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第18話 天翔るもの①

 時を同じくして、両軍は動き始めた。


 パルティノン東西両軍が、リヴィエト側前線都市レモンスクを東西から挟撃するべく進撃を開始すると、リヴィエト軍前線部隊は、レモンスク前面からそれに呼応するかのようにパルティノン前哨砦に対して総攻撃を開始。後方、ホルムガルドにあった総司令官スヴォロフ軍も前進を開始し、ペレルポリスにあった浮遊要塞も動き始めたという。


 敵中深くに入りこみ、浮遊要塞の起動を報告してきた飛兵が、フェスティアへの報告を終えると静かに崩れ落ちる。


 最高速を誇る飛竜は後々の戦闘には欠かせないことから、鷲馬を中心とした部隊を多数送り込んだのだが、やはり温厚な生物であるが故に戦闘には向かず、多くが戻って来ていない。


 この広大な大地を主戦場とする以上、空を制することは互いの目を潰す事にもつながる。ともすれば、今も前線で激突し合う兵達の運命は、飛兵達に託されるといっても過言ではない。



 ミーノスは、運ばれていく飛兵の姿に目を向けた後、姉、フェスティアへと視線を向ける。


 目を閉ざし、何か思索を続けていた彼女であったが、何も言わずにゆっくりと頷く。




「兄上」


「ああ、行ってくる」




 それに応え、ミーノスは傍らにて口を開いたアイアースに対して頷くと、キエラに置かれた司令所から出て行く。


 今回、フェスティアより託された任務は五つ。つまり、兄弟五人がそれぞれに任務を負っている。


 そして、その先陣は第二皇子ミーノスに託される。




「お待ちしておりました。殿下」




 司令所より出てきたミーノスを、ルーディルとはじめとするキーリアと竜騎兵達が出迎える。


 彼ら等はミーノスの従い、敵の目たる飛空部隊を殲滅する事を任務としている。



 リヴィエト軍は浮遊要塞や地を走る箱のような特殊兵器を擁しているが、一番の脅威は大兵力が一斉にに襲いかかってくる事である。



 同じ騎兵であっても、パルティノン側が精鋭にて敵主戦力を撃破殲滅することを主目的とすることに対し、リヴィエト側は大兵力にものを言わせた波状攻撃によって敵を突破、包囲、殲滅という過程を留まることなく実践する。


 パルティノン側が騎兵単独で作戦を遂行するのに対し、リヴィエト側は各兵力が大雑把ではあるが、連携して敵に当たる。


 北域でも騎兵、歩兵、などと飛兵が連携して守備部隊を撃破殲滅していったのである。


 今、この地にはパルティノン最精鋭たる中央軍が集結しているとはいえ、数に任せた攻勢を続けられれば、浮遊要塞の来襲時には大幅に戦力をすり減らされる事になる。


 その中でも、単純な数だけを頼みにするわけではない、敵飛兵部隊の殲滅は、国土防衛のためには絶対に必要ことであった。




「個人的には、敵飛兵よりも地上戦力を相手にしたいところですがね」


「飛兵を殲滅したら、好きなだけ戦わせてやるさ」


「是非ともお願いします。それで、適飛兵部隊主力の居場所は掴めたんですか?」


「確証はないがな」




 そういうと、ミーノスはルーディル等、居ならぶ竜騎士達とともに広げられた地図へと視線を落とす。


 そして、ミーノスは地図にいくつかの印をつけていく。


 印の場所はレモンスクをはじめとするリヴィエト占領地域であり、印の多くがホルムガルドとペテルポリス周辺に集中している。




「見て分かるように、これは偵察に向かった連中が消息を絶った場所だ」



 ミーノスの言に、竜騎士達が頷く。


 偵察部隊の行動は、その身に宿した刻印によって、魔導師や刻印師が追う事が出来る。もちろん、距離が開いたり敵の刻印を探知してしまう事もあるが、熟練の刻印師であれば一度感じた刻印の気配を見分ける事は容易なのだという。


