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第40話 願い②

 その目には灯火が映っているだけであった。


 様子を見に入室した者達に反応を示す訳もなく、ただただ眼前で揺れる灯火を見つめ続ける少年。


 その目は、それまでの勇猛果敢な戦士のそれから、母親の姿を追い続ける赤子の如きもの。


 フェルミナは、そんなアイアースの姿を一瞥すると、頭と垂れながら退出するしかなかった。




「どうでした?」


「何も。私は声をかけることも出来ませんでした」




 傍らの一室に集まるキーリアや指揮官達の元に戻ったフェルミナは、フィリスの言に力なく首を振るう。


 そんな彼女の様子に、室内に集う者達も各々に額を抑えたり、力なく首を振ったりするしかなかった。


 東西方面軍の元に現れた女帝フェスティア。


 彼女は、東西方面軍の奮闘をたたえるとともに、敵総司令アレクシス・スヴォロフ討伐の功労者であるアイアースを個別に呼び出したところまでは皆が知る所。


 姉弟どうし積もる話しもあるのだろうとの見方が大勢であり、皇帝の私的な話に首を突っこむことのできる人間もいなかった。


 しかし、そこから戻って来たアイアースは目に見えて覇気を失い、フェスティアもまた苦悩しているかのような一面を見せ、多くの者達がその様子に首を傾げていたこともまた事実。


 とはいえ、彼らが別働隊となって別の任務に就くことを知らされた際には、多くがアイアースのその気持ちを決戦を前にその舞台から外されたことに対する苦悩と思っていた。


 しかし、これまでにないほどの気落ちを見せるアイアースの姿は、それだけではないことを言外に告げている。





「ミュウ様。あなたは何を聞いたのですか? 陛下の苦悩と殿下の気の落ちよう。それは、戦から外されたことだけではないはずです」


「外されたわけではないわ。我々の任務は、いずれ殿下の口から語られる」


「し、しかし、貴方様は直接伺ったのでしょうっ!? 指揮官である殿下があのご様子では、部隊の士気に関わります」


「フィリスさんっ」


「落ち着かんか」




 そんな沈黙を嫌ったのか、フィリスが一人窓際にて外を睨んでいるミュウに食って掛かる。


 しかし、ミュウは素っ気なくそう答えるだけで、フィリスの顔を見ようともせず、それが返ってフィリスを苛立たせる。


 慌ててフェルミナが止めに入り、腕組みをしたままのジルも静かに彼女を嗜める。


 それでも、彼らの心情はフィリスに近く、アイアースが駄目ならば、ミュウの口からでも事の真相を知りたいという気持ちは、その場にいる全員に共通している。




「とりあえず、みんなは今日は休んだらどう? 決戦は目前。休息はこの先どれだけとれるかもわからないわ」




 そう言うと、ミュウもまた目を背けたまま部屋から出て行ってしまった。




「ふう、たしかに、ミュウの言うとおりだ。我々は目の前の戦いに備えねばならぬ。今は休むとしよう」




 そんなミュウの態度に、しばらくの間室内に沈黙が訪れるが、やがて深く息を吐いたジルが、ゆっくりと口を開くと、他の者達もそれに同意した。


 教団との関係を断った彼らであったが、この中では最上位№であり、アイアースの副官として部隊をまとめてきたジルの言は重く、それだけに皆を動かすだけの力がある。


 そして、それを受けて皆が退出していくなか、フェルミナは一人椅子に腰掛けたままその場を動く気になれなかった。


 再会まで長い年月を要したが、彼女はアイアースの身に起こった悲劇を良く知っている。


 目の前で多くの大切な者を奪われ、自分はそれを見ているしかなかったという無力さ、彼が戦いに魅入られているかのように、戦場に身を投じ続けるのは、その時に味わった無力さ故のことだと彼女は思っている。




