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第23話 戦火の暇に①

 神聖パルティノン帝国と帝政リヴィエト・マノロヴァ王朝の激突は、広大なるパルティノン帝国北西域を舞台に行われていた。


 北域は晩秋から初春にかけて雪に包まれ、南域は雪解けと氷雨によって泥濘に支配される。


 北と南ではそれだけの気候差が存在する領域にあって、両軍共に複数の軍団が複雑に絡み合い、各所で激戦を続けている。


 浮遊要塞によるパルティノン領域への猛砲撃。パルティノン東西軍団によるレモンスク挟撃、リヴィエト前衛軍団によるパルティノン中央軍団への猛攻。そして、終わりを向けた両軍飛空軍団の激突。


 一つの戦いは終わったが、それは巨大な戦役の中での一幕であり、多くの人間がその事実を預かり知らずのまま、新たな戦いへと身を投じようとしている。


 そして、その戦役にあって、両勢力の動向を握る立場にあるであろう老将も、まもなく自身最後の戦いへと挑もうとしていた。



◇◆◇◆◇



 レモンスク北方ルドニャの町にリヴィエト軍本隊が到着したのは、飛空軍団激突の前日のことであった。



「前線はなかなか難儀しておる様子よのう」



 町の役所跡にて休息するスヴォロフは、前線からの報告に対して、穏やかにそう答える。


 彼の麾下の軍団は、強行軍に疲れが出はじめているが、すでに古稀を迎えている彼は、疲れ一つ見せずにその老いた身に重装の鎧を着けたまま平然としている。


 長き時を前線にて過ごしてきた老将にとっては、いかな強行軍であれ、後方での行軍は身に応えるほどのものではないと周囲を感嘆させるが、一部側近達はそれが虚勢であり、老齢を押しての最後の戦いへの気勢だけが老将をして、覇気を前面に吐き出させていると思っている。



「ま、バグライフが下手を討つはずもなし。それよりも、レモンスクか」



 スヴォロフが眼前に広げられた地図を指し示す。


 彼に率いられたリヴィエト軍本隊が当面の目標とする都市、レモンスクの周囲には、パルティノン軍を示す青い駒が無数に配置されており、残された隙間はちょうどルドニャから南下した一地域のみである。


 パルティノン東西両軍団の攻勢によって、側面の守備隊は排除され、南方のみがバグライオフによって派遣された精鋭との交戦を続けている。


 パルティノン側にとっても、包囲の完成は急務であるのだが、元々から前線への補給を続ける南部が確保されていては意味がない。


 それ故に、南部に兵力が集中し、北部の戦力は守備隊が粘れる程度しか派遣されていなかった。



 もたらされた情報から、パルティノン西部方面はまだ若い将軍が中心であり、どうしても南方での戦闘に目が向きがちである様子で、東部方面は、経験は豊富だが、お世辞にも果断さやその類が見えてこない指揮官であると見えている。


 砦を建設している点から見ても、堅実な攻めをするタイプのようであり、今回のような即断が求められる状況には向いていない。



 それでも、さすがに時間をかけただけの事はあり、隙間はあれど包囲の輪はほどなく本日中には完成すると見えている。


 スヴォロフからすれば、小石を並べられただけに過ぎないが、それでも戦においては万に一つの可能性も潰しておく必要はある。



「小坊」



 アンジェラ等、諸将からの意見を耳に入れると、スヴォロフは親しみをこめてある士官を呼び出す。



「はっ……」



 スヴォロフの言に、すました表情を浮かべる青年が進み出る。


 名をヴィクトルといい、さる貴族の子女によって奴隷としてかわれていた青年であったが、法術の才能に優れ、人と異なる発想を持つ彼を主である女性の親族がスヴォロフに対して推挙してきたという過去を持つ。



 出生地は不明であり、外見もリヴィエトやその支配地域の人間のものでなく、スヴォロフはおろか、大帝に対しても不遜な態度を取るなど問題も多かったが、ツァーベルやスヴォロフが直々に叩きのめしてからは、一応の礼節は取るようになっている。


