表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/183

第25話 分岐点

 未明にルドニャを出立したスヴォロフは、北部第一行路とレモンスク街道の交差点にて休息していた。


 ここから西に進路を取れば、ペテルポリスからキエラ、オデッサへと続く北面行路にぶつかり、そこから南下すれば、パルティノン中央軍が陣取るキエラへの最短経路となる。




「お待ちしておりました。伝令からの報告によれば、ヴィクトル、ベルコア両部隊により、敵包囲陣の一部を打ち破ったとの事」


「ふむ」




 床机に腰掛け、先発隊指揮官からの報告を受けるスヴォロフが静かに頷き、居ならぶ諸将が声を上げる。


 ヴィクトルの部隊は、困難が予想された兵糧輸送を果敢に成功させ、輜重をレモンスク守備隊に引き渡すと休む間もなくパルティノン包囲部隊に突撃。


 パルティノン側が築き始めていた陣を複数攻略したという。


 それを受け、先発隊として先行していたアンヌ・ベルコア率いる部隊も包囲陣の攻略に成功している。


 レモンスク守備隊の抵抗をようやく排除したパルティノン側の苦慮は、一夜にして破綻した事になる。




「さらなる攻勢を期した両部隊でありましたが、東部方面より急襲してきた騎兵部隊を遭遇。交戦を避け、占拠した陣へと舞い戻っております」


「ほう? 東部方面にもそのような部隊が?」


「指揮官は全身を白き軍装で包んでいたとの事です」


「ふむ……。キーリアをこちらに回してきたか」




 その報告にスヴォロフは顎に手を当て、自身が口にした“キーリア”という名の戦士の姿を思い浮かべる。


 ペテルポリスにて、“教団”を名乗る集団が投降してきたが、こちらの間者であるロジェス、ジェストといった面々とともにあった男に率いられた一団がそれであった。


 その個々の戦闘能力は、リヴィエトのいかなる精鋭おも凌駕し、一騎討ちであれば獣人兵とて敵わぬほどの異能集団。



(本気でレモンスク奪取を考えているというのか?)



 前線に現れたキーリアの姿に、スヴォロフは自分の読みとの食い違いを察する。


 フェスティアの意図は自身を囮に、スヴォロフ率いるリヴィエト本隊との決戦に挑み、セラス湖沿岸の水運の保持することに主眼を置いているとスヴォロフは読んでいた。


 実際、スヴォロフがバグライオフ等と合流すれば彼女の意図通り、本隊どうしの決戦になるであろう。


 そして、彼女がこちらの意図として見抜いているであろう、キエラ前面での戦闘を回避し、レモンスクより南東へと下り、そのままセラス湖沿岸へと雪崩れ込む作戦をとるとなれば、全軍を持ってそれを妨害する。