 当然のように、敵の占領都市近辺での消滅が多く、敵の攻撃に倒れた事は容易に想像できる。


 となれば、着目するべきは敵の占領都市や駐留地以外の場。


 この地図で見ると、ホルムガルドとモルクスの間を走るステップ地帯唯一の屋根。中央ルーシャ高原最北端のセレニア周辺に印が集中している。



「他の所は敵の哨戒地点に重なっている。それにしては、この近辺は妙に集中していますね」


「ああ。そして、高原は飛竜を休めるには絶好の場所であるし、この近辺には……」


「教団飛兵部隊の拠点がございますね」




 ルーディルの言に、ミーノスが頷き、竜騎士達へと視線を向けながら口を開き、最後にもう一人のキーリアであるイルマと目が合うと言葉を切る。


 それに応えたイルマに対し、ミーノスは静かに頷く。




「しかし、そんな場所をわざわざ拠点にしようとは思うまい。実際、失踪数が極端に多すぎる」


「とはいえ、この地に貯えられた物資も馬鹿には出来ない。飛竜に人や軍馬の糧秣を食わせていたらいくらあっても足りないですからね」


「となれば、セレニアからの補給が容易な距離にあり、かつ偵察部隊をやり過ごせる場」




 ミーノスとルーディルの言を受け、竜騎士の一人であるヴェルナーが、静かに地図をなぞりはじめる。


 しかし、彼ら経験豊富な竜騎士達であっても、大戦力である飛空部隊が身を隠せる場所が、セレニア・レモンスク間に存在しているとは思えなかった。


 ルーディルやイルマも同じように、眉を顰めている。




「そういうことだ。こちらとしてもお手上げというのが本当のところ。しかし、それであきらめるわけにもいかないわけだ」


「何かあるのですか?」


「地に身を隠せねば、空に隠れればいいのではないか? と、陛下はおっしゃっていた」


「空に? 雲間に身を隠すという事ですか?」


「可能性もある。ヴェルナー、貴官達の常識からすればそれはどうだ?」


「自殺行為と言えるでしょう。我々、竜騎士であれば飛竜と意志を共有できますが、それでも飛竜は長時間の飛空を嫌がります。一般の飛兵であれば、飛竜の混乱をもまねき、自滅しかねません」


「その通りだ。しかし、ヤツ等がそれを無視してでも、ことを為そうとする可能性は十分にある」


「……先頃の氷の橋の件ですか?」


「ああ。あれも、無謀な作戦であり、捕らえた指揮官に寄れば無事に突破できたのは半数に満たない数であった。それでも、一千にも及ぶ部隊が伏兵として後方にて撹乱にあたれば、我々への圧力は相当なものであった。今回、飛兵による奇襲がどれだけの効果を及ぼすかは、考えたくもないというのが本音だ」



 ルーディルやヴェルナーの言に頷きつつも、ミーノスはかつて自身が晒された飛兵の脅威を思い起こす。



 スラエヴォにて、反乱にあった際、地方の大都市と言えるスラエヴォの街が、わずか一部隊の攻撃によって灰燼に帰してしまった。


 近衛軍のキーリアや飛兵達の決死の攻撃によって掃討されたにも関わらず、僅かな時間で街を焼き払ったのである。


 こちら側に十分な飛兵がいれば、状況は変わっていたであろうが、当のミーノス自身も、地上にて飛兵達を相手取るとなれば、一騎当千たるキーリアの名は捨てねばならぬと思う。




 今、予想される敵飛兵部隊が、前線地上部隊と共にパリティノン中央軍に襲いかかれば、いかにフェスティアであれ、無傷で軍を維持する事などは不可能である。


 来るべき敵本隊との決戦を前に、悪戯に兵力を消耗させるわけにはいかないのだ。




「敵の博打に、こっちも博打で応えるというのは馬鹿のやる事かも知れん。だが、ここは腹を括るとしよう」



 そういいながら、ミーノスは居ならぶ飛兵達を見まわす。


 指揮官たる彼が決断すれば、歴戦の彼らに言う事はない。眼前の皇子の力量は、ある程度は見知っている。飛兵にとって、指揮艦に求めるのは決断力であって、その後の指揮ではないし、いざとなれば一騎で作戦を遂行できるという自信も持ち合わせている。


 なにより、眼前の若き皇子は、貴賓にありがちな、“守ってもらわねばならない”という事実とは無縁であるのだ。




「さあ、行くぞっ!!」



 飛竜に乗り、そう声を上げたミーノスは、全身に襲いかかる重力に歯を食いしばる。浮遊感と同時に襲いかかってくるそれは、慣れない人間からは容赦なく意識を刈り取るほどの圧力。


 しかし、それに耐え抜けば、そこには“自由”の支配する空間が広がっているのだった。


 青く澄み渡る空に、新春の陽光が降り注いでいる。それを