 それでも、どこかこちらを馬鹿にしているような雰囲気を醸し出しているのは、本心がそうであるからか。



それでも、ヴェルサリア、バグライオフ、クトゥーズ、シェスタフ、そして、大帝たるツァーベルをも見出してきたスヴォロフにとって、自身最後の抜擢人となるであろうと見込んでいる男。


 今回のような困難な状況を打破も十分に担えると、判断していた。




「知っての通り、パルティノンはレモンスクの奪還に動いてきている。我々としても、前線への補給や多方面への進出にこの都市は決して手放せぬ。――故に、長期戦が予想される。貴官は手勢を率い、レモンスクへの兵糧を運び入れよ」




 大軍が囲む都市に対して、兵糧を運び入れる事など、本来であればみすみす敵に兵糧を配り歩くようなもの。とはいえ、それまでに前線に対して、補給を続けていたレモンスクの備蓄は乏しく、本隊の到着後は占領地からの補給も難しくなる。


 後方の浮遊要塞の稼働がいつ頃になるのか不明である以上、兵糧を抱えての行軍は出来うる限り避けたいというのがスヴォロフのみならず、リヴィエト側の思惑でもあった。


 そんな思惑を知って過知らずか、困難作戦に不満を隠さずに出立していくヴィクトルの背中を苦笑しながら見つめるスヴォロフに対し、副官のアンジェラが静かに口を開く。




「まったく、あの子は……っ!!」


「そうカリカリするな。生意気な弟のようなものであろう?」


「私たちに対してはあのような態度は取らないのですが」


「まあ、よい」




 ヴィクトルを奴隷として飼っていたのは、彼女の妹であり、彼女自身は姉と共にスヴォロフに彼を推挙した立場である。


 まさか、皇帝や元帥に対して不遜な態度を取るとは思ってもいなかった様子で、事が済んだときは自裁しかねないほどの落ち込みようであったのだが、その後はヴィクトルが確実に功績を重ねているため、ひとまずは安堵しているようである。


 とはいえ、いくら言っても聞く耳を持たないヴィクトルをアンジェラもまた持てあましている様子であった。




「閣下、参謀。あの者のことはそれで」


「そうだな……、アンジェラ。ロマンとワシリーに対して伝令を遅れ。アンヌ。貴公もさっそく働いてもらうぞい?」


「はっ!!」



 二人の言に、アンヌと呼ばれた少壮の女性将軍が割ってはいると、スヴォロフとアンジェラは再び地図へと視線を戻す。


 現状、パルティノン側の攻勢と反撃は激しいものの、大きな失敗は出ていない。


 神ならざる身である以上、もたらされる情報以外似判断のしようがない事も事実であったが、パルティノン側もまた、攻勢と反抗のみに傾注しているわけではなかったのである。



◇◆◇◆◇



 暗がりの中を断末魔が響き渡る。



 アイアースは眼前の異形種に突き立てた剣を引き抜くと、直前まで響いていたそれは鳴り止み、再び静寂が周囲を包み始める。


 剣を戻し、無言で腕を前方へと振るったアイアースに続き、総勢二千の騎兵達が、整然と並べられた魔鉱石の通路と駆け始める。



「こっちだ」



 と、アイアースの傍らを疾駆していた巨躯の男が足を止め、口を開く。


 この場にあっては彼と飛天魔であるフェルミナだけが騎乗しておらず、飛行が可能なフェルミナに対して彼は徒であった。


 しかし、馬術に優れる精鋭騎兵達と同様の速度で掛け続ける彼は、成人男性を遙かに超える巨躯とともに、頭部から生えた婉曲した一対の角と臀部から伸びる鱗に覆われた太い尾を揺らしながら駆け続けているのだった。