 どちらにせよ、レモンスクをあえてこちらに取らせまま本隊の入城を待ち、行動によって包囲中の東西軍との挟撃に持ち込むであろうとスヴォロフは予測している。


 しかし、中央、西部両軍に比べ、東部方面軍が練度に劣る事。そして、その軍にキーリアがいる事となれば、その意図はやや事情が異なってくるように思える。


 東部方面軍の惰弱さは、こちらを東部へと引き込まんとする囮であるとも思えるが、そうであればわざわざキーリアを配するはずもない。


 となれば、東部への侵攻の妨害であろうが、そうなると西部方面は中々の精強であり、突破は予想外の被害を生じさせかねないこと考えれば、自ずと進路は南進になる。


 これは当初予期した意図の通りであるのだが、決戦を前にキーリアを中央から外すという選択肢に疑問が残る。


 どのみち、自分達が到着をしてしまえばレモンスク攻略など不可能になるのだ。




「もう一報。コンドラーチェ閣下幕下の法科士官が、西にて複数の闘気の出現を察したとの事」



 黙り込んだスヴォロフの様子を窺うかのように、先発隊指揮官が口を開く。



「西部方面軍への援軍ではないのか?」


「いえ、それが、それまでのモノとは比べものにならぬほど大きなものだと……」




 アンジェラの言に先発隊指揮官は、首を横に振りながらそう答える。


 法科部隊は、法術の類をよく操る同時に、千里先をも見通す遠見や星見による予知なども行う。

普段は、浮遊要塞や特殊車両の維持管理を担当するが、戦に際しては遠見が絶対的な効果を発揮するため、数少ない術者を優先的に前線へと配置している。


 スヴォロフ本隊の様に、行軍を続けている部隊では、精神統一の機会がないため、その力は発揮できていないが、占領都市であればその手の時間の確保は難しい事ではない。




「ほう……、そういうことか」



 それを受け、間をもうけて地図に視線を向けていたスヴォロフは口元に笑みを浮かべながら口を開く。



「閣下?」


「はっはっはっは。アンジェラよ。このわしも随分大物になった様じゃぞ?」


「は、はあ……」




 気分良く笑い声を上げた指揮官の様子に目を丸くしたアンジェラや諸将であったが、その後に続くスヴォロフの言にさらに困惑している。


 そんな者達の反応に、スヴォロフはさらに気をよくし、景気よく腿を手の平で張り、小気味の良い音を立てる。




「どうやら、わしの首を取りに来る連中が居るようじゃ」


「…………っ!? そ、それは」


「東部方面のキーリアの存在が気にはなっておったが、これで合点がいく。これ、ヴィクトルとアンヌに伝えよ。ギリギリまで件の騎兵部隊を引きつけよと」


「っ? ははっ!!」



 先発隊指揮官に対してそう命じたスヴォロフは、腰に下げた短刀を手にすると、広げられた地図に投げつける。



「アンジェラよ」


「はっ」


「貴公も麾下の兵を率いて、彼の地を攻略。ロマン率いるタニア占領部隊の侵攻に呼応して敵を討て」


「はっ!!」



 そんなスヴォロフの行動に、他の将達が目を剥くなか、一人スヴォロフの意図を察していたアンジェラが、その命に頷き、天幕から出て行く。




「閣下……如何なる故に?」


「――法科部隊が察知した闘気の正体。それを察しているものはおるか?」


「……いえ」


「なれば、現在位置は?」


「それも……」


「それでよい。敵の正体は、フェスティア直属の近衛兵団。して、彼らは今」




 アンジェラと先発隊指揮官の姿が消えた幕舎に居並ぶ諸将の一人が、額に汗を浮かべながらスヴォロフの意図を問い掛ける。しかし、スヴォロフは直接答える事はせず、逆に問い返すことで諸将の内情を探る。


 多くが、口を開いた将と同様に顔を見合わせるが、スヴォロフとすればそれで十分であった。


 アンジェラ、ヴィクトル、アンヌと言った麾下の戦巧者達は、すでに部隊を指揮するべく前線にあり、残る者達は自分の指揮に整然と従うものばかり。


 彼らにスヴォロフの意図が読めるのならば、自分の首を目指して来る者にもこちらの意図は読める。


 つまりはこちらが用意する罠を見破られるという事になる。



 そう思ったスヴォロフは、再び短刀を取り出すと、地図へと放る。



 再び突き立ったそれは、アンジェラが攻略に向かった敵陣とロマンが占拠するタニアの街と等距離ある丘陵で、パルティノン西部方面軍が展開する地域に当たる。




「彼の者達は、現在その地におる」


「……何故、お分かりに?」


「時期に分かる。ロマンとアンジェラが彼奴等に当たる以上、ほどなく無数の死体袋がこちらへと届けられる事になるであろうよ」




 いまだに困惑の表情を浮かべる諸将。


 しかし、スヴォロフは、この状況下で自分に対して刺客を送り込んできた彼の女帝に対して感心するとともに、困難な状況に挑んでくる敵の正体へと関心が移っていた。




◇◆◇




 敵本隊の動きが活発化していた。


 途中で接触した西部方面軍の一部隊によると、本隊からの先発隊が包囲網を破って兵糧輸送を完了すると、返す刀で包囲部隊を急襲。これを打ち破ったのち、本隊から先行してきた部隊もそれに加わり、ようやく完成が見えたレモンスク包囲網は一夜にして破綻。


