表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/183

第19話 天翔るもの②

 雲海の狭間に黄緑色の大地と灰白色に染まった山塊が見え隠れしている。


 ミーノスは、全身に打ちつける風に身を晒しながら、四方へと視界を向ける。飛竜に載るのは久方ぶりであったが、下界の荒れ模様の天候に対して、雲の上は相変わらずの白と青の世界が広がる。


 幼き頃は、青空を流れる雲や夜空に瞬く星空を見上げるのが好きであったが、今では空より下界を見下ろし、雲海の世界を飛翔することの魅力の虜になっている。




「各員、異常を報告しろ」




 それでも、いつまでも空を翔けることに浸っているわけにもいかない。


 この白き世界のどこかに潜む敵飛空部隊を発見し、その殲滅を為さねばならないのである。


 今も、ミーノスを先頭に楔型に12騎の飛竜が居ならび、周辺に対して視線を向けている。


 この12騎が飛空部隊の最小単位であり、陸上における虎騎、狼士の1000の指揮官と同格たる狼翼長が指揮に当たる。


 飛空部隊の最大単位は、この狼騎長が11名、それらの指揮官たる龍翼長が1名の計12名の指揮官とその麾下の各部隊を併せた総勢144名で1個の飛空軍団となる。


 これは、陸上における軍団と同じ格となり、1個軍団計3万を空から援護する形になる。


 単純計算で、1人あたりがおよそ200名分の働きとなり、パルティノンにあってはキーリアに次ぐ個人での戦闘能力を有する戦闘集団である。


 かつて、スラエヴォの街を焼き払ったのも、わずかに5部隊60騎による被害であり、空からの攻撃という脅威はすでに世界中の軍隊では常識となっている。



 とはいえ、これだけの戦力は、主に飛竜による部隊であり、国によっては、天馬や飛天魔系の部族が主力を為すところもあり、その当たりになるとその攻撃力は大きく漸減される。


 天馬や飛天魔は、空からの攻撃という利点は変わらないものの、竜とは防御面で隔絶とした差が存在しているからである。


 飛竜は弱点を射抜かれなければ、一撃で倒されるような事は滅多にないが、飛天魔のように人と変わらぬ種族であれば、当然一発でも攻撃を受ければ射落とされるし、鷲馬や天馬も同様である。


 それに、それらは飛竜と比べれば温厚であり、いざ交戦ともなれば逃げ出してしまうものも多い。


 よく似た鷲獅子ともなれば、気性が荒く攻撃的であるため戦闘には向くが、こちらは一度認めさせれば、頼れる味方となってくれる知性に優れた竜と異なり、手なずけるのが少々骨が折れる。




 そうして、竜と心身共に一体となって戦える竜騎士ともなれば、その戦闘力は隔絶である。


 ルーディルやイルマのように、キーリアであり竜騎士でもある人間はほとんど奇跡のような存在であるが、その戦闘力の傑出差は類を見ない。


 現状のキーリア№1であるイースレイとて空での戦いでは、ルーディルには及ばないであろうし、かのリアネイアや歴史上の№1達でも同様。


 ならば、なぜルーディルが現状の№4に留まっているのかと言えば、飛竜は操主を載せたままでは、地上での戦いには絶対に参加しないためである。



 かつて、アウシュ・ケナウ監獄にてアイアースが教団の飛空兵を法術によって葬ったときも、相手の不意を突いた事以上に、互いに攻撃可能な位置にアイアースが立ったが故に飛竜の反応が遅れた事も大きかったのだ。




 この飛竜の独特の特性に対して、各国の軍事指導者は幾度も改善を試みているのだが、結局は操主が竜から降りてようやく地上への直接攻撃に加わるという妥協案以外を見出せずにいるのであった。


 竜騎士ともなれば、竜との会話は容易であったが、彼らもいまだに竜を説得しきれていなかった。



 それに故に、敵リヴィエト飛空部隊もまた、地上戦力には数で劣っていても、その戦力の強大さは群を抜き、地上戦力の規模を考えれば、パルティノンを上回る戦力を揃えていたとしても不思議ではない。


