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第46話 テルノヴェリの血戦④

遅くなってしまって申し訳ありません。

 激しく両軍がぶつかり合う戦場の直中にあって、その場だけは静寂に包まれているように思えた。



 フェスティアとゼノン。



 パルティノンの女帝とキーリアという関係にあるはずであった両者であるが、今は互いに陣営を変えて対峙している。


 フェスティア自身、ゼノンのことは教団の衛士であること以外に知ることはない。だが、ゼノンの視線から、なんらかの事実を彼が掴んでいるのだと思える。



「久しぶり……だと? 貴様と話すのはこれが初めてだが?」



 周囲を近衛兵達が守りを固めていく中、フェスティアはゼノンを睨み付けながらそう口を開く。


 精鋭揃いの近衛軍であっても、№3のキーリアと対峙すれば犠牲は少なくない。


 自然とフェスティアが直々に相手をせねばならず、そうなれば指揮に支障が出る。



 決着をつけるとすれば一瞬。



 そのためには、周囲からの雑音を消さねばならない。フェスティアの周囲を守る近衛達の役割がそれである。


 フェスティアが今も眼前にて静かな怒りを浮かべる男との戦いに専念できるための。




「ふむ、覚えていないようですな。お幸せなことで」


「わからんヤツだ。貴様如きを覚えているほど暇ではない」




 ゼノンはそう言いながら、長剣を振るうと、風圧によって地面が抉られ、深い溝がこの兵達の眼前にまで走る。


 凄まじい剣圧であり、近衛兵達が思わず息を飲むが、フェスティアの興味をそそるほどのモノではなかった。


 ゼノンの怒りの源には興味があったが、自分をはじめとする帝室のために幸せになる人間もいれば、不幸になる人間もいる。


 当然、大多数。贅沢を言えばすべての人間に幸福をもたらすことが責務ではあったが、神ならざる身である以上、それはどう足掻いても適わぬ事である。


 普段であれば、自身の無能を恥じるフェスティアであったが、敵として対峙する相手に同情を抱くほどの慈愛はさすがに持ち合わせていなかった。



「そうですね。先を見据え、民を導く責務を負うあなた方に、自身が蹴飛ばした石を覚える暇など無い。ですが、蹴った側は忘れていても、蹴られた側は決してそれを忘れることはないのですよ」


「その通りだな。貴様らリヴィエトが、教団が我が民に為した暴虐を……私は決して忘れぬ」



 そうして、なおも挑発してくるゼノンに対し、フェスティアもまた剣を振るってそれに答える。



 自分達が力及ばずに不幸にしてしまった民は数多にある。



 先の自分や家族を襲った悲劇は、積年の不幸が爆発した結果であろうと思う面もフェスティアにはある。


 だが、それを憎んではならないという教えを受けたこともなければ、道理もないのである。


 力及ばずことへの報いはあっても、その過程を無視されるいわれはない。



「…………これ以上話でも無駄なようですな」


「……来い。私が直々に冥府へを送ってやる」



 お互いに話が平行線で終わることなどわかっている。



 ゼノンからしてみれば、フェスティアを僅かでも足止めできればそれでよく、フェスティアからすれば、ゼノンとの戦闘で自身が前線にいることをリヴィエトに見せつけられれば、囮としての役割は果たせる。


 麾下の一部をすでにヴァルターの元に走らせているため、足止めにもなっていないことをゼノンに気付かせていないのだ。


 ゼノンもまた、足止めの成否に興味はなく、こうしてフェスティアと対峙することで役割は果たしてと思っていたが。



 互いに睨み合い、剣を構える両者。


 二人の間に立っていた近衛兵達が、道を作るように両側へと動いていくと、視界が開かれたことを合図に両者ともに馬腹を蹴る。


 兜からこぼれる銀髪を風に靡かせながら疾駆するフェスティアの目に映るゼノンの姿が徐々に大きくなっていく。



(こやつは私を知っているようだが……はて?)