 スヴォロフの本隊のレモンスク入りを阻むものはなくなっている。


 地下迷宮出口の森から西に迂回し、丘陵地に姿を隠しながら行軍するアイアース等は、現在ここニブル丘陵に陣をかまえる西部方面軍補給部隊と合流し、戦の展望を見つめていた。


 スヴォロフがアイアース等の現在位置として読み取ったのはまさにこの地であり、今丘の上からレモンスク周辺に視線を送るアイアースの目には、アンジェラ率いる別働隊の攻勢にさらされる包囲陣とタニアの街に陣取るリヴィエト軍の軍旗が見て取れ、その先には東西両軍の軍旗とリヴィエト軍の軍旗が入り混じっている。


 レモンスク守備隊はこちら側に包囲を許されつつも、反転してきた前衛部隊の一部と合流し東西両軍の主力と激戦を展開している。


 その剣戟の音はアイアースの耳にまで届き、他にも人の焼ける煙や状況の変化を告げる歓声が各所から届いてくる。




「ヴァルターも手こずっているようだな」


「はい。元々、閣下は守勢の人。攻勢は得意とは言えませぬ。加えて、西部方面軍の後方にはタニアを占拠する五千がおります。現状は、西部方面軍主力が三方より挟撃されている状況と見る事も出来ます」


「むしろ、あいつだから耐えられていると言ったところかな?」


「シェルナー、ヴォルクの両将が麾下にある事も幸いしているのでは? 東部方面軍の動きとくらぶれば」


「ハインが悔しがっていそうだな」



 傍らにて状況を見つめているジルがアイアースの言に答える。


 イースレイをはじめとする他のキーリア達もその場にあるが、序列と経験差ゆえに身を引いている様子で、黙ったまま状況を見守っている。




「現在、包囲網は敵に切り崩され、敵本隊はレモンスク北方一帯に広く展開している様子だ。現状、我々の眼前タニアの街には、西部方面軍主力の後背を担う敵五千。前方、ヘイム山の陣には敵別働隊三千ほどが攻勢をかけている。レモンスク北方では、包囲網を切り崩した敵先発隊が恐らくではあるが、カテーリアン将軍の騎兵部隊と交戦中だ」



 丘の頂上から下り、アイアースは居ならぶ者達にそう告げる。


 本来であれば斥候の仕事でもあるが、敵で溢れかえるこの地に斥候を送り込むなど、死体を増やす事にしかならず、視界に捉えられる軍旗から敵の動きを判断するのがやっとの状況であった。


 それ故に、アイアースは己が目で状況を見つめたのである。



「敵別働隊の動き。すでに我々の存在を察しているとしか……」



 アイアースの言を受け、フィリスが声を絞り出すように口を開く。


 普段は凛とした振る舞いを崩す事のない彼女も、現状には恐れを抱いている様子で、手を握りしめながら、必死に震えを隠している。




「タニアとの間を通る街道に敵兵の姿はない。十中八九こちらに気付いていると見て良いでしょうね」



 フィリスの言にそう答えたジルは、再び地図に視線を落とすと、現在位置からレモンスクへと延びる街道を指でなぞる。


 ちょうど、タニアの街とヘイム山の間を通り、夜半にアンヌに攻略された包囲陣の背後へと通じる道であり、真っ直ぐ南下して来るであろうスヴォロフの本隊を叩くにはもってこいの通路である。