 となれば、いかに敵よりも早くその存在を察知し、攻撃を加えるかにかかっている。


 そのため、パルティノン側は、虎の子とも言える全飛竜部隊をこの戦いに投入し、敵戦力の殲滅を画策しているのだ。



「異常はありません」



 しかし、ミーノスへともたらされた返答は、相変わらずのもの。この青と白の世界にあって、いまだに敵部隊の発見には至っていなかった。


 はじめはは、眼前に広がる景色に視線を向けるだけの余裕を持っていたミーノスであったが、索敵を開始してからすでに二日が経過している。


 前哨砦はいまだにリヴィエト軍前衛の猛攻が続き、東西両軍もレモンスクへ向けて包囲の輪を縮めている。


 後方でも、フェスティアとシュネシスは陣頭指揮を取るべく前線へと向かい、サリクス、アルテア、アイアースもまたそれぞれの任務へと出立している。


 敵側の総司令官のスヴォロフはレモンスクへ向けて急速に南下を続け、数日のうちにレモンスクへと迫る東西軍との交戦する模様であり、その後方でも浮遊要塞がホルムガルド北方に姿を見せ始めたという。


 すでに戦は次の局面へと移っており、そのすべてがミーノスの失敗により危機に晒されることになる。


 とはいえ、急いては事をし損じることにもなる。



 両軍飛兵同士の駆け引きは、日没と共に翌日へと持ち越される事になった。



 それは、リヴィエト飛空部隊にとっては、攻撃目標への接近を意味し、パルティノン飛空部隊にとっては、友軍の危機が迫るという事を意味している。



 残された時間はあと僅かであった。



◇◆◇◆◇



 前哨砦がいくつか陥落しはじめていた。


 とはいえ、その多くが事前に用意していた石塁の罠によって敵側に損害を与え、砦の使用を不可能にした状態で撤退を完了している。


 最前線でも見られた光景であり、それを為すもの多くが最前線の生き残り達であった。


 今も自分達の眼前で跪いている狼騎長と天士長もまた、それに該当する者達であった。



「ご苦労。いつも苦労をかけるな。今日は、ゆっくり休んでくれ」


「ははっ」



 フェスティアの言に、フェドンとユーキスと名乗った指揮官と参謀は恐縮しつつ天幕より出て行く。


 両名共にホルムガルドの指揮を任されていた歴戦であり、今もまた少ない損害でこちらへの後退を成功している。


 元々、民族的少数派であり、存在を嫌った後退などを恥としないパルティノン軍にあっては、彼らのような指揮官が重宝される。


 もちろん、敵前逃亡は論外であるし、防衛拠点の放棄なども許されるはずもなかったが、原野での戦いに死守や玉砕と言った結果はもっとも愚かなものとされる。




「今日は。と言う事は、明日にも他の戦場へと派遣されるという事ですか」


「得難い指揮官は働きどころが多くなるものだ」



 シュネシスは、下がっていく二人の背中に言いようのない疲労の影を感じ取り、先ほどのフェスティアの言から、二人に待つさらなる任務に同情しつつそう口を開く。


 フェスティアは、当然と言わんばかりに頷き、机に広げられた地図へと目を落とす。


 青と赤に塗られた駒が地図上に無数に配置され、逐一届けられる戦況を想定し、可能な限りの指示を飛ばす。


 とはいえ、後方にあって前線の指揮を取る事など不可能であり、前線指揮官の裁量は非常に大きい。


 今もまた、ゼークトをはじめとする幕僚達から次々に意見が具申されている。




「敵は今のところ、前線に築いた要塞を一網打尽にせんとしている様子ですが……、逆襲いたしますか?」


「それよりも、いっそドニエスル川河畔にまで敵を誘引してしまうことの方がよいのではありませんか?」


「敵飛空部隊が残っている以上、意味は無い。そもそもあそこを突破されれば、がら空きのキエラとレベッカは長く持たん」




 幕僚達の中にも積極策と消極策に意見が分かれているが、多くは現状維持という意見が多数である。


 とにもかくにも、敵の背後には巨大な浮遊要塞の姿があり、ルーシャ地方北部を灰燼にせしめた破壊力は脅威でしかない。


 とはいえ、それでもその戦力は万能ではなく、移動や攻勢にはある程度の補給が必要な様子であり、その攻撃に耐え抜けばまだまだ反抗の機会はある。


 そのためには、前哨戦での戦力の消耗は可能な限り避けねばならないのだった。



「アイアースとサリクスは?」



 目を閉じ、口を閉ざしたまま幕僚達の意見に耳を傾けていたフェスティアが、議論が一段落したところで短くそう口を開く。



「四太子殿下は、すでに出撃されており、情報は遮断されております。三太子殿下もまた、万全の体勢を整えつつあります」


「そうか。となると、あとはミーノス次第か」




 ゼークトの言に頷いたフェスティアは、そういうと再び目を落とし口を閉ざす。


