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第22話 天翔るもの⑤

 隊列を乱した敵を討つ事に時間をかけるわけにはいかなかった。


 法術によって穿たれた穴に突撃し、直援部隊を蹴散らしたミーノス等は、突然の事態に浮き足立つ敵飛空部隊を急襲。


 対地攻撃用の投石や焙烙と呼ばれる火計武器を抱いていた敵飛竜、天馬は、通常装備のパルティノン飛兵の動きについていく事は出来ず、先頭にいた指揮官を失って以降は、満足に統率も為されてない状況であった。


 今も、ミーノスの大鎌によって翼を断ち切られた飛竜が、操主もろとももんどりをうちながら落下していく。


 それを一瞥した後、ミーノスはさらにひとかたまりになっている飛兵の一団へと向かって飛竜を駆り、それを目にしたリヴィエト飛兵達は一斉に散開する。


 それを追い、次々に斬り伏せていくミーノス。その傍らをルーディルとはじめとする精鋭飛兵達も駆け抜けていき、白き雲間は瞬時に赤く染まっていく。


 その中でも、ルーディルの動きは突出しており、眼前の飛兵部隊を蹴散らすと瞬時に上方へとあがり、ほどなく急降下しながら敵飛兵達を屠っていく。


 そんな頼もしい古参の動きを目の当たりにしたミーノスもまた、隊列を乱して逃げ回る飛兵を追っていく。



 しかし、壊乱した敵飛兵の中にも、勇猛な者は当然存在する。



 必死に潰走する友軍を尻目に、ミーノスの前後挟むように飛竜と天馬を駆るリヴィエト飛兵達。


 腕に覚えがあるのか、ミーノスに対しても恐れを抱いているようには見えず、ミーノスもまた、それに対してほくそ笑みながらその挑戦を受け入れる。


 手綱を強く握り、飛竜の腹を足で強く挟むと、飛竜の速度が一気に上がる。



 そうして、前方に立ちふさがる敵飛兵へと突っこむと、繰り出された槍をかわし、大鎌を振るって首を飛ばす。そして、それを待って居たかのように飛竜が急降下し、頭の上を二騎に天馬が駆け抜けていく。


 ミーノスは、背中を見せた二騎に対して手にした大鎌を投げつけると、大鎌は激しく回転しながら飛び、空気を裂く音とともに操主の首を跳ね飛ばした。


 首が飛びしばらくすると行動を止める天馬。それまで手綱を握っていた首のない身体は、それから両の腕をだらりと下げ、ゆっくりと崩れ落ちるように落下していく。


 途中、こちらを向いた男女の首は、いまだに信じられない何かを見たように、驚愕の表情を浮かべていた。


 二騎を屠った大鎌は、その後も回転を続けながら弧を描き、次なる標的へと向かって飛竜を駆るミーノスの掲げた腕へと収まると、ミーノスは勢いそのままに背後に迫っていた数騎のリヴィエト飛兵を横薙ぎに薙いだ。


 しかし、飛翔していた大鎌の勢いは凄まじくを後方を薙いだミーノスは、思いがけずにバランスを崩しかけ、手綱を掴んだまま鐙から腰を浮かせて虚空へと投げ出されかける。


 先ほどより、戦闘空域にて暴れ回るミーノスに対して、数の利を生かして取り囲んでいたリヴィエト飛兵達が、またとない機会をばかりに一斉に襲いかかる。


 腹と腕に力をこめて強引に体勢を立て直そうとするミーノスであったが、空、そして常にギリギリの間合いで勝負をする近接戦闘にあっては、一瞬の失敗ですべてを失う事になる。


 今もまた、体勢を立て直せたとしても、防御動作はもとより、武器をかまえる事すらも間にあわなかったミーノス。


 そんな彼に対して、飛竜を駆る無数の飛兵達が一斉に躍りかかってくる。


 それらの攻撃をすべてかわしきるだけの技量をミーノスは持ち合わせている。しかし、空における戦いにあっては、操主の技量だけでなく、飛竜に能力と操主との呼吸や信頼性などが複雑に絡み合う。


 竜騎士が、空の戦いにあって大きな優位性を持っているのは、飛竜との関係が極めて深いが故である。


 今、ミーノスがすべての攻撃をかわしきったとしても、飛竜が攻撃を受ければ当然戦闘能力は低下し、次なる攻勢を耐えきれるかどうかは未知数になる。


 それを本能で察知していたミーノスは、自身の駆る飛竜を信じるしか無く、自身の意志を伝えるべく手綱を固く握りしめる。



(いけるかっ!?)



