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第44話 テルノヴェリの血戦②

 湿り気を含んだ風が戦場を横切っていく。


 エミーナはそんな柔らかな風を全身に感じつつ、霧の向こうに展開するリヴィエト軍を睨み付けた。


 霧の切れ目から現れた自分達の姿に、敵が驚いているような様子は見られない。お互いに待ちに待った戦なのである。




(動かぬか……。その意気やよし)



 戦いへの高揚感を感じつつ、エミーナは冷静に敵陣の様子に目を向けながらそうほくそ笑む。


 原野での対峙であり、お互いに斥候同士のぶつかりあいは各地で起こっていた。それでも、こちら側が敵の別働隊を発見することは敵わず、後方への奇襲を許した。


 結果として空振りに終わった奇襲であったが、こちらの退路は断たれ、包囲の危機を孕んだまま戦闘に突入している。



 前哨戦は相手の勝ち。



 エミーナはそう思っている。分断策に成功したとは言え、いまだこちらよりも戦力的に優位になるリヴィエト。


 それを覆すには、一人でもって無数の敵を全員が葬り去るしかない。


 馬蹄が大地を蹴る音が耳に届き、柔らかな土の匂いが鼻腔に届く。


 眼前の部隊は堅陣を組んだまま、こちらを見つめている。


 膨大な戦力を背景にした人の盾。非道であれど、これ以上に効果のある盾は存在していない。


 徐々に迫り来るそれを見つめつつ、エミーナは敵の意図をそう読む。しかし、何かが引っかかる。




(こちらの突撃にも反応を見せない。……何を企む?)



 そんなことを考えていたエミーナ。


 戦機を読む才は、自惚れではないがパルティノン随一という自覚はある。


 唯一自身を越える器があるとすれば、今はこの場にいない一人の青年であろうか?



(殿下……)



 迫り来る敵陣を睨みつつ、本来の意味での主君の姿をエミーナは思い浮かべていた。



◇◆◇


 

「やはり、殿下は戻られないのか」


「致し方あるまい。陛下が次なる戦を見越して、殿下にすべてを託したのだ」



 軍議を終え、本陣を出たエミーナは、お互いに同様の任務を受け持つハインとともに、この場に居ない青年のことを思い浮かべる。


 アイアースの不在は、兄弟の他は彼らのように面識のあるキーリアにしか伝えられていない。


 フェスティアの真意も同様であり、彼女の中ではこの戦いにおける勝利は当然のことであるようだった。



「でもよ、この格好で側に殿下がいないってのはおかしな気がしないか?」



 草原に布陣する軍のほぼ中央部にて、長き時を経て再び身に着けることになった白き軍装。


 帝国近衛軍キーリアであった証を身に着けたハインとエミーナであったが、彼女達がこれを身に着けるのは数年ぶりのこと。


 キーリアでありながら、彼女達がその証を身に着けることがなかったのは、主君を守りきれなかったという自責の念からである。


 お互い、スラエヴォの悲劇からフェスティア救出戦までの約一年の間行動をともにし、彼がシヴィラに敗れて姿を消した後も、生存を信じて行動を続けてきた。



 そして、ともすれば敵対しかねなかったという形での再会。



 それでも、帝国への思いを失っていなかったアイアースに、二人は表には出さないまでも感動していた。


 そして、守られるだけであった少年が、自分達を導く様になるまで成長していることも大きな喜びであったのだ。



 それ故に、帝国の運命を担う決戦に、アイアースが不在であることは、エミーナもハインも残念でならなかった。




 彼が此度の決戦以上に過酷な試練に立ち向かっていることを知っていると言えども。




「どうした二人とも? そんなところに立って」


「殿下のことが気になりましてね」


「なるほど。大丈夫たと信じていても、いざとなるとか」



 そんな二人の元に、メルヴィル、オリガを伴ったヴァルターが歩み寄ってくる。


 彼はキーリアであるが、二人のようなキーリアの軍装ではなく、将軍の軍装に身を包んでいる。


 キーリアの軍装は、機能性を追求した代物であるのに対し、将軍の軍装は機能美を意識した作りである。 


 キーリアのような動きをするには少し重装過ぎるが、指揮官として思いがけない戦死の危険性を減らす必要性が軍装にも求められていた。




「我らはすでに殿下の身を案じていればよいという立場ではないのだがな。それでも、な……」



 そんなエミーナの言に、ハインもヴァルターもしみじみと頷く。


 大人びていたとはいえ、その小さな背中にあまりにも重いものを背負った少年は、今では帝国の運命を担う男に成長していた。


 三人ともに、それを頼もしく思う半面、その成長過程に何もしてやれなかったという無念さが胸に去来する。




「それはその通りよ。エミーナ、あなたは東部方面の先鋒。ハインは西部方面の中枢。ヴァルターは中央の総指揮。そんな連中が、そんな不抜けた様子じゃ困るわ」




 そんな三人の様子に、オリガがその美貌に鋭い眼光をたたえながら口を開く。




「ヴォルク閣下……」


「はは、君は相変わらずきついな」


「大きなお世話よ。でもね、エミーナもハインもすでに帝国軍の中枢。特にエミーナはゼークト閣下の後継者として期待を集めているのよ? すでに、一皇子の所有物ではないわ」