「フェルミナ様」



 そんなフェルミナに対し、残ってフィリスと何か話を交わしていたジルが歩み寄り、声をかけてくる。


 立場も年齢も上であるが、フェルミナが飛天魔の皇女であることを知ってからは、ジルは彼女に対して慇懃に接している。


 一見、堅苦しく感じそうなものであったが、両名ともに礼儀正しことや立ち振る舞いが洗練していることが、周囲にもより好意的な印象を与えている。




「なんですか?」


「お手数なのですが、ミュウの所に行ってもらえませんか? あなたであれば、ミュウも話してくれるかも知れません」


「えっ……? でも、それでは」


「私にことを告げる必要はありません。ですが、殿下の力にはなれるでしょう。どうか」




 そう言って頭を下げてくるジルに対し、フェルミナは少々慌てながら立ち上がり、彼に頭を上げてくれるよう懇願する。


 そんな二人の様子を見ていたフィリスも、ふっと一息吐きつつ口を開く。




「私からもお願いします。……今では、私よりフェルミナ様の方がよろしいでしょうし」


「わ、わかりました。お力になれるかはわかりませんが」




◇◆◇




 暗がりの中、静かな光を放つ水晶球に妙齢の女性の姿が映っている。



「ええ。話はつけておくわ、もう少し待っていてね」


「本当にいいの? どちらも、沈黙している様子だけど……」


「今回は別よ。ルーシャを襲った攻撃を見れば、あの人達も納得するわ」


「ありがとう……。お願いね」




 ミュウは水晶球に映る女性に対してそう告げると、扉を叩く小さな音が耳に届く。


 来客の要件は容易に予想がつき、顔を顰めるミュウであったが、そんな彼女に対して水晶球の中の女性は優しく声をかける。




「話した方が楽になると思うわよ? フェスティアも、そこまで狭量じゃないわ」


「うん……。あいてるわよ?」




 そんな女性の言に頷き、そう口を開くと、恐る恐ると言った様子で扉が開かれる。


 中に入ってきたのは、銀色の髪に漆黒の翼を持つ少女、フェルミナであった。




「し、失礼します」


「どうしたの? ジルやフィリスにけしかけられた?」




 椅子を出しながら、口を開いたミュウの言に、フェルミナはなんとも分かりやすい様子で、身を強ばらせる。


 戦いにあっては果敢な面が出てきた彼女であったが、このあたりは昔と変わらず内気なままである。




「あら、久しぶりねぇ。フェルミナちゃん。すっかりきれいになったじゃない」


「え!? あ、ヒュプノイア様?」




 そんなフェルミナに対し、水晶球越しに声をかけたヒュプノイアは、数年ぶりの再会に笑みを浮かべている。


 フェルミナもまた、予想外の人物の声に驚き、翼をふわりと跳ね上げていた。




「フェルミナ。悪いんだけど、あなたにも言うわけにはいかないわよ」


「っ。そうですか……、しかし、殿下がっ」


「わかっているわよ。私だってショックだったわ。でも……」


「あらあら。ミュウ、さっき私は話した方が楽になるって言ったわよ?」


「でも……」


「はあ、フェルミナちゃん。この子は普段は明るい割に、こういう時はちょっとね……。大人びている分、この方が年相応に見えるんだろうけど」


「は、はい……」


「ただね、私も正直驚きを隠せなかった事実でもあるわ。それだけの覚悟をして聞いてくれる?」


「は、はいっ。ジル殿もフィリスさんも話す必要はないと言ってくれています」


「……やっぱりあの二人なのね。まあ、いいわ。おばあさまもいい?」


「かまわないわよ」




 はじめ頑なな態度を見せていたミュウであったが、ヒュプノイアの言に次第に態度を軟化させはじめる。


 そうして、ようやく話してくれる気になったミュウ。


 その表情とヒュプノイアが絡んでいるという事実に、フェルミナもまたことの重大性を改めて覚悟していた。



◇回想◇



 戦場からの離脱を告げられたアイアースは、身体を硬直させたまま口を開くことが出来なかった。


 ミュウもまた、アイアースと同様にフェスティアの真意を測りかね、口を閉ざしたまま彼女を見つめていたのだが、フェスティアは一瞬空を見上げた後、改めて口を開く。




「そのまま聞け。私は、敵将スヴォロフの真意はセラス湖沿岸の諸都市にあると見ていた。それ故に、そなた等に危険を冒してでもスヴォロフを討てと命じた。敵がこれを断念したのは、一重にスヴォロフの死という事実が敵陣営に重くのしかかっているだけに過ぎない。それ故に、敵は正面から全力を持って戦いを挑んでくるだろう。それに抗うのは、いかに中央軍の精強さを持ってしても困難……。そんなとき、敵の一部が離脱し、沿岸部へと向かったらどうなる?」