 歯を食いしばり、飛竜に意志が通じる事を願いながら体勢を立て直すミーノス。


 そんな彼の視界には、無数の白刃がゆっくりと向かってきている。握りしめた大鎌を振るう。しかし、それも自分の身体とは思えぬほど遅く、白刃が身体に突き立つ頃になってようやくそれを斬り落とすことになるだろうと思った。


 そして、そこまで思い立つと、間にあわないだろうという思いが胸をよぎる。


 キーリアとなり、人たらざる身になったとは言え、不可能な事も当然のように存在する。今回のように無理な体勢で敵の攻撃をかわしきると言うのもそれである。



(二、三発なら耐えられるか?)



 さらに迫ってくる白刃をみつめながら、そう思うミーノス。


 そして、まさに自身の身体に迫り来る白刃が突き立とうとしたその時、世界が急速に動き始めた。



 思わず目を見開くほどの速度。



 無意識に鎌を振るっていたことが、緩やかになった速度によってようやく認識できている。


 そして、両断された無数の首と胴体が、人と竜の境目無く地上へと落下していった。



「殿下っ!! ご無事ですかっ!?」


「ああ、何とかな。こいつのおかげで助かった」



 そんなミーノスの側に、前進を赤く染めたルーディルと彼に付き従う飛兵達が飛竜を寄せてくる。


 ミーノスに付き従っていた飛兵達も集まりはじめていたが、その数は当初よりも大分数を減らしていた。


 そうして、ミーノスは飛竜の首を撫でながらルーディルの言に答えると、周囲の様子を窺うべく、視線を巡らせる。



「終わったようだな……」



 周囲では、最初に比べて大きく数を減らしたとは言え、パルティノン飛兵が飛竜を駆り、今も生き残っているリヴィエト飛兵は、数騎のパルティノン飛兵に追い詰められている。


 元々、千にも達しようかというリヴィエト飛兵部隊は、ほんの一瞬の間に、この空より消滅しようとしていた。



「しかし、こちらも想像以上の被害を被った。ヴェルナーは討たれ、半数近くを失ったな」



 ミーノスの言に対して、ルーディルは何も答えず掃討の続く空に視線を向ける。


 彼もまた、フィッケル、アルフ、ヘンシェといった副官達を失っている。


 圧倒的な戦力差を逆転した以上、勝利には違いないが、戦力差に相応しい犠牲も払っている。なにより、飛兵はもっとも育成が難しく、今回の消耗が今後の戦局にどのような影響を及ぼしていくのかは分からなかった。




「さて、生き残った敵兵には投降を呼びかけろ。拒否した連中には容赦しなくて構わぬし、重傷者は介錯をしてやれ。それと、操主を失った飛竜や天馬はしっかり捕らえておけ。放っておくと後々面倒だ」



 ミーノスは黙したまま一方を見つめているルーディルを一瞥すると、その場に集まった飛兵達に対して追撃の指示を出した。



◇◆◇◆◇



 雲海の狭間から見上げる空に、数騎の飛竜が舞っている。


 やがて、それらは散開し、周囲へと飛び駆っていき、その場には飛竜が二騎残っているだけであった。


 シェスタフは、乱れたままの呼吸と激しく跳ね上がる鼓動を耳にしながら、その二騎を睨み付ける。



 自分達は敗れ去った。



 与えられた任務を果たせず、自らが任された兵達の多くは大空へと散っていった。


 このまま生きて帰ったところで、待っているのは処断だけである。


 部下を全滅させた人間を生かしておくほどリヴィエトという国は甘くはなく、それに加えて総参謀長の実の妹も行方不明になっている。


 結果が分かっている以上、潔い自裁も許されるとは思うが、なんら戦果も上げることなく逝く事が正しい事なのか。



 そう考えるづけていたシェスタフであったが、たまたま雲海の狭間から目にした竜騎士の姿に思わず鼓動が跳ね上がった。



 そうして、気付いたときには件の竜騎士へ向かって、飛竜を駆っていた。



(それでいい。元々、貴様に部隊指揮などをさせたのが間違っているのだ)



 風を切り、眼前の竜騎士へと向かいながら、真竜であるラージャの声が脳裏に届く。


 彼女は、シェスタフの真意をくみ取り、自慢の快速を持って一気に距離を縮めていく。元々、一介の飛空兵として戦果を上げ続けてきたシェスタフにとっては、雄敵との決戦こそが本懐である。