 先ほどの言葉を思いかえし、皇帝とキーリアとしての関係以上に自分のことを知っているように思えるゼノン。



 しかし、その生気を失った目にも、大柄な体躯にも見覚えはない。



 そんなことを考えつつ、馳せ違う両者。



 互いに手に感触を残しつつ、フェスティアは兜を跳ばされ、ゼノンは肩当てを両断される。


 両者ともに相手の首を狙っての剣戟であり、完璧に捕らえたつもりであったが、こちらの意図が敵うような相手ではやはり無かった。


 そんなフェスティアとゼノンは互いに前進し、後方に控えるリヴィエト兵や近衛兵に攻撃を加えて、相手を討てなかった鬱憤を晴らすと、再び反転して騎馬を疾駆させる。



 今度は馳せ違うわけではなく、正面からの激突。



 示し合わせたわけでもないのに、お互いに相手の意図は見抜いていた。


 重い長剣の一撃を、双剣を交差させながら受け止めるフェスティア。


 近距離で歯を食いしばりながら睨み合う両者であったが、よく見ると、ゼノンの頬には、何かに食いちぎられたかのような傷痕が残っている。


 年月は大分経っており、傷自体は薄くなっているが、それでも皮膚の様子が周囲のそれとは異なっている。


 ゼノンはそんなフェスティアの視線に気付くと、つばぜり合いの過程から剣を捻ってフェスティアの双剣を弾くと、がら空きになった彼女の腹部目がけて剣を振り上げる。



「おっとっ!?」



 両腕を跳ね上げられ、僅かにバランスを崩したフェスティア。


 振り上げられたゼノンの剣を目にし、馬の背に寝転がるような形になってそれから逃れると、騎馬も主の苦戦を察してゼノンの騎馬に体当たりをくらわせる。


 思いがけない攻勢に姿勢を崩したゼノンに、フェスティアは身を起こしながら剣を振るってゼノンの胸元を薙ぐ。


 胸甲と剣がぶつかり合い、舞い上がる火花。


 そのまま疾駆し、距離をとって再び対峙しあう両者。



 一撃で互いの胸甲を破壊しあった両者の剣伎に視線を送っていた者達は思わず息を飲む。


 しかし、フェスティアもゼノンも、こうして相手を討ち取れていない事実を歯がゆく思い、互いに相手を睨み付けている。



「ふん、運の良い……。だが……、皇帝陛下ともあろうモノが、ずいぶん無様な格好になりましたな」



 そう言うと、ゼノンはそれまでの紳士然としていた表情に、妙に野卑た笑みをたたえながら、フェスティアへと視線を向ける。


 そんな視線を妙に不快に感じたフェスティアは、視線を降ろすと、そこには中央を両断された胸甲と衣服。



 そして、その隙間から、胸部が露わになり、血が滲んでいる。



 先ほどの剣戟の際に、剣先が肌をかすめた事が原因のようだ。




「ふん。女の胸がそんなにめずらしいか? その程度で心を乱す様でよく№2にまで上れたモノだ」



 衣服を整え、野卑た笑みを浮かべるゼノンを侮蔑するフェスティア。


 それを受け、浮かべた笑みにどす黒い何かを加えながらゼノンはさらに口を開く。




「ほう? あの時よりは成長いたしましたかな? 羞恥心に打ちひしがられるあなたの姿も、なかなか見物でしたが……」


「何?」


「ほほう。やはり、私の事など覚えておられませんでしたか。光栄にも、あなたの純潔を賜った身であるのですがね」


「っ!? ……では、その頬の傷はっ!?」




 そんなゼノンの言に、フェスティアは胸のざわめきとともに、脳裏にある記憶が蘇りはじめる。



 それは、かつての屈辱と……言葉に出来ない感情。



 それを思いかえしたフェスティアは、全身に粟を浮かべはじめ、思わず目元を抑える。


 怒りのためか、屈辱のためか、それともかつて加えられた恥辱のためか、目の前の景色が歪みはじめることを察するフェスティア。



「思い出したようですね。ふふふ、そのようなあなたを見るのも、あの頃以来ですか」


 フェスティアの様子に、近衛兵達が動揺する中、ゼノンの冷酷な声がその場に響き渡っていた。



◇◆◇◆◇



 敵の圧力が弱まった。


