


 視線を向けると、自分の姿を認識した信徒兵達が、一斉にこちらへと向かって来る様が見て取れる。


 それまで、麾下のパルティノン兵へと襲いかかっていた数万の信徒兵達。そのすべてが自分に向かって来るかのように思えた。



「各自、持てる力を出し尽くせ。私がシヴィラを討つその時まででよい」


「はっ!! ですが、陛下」


「なんだ?」


「我々が殲滅をしてしまってもよろしいのでしょう?」


「ふっ、そうだな。やってしまえ」


「はっ!!」





 近衛兵達に振り返り、そう口を開くと返ってきたのはなんとも頼もしい返答。


 思えば、件の近衛兵は、スラエヴォにて教団側の暴虐に遭っているという。それだけに、信徒兵に対する憎悪は深い。




「っ!!」




 一瞬の笑みを浮かべ、近衛兵に対してそう答えると再び馬原を蹴る。


 一度手綱を振るい、馬に合図を送ると腿で鐙ごと腹を締め付ける。こうしておけば両の手に剣を持っても落ちることはなく、お互いに意志を伝えやすい。


 騎乗中の戦いにあっては、馬もともに戦うのである。意志の通じ合いがすべてと言っても過言ではない。



 そして、再びの風。



 躍りかかってきた信徒兵を切り伏せ、闇の中から浮かび上がってきた黒の者達も両断していく。


 吹き上がった鮮血を浴び、断末魔を尻目に馬を駆る。



 信徒兵。



 敵わぬと見て、堅陣を組んでシヴィラまでの道筋を阻んでいる。



「邪魔だ」



 再びの憤怒。それまで、シヴィラだけを標的にしていたつもりだったが、あくまでも自分に害を為そうとする者達に、罰を与えたくなっていた。


 そう思うと、突き出された槍の穂先を斬り伏せると、躊躇無く信徒の中へと飛び込む。


 一騎に駆け抜け、そのまま首を弾き飛ばし続けると、一騎に馬を反転させ、再び信徒兵を断ち割るように駆け抜ける。



 今度はそのまま大きく弧を描くと斜め方向に信徒兵達の中へと突入し、それを幾度となく繰り返す。


 次第に圧力は弱まり、何かに囚われるようにこちらを見つめていた信徒兵の目も、次第に恐怖に染まっていく。



 そうなってしまえば、後は一方的な蹂躙であった。



 一人に対して数千が逃げ惑う様が目に映る。


 疾駆し、その背を斬り裂き、その首を虚空へと跳ばし、肉体を跳ね上げる、正面から向き合えば、脳天から一騎に両断する。



 そうして積み上がった数千の死体。



 それを馬にて蹂躙しつつシヴィラを睨むと、再び何かを起こそうと詠唱を開始している。




「好きなだけやるがいいさ。貴様の首が飛ぶという結末は変わらぬ」



 思わずそう呟く。


 再びの黒き者。今度は全方位から一斉に飛び掛かってきている。


 そうして、時間差をつけた攻撃。嫌らしいことに、こちらが逃れるべき方向に時をおいて待ち構えている。


 時間にすればほんの数瞬であろうが、敵にとっては必殺の隊形なのであろう。


 先頭の数人を斬り伏せ、僅かに身を捩って白刃を交わすと続けざまに三人を斬り捨てる。身体のいくつかの箇所に傷がつき、一瞬視界がぼやけかけるが、それを気にすることなく残りの者達を斬り捨てる。


 毒を受けたとはいえ身体はまだ動く。そして、動くならばまだまだ戦えると言うことだった。




「うおおおおおおっっ!!」




 そう思った刹那、交戦の続く周囲の輪から数騎のキーリアがこちらへと向かってくる。



「相手にはちょうどいい」




 先ほどの黒の者達よりも分かりやすい攻撃が主のキーリア。こちらもとしても、戦いやすさは段違いである。



「ふっ!!」



 先頭に立つキーリアの剣を双剣で断つと、勢いそのままに両の腕を斬り裂き、胴を連続で切り刻む。


 ほどなく、内腑が外へと飛び出してきたことを見やると、跳躍して頭上より躍りかかってくるキーリア。


 得物を弾き跳ばすと、落ちてくる勢いそのままに剣を突き立て、串刺しになったそれを背後よりかかってくるキーリアへと投げつける。


 落馬した両者に対し、竿立ちになった軍馬がその両の足を落下させると、潰れた石榴がふたつ出来上がる。



 しかし、こちらも無事ではない。



 背や肩口の装備が斬られ、露わになった肉体に傷がつけられている。腱には達してないであろうが、それでも動きに制限が出ることには相違ない。




「陛下っ!!」



 そんな時、再び駆け寄ってくる近衛兵達。

 こちらが遊んでいる間に、担当する信徒兵の掃討を本当に終えてしまったようでこちらに駆け寄ってくる。

 そんな頼もしい姿に思わず口元がほころぶと無言で頷き、再び眼前の者達を睨み付ける。



 シヴィラ。



 パルティノンに仇を為し続けた“天の巫女”。



 だが、その仇も今日この場で終わる。このまま、この女を生かしておくつもりは微塵もなかった。


 再び馬腹を蹴り、シヴィラを睨み付けるが、周囲の側近達が身体を震えさせるだけで、シヴィラ自身はこちらに見向きもしない。





「それならばそれでよい。そのまま、首を跳ねてやろう」




 自身の声が、自分の物ではないような錯覚を受ける。それほどまでに、残酷な真情に支配され、目の前の敵種を討つことのみに全身全霊を向けている。



 疾駆を続け、徐々に大きくなってくるシヴィラの姿。



 不意にその姿が、いくつもの人間のそれに変わっていく。

 