「仮に、スヴォロフ本隊の横腹を目指して逆落としをかけたところで、待っているのは両側からの挟撃。しかも、攻撃対象がスヴォロフ本隊との確証はない」


「街道が通れないのであれば、迂回して後方へと回り込む以外には……」


「とはいえ、件の迂回路を残されているとしか思えない」



 スヴォロフのレモンスク到着と同時の攻撃は、敵の気の緩みを誘う事も出来るし、状況が許せば、ハイン、ヴァルターとの挟撃も期待出来る。


 しかし、ヘイム山の陣地が長持ちするとは思えず、タニアの街にて不気味な静観を保っている部隊は間違いなく攻撃をかけてくる。


 いかにアイアース、イースレイ、ジルと言った一桁№クラスのキーリアが居るとは言え、精鋭五千に急襲され、その後に数万の大軍によって包囲されれば全滅は免れない。


 となれば、ヘイム山を迂回し、敵本隊の後背を突くルートが空いているが、そこは隘路が多く、兵が埋伏するには絶好の地形。


 加えて、街道分岐にて休息したスヴォロフの本隊は、各先発隊、別働隊以外にも分散し、各所の東西方面軍に攻勢をかけているのである。



 そんな中で、開かれた二つの道。



 そして、それに飛び込むという選択肢のみがアイアース等に突き付けられた現実でもあった。




「……殿下」


「なんだ、フェルミナ?」



 そんな中、背に漆黒の翼を持つ少女がおずおずとアイアースに歩み寄る。



「私に斥候をお命じ下さい。上空より敵の伏兵、敵将スヴォロフの存在位置を探って参ります」


「……ふむ」


「殿下」


「ダメだ。犬死ににしかならん」


「っ!?」


「そんな顔をするな。お前にはまだまだやってもらわねばならない事はいくらでもある。それに、敵将スヴォロフの位置は分かっている」



 フェルミナの言を受け、考えるように口を閉ざしたアイアース。


 決断を促したフェルミナであったが、言下に進言を却下され、表情を曇らせると、アイアースは僅かに顔を顰めた後、苦笑を浮かべつつそう口を開く。


 その言に諸将は一斉にアイアースへと視線を向ける。どんな手管かは知れぬが、それが分かれば現状の問題の一つは解決した事になる。



「我々の存在は、フィリスとジルの言うとおり、すでに敵に捕捉されている。なれば、現状のままの奇襲は成立しない。だが、その中でもあえて敵中に現れればどうだ?」


「予期せぬ攻勢となれば、それも奇襲となりましょうが……」



 アイアースの言に、ジルが目を閉ざしながら答える。それに対してアイアースはゆっくりと頷き、さらに続ける。



「ああ。そして、おそろくスヴォロフはそれすらも読んでいる」


「となれば……」



 そこまで言うと、イースレイやジル、そしてフィリスやフェルミナもアイアースの意図に気付く。



「ああ。本隊にあって、我々の奇襲を見破る部隊。そこにスヴォロフはいるはずだ」



 アイアースの言に改めて諸将は頷く。


 もちろん、それを見破るのがスヴォロフだけとは限らぬが、平時に出来た事が戦時に不可能になる事など当然のように存在する。


 戦時に平時と同様の動きを為せるよう、軍は調練を積むのである。



「そうは言っても、こっちの動きは読まれているし、どちらにせよスヴォロフの手の上で踊らされている事実は変わらないわよ」


「ああ。だが、状況が動けば事実は変わる。敵がこちらを待っていると言うのに、わざわざ予定通りに動いてやる理由はない。――隊を二つに別ける。一隊は私とともに迂回路を、もう一隊は我々が敵に捕捉された際に敵中央を突破し、カテーリアン将軍の騎兵部隊と合流するのだ」



 そんな中、ミュウがアイアースに対して、その身を気遣うかのような視線を向け、そう口を開く。


 たしかに、彼女の言うとおり、現状はスヴォロフの手の平で踊っている道化でしかない。


 だが、自分の手で状況を打破できる可能性を持つ以上、道化のままでいるわけではないとアイアースは思う。


 そして、ミュウの言に応えたアイアースに、全員がどよめく。



「殿下。自ら囮になると言われるのですかっ!!」


「囮ではない。俺自ら、スヴォロフの首を取りに行くのだ」


「無謀です。何より、戦力の分散など、寡兵の我らにとっては自殺行為でしかございません」


「兵を死地に送り込むというのに、指揮官が先頭に立たずしてどうなる」


「今はその時ではございません。殿下が先頭に立たれるのは、敵将スヴォロフ。そして、その背後に控える大帝ツァーベルとの決戦の時。状況を見誤ってはなりませぬっ!!」




 皆が困惑する中で、一人ジルが声を荒げる。


 アイアースの言から彼が本気で死地に飛び込もうとしている事を察しているが故であったが、普段は冷静かつアイアースに対して忠実に振る舞う事が多いため、今回のような本気の反抗はアイアースにとっても驚きであった。