 それを受けて、いったんその場は解散となり、シュネシスは黙考するフェスティアの元へと歩み寄る。




「あいつ等には早かったんじゃありませんか?」


「戦に早いも遅いもないぞ? そう心配するな」


「ですが、あの要領のいいミーノスが、いまだに成功していないというのは……」


「貴様は、少しは兄弟を信用しろ。カミサの件とて、もう少し早くヤツ等に事実を打ち明けていれば、犠牲は少なく済んだかもしれんのだぞ?」




 普段から要領よく何でもこなす印象のあったミーノス。カミサでの戦いの時も、敵の法術士の存在を察知し、いち早く殲滅へと向かった決断力もある。


 そんな弟が、今は敵情に四苦八苦している状態である。シュネシス自身、音右党の能力を疑う気はないが、それでも気は急く。


 それが、フェスティアにとっては、兄弟間の不信と映り、少々きつい言い方になってしまう。


 それまで数多くの戦で勝利を重ねてきたフェスティアであっても、戦いを前に少々感情が昂ぶることはある。



 それ故に、今も心を落ち着け、気を鎮めようとしているのだった。



「……それを言いますか?」


「意地悪な言い方であるとは思う。だがな、今は勝つことだけだ。弟たちを信じろ」




 とはいえ、シュネシスにとっては古傷を抉られたようなモノ。自然と口調に毒が入り、思わず踵を返してしまう。


 それを察したフェスティアの言を背中で聞くと、シュネシスは宛がわれた天幕へと戻った。




「お疲れ様です。陛下のご様子は?」


「至って変わらぬ。相変わらず、手厳しい御仁だ」




 天幕へと戻ると、床に腰掛けて身を休めるフォティーナが立ち上がり、口を開く。


 フェスティアと同様に、彼女もまた身を休めとことが必要な時期であり、今は得意の謀略の類は身を潜めている様子だった。


 立ち上がったフォティーナを手で制し、置かれた水差しにて喉を潤したシュネシスは、ふっと一息吐き、そう口を開く。




「お悩みのようですね。相手をさせましょうか?」


「いらん。まだ、本格的な戦ではない」


「大分おやつれですよ?」


「眠れてはいるが、浅いのであろうな」


「総指揮官の地位は重荷ですか?」


「そんな事は無いつもりだが、身体はそう思っているのであろうな」




 台に腰を預け、フォティーナの言に答えるミーノス。


 今もリヴィエトの猛攻は続いているが、敵指揮官のバグラウオフの姿はなく、総司令官のスヴォロフも後方にある。


 敵勢力のうち、その両名の名は捕虜や間者の報告によって警戒の対象となっている。


 彼らが前線に現れたときが本当の勝負であり、フェスティアは本陣から離れて、危険な最前線へと身を投じるであろう。


 その際に、全軍をまとめる役目はシュネシスに求められる事になる。


 表面上は、他の兄弟達と同様に、教団衛士の時の名で過ごしているのだが、改めて皇子として表舞台に返り咲く際にはそれ相応の功績が求められる。


 勝利のために布石はすでにフェスティアが打っているとは言え、戦が計画通りにいくなどと言う事は万に一つもない。


 危急の自体に求められるのは、一重にシュネシスの才覚になってくるのだ。


 それまで、教団内部での暗闘に身を投じていたシュネシスにその才が無いはずもないのだが、表舞台での戦いということで、想像を絶する重圧が彼に身には降りかかっている様子であった。




「姉上は、長年にわたり、これだけの重圧に耐えていたのだな」


「それ故に、あそこまで御自身を追い込まれるのでしょう」


「お前にも責任はあるのだがな」


「だからこそ、あの方には平穏な暮らしを捧げたいのですよ」


「ふん、相変わらず口が上手い女だ」




 力なく笑うシュネシスに対し、そう答えたフォティーナ。その、あまりに不釣り合いな殊勝な言葉に苦笑したシュネシスであったが、なおも真面目にそう続けたフォティーナにゆっくりと近づく。


 ふっと、一息吐くと、シュネシスもまた彼女の傍らに腰を下ろした。



◇◆◇◆◇



 炎の揺らめきが、闇夜にほのかな光を灯している。


 それを囲むように座る数人の男女であったが、その表情はどこか冴えない。皆、軍装を纏い、武具の類は整備が行き届き、冴えない表情にも油断の類はない。


 しかし、そんな者達であっても、覇気を失うだけの要素はいくつか存在していた。




「殿下。少々、まずいですね」


「お前の口からそんな言葉が出るか?」


「ですが、もう時間は僅かです。スヴォロフの本隊は明日にもレモンスク北方のルドニャに到着する見込み。四太子殿下の部隊による攻撃の時間が無くなります」


「最悪、陸と空の両側から挟み討たれる可能性も出てくるな」




 普段は、快活そのものであるルーディルが、表情を曇らせながらそう口を開く。ミーノスも当然のようにそれを理解しているのだが、兄弟の事を持ち出されればよけいに不安は募る。