「…………各地方軍は?」


「動員を進めているが、動くことは無理だ。これ以上は、民が飢える」


「何故、私に?」




 ようやく口を開くことの出来たアイアースに、フェスティアは帝国が抱える現状を告げていく。



 北辺を見捨ててもなお、動員可能な戦力は現状のみ。



 ルーシャ地方の民を避難させたことで、軍を動かすだけの糧秣は足りず、エウロスやオアシスのような、敵対勢力を抱える地方軍は、当然のように動けない。


 南部の各地方軍も、ルーシャ住民の受け入れという混乱の沈静には必要な戦力であるのだ。


 同時に、セラス湖北岸を占領されなくとも、破壊活動を許せば、内陸の流通網は完全に麻痺し、それはパルティノンの血脈が停止するに等しい。



 だが、中央軍からはこれ以上の戦力抽出は不可能。



 となれば、一騎当千足るキーリアを抱え、他の将兵も最精鋭でなるアイアース麾下を敵別働隊にぶつける以外似選択肢は無い。




「ですが、印綬を私に預けるという理由は? それに、敵が動かなければ……」


「動かねばそれでよい。そなたは、次なる戦い備えてくれれば……。印綬は……」


「兄上に渡されるというのは、私は反対いたしません。しかし、それは勝利の暁でよいではありませぬか」




 戦略となれば、アイアースもそれを受け入れない理由はない。


 決戦から外されるという無念は理解できるが、ここで姉を困らせることを彼は望んでいない。しかし、彼女がアイアースに託す印綬となれば、話は別である。


 本来であれば、皇帝その人と内務官吏以外手にすることは許されない代物であり、例外として皇帝の代行職にある者がそれを使用できる。


 フェスティアがアイアースを代行に選べば形の上では認められるが、それは正式な場を持って、全土にその旨を知らしめる必要がある。



 皇帝個人であっても、それを自由に使役することの許されぬ物。



 これは即ち皇帝たる証であり、始祖たる白き狼虎の末裔たる証であるからであった。




「禁忌を破る理由とはなんなのですか?」



 そんなことを考えているミュウの傍らで、アイアースは沈黙するフェスティアに対し、そう告げる。


 ミュウにしてみれば、自分を証人としたフェスティアの意図がなんとなくはわかるが、その真意までは読み取ることは不可能であり、彼女の言を待つしかなかった。




「………………私の余命は、半年もない」


「えっ!?」


「なっ!?」





 そうして、長い沈黙を破るように、フェスティアはゆっくりと、自身に言い聞かせるかのように口を開く。


 その瞬間、目の前にあるすべてが凍り付き、何かが身体の中で砕けたような衝撃が全身に走ったようにミュウは思った。




「今でこそ、戦を身体が欲している。そのために生きているのであろうが、一この灯火が消えるのかも私にはわからぬ。それ故に、意志を託しておきたかった」


「……兄上達は」


「そなたでなくてはならぬのだ」


「何故」


「アイアース」


「……はい」




 思いがけぬ、いやこの世の終わりともとれるようなフェスティアの告白に、アイアースは先ほどまでの覇気に富んだ表情を一変させ、視線を周囲にはわせながら口を開く。それに対して、フェスティアは力強くそれに答え、さらに何かにすがるように言葉を紡ぐアイアースに対して、鋭い声を上げる。