「それはわかっています」


「でしょうね。そこまで愚か者だとは思っていないもの」




 エミーナに対してそういうオリガの口調は、同志に対するものと言うよりは、好敵手に対する一種敵対めいた攻撃的なもののように他の三人には思えた。


 お互いに女性どうしであり、両家ともに悲劇によって没落した名家の出身。どこかで、競争心の類が芽生えても不思議ではない。


 幸い、それを理由に目を曇らせるような愚か者で無いことが救いでもあった。



◇◆◇



(殿下ならば如何様な手を打つ?)



 迫り来る敵陣を睨みつつ、姿無き主君のことを思い浮かべるエミーナ。


 先ほどから全身を覆っている違和感は消えず、疾駆を続けるこちらの動きに変更はない。


 敵は膨大な戦力を盾にしてくることはすでに予期されており、脅威となるのはキーリアに匹敵する戦闘力を持つ獣人部隊。


 そして、騎馬と同等の速度で戦場を縦横無尽に駆け回る動く箱。敵は車両と呼んでいるそうだが、それらの打撃力は決して無視できない。


 それらに思考を向けつつ、アイアースの姿を思いかえし、彼ならどうするだろうかいう疑問が脳裏をよぎる。



 しかし、そんな疑問に対して、エミーナは目を見開く。



(何故、このようなことを……? ――――まさかっ!?)



 突如として脳裏に浮かんだ敵の決戦兵器。


 一瞬の疑問がすぐに確信に変わるエミーナであったが、彼女の眼前において敵のリヴィエト兵が大地に倒れ込むように伏せったのは、それとほぼ同時のことであった。




 ほどなく、大地を劈く爆音が馬蹄の響きに包まれる草原に轟いた。




◇◆◇◆◇



 霧の切れ目とともに、響き渡る太鼓の音は、リヴィエト軍を震え上がらせるのに十分なものであった。


 数において絶対的に優勢に立つリヴィエト側であったが、それでも敵の防衛戦を突破できず、前衛軍は最前線で立ち往生し、本隊も総司令官が討ち取られ、敗走に近い形で前衛軍と合流している。


 それによって、戦力はさらに増したのだが、同じような行軍を続けてきた敵軍団に、攻撃部隊があっさりと蹴散らされている。


 結果として、攻撃を声高に叫んでいた将軍達が慎重になったことは幸いであったが、スヴォロフによって見出されていた若い人材達に戦場を任せる度量を持たせるまでには至らず、バグライオフもまた彼らを危険な主戦場ではなく、別働隊として派遣することを選ばざるを得なかった。