 竜族。と呼ばれる種族の中でも、とりわけ力に優れる地竜と呼ばれる種族の男であるが、かつてアイアースと出会った時よりも、速度と持久力を成長させたようである。



「バヤン殿。面倒をかけてすまない」



 そんな彼に対し、アイアースの後方にて馬を駆けている長い黒髪のキーリアが口を開く。


 今回、アイアースに付き従っているキーリアは、彼をはじめとしてそれぞれの任務を託された兄弟の中では一番多い。



 №1であるイースレイ以下、ジル、ミュウなどカミサでの生き残り8名が彼に従っている。


 イースレイのみに同行を許したのは、彼の思惑が読めない事と、万一の際のフェスティアの危険を避けるためという面もある。


 グネヴィア相手ならば、フェスティア、リリス、シュネシスでどうにかなるし、万一の際にはミーノス、ルーディル、イルマも駆けつけてこれるはずだった。



「貴公が礼をいう事ではない。私は、主様の命で動いているに過ぎぬ。――礼ならば、そこのパルティノンの皇子とそこの小娘に言うのだな」


「ちょ、ちょっと~。久しぶりの再会なのに小娘ってひどいじゃない」



 黒髪のキーリア、イースレイの言に素っ気なく答えた地竜のバヤンであったが、やや棘のある言い方に艶のある声が通路に響き渡る。



「主様の静止も聞かずに、散々心配をかけた者など、小娘で十分だ」


「だって、殿下を一人で行かせるわけには行かないじゃない」


「役割を考えろ。法術主体の貴様がキーリアになったところで、たいした戦力にはならん」


「法術の使役幅は広がったわよ?」


「それは、元々の才能だ」


「あ、そ、そう?」



 そんな調子で口論を始めたバヤンと小娘と呼ばれたミュウ。


 とはいえ、地頭は天才的だが、単純な性格をしているミュウは、ちょっとした褒め言葉にすぐに反応する。



「それで、あとどのくらいだ?」



 そんな二人のやり取りを無視し、アイアースはバヤンに対し、そう問い掛ける。出来る限り先は急いでおきたかったのだ。



「この分岐が最後だ。直進すれば夜半までには外が見えてくるはずだ。そこからレモンスクの町はちょうど視界に捕らえられる。敵主力との交戦も明日には可能だろう」


「分かった……。あなた達を巻き込んでしまった事、本当に申し訳ない」




 アイアースの言に、ミュウから視線を外したバヤンは、淡い光りに包まれる通路の先を指し示しながらそう答える。


 それに対してアイアースは頷くと、バヤンに向きなおって伏し目がちにそう口を開く。



 今回、彼らが敵の側面へと回り込む事になったこの地下通路。


 これは、スラエヴォ離宮地下の地下宮殿から伸びる、巨大迷宮の一部で、アイアース等の曾祖母であるヒュプノイアが封印していたものである。


 今回の出陣に先立ち、隠居の身である魔后ヒュプノイアと従者のバヤンの元をフェスティアは訪れており、アイアースに命じた任務に対応してキエラ近郊からレモンスク近郊に至る地下迷宮への通路を開かせたのである。


 ヒュプノイア自身は、自分のみに残る永遠に近い時間を考え、外界との関わりを断っていたのだが、少なくとも自身の分身である娘とその孫や一族達が守ろうとする故国の危機にあっては隠居を決め込む気になれなかったのであろう。