 バグライオフは、なおも攻勢を続けてくる敵軍を睨みながら、そう思う。


 敵東西両部隊への初撃の失敗を目にしたバグライフは、麾下を率いて山を下り、敵最精鋭と見込んだ敵東方部隊の前進を正面から受け止めていた。



 西方部隊は小高い丘の占拠を目指すと読み、中央部隊は東西の援護に向かって薄くなった中央部分に突撃してくる。


 そんな読み自体はあたり、西方部隊は獣人兵の横槍を受けて前進を停止させ、中央部隊は操心兵のなりふり構わぬ突撃に困惑して前進を阻まれている。



 獣人兵そのものは壊滅したが、元々薬品を用いて短期間の使役がやっとであった使い捨て。


 テルノア亡き今、獣人兵などは敵キーリア部隊を消耗させた事で十分に元は取れている。



 問題は、操心兵の消耗の多さ。思っていたよりも中央部隊の用兵が巧であるようにバグライオフは思っていた。


  攻勢に当たって守勢型の人物をあえて採用したのかも知れず、そうなれば敵の意図自体を読み違えていたのではないか?



 東方部隊との交戦を続けつつ、バグライオフはそう考え続けていた。




「閣下。敵の攻勢がっ」


「わかっている。中央、その他はどうなっているんだ?」



 副官の言に、バグライオフはやはり正面の圧力の弱まりを確信するが、同時に他の戦況も気にかかっている。



「中央は操心兵に苦戦し、西方も逆落としを封じられてからは防御に徹しています」


「そんなことはわかっている。それから変化はないのかと聞いているんだっ!!」


「っ!? も、申し訳ありません。斥候はいまだに」




 副官の口にする情報はバグライオフ自身も察している。むしろ、動かないことの方が不気味でもあるのだ。


 そのため、同じ事を繰り返す副官に苛立ちをぶつけたモノのそんなことをしても状況が変化するわけではない。



 スヴォロフであればこのようなことはない。と、己の行動を恥じたバグライオフは、無言で副官を下がらせる。



 周囲から人を下がらせ、一人前線を見据えるバグライオフ。



 敵東方部隊の猛攻はこちらを中央へと押し込み、西方との連携で包囲に持ち込む。多くの者はそう読んでいるはずであった。


 そのために、こちらの中央部隊が左右に別れて東西部隊の前進を阻んでいるのだ。


 このあたりは自分の指示が無くとも対応できており、一見問題はないようにも見える。



 だが、バグライオフにしてみれば、こちらの将帥が読めるような作戦を敵将フェスティアがとってくるとはとうてい思えなかった。


 それをふまえ、中央部隊が手薄になった中央部に突進してきたとき、敵の意図は中央突破による包囲にあるとバグライオフは読んだのである。


 となれば、中央に差し向けた操心兵など相手にならないだけの精鋭が配されており、突破を許すことは必定。


 結果として、草原に展開する自軍は敵の包囲下に置かれることになる。


 両軍の練度は隔絶しており、包囲された自軍に待っているのは一方的な殲滅でしかない。



 バグライオフはそんな状況を憂慮して、新型車両を本陣へと埋伏させていた。


 操心兵を突破し、本陣に突っこんでくるか、転進して包囲に掛かる中央部隊を一斉射をもって包囲殲滅する。


 新型車両に取り付けられた砲台の射程は、敵中央部隊がどちらの行動を選んだとしても十分に余裕があり、高所からならば一方的な攻勢を加えることが可能。


 敵の包囲策を逆手に取った殲滅策であったのだが、こうして膠着に持ち込んだ状況がそれすらも許していない。



(東方部隊の停滞が、中央の自重を呼んだのか? しかし、別働隊が到着すればその時点で決着はつく……。敵に猶予はないはずだが)



 そんなことを考えるバグライオフ。


 パルティノン本陣を制圧し、波止場をも占拠したロマン・コンドラーチェ率いる別働隊はすでに丘陵を下り、渡河地点にてパルティノン後衛部隊と交戦を始めているという。



 これがなかなか頑強で、アンジェラとアンヌの部隊を大きく迂回させてこちらへと向かわせていると言うが、これを押しきればパルティノン全軍が包囲下に取り込むことができる。