 そうまでして得た戦働きの場。




 それでも、太鼓の音色とともに響きはじめた馬蹄の音に、兵士はおろか指揮官級まで思わずすくみ上がっている。


 とはいえ、兵士達の多くは敵に一撃を与えるだけの秘策の存在に一縷の望みを託している。


 倍以上の戦力に対して物怖じするどころか、取るに足らないものと思って攻撃をかけてくる敵。


 しかし、出鼻をくじけばその後は戦力差がものを言う。だからこそ、突出してきた敵両翼の撃破は絶対必要であるのだ。



「だ、大丈夫だ……」



 身体を震わせながら槍をかまえるリヴィエト兵が、そう口を開く。


 周囲の兵士達も眼前に迫る敵騎兵を睨み、身体を震わせながらその言に頷いている。


 自分達はこの槍を持って、敵の突撃の邪魔をすればいい。すべての決着は、後方にいるお偉方がなんとかしてくれる。


 そう思いつつも、眼前に差し迫ってくる敵騎兵の姿には、恐怖以外の何も浮かんでこなかった。


 そして、それを指揮する将軍達もまた、大地を揺るがしながら迫る敵騎兵の姿に恐れおののきつつも、普段通りの尊大な態度を隠そうとしない。



 将が恐れれば兵はそれ以上に恐れる。



 尊大かつ冷酷な指揮官が多いリヴィエト軍であったが、それでも将としての心得を知らぬ者はない。




「恐れるな。我々には総参謀長閣下より与えられた秘策がある。敵の接近まで、決して動くなよっ!!」




 自身の中にある恐怖を吹きとばさんと声を荒げる将軍。


 普段は兵士に対する過酷な懲罰や暴行に及ぶこともある人間であったが、今回のような恐慌に支配されかねない状況においては勇将としての存在感を発揮している。


 そんな彼らの言う秘策とは、総参謀長ヴェルサリアから、正しくは法科将軍達によって立案された策であったが、魔女として恐れられるヴェルサリアもまた冷酷に兵士の死を前提とした策を全軍に履行させんとしている。


 バグライオフは最後まで渋り、アンジェラをはじめとする若手将校達の反発もあったのだが、彼らが決戦の力遠ざけられたのを機会にそれは実行されようとしている。



 兵士と将軍。お互いに一つの策にすがる立場にありながら、前者は自身の死を前提とした策であることを知るよしもない。



 数に優れる軍隊にとって、その死など統計上の数字でしかないのだった。


 そして、敵騎兵の先頭に立つ白き軍装に身を包んだ騎兵の姿がはっきりと確認できる位置にまで迫ってくる。


 それに従う騎兵達もまた、獰猛な笑みを浮かべる獣のように彼らの目には映っている。



「全車っ!! 撃ていっっ」



 そんなパルティノン軍の姿に兵士達が恐れおののいている中、将軍とその側近達は手で耳を押さえると、こちらも顔に笑みを浮かべながら声を荒げる。



 ほどなく、馬蹄の響きは消え去り、耳を劈く爆音が周囲に轟いていく。

 


 前方を見つめていた兵士達の多くは、将軍の声とともに身を伏せよと言う厳命があったにも関わらず、その場に立ったまま。上半身の消し飛んだ死体となったその場に崩れ落ちる。



 そして、爆音とともに吐き出された破壊の衝動が、湿気を含んだ大地をえぐり取り、その場に生きる者達の生命を奪っていく。



 それは、ほんの一瞬のことであったのだが、車両に取り付けられた砲台からの砲撃に目を奪われている者達にとって、眼前に大地が巨大な火球と黒煙に支配されていく様は、非常にゆっくりとしたもののように映る。