 それでも、アイアースからすれば、幾度も自分のみを救われ、今もまたこうして曾祖母の平穏な暮らしを脅かした事に後ろめたさを感じていたのである。



「……私は、主様の命で動いているに過ぎぬ。気持ちは受け取っておくが、主様には伝えぬぞ?」



 そう答えたバヤンに対してアイアースは頷く。


 ヒュプノイアがアイアースに頭を下げられたところで、それは彼女の誇りを傷つけるだけであろうし、そんな事を望んでいるとは思えない。


 それでも、せっかくの好意に対して何も答えないというのも礼儀に欠けた。



「それでいい。皆、地上に出た後、日の落ちるまで休息を取る。馬を換えよ」



 バヤンの答えに頷いたアイアースは、そういって、乗馬の傍らの馬へと移ると他のキーリアや騎兵達もそれに倣う。


 遊牧騎馬民族を祖先に持つパルティノンには、千年の時を重ねた今でも行軍の際には一騎が複数の騎兵を伴う。


 そして、疾駆しながらの乗馬の交換は騎兵には必須の素養であり、志願者は全身に青あざを作り、時には重傷を負いながらもそれを身に着けているのである。


 それ故に、今回の行軍も常識を外れた速度と時間で、キエラからレモンスク近郊までを走破してきたのだった。

 




 開かれた出口から抜けると、そこはステップに囲まれた小高い丘であり、背の低い木々が乱立している。



「なかなか爽快な眺めだな」



 馬を下り、木々の間に身を潜めたアイアースの傍らにて同じく身を潜めるイースレイが口を開く。


 彼らの眼前に広がる草原は、僅かな起伏と森林。そして、点在する街並みの他は、彼方にそびえる山岳があるのみで、ほとんどが兵站に近い春先特有の色彩の薄い景色が広がるのみであった。



 そして、その草原を蠢く影。



 パルティノンとリヴィエトの両軍が原野の彼方でぶつかりあい、人が地を埋め尽くすかのようであった。


 それでも、開かれた地形は騎兵である彼らにとって有利であると同時に、不利でもあった。



 奇襲は相手に察知されればその意味合いを失う。


 しかし、この大地にあって、敵の目をかいくぐっていく事が本当に可能なのか、アイアースには分からなかった。



「……一端休むとしよう」



 静かにそう答えたアイアースは、身を起こすと他の者達が身を休める場所へと戻る。イースレイはしばらくその場にて景色でも見ていようというのか、そこから動こうとはしなかった。



「殿下。どうでした~?」


「なんとも。だな」



 出口付近にまで戻ったアイアースを、ミュウとフェルミナが迎えてくれる。


 他のキーリアや騎兵達も成立しており、アイアースの言を待っている様子である。先に休ませても良かったのだが、思わぬところで敵と遭遇する事もあり得る現状。


 自分の目で状況を見るまでは何も言う事は出来なかった。



「各方面に斥候を配置。二人一組で組め。後退は一刻置き。あとは、夜半まで身を休めておけ」


「はっ!!」



 アイアースの言に答えた騎兵達は、各々馬の手入れや食事の用意に向かい、一部の兵達が森林へと入っていく。


 アイアースもまた、馬の元に近づき、蹄や身体を見ていく。


 人を乗せる時間を分散させたぶんだけ疲労は少ないだろうが、その移動距離は常識を越える。それでも、潰れることなく駆けてくれた事は大きい。





「殿下。こちらをどうぞ」



 身体の汚れを拭ってやり、専門の者と交代したアイアースに対して、フェルミナがおずおずと食事を差し出してくる。


 良い匂いが鼻をつき、思わず顔がほころぶ。



「ありがとう。相変わらず、いい腕だな」


「えっ!? あ、ありがとうございます」


「まだ、食べて無いじゃない」


「匂いで分かる。あと、フェルミナ。もう一つもらえるか?」


「え? わ、わかりました」



 ミュウの言に素っ気なく応えたアイアースは、すぐに口にしたい衝動を抑えつつ、フェルミナが運んで来たそれを手にすると、再び森へと足を向ける。



「殿下、どちらへ?」


「まだ、見ておきたい事があってな。すぐに戻る」


「あっ……」



 そんなフェルミナに対して、そう応えたアイアースは、音を立てぬよう森へと足を踏み入れた。






「あ~あ、女心の分からない男ね」


「ミュ、ミュウさん。そんなことは……」



 さっさと行ってしまったアイアースに対して、ミュウがあきれながらそう口を開くと、フェルミナは気落ちした表情のままそう応える。


 本心を言えば、フェルミナは久しぶりにアイアースと一緒にいたかったのであるが、わがままをいって主君を困らせるわけにもいかないと思い、後を追うような真似はしなかった。