「いかに範囲を絞ったところで、森の中で蝉を探すようなモノ。苦労は当然と言えば当然だが」


「それに、我々の存在も捕捉されます。どちらにせよ、明日は夜間飛行も視野に入れるしかないですよ」


「分かっている。すでに全員が腹を括っているのだ。やるしかあるまい」



 そう言ったミーノスの言に他の竜騎士達も頷く。


 どちらにせよ、自分達の目を頼りにする他はなく、敵がさらに後方に位置していれば、こちらとすればお手上げという事にも変わりはない。


 悩んでいる暇があれば、身体を休める事こそ肝要なのだった。




 簡単な軍議を終えると、竜騎士達は自分の指揮部隊の元へと帰って行く。


 火を消し、完全な闇の中での休息であるが、飛竜は人の気配に敏感であり、自分達に対する悪意を見逃す事はない。


 さらに、特殊な加護によって守られているため、操主を冷えや熱さから守ってくれる。


 すべてが凍り付く空でも、飛兵達が戦いを続けられるのは、その特性故。そして、そんな飛竜の特性は、操主の休息面でも大きな貢献をしてくれていた。


 全員に休息を命じると、ミーノスもまた自身の飛竜の元へと歩み寄る。もともと、はぐれ竜として彷徨っていた幼竜を捕らえたときからの付き合いであるが、今ではしっかり懐いてくれている。


 しかし、いざ休もうとしたその時になって、ミーノスは飛竜の様子がおかしい事に気付く。




「どうした?」



 小声でそう言ったミーノスに対し、飛竜は首を傾げるような動作を取る。


 何かの気配を感じた様子だったが、それが何なのかまでは確証がない様子であり、それでも気にはなるといったところか?