 別働隊の戦力はパルティノン本隊に劣るとは言え、波止場付近への後退を防ぐだけの戦力と将帥は用意されている。


 東方への突破口は本隊がふさげばよく、西方へと逃走すれば、こちらは無防備のパリティーヌポリスへと突き進めばいい。


 つまり、パルティノン側からすれば、別働隊到着までにこちらの包囲を完成させ、殲滅に持ち込まねばならないはずであるのだ。


 そんな状況下で、敵が膠着はおろか後退の様相すらも見せている。何らかの意図があると思うが当然であった。



「閣下っ!! 敵がっ!!」


「どうしたっ!?」



 再び副官の言。


 苛立ちを隠さずに顔を上げたバグライオフであったが、副官は眼前の光景に思わず目を剥いている。


 バグライオフも同様で、彼の目に映るのは、交戦中の敵東方部隊が、突如として転進し後退を開始した様であった。



「な、なにがあった?」


「斥候を」


「すでに放ってある。……本陣の新型車両を降ろさせろ。後退する敵の背後に砲弾を浴びせてやれっ!!」


「はっ!!」


「他の者達は追撃に移る。全軍に伝令を出せ。“全力を持って追撃、ただし、停止の合図を無視したモノはその場にて処断する”行けっ!!」



 突然の状況の変化に、バグライオフは周囲の騎兵達に指示を与えていく。


 後退は東方部隊のみにならず、中央、西方の両面でも起こっていると思われる。何が原因かはわからなかったが、背中を見せる相手を放っておく手はない。


 副官をはじめとする騎兵達が方々へと散っていく様子を目にしたバグライフは、ふっと一息吐くと得物を手に麾下の将兵と振り返ると、得物と高々と掲げて声を上げる。


 後退するパルティノン部隊の様子に、防戦一方だった将兵達も息を吹き返し、その後を追うが、さしも戦上手の東方部隊の両将。


 自ら殿に立って部隊を鼓舞し、こちらの追撃を巧みにかわしている。



「やはり……、偽装か? それとも、両将の力量故か?」


「閣下っ!!」



 パルティノン兵を槍で突き倒し、前方にて指揮を取るエミーナ、オリガの両将を視界に収めるバグライオフであったが、その毅然とた指揮ぶりとパルティノン兵の頑強な抵抗に、やはり敵の策であるのではないかという疑念が頭をよぎる。


 そんな中、戦場に放ってあった斥候が血相を変えて戻り、ある事実をバグライオフへともたらす。



「なんだとっ!?」


 

 思わず声を上げたバグライオフ。



 それは、“パルティノン皇帝フェスティアが負傷、撤退”というモノ。


「閣下っ!!」


「黙れっ!!」


 それを受け、麾下の将兵が表情に喜色をたたえて声を上げるが、バグライオフは声を荒げてそれを一蹴する。


 将兵達にとっては朗報であったのだろう。


 だが、バグライオフは、その戦報と眼前のパルティノン軍の様子を鑑み、それが偽装であるということを確信に変える。



 いかに名将の指揮下であろうと、君主の死に動揺しない軍など有りはしない。加えて、フェスティアは名君であり、前線に立つだけで兵士達が死兵へと姿を変えるだけの人物。



 それを失ってなお、抵抗を続けられるわけがなかった。




「最悪だなっ」



 吐き捨てるようにそう言い放ったバグライオフ。


 現在のリヴィエト軍には、猛将型の指揮官が多く、バグライオフには彼らを御しきれるだけの人望はまだ無い。


 スヴォロフが健在であれば、先ほどの指示も生きては来るが、今の状況で、フェスティア負傷などと言う報告が為されれば、飢えた狼の中に新鮮な肉を投げ込むようなモノである。



 各所で歓声を上げるリヴィエト軍を横目に、バグライオフは一か八かの突撃に活路を見出すしかないと唇を嚼んでいた。

明日は、19時に投稿予定です。

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