 それを見ていたミュウは、フェルミナの遠慮がちな性格に苦笑しつつも、ここのところ、富に素っ気ない態度が目立つようになったアイアースに対しても、少々不満がある。


 ようやく兄弟と再会できたものの、祖国が滅亡の縁にあるということへの危機感は分かる。


 それでも、共に戦った仲間に対して、いや、それ以上の思いを向けてくる相手に対して少々冷たすぎるのではないかという思いがミュウの中にはあった。




「フェルミナ様。殿下は、どちらに?」



 そんな二人の元に、フィリスが近寄ってくる。


 フェスティア直属の近衛軍に志願していた彼女であったが、今回の任務には近衛軍からも一部が抽出されており、辺境出身の彼女もまたそれに含まれている。



「また、森の中に……」


「そうですか。殿下に大事があるとは思えませぬが、後を追ってみましょう」


「ちょ、ちょっとぉっ!!」


「は、はい……っ!?」



 そんな調子でアイアースの後を追おうとするフィリスに対し、ミュウが慌てて肩を掴んで引き留める。


 元々、非力であった彼女であるが、キーリアとなった今では、敵うはずもないフィリスを引き留めることぐらい簡単であった。




「こういう時の殿下って、怖いわよ? 一人になりたいときもあるでしょうし、少し待ちましょうよ?」


「し、しかし……」




 それでも、一番行動を共にする時間の長かったミュウは、アイアースが時折見せる孤独癖というものを知っているため、やんわりとそう口を開く。


 教団に身を置いている際に、安易に近づいた教団の手のものが、斬られかかった事もある。もっとも、そのケースは色目を使ったことが癇に障ったと本人はいっているのだが。


 しかし、なおも抗弁しようとするフィリスに対し、ミュウは顔を寄せると、改めて小声で口を開く。



「あのね。恋人が後を追わずに待っているのよ? 少しは気を使ってあげてよ……」


「こ、恋人??」


「あの目を見れば分かるでしょ?」


「ええと……」




 困惑するフィリスに対して、ミュウは心配そうに森へと視線を向けているフェルミナに目を向ける。


 しかし、その手の経験に乏しいフィリスは、純粋に主君を心配しているようにしか見えず、よけいに困惑している。



「はあ……。相変わらず、奥手なのね」



 ミュウから見れば、北辺で出会った時からフィリスがアイアースに向ける視線の真意を感じ取っている。


 とはいえ、その当時はそんな感情に困惑するしかなかった様子のフィリスを微笑ましく見ていたのだが、年頃の今になってもその調子であるのには、苦笑するしかない様子である。



「ちょっと、ずれているあなたも変わらないですけどね」


「ん? 何か言った??」



 そんな調子のミュウに対し、フィリスもまた、かつての記憶を呼び起こしながらそう呟く。



 四年連続で学長賞を受け、現役学生の時に研究論文が学会に注目されるだけの天才でありながら、どこかずれた性格をしていた先輩。


 時代と世界を異にしていても、フィリスにとっては同じ人物であるようにしか思えなかった。



(そう。時代も世界も違う……。でも、私は……)



 ミュウから顔を背けつつ、過去の記憶を思い起こすフィリス。


 少なくとも、先ほどまで目の前にいた一人の青年は、巨大帝国の皇子ではなく、かつてともに日々を過ごした一介の学生なのである。


 そして、蘇った記憶の中にあっては、お互いに思い合っていながら、気持ちを伝えることなく永遠の別れとなったことへの思いが燻り続けていた。


 


 原野を包み込んでいた陽が、暗雲に飲まれ、世界はゆっくりと暗がりに包まれていく。それは、まるで時の動きを告げているかの如く色彩を変化させていく。



 若き皇子と不敗の老将の激突は、目前に迫っていた……。

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