 やがて、爆音は消え、一瞬の静寂が草原を包み始める。




 思わず笑みを浮かべる将軍。


 煙が晴れはじめ、彼の目に映った草原に、動く者は何もなかったのだ。




「よくやったぞっ!! 我々の勝利だっ!!」




 思わずそう声を荒げる将軍。




 しかし……。



「そうか。もう勝った気でいるのか」



 そんな凛とした女性の声が耳に届いた刹那。将軍は自身の視界がふわりと浮き上がり激しく回転しはじめたことを自覚する。


 そして、その自覚も次なる時には永遠なる停止を余儀なくされていた。



◇◆◇◆◇




「なんと言うことだ……」



 リヴィエト軍の中央後方のやや小高くなっている草原の一角に陣をかまえたバグライオフは、眼下で起こる戦況の変化に思わず言葉を詰まらせる。


 こちらの改良型車両による奇襲は、パルティノン騎兵の想像を絶する機動力によって空振りに終わっていた。


 眼前にまで敵を引きつけ、地を掘り下げた場に配備した車両。


 その体躯から前方に向けて伸びる筒状の砲と呼ばれる部分は、砲弾と呼ばれる刻印由来物質を魔力とともに放出し、その場にあるものを破壊する。


 その威力は、浮遊要塞に取り付けられたそれを見れば一目瞭然であり、小型化されているこれも人の身体ぐらいならば簡単に粉砕できる。


 そんな決戦兵器は、リヴィエト兵の列によって巧みに隠され、砲撃の直前までパルティノン騎兵の目に映ることはなかったはず。


 本来ならば、無数の肉塊となった人馬が草原に転がっているはずなのである。


 そのはずが、指揮官と思われる女性騎士は騎馬を跳躍させてそれをかわし、こちらの陣地へと突入するとあっさりと指揮官の首を飛ばしてみせた。


 他の騎兵も多くが砲撃をかわしてこちらへと突撃を続けている。


 改めてパルティノン騎兵の練度の凄まじさを痛感すると同時に、自分が夢を見ているのではないかと思わされるバグライオフ。



 砲弾を見てから避けることなど不可能。



 傍らに立つ法科将軍のヴェージェフが断言していたことであり、バグライオフ自身もそれには同意している。


 つまり、敵騎兵は砲撃の直前にこちらの砲撃を察し、射線上にあった自身の身を翻したと言うことになる。


 交戦の目前であり、眼前の敵に全神経を集中させているはずの騎兵が瞬時にそこまでの判断を行う。


 その事実にバグライオフは全身に冷や汗が浮かんで来ることを自覚し、口を開く。




「今回の敵は、今までのそれとは比べものにならんようだ……。我々と互角以上の戦いをしていた部隊も、パルティノンにとっては予備兵力に過ぎなかった。そういうことか」



 バグライオフは眼前にて暴れ回る敵騎兵の精強さに思わず感嘆するしかない。




「なんとか技術とやらも完璧ではないのだな? ヴェージェフ将軍」


「そんなこと……あり得ぬ」




 戦況を見つめつつそう口を開いたバグライオフの言に、ヴェージェフは普段の感情を欠落させた表情とはうって変わり、唇を嚼みながら苦々しげに戦場を見つめている。


 彼をはじめとする法科軍の進言に則ることで勢力を拡大してきたリヴィエト。それは、彼らを尊大にさせるとともに、大きな自信をつけさせることにもなっている。


 しかし、今回の戦では、その自信が根底から崩されかねない事態を読んでいた。




「はっはっはっは。だから言ったであろう? その程度の小細工で、あの小娘を討てるはず無いとな」



 それを見ていた、白き軍装に身を包んだ大男。ゼノンが笑い声とともに侮蔑のこもった視線を向けてくる。


 怨嗟のこもった目をゼノンに向けたヴェージェフであったが、自信を持っていた策が破られ、今も虎の子を車両を配されている様を目にすると、その侮蔑に対して反論は出来なかった。



 彼らがヴェルサリアに進言し、彼女が採用した策。



 しかし、ヴェルサリアからの命には、その運用はスヴォロフ麾下の将軍達にさせるべしと言う指令があったのだ。



 残念ながら、バグライオフに託された将軍やスヴォロフ麾下で冷遇されていた将軍達に、冷静な判断力を求めきれないことを彼女は知っており、彼らと手を結んでいる法科部隊の専横も彼女は理解しているのだった。



「結果はこのようになったな。将軍。――こうなっては、獣人兵と操心兵の使用をお願いするしかないぞ」


「当然だ。それと、断っておくがな将軍。作戦を採用したのは、貴官なのだからな?」


「…………さっさと用意をしろ」


「ふん」




 結果として、ヴェルサリアの進言を無視した結果が今の事態を生んでしまった。


 バグライオフはヴェージェフに対して、その事実を突き付けたものの、彼は即座に責任の転嫁を宣言すると、さっさと姿を消す。


 彼のような人物に戦勝の功を渡すことになるのは甚だ不快でもあったが、すべては勝利のためである。



 責任は自分一人でとればよい。



 ツァーベルやヴェルサリアは、利用価値のある彼らを重用こそしているが、それに惑わされるほどの愚か者ではないことを彼は理解している。


 そんなことを考えつつ、戦況を見つめるバグライオフの目には、両翼に殺到したパルティノン軍に打撃を与えることは敵わず、攻め掛かってくる両翼に各所の軍が後詰めに殺到する光景が目に映っている。