 あの日、運命の悪戯によって出会うことになった自身の分身とも言うべき女性の勇姿。その時より、困難に直面するごとに、常に側にあり、時には危険な任務にも身を捧げてきた。


 次いで、白き軍装に身を包んだキーリア達やともに戦場を駆ける数多の戦友達。



 常に死が横たわる戦場にあっても、ともに戦場を駆け巡ることを喜びとした日々。決して幸せとは言えない日々であっても、それは満ち足りたものであった。




 そして、浮かび上がる一人の青年。


 幼き頃の姿から、たくましい青年へと成長したその姿が浮かび上がる。僅かな時をともにしただけであったが、その声や立ち振る舞いは今でも脳裏に残っている。


 思えば、自分がもっとも笑みを浮かべることが出来たのは、彼とともにあったほんの僅かなときであったのかも知れない。



 その他にも、これまで過ごして来た日々が次々に脳裏に浮かんでくる。


 それが何を意味するのかは分からなかったが、疾駆を続ける内にシヴィラの姿ははっきりと視認できる距離にまで来ていた。


 戦線を突破した多くの近衛兵達もまた、自身の背後に従っている。元々、信徒兵など相手ではない。


 数を頼みにしたところで、シヴィラを討てばすべては終わる。それまで、多くの強者を屠ってきた巫女であれど、人たる身に終わりは必ずやってくるのだ。




「シヴィラっ!!」




 疾駆を続け、はっきりをその姿が目に映ると、憤怒をこめて操叫び、双剣を握る両の腕に力がこもる。


 それを振り上げ、腹の底から声を上げてさらに速度を上げていく。


 さらに大きくなるシヴィラの姿。不意に、その人形のような表情に、不敵な笑みが浮かび上がる。



 刹那。



 眩い光が眼前に灯りはじめたと思ったとき、数条の光の束が自身に向かって伸びてきていた。



◇◆◇◆◇



 炸裂音が耳に届いている。


 先ほどまで眼線に迫っていた騎兵達は、不意に現れたこちらの攻撃に、なすすべ無く倒れ、その身から血を吹き上げて、大地に崩れ落ちていく。


 そしてそれは、眼前に迫っていた騎兵達のみならず、それらの後方にて交戦を続ける者達の元へと届いている。



 一瞬の静寂。



 それを破ったのは、一人の少女の言であった。




「ふう、予想はしていたけど、すごいものね」




 そんな言葉を口にする少女、シヴィラの言に、イースレイは無言で頷く以外に無かった。


 先ほどまでこちらを圧倒し、キーリアや信徒兵と次々に屠っていた女帝フェスティアと直卒の近衛軍。


 その大半が、今自分の目の前で倒れ伏し、大地を血に染めているのだ。


 光りとともに現れ、それをなした信徒兵の多くも、自分の目が信じられないのか、呆然と原野を見つめている。




「決着は、着きましたね」


「ふう、一時はどうなるかと思ったがな。これで、あの女の首を……」




 ロジェスとジェストがその光景に息を吐き、そう口を開く。しかし、彼らのそんな言葉を、静かな声が制する。



「待って。……まだ終わっていないわ」



 敵軍の倒れ伏す原野を一瞥するシヴィラ。そう、まだ終わってはいないのである。


 シヴィラの言に頷いたイースレイもまた、眼前にてゆっくりとその身を起こす人物へと視線を向けていた。



◇◆◇◆◇



 身を起こそうとしても、全身に激痛が走り、身体が言うことを聞いてくれなかった。



 何が起こったのか分からぬまま、周囲に視線を向ける。


 そして、目に映ったのは惨劇でしかなかった。


 全身から血を流し、大地を赤く染める近衛兵達。そのすべてが、身じろぎ一つせずに、人馬もろとも折り重なるように倒れ、こちらの動きを阻むべく襲いかかってきたキーリアや信徒兵、加えて黒の者の姿もそこにはあった。



 敵味方関係のない殺戮劇。



 どういう手管かは知らぬが、シヴィラはこの結末を知り、自身をここに誘ったのであろう。


 全身から吹き出す血の流れを感じながら、そう思うしかなかった。




「ぐうっ!!」




 身体を動かそうとすると、全身に走る激痛。それでも、前に進む以外に道はない。


 さらに、歩みを進めるが、おかしなことに敵からの攻撃はなく、ひたすらに原野をシヴィラに向かって歩み続けるだけであった。


 不意に視界が歪み、吐いた息がほとんど吸えなくなる。一瞬、立ち止まり、全身に力を入れると、視界が定まり、息が飛び込んでくる。



 身体に何が起こっているのか?