「……行ってみるか?」



 静かにそういうと、ミーノスは大鎌を手に森へと足を踏み入れる。飛竜もまた、身を縮めながら後についてくる。


 もともと、飛竜は細身であり、木々の葉が身体に触れても滑らかな鱗が音を掻き消す。


 滅多な事ではないが、なにもない平地や山道ではぐれ竜に襲われるよりも、森で襲われる方がはるかに危険なのであった。




 そうして、森を抜けると急峻な谷が現れる。



 ちょうど、周囲からは死角が多く、ミーノス達もまた、闇夜に紛れてこの地に降り立っている。


 そして、谷へと出たときから、再び飛竜が周囲を見まわしはじめる。


 ミーノスはその様子に視線を向けていると、飛竜もまた何かを察したかのように一方に視線を向け続ける。


 ちょうど滝が落ちる岩壁の方角であり、二人はゆっくりとそちらへと足を向けた。


 と、ミーノスもまたその気配を察する。



 滝の轟音と水飛沫が、それを巧に掻き消しているが、キーリアとなった身である彼に対しては、人間の常識は通用しなかった。


 と、滝の裏側にやや小ぶりな空間がある事に気付く。確信めいた何かを感じつつ、ミーノスはその入り口へと足を向ける。


 すると、一つの小さな影がミーノスへと飛び掛かってきた。



「おっとっ!!」


「っ!? きゃあっ!?!?」




 突然の奇襲であったが、すでに気配を察していたミーノスは、あっさりと影を捕らえると、足を払い、岩肌に押し倒す。


 あまりにあっさりと自由を奪われた影は、予想外の悲鳴を上げて倒れ伏していた。すると、影を抑えつけた手に柔らかい感触が伝わる。




「ほう? 女竜騎士か。ここで何をしている?」


「…………その前に、その手をどけてください」


「答えるのが先だな。小娘」


「小娘ではない。私はっ」


「負傷しているのか?」




 思いきりのしかかる形になったミーノスは、差し込みはじめた月の光に照らされる少女の顔に、一瞬驚き、すぐに平静を取り戻して口を開く。


 少女もまた、自分の胸に押しつけられている手を不快そうに見つめてそう口を開いた。


 とはいえ、敵飛空兵と思われる相手を簡単に話してやるほどお人好しでもなく、まだまだあどけなさを残す少女に対しても手を抜く気はない。


 しかし、彼女の衣服につく生々しい血のあとに、ミーノスは気付いた。それに応じるように、飛竜がミーノスに鼻先をこすりつける。




「飛竜の血か……。よっとっ!!」


「あっ!?」


「さてと、見せてみろ」


「貴様っ」


「武器と竜のどっちが大切だ? 傷薬はいくらかあるぞ?」


「うっ…………」


「さて、私が優しくしてやれるのもあと僅かだ? どうする?」


「…………こちらへ」




 そんな飛竜の様子に、状況を察したミーノスは、少女の腰からベルトごと剣を奪い取ると、その身を助け起こす。


 そして、その行動に対して腹を立てた少女が声を上げるが、ミーノスはそれに対して睨み付けるようにして答えると、その眼光に押された少女は、力なく奥へと足を向ける。


 自分と相手の力量の差にその眼光からようやく気付いた様子だった。





「ふむ。傷自体はそれほど深くはないな。もっとも、戦いでというより、無理な飛行の結果のようだ」


「そうなのか?」




 傷に対して縫合と薬の塗り込みを終えたミーノスは、竜の身体を撫でてやりながらそう口を開く。


 それに対して、少女は少々表情を曇らせながら答える。


 彼女自身、無理な飛行をさせていた自覚はある様子だ。




「まあ、無理をさせたせいで甘えが出たのだろうよ。見ろ、お前さんに嬉しそうにすりついている」


「あ……っ!? ――まったく、お前は」




 そういわれて、恥ずかしげに頬を染める少女。


 しかし、いつまでもこうして少女をからかっている場合でもない。




「はは。気に入られている証拠だ。それよりも、お前は?」


「…………殺せっ」


「いきなりだな」


「どういうつもりかは知らないが、竜を助けてくれた事には感謝する。しかし……」


「強がるのはいいが、足が震えているぞ?」


「む、武者震いだっ」


「そうかそうか」


「ば、ばかにしているなっ!!」




 ミーノスの問い掛けに、表情を強ばらせながらそう答えた少女。


 しかし、全身の震えを隠す事は出来ず、戦う気のないミーノスを前にしても、強がるのが精一杯といった様子だった。




「まあいい。小娘一人が何者であろうと、俺には関係ないしな」


「な、なんだとっ」


「さっさと帰るんだな。ここは、小娘の居ていい場所じゃない」


「だから、馬鹿にするなっ!! 私は、竜騎士だっ!! 死は恐れぬ」


「馬鹿にはしていない。竜騎士ならば、自身が居るべき場へと戻ればよかろう? どのみち、お前がいるべきはここではない」


「むっ……」




 ミーノスの挑発めいた物言いに、少女は尚も顔を赤らめながらそう口を開く。


 竜騎士と名乗った少女の所属は当然のように予想はつく。しかし、この様子では捕らえたところで、情報を聞き出せるとも思えない。




「まあ、見た目的にもここにいたら危険だろうがな。身を隠すのにちょうどよい場だ。お前さんなどちょうどいい餌食になりかねんぞ?」


「な、ふざけるなっ!! 私が、そのような辱めをっっっ!?!?」




 まだ、幼さを残しているとは言え、その整った顔立ちは、このような同区とを根城にする者達にとっては劣情をそそられるモノであろう。


 そんな事実に対しても、頬を染めて声を荒げるあたりも可愛げがあるように思えたミーノスは、なおも声を荒げる少女の唇をふさぐ。


 目を見開き、何が起きたのか分からぬまま放心して腰を砕けさせる少女に対して、ミーノスは不敵な笑みを浮かべたまま背を向ける。




「まあ、こういうヤツも世の中にはいるってことだ。それ、じゃあな。気をつけて帰れよ~」


 背を向けたままそういうと、どこか冷たげな視線を向けてくる飛竜をともない、ミーノスはその場を後にする。


 少々悪さが過ぎたとは思うが、それでも必要な事はある程度把握できたと思う。


 そして、谷から離れ、森の中を移動している最中に、遙か彼方から翼のはためく音が、届けられる。




「…………覚えたか?」



 それを聞き終えたミーノスは、静かに飛竜の首筋をなで、飛竜に対してそう問い掛ける。


 飛竜は、それに対してゆっくりと鼻先をミーノスにこすりつけた。



◇◆◇◆◇



 闇夜の中での思わぬ邂逅。



 それは男女の運命を大きく動かすと同時に、歴史を大きく動かす結果となろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