 大軍であっても、所詮は寄せ集めという評価にしかならない軍の姿。敵の策は大方見抜いてるが、それでも今の手持ちの軍では大きな意味を持たない。




「無様なものだな。これでよく、北辺を蹂躙できたものだ」


「その結果がこれだ。敵を侮り、数を頼みにする愚か者達が暴走した。それを抑えられぬのは、私の無能さ故」


「ふん、負け犬の言い訳か?」


「そうだな。それより、貴様はさっさと女帝の首を取りに行け」


「ほう? この期に及んでも私に命令するか? っ!?」




 状況を打開するべく思索をこらすバグライオフ。そんな彼に対して、侮辱めいた言葉を並べるゼノンであったが、ほんの一瞬の間に、首筋に剣を突き付けられる。



「…………やるな」


「リヴィエトにも人はいるのだ。侮るのも大概にしろ。裏切り者が」



 首筋から血を滲ませるゼノンは、なおも不敵な笑みをバグライオフへと向ける。


 初撃に失敗したとは言え、いまだ戦力はこちらが優勢なのである。そして、切るべき手札を多く残すバグライフにとっての戦はまだまだ始まったばかりであった。



◇◆◇◆◇



 東西両面より轟いた爆音に、一瞬の静寂が戦場を支配していた。



 しかし、それはつかの間のこと。



 即座に体勢を立て直した両面では、エミーナとハインが敵陣に突撃し、後続部隊の突入を誘うことで乱戦の様相を呈しはじめている。



「敵はあのような策を用意しておりましたか」



 傍らにてゼークトがそう口を開く。


 敵が用いた兵器は、恐らく開戦劈頭にルーシャ地方北部を襲った浮遊要塞の攻撃に似たもの。つまりは、件の攻撃を可能とする兵器の小型化、量産化を実現したことになる。


 それは、パルティノンにとっては悪夢に等しい事実であったが、今回に限っては対峙したエミーナとハインの手腕によって、被害を出さずに済んだ様子であった。




「敵も一撃で勝負を決めるつもりだったんだろう。こちらとの練度の差は如実に感じているであろうしな」



 ゼークトの言にそう答えたフェスティアであったが、余裕をめいた言い回しの影で、二人の機転に感謝するしかなかった。


 敵の新兵器の存在まで読むことは出来ず、危うく将来のパルティノンを担う逸材を死なせるところだったのだ。




「っ!? 陛下……っ。来ます」



 そんなフェスティアに対し、傍らにて敵の動きを探っていたリリスが目を見開く。


 それに頷いたフェスティアは、ゆっくりと床机より立ち上がる。視線の先では、ぶつかり合う両軍の狭間から、巨大な生物の姿が見受けられはじめていた。



「シュネシス……頼むぞっ」



 静かにかつ力強くそう言い放ったフェスティアであったが、その刹那に腹部に痛みを感じ、思わず身を捩らせる。



「陛下っ!!」


「大丈夫だ。――大丈夫なのだ……。そなたが生まれる世界は、私が守る」


「陛下……」


「リリス、ゼークト。腹を冷やせるものを探してきてくれっ!!」




 自身の体内にてうごめくものを必死に宥めたフェスティアは、脂汗を浮かべながら周囲の者達に対してそう口を開く。


 我が子にどのような影響があるのかはわからないが、それでも戦を投げ出すことは出来なかった。




「な、なにを……?」


「腹を冷やせば、誕生は遅れよう。早くいたせっ」


「何を言われますかっ!! 御子がどうなるか」


「良いから速くしろっ!!」



 そんなフェスティアに対し、リリスや侍女達が必死に宥めるが、彼女は登極以来はじめて感情に身を任せた怒気をリリス達に向ける。


 そんな主君の剣幕に、思わず身をすくませる侍女達であったが、歴戦のリリスはそれでも動じず、目尻に並みを浮かべながら主君を見つめる。




「……良いのだ。仮にこの子が…………。私は勝たねばならぬのだ。私には……、私には帝国を、そなた達の、あの者達の帰る場所を守る責務があるのだ」



 身を起こし、静かにそう言葉を紡ぐフェスティア。


 なおもフェスティアを宥めようとしたリリスであったが、彼女自身、自らの子を手放してまで帝国のために生きようとするフェスティアの覚悟を……、残り少ない余命で為すべきことを重さを知っている。



 それ故に、それ以上の抗弁をリリスは出来なかった。




(頼む。我が子よ……、私はひどいで母親だ。私を憎んでくれてかまわぬ……。せめて、この戦いの間だけでも、大人しくしてくれっ!!)



 馬上の人となり、戦場を睨んだフェスティアは、腹に手を添えつつそう語りかける。


 彼女の眼前に広がる大地では、なおも交戦が続き、巨大な獣と白き守護神達の交戦も開始されていた。


 敵も持ちうる手札を使い、こちらを討ち果たすべく全力を向けてきている。


 そして、こちらが打てる手札もまだ彼女の手の内にあった。


 リヴィエトにとっては、自分達に大きな出血を強いたとしても、この戦いに勝利すればその時点ですべてが終わる。



 しかし、パルティノン側にとっては、眼前の敵が露払いに過ぎないという事実が横渡っている。



 つまり、例え勝利を得たところで全軍が大きな傷を負っていればそれは勝利ではない。




(敵将もまた、戦況が見えている。だが……、この大地は我が故郷。その大地の恩恵まで貴公に見えていまい)




 姿の見えぬ敵将に対して問い掛けるように思いをめぐらせ、眼前の草原を睨んだフェスティアは、ゆっくりと片手を天へと掲げ、それを振り下ろす。



 それを見ていたゼークトやリリスが伝令を走らせ、本陣に掲げられていた蒼天の御旗がゆっくりと振られていく。




 その様子は、パルティノン軍のみならず、リヴィエト軍全体にも伝わり、草原にて激突する両軍の将兵達は、再び状況が動くことを察していた。

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