「そなたの父は誰だ?」


「……ゼノス・ラトル・パルティヌスであります」


「母親は?」


「リアネイア・フィラ・ロクリス……です」


「その通りだ。茨の道を歩み続け、反逆者どもの凶刃に倒れた二人の英傑。その魂がそなたには灯っている。なれば、そなたはその責務を果たせ」


「私に灯る魂……」




 力強くそう言い放ったフェスティアであったが、ミュウは彼女の言に違和感を覚える。


 家族を持ち出すのであれば、ともすれば他人との繋がりを思わせる“魂”などという言い方は適当ではない。


 二人の血が彼の身に流れ、同じ血が流れる自分達のために。


 となるのが、普通ではないかとミュウは思う。とはいえ、人たる身であれば彼女の真意を探ることは不可能であり、あくまで予測の域を出ない。




「私はこの戦いに必ず勝つ。しかし、その先パルティノンを導いていくのはそなた達だ。そなた、兄を支え、民を思い、国を導いていかねばならぬ。そのためには、必ず生き残り、その印綬を守り抜け。それもまた、私の魂を守っていると。そう思ってくれ」



 そう言うと、フェスティアは静かにアイアースを抱きしめた。


 そんな二人の姿に、ミュウはフェスティアがなぜ、自らこの場にあらわれたのかという理由を察する。


 今回の戦いにおいて、パルティノン皇族はかつての祖先がそうであったように、前線に立つ。



 しかし、それは連続した敗戦、後継争い、反乱の過程で血族をすべて失ったパルティノンにとっては危険すぎる賭け。


 一人でも確実に生き残るための道筋を探ることは、当然とも言える。それが、何故アイアースなのか。ミュウは、今眼前にて抱擁しあう姉弟の姿に、ある事実を察せざるを得なかった。



 それを考えると、先ほどのフェスティアの言も理解できるのである。





「そなたにも、重荷を背負わせることになってしまったな」


「いえ。仮にも、皇族に連なる一族です。重きを背負うのは当然でしょう。ですが……」




 抱擁を終え、何かから逃れるように足早に本陣へと戻ったアイアースに対し、ミュウは原野へと視線を向けるフェスティアの背中に目を向け、彼女の言に頷く。



「どうした?」



 そんなミュウの歯切れの悪い物言いに、フェスティアは静かに顔を向けてくる。



「陛下。先ほどの陛下の言。少し気になることがございます」


「ほう?」


「殿下を戦からお外しになるというのは理解できます。しかし、ご両親の名を出したところで、陛下は“血”ではなく“魂”という言い回しをなされました。そして、そのお姿……」