「殿下。それならばなぜ、私の進言を封じられたのです? 私が女であるが故でありましょうか?」



 そんな中、なおも反論しようとするアイアースに、フェルミナが静かに問い掛ける。


 ジルに続いて、それまで自分に異を通す事の無かった少女の反抗は、アイアースにとってはさらなる衝撃でもあった。




「フェルミナ。状況を考えられぬお前ではないだろう?」


「考えております。私一人が戦場に倒れたところで、無能な女が一人散ったに過ぎませんが、殿下は違います。此度も、陛下を悲しませるおつもりですか」


「っ!? …………姉上を持ち出すのは卑怯だぞ……。それに、お前とて飛天魔の王女。簡単に死なせるわけには行かないだろ」


「でしたら、ご自愛ください。それとも、フィリス様の進言は受けられて、私の言は受け入れられないのですか」


「っ!?」


「ふぇ、フェルミナ様。それは……」


「なんですか?」



 フェスティアを持ち出され、さらに昨夜の事まで口にされたアイアースは、思わず言葉を失う。

 巻き込まれた形になったフィリスもどうように目を見開くが、フェルミナは表情を変えず、ミュウやジル、イースレイといった面々は困惑するしかなかった。



「しかしな。私が行かずに、誰が敵を打ち破れる? 状況次第では、タニアの守備隊やヘイム山攻撃部隊おも打ち破るか、スヴォロフの撃破まで引きつけねばならん。そして、敵を引きつける事に俺の名前は最適だろう?」


「敵将スヴォロフが、殿下の何反応するような愚か者であれば、戦はこちらの勝ちです。殿下がそうおっしゃったのではありませんか?」


「お前……」




 さらに口を開いたアイアースであったが、フィリスからも他者の知れぬ話を持ち出されると、周囲の視線が痛々しく突き刺さるようにアイアースには思える。



「殿下。なれば、私にお命じください」


 

 いったん黙り込んだアイアースに対し、ゆっくりと進み出たイースレイがそう口を開く。



「……ダメだ。私の代わりにスヴォロフを討てるのはお前かジルだけ。お前を外すわけにはいかぬ。なにより、死んだはずの第四皇子より、キーリア№1が生き残ることの方が国にとっては重要だ」



 それに応えたアイアースの言に、ジルとはじめとする諸将は困惑しつつも、№1が生き残るべきと言う意見には賛同を示す。


 何事も頂点に立つ人間の存在は巨大であり、戦いの場にあっては周囲にその存在そのものが希望を与える。


 現状、巫女に忠誠を誓っている面を快く思わない人間もいるが、決して人間的に劣る人物ではなく、人望も篤いイースレイを簡単に失うわけにはいかないと誰もが思っている。




「仮にも私はキーリアの№1。万を相手にしても後れを取るつもりはございません」


「ぬっ……」



「それに、私は国家を守ると同時に皇帝陛下や巫女様、そして、殿下を守る責務がございます。そして、殿下。キーリアであるあなたは、№1である私を身分でもって縛り付けるおつもりですか?」


「それは……」


「至尊の冠は、パルティノン皇帝ただ一人に冠され、他の皇族はその臣下の最上位に過ぎぬ。となれば、キーリアの序列は私たちの間にも存在すると思われます」



 静かに、それでいて有無を言わさぬ覇気に満ちた言が周囲に響き渡る。

 

 それは、孤高の地位に身を置くものだけが持ちうる他の存在を寄せ付けぬもの。以下にアイアースであれど、それだけの地位には上り詰めてはおらず、それに抗う事もまた困難であった。


 この時、アイアースは、眼前の男に対して、自分はまだまだ及ばぬという事実をまざまざと突き付けられていた。



◇◆◇



 大戦に際しての一時の混乱。


 しかし、いかに優れた君主であっても時として迷い、時として過ちを起こす。


 その際に、身命を持って諫言をしてくれる臣下の存在こそが、その君主にとっては最高の武器。



 この時のアイアースにとって、彼の麾下に集まる者達の存在は、真にかけがえのないものでもあったのである。





 そして、アイアースとイースレイ。


 一人の女を挟んで静かな対峙を続ける両名にとって、この時の別離が巨大な分岐点となって双方に襲いかかる事を、二人はまだ知るよしもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