 それを、今回は祖国の勝利のために封じ、向いていない部隊指揮を取っていた事を心を通じ合わせる真竜は良く知っていた。



(ありがとう。――最後だ。よろしく頼む)


(よせ。縁起でもない)




 短く互いにそう言葉を向けあった両者は、眼前の竜騎士を睨み付ける。


 竜騎士の傍らにあった豪奢な金髪の青年がこちらに気付き、声を上げているが、敵の竜騎士はそれに答えることなくこちらを見据えている。



 そして。



 強烈な突風が吹きつけたかと思うと、シェスタフとラージャは、無意識のうちに身体を横にずらす。


 突風が身体をかすめると、じんわりとした痛みが両者を襲う。


 シェスタフは、頬を流れる何かを感じ取り、改めて敵の恐ろしさを自覚する。


 しかし、それで恐れおののくならば、はじめから勝負を挑んだりはしていない。


 すぐさま反転し、竜騎士の姿を追い求める。


 速度ならば、敵飛竜よりもラージャの方が上であり、徐々に敵の姿は大きくなりつつある。


 そんなおり、竜騎士がこちらへと視線を向ける。シェスタフもそれに倣って視線を向けると、お互いの視線が交錯する。


 思わずほくそ笑んだシェスタフに対して、相手の竜騎士は一騎討ちにそれほど大きな関心を示していないようであり、面倒くさげな表情を浮かべると、一気に飛竜が真横へと飛び退る。