「ふむ……。やはり、わかる者にはわかるのか」


「では……?」


「ああ。この子は、あヤツとの……」




 自分でもおかしく思えるほどほど冷静に言葉を紡いでいる。


 それでも、お腹を撫でながらそう答えたフェスティアに対しては、身体の奥底から何かどす黒い思いが込み上がってくるようにミュウは思えた。




「では……、印綬を渡されたのも、先ほどの言も……」


「そなたが考えていることは事実だ。だが、アイアースは私の弟であり、愛しい人間だという事実も変わらぬ」


「それ故に、殿下に生きてほしいと?」


「それだけではない」


「え?」


「今の我々では、件の浮遊要塞には勝てぬ」




 黒き思いを抑えつつ、フェスティアの言に答え、問い返していくミュウ。


 しかし、最後のフェスティアの言に、愛する男に生きてもらいたいという女としての情とは異なる何かを感じ取る。




「では、如何様に」


「あヤツにしか出来ぬであろうことを託す。だが、私はあヤツならば乗り越えられると信じている」



◇  ◇


「本当……なのですか?」


「すべて事実よ。陛下の寿命も、ご懐妊も、殿下の血筋も、すべてね」


「知るべきではなかったとは言えないわよ? フェルミナちゃん」





 すべてを話し終え、沈黙が支配する中、フェルミナが心の奥底から絞り出すかのように声を上げる。


 ミュウとヒュプノイアもそれに頷くと、フェルミナは顔を押さえながら膝を折り、その場にへたり込む。




「そんな……、ひどすぎます。陛下が……、一人で苦しみ続けていた陛下が……」



 顔を押さえ、声を震わせるフェルミナ。


 そんな彼女を優しく抱きとめつつも、ミュウは素直に涙を流せる彼女をうらやましくも思う。


 復讐を誓い、教団へと身を投じる覚悟をしたアイアースとともに、キーリアとなった身。


 それ故に、感情の制御は身体に染みついており、涙を流すことなど滅多にない。


 それに後悔はないし、アイアースとともに長き時を過ごせたことは、ミュウにとっても喜ばしいことである。


 だが、他人の悲しみを自分のことのように涙を流せる無垢な心を、いまはただうらやましくも思っていた。




「ミュウ、フェルミナ……」



 そんな二人の耳に、聞き覚えのある男の声が届く。


 顔を上げ、視線を向けるとそこには先ほどまで気力を失っていたアイアースの姿。その表情には、疲労はあっても先ほどまでの感情を欠落させた要素は微塵もない。




「殿下……。いつから?」


「今し方。フェルミナ……」


「は、はい……」


「姉上のために泣いてくれてありがとう……。それと、心配をかけて済まなかった。わたしも、出来ることをしようと思う」




 静かにそう口を開いたアイアースに対し、声を震わせながら答えたフェルミナ。


 そんな彼女に対して、アイアースの声はとても優しいものであった。


 ミュウは思った。まだまだ、子どもらしさを残す男であったが、彼は、自身の懊悩を自分の力だけで乗り越えたのだと。



「おばあさま。お久しぶりです」


「そうね……。ちょっと見ない間に、男前が上がったようじゃない」


「ありがとうございます。そして、浮遊要塞を打ち破るために、私に出来ることとは?」


「あら、それは聞いていたの?」


「ええ」


「そう……、言っておくけど、フェスティアに決戦から外されたぐらいで気落ちするようじゃ、とても無理よ。落ち着いて、覚悟は出来た?」





 水晶球越しにそう告げるヒュプノイアに対し、アイアースは静かに頷く。




「わかったわ。でも、すべては明日にしましょう。今日はゆっくり休みなさい」



 そんなアイアースに対し、満足げに頷いたヒュプノイアは、そう言うと一方的に話を中断する。



 アイアースもまた、どこか吹っ切れたかのような表情を浮かべている。




「殿下……」


「ああ、心配をかけたな。フィリスに怒られちまったよ。『いつからそんなヘタレになった』ってな」


「それは……」


「また、あの子は」





 ミュウは、普段は冷静でありながら、アイアースのこととなると熱くなりやすいフィリスの姿を思い浮かべる。


 とはいえ、思いがけぬ形でのアイアースの復活は、フェスティアから託された後事をいち早く果たせることにもなる。




「ふふ。それより、もう休みましょう。おばあさまも、ゆっくり休みなさいって言っているわ」


「そうだな……」


「あら? どこに行くの」


「ん? 部屋に戻るんだが?」


「ふーん。せっかくだから、三人一緒に寝ない?」


「ええっ!?」





 ミュウの言に頷いたアイアースは、そう言って踵を返し、フェルミナも後に続きかけるが、胸のつかえが取れたミュウは、気分に任せてそう口を開く。


 突然の提案に、驚きの声を上げるフェルミナであったが、アイアースは表情を変えずに応える。




「そういう気分じゃない。お互い、ゆっくり休むとしよう」


「あらあら、残念。それじゃあ」


「ああ…………っ!?」




 素っ気なくそう言うアイアースに対し、肩をすくめたミュウは、ゆっくりとアイアースの元に近づくと、静かに口づけをした。


 傍らにて目を見開くフェルミナを尻目に、やや長めの、どちらかと言えば大人のキスに分類されるものになると思うが、自分でも驚くほど身体は緊張していた。




「お前ねえ……」


「ふふ。ずっと我慢してきたんだし、私の気持ちもわかってくれた?」


「ふん。さっさと寝ちまえ」




 唇を離すとアイアースは恥ずかしそうに顔を背ける。


 ミュウ自身も身体が火照って妙に気恥ずかしいが、それでも今まで表に出ることがなかった感情の爆発に身を委ねるしかなかったのだ。


 照れくさげにその場から去っていくアイアースの姿に、ミュウは微笑ましげな視線を向けていた。

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