 そんなことを思いかえしたとき、先ほどまで全身に走っていた激痛が消えていることに気付く。




 身体が動くにも関わらず、痛みは無いのだ。




 自分はまだまだ戦える。そんなことを考えたが、周囲から自分に向かって来る者はない。




「どうしたっ!? 私はまだ、生きているぞっ!! かかってくる者はいないのかっ!?」




 不意に、苛立ちを覚えると、そう叫ぶ。すると、待っていたかのように口から血が噴き出した。だが、はっきりとそう叫ぶことは出来た。


 死ぬはずはない。一瞬、全身から力が抜け、思わず膝をつくが、これが死であるとは思ってもいなかった。


 そんなことを思いつつも、いまだに自分に向かって来る者はない。


 眼前では、シヴィラを中心に信徒兵や教団の幹部達が得物を手に、息を飲んでこちらを一瞥しているのだ。




(――腰抜けどもがっ)




 その様子に、そんな思いが脳裏に浮かぶ。


 不意打ちでなければ自分達と対峙することも出来ない腰抜けども。思えば、ヤツ等はいつでもそうであった。


 そんなとき、一人の男がゆっくりと自分の前へと進み出てくる。


 腰まで伸びた白色の髪が、闇夜にあっても白く輝いている。周囲の炎も、ここまでは届いていないのだ。




「……陛下」


「イースレイか。ふふ、貴様との約束、果たせそうもないな」




 約束? ふと、そんな思いが胸を突くが、なぜかイースレイの姿を見た途端に口を開いていた。




「…………陛下、介錯。仕ります」


「不要だ。そこをどけ」


「それは、出来ませぬ」


「そうか――む? 陛下……だと? ……私が?」


「何を? あなた様は、神聖パルティノン帝国において、至尊の冠を戴くただ一人のお人。神聖パルティノン皇帝その人でありましょう」


「そうか、私は皇帝か……」





 眼前に立つイースレイの言葉が耳に届くと、不意に自分を“陛下”と読んだことに疑問がよぎる。


 いったい自分はなんなのであろうか? 皇帝なのか? それとも、一介の戦士でしかないのか?


 皇帝の称号は、いまこの大地にあってフェスティア・ラトル・パルティヌスその人のみが名乗ることの出来る称号。



 つまり、自分はフェスティアであろうのだろうか?




「私は…………フェスティア、なのか?」


「…………」




 静かにそう呟くが、イースレイは何も口にすることなく沈黙している。問い掛けたわけではないのだから当然だった。



「そうか。私は…………」



 不意に込み上げる過去の記憶。


 暗がりの中にあって、光りと持ったその時、自分は分身と呼べるべき人物の前にいたのだ。


 その人物ととも生きることが、自分の存在意義。


 それを察すると、不意に物寂しい気持ちが湧いてくる。その原因は、脳裏に浮かぶ一人の男の姿であった。




「アイアース……」




 そう呟いた声が、イースレイをはじめとする者達の耳に届いたであろうか? だが、今となってはそれはどうでも良いことだった。




 不意に柔らかい何かに全身が包まれる。瞬時にそれから逃れようと身じろぎするが、僅かに触れたそれは、柔らかく、優しく、非常に心地の良いモノ。


 だが、冷たく、物寂しい気持ちがいっそう引き立てられる。


 気がつくと、眼前にイースレイの姿はなく、赤き光りの揺らめく闇の夜空が目の前にあった。



 揺らめく炎の光りに混じり、星の瞬きが見える。それを考えると、自分は仰向けに倒れているのであろう。


 そう思うと、周囲の音が何も聞こえなくなっている。星の瞬きもぼやけはじめ、炎の光りも闇に包まれはじめる。




「私は死ぬのか?」




 大地の冷たさを感じつつ、そんな言葉が口をつく。


 それを最後に、眼前の闇は眩い光に包まれはじめ、柔らかな光に満ちた先に、見知らぬ光景が広がっていた。




 それは、平和な世界にあって、一人の少女の手を取り、幸せそうな笑みを浮かべる男女の姿だった。


 


◇◆◇◆◇



 原野に立ち上った数多の炎。


 それは、この地に倒れた勇士達の命の光りであり、それは静かに、そして確実に消え去っていく。



 すべてが終わったとき、その地に動くものは何もなかった。





 ただ一つ、闇の中に静かにこだまする赤子の泣き声だけをのぞいて……。

激闘編はここで締めたいと思います。

パルティノンとリヴィエト。そして、パルティノンと教団の戦いはまだまだ続きますが、一つの転機として区切りをつけたいと思います。


登場人物などもいったん整理して、分かりやすいようにしたいと思いますので、そのあたりもお待ちください。




まだ、最終話は一人の人物の胸中に焦点を当てて見ました。

リアネイア、イレーネの時と同様に、この最後は書きたかった展開で、気合いを入れてみました。


出来れば、感想などをいただきたいというのが本音です。拍手の一言でもよければ、是非ともいただきたく思います。よろしくお願いします。

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