 シェスタフとラージャも、速度を落とさずにそれを追いかけると、敵竜騎士は、螺旋状に回転しながら地上へと降りていく。


 それから互いに飛竜を駆り、時に交錯し時に並び立ちながら雲海の中を飛び回る。


 攻撃範囲に飛び込んだと思い、槍を繰り出せばそれを見ることなく弾き飛ばし、ラージャが冷気を吐けば。一瞬減速する事で、こちらの下側へと入りこむ。


 こちらが追われる立場になり、身体を倒しながら背後に槍を突き出す。しかし、咄嗟に身を翻した飛竜の硬い鱗に阻まれ、敵の竜騎士を討ち取るまでには至りそうもなかった。



「さすがだ」



 再び交錯するが、繰り出した槍はあっさりと敵の槍によって弾かれ、シェスタフは思わずそう呟く。


 敵陣営の竜騎士に凄腕がいるという話は北辺を占領した頃より聞き及んでいた。そして、その後に起こった北辺地域での戦闘。


 得体の知れない集団の裏切りによってこちらが勝利を収めたが、こちら側の獣人部隊を壊滅せしめた部隊が存在するという事実。


 そして、その中には竜騎士も含まれていたという。


 その事実にほくそ笑んだシェスタフであったが、此度の南進に際して大帝直々に拝命した飛空部隊の指揮。


 軍歴を考えれば、部隊指揮を担う事は不思議ではないが、それでも前線にて全力で敵を屠ってきたシェスタフにとっては、苦悩と物足りなさのせめぎ合いが続いていた。


 そんな、戦いへの飢えも手伝ってか、眼前の竜騎士を発見したときの高鳴りは自分で自覚できるほどの事。


 思わず喜びを覚えるに見合う敵種に自分は出会ったのであった。



「そろそろ決着をつけるとしようか」



 飛竜を返し、再び交錯した際に、耳に届いた声。思わず目を見開いたが、それまで自分と舞うように交錯を続けていた竜騎士の姿が消える。



「それは知っているぞっ!!」



 しかし、先ほどまでの乱戦の最中で、シェスタフは眼前の竜騎士の動きをつぶさに観察していた。


 副官達を屠る事には成功したものの、本人との戦いの機会を得る事はなく、今に至っている。しかし、急降下と急上昇を繰り返し、敵を屠っていく姿を忘れるつもりはない。



 竜騎士の攻撃で、もっとも恐ろしいのはその降下攻撃。



 落下の勢いも相まって、盾もろとも腕を持って行かれる飛兵の姿を何度も目撃していたシェスタフ。


 敵の動き早く、先に動きを見せたのもこちらを誘い込めるが故。だが、こちらとて、動きについて行けないわけではない。



 槍の技量には明確な差があれど、飛竜との連携は互角。



 空戦にあっては、前者よりも後者の方が圧倒的に勝敗を左右する要素。


 それ故に、シェスタフとラージャは、あえて竜騎士の後を追っていた。


 二騎の飛竜がその速度の限界まで出し切りながら降下する。それを待っていたかのように、雲が途切れ、太陽が顔を出すと、氷雨によって濡れていた大地が光を放ちはじめる。



 と、竜騎士の姿が視界から消える。



 それを待たずに、シェスタフとラージャも身を捻ると、そこには竜騎士の背。


 しかし、再び視界から消える竜騎士。


 構うことなく追いすがると、一気に上昇を開始する。


 その背後に追いすがるシェスタフとラージャ。上昇からの反転降下によって一気に決着をつけるという意図が見て取れる。


 相手もまた、こちらがそれを読んでいる事は理解しているはず。それでも、成功させる事が出来るという自信があるのだろう。



 だが、その自信がたった一つの機会をシェスタフに与えようとしている。



 それにシェスタフが気付いたのは全くの偶然。いや、先んじて反転や錐揉みを行っていたが故に竜騎士が気付く事の無かった事。

 


 ――――大地にも太陽はあるのである。



 そう思った矢先、追いすがるシェスタフとラージャに対して、眼前の竜騎士が一気に反転し、勢いそのままにこちらへと向いていくる。



 刹那。



 ほんの僅かな間、陽の光はその強さを増し、寸分狂わずに繰り出されるはずであった竜騎士の槍が停止したようにシェスタフには思えていた。



◇◆◇



 激しい光の束が目に届く。


 降下と同時に輝きを強めたそれは、敵の竜騎士を隠すにはもってこいの光りとなった。


 激痛の走る左足がそれを証明しており、自分は直前にて完全なる勝利を手放す事になったのだった。



「まいった、ガーデ。左足が無くなってしまった」


(馬鹿を言うな。足が無くなって、そんな軽口が叩けるわけがないだろ。しっかり手綱を握っておけ)



 流血の続く左足を一瞥しながらそう口を開いたルーディルであったが、ガーデからは素っ気ない返事が返ってくるだけであった。


 彼女は当然だが、ルーディルの負傷に気付いている。しかし、こちらが労ったところで、出血が止まるわけでもない。



 今は、安全を確保して治療に当たるしかないのだった。



 と、そんな二人の真横に飛来する一騎の飛竜。それに座する竜騎士は、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめていた。



「お見事。足が無くなっちまったよ」


「それは大変だな。もっとも、こちらは胸を突かれて虫の息だ」



 竜騎士は、そういうと咳き込むようにして口から血を吐き出す。それと同様に鮮やかな赤い血が彼の胸元から流れ出ていた。



「先ほどの一撃。視界を奪ったにも関わらず見事……。最後にあなたのような竜騎士と戦えて光栄に思う」


「ありがとう。私としても、あんたが今までで一番で手強かった」


「ふ……。それは、よかった……。もう、時間が、ないようだ。……さらば」



 竜騎士に対してそう告げたルーディル。彼もまた、出血の影響で意識が遠退きかけているが、その都度ガーデから叱責を受けて我に返っている。


 そんなルーディルの傍らで、竜騎士の乗っている飛竜が、眩い水色の光を放ちはじめる。


 一瞬、視界を奪われかけるが、その光が消えた後、その場には、先ほどの竜騎士を抱きかかえる妙齢の女性の姿。


 気の強そうな目と短く切りそろえた緑色の髪が、その性格をよく表しているように思える。



「彼の名は、レット・シェスタフ。パルティノンの竜騎士よ。我が主を討った事……決して忘れてくれるな」


「ああ。私は、ハロルド・ルーディル。そして、保障するよ。彼は立派な竜騎士であると」


「なればよい。……彼女に、私と同じ思いをさせるな?」



 ルーディルの言を受け、ガーデを一瞥しながらそういった女性、ラージャは、再び光りに包まれると、そこには先ほどまで対峙していた飛竜の姿。


 そうして、飛竜は小さくいななくと、男の身体を載せたままその場から飛びさっていく。



(よかったのか?)


「ああ……、それに、休んでいる暇無いぞ? ガーデ。次の戦場だ」


(お前はちょっとは休め)



 ガーデの問いに、そう答えたルーディル。

 

 しかし、ほどなくいつもの調子の彼に戻ると、ガーデはあきれながら、相棒の出撃好きに対して苦言を呈した。






 空において、一つの戦いが終わった。


 傷つき、翼を折った者達が消えていった空。先ほどまで晴れ渡っていたそれも、再び雲海の渦に囲まれ、ゆっくりと氷雨を降らせはじめた。



 それは、空に散った多くの者達が流した涙であるかのように、生き残った者達の目には映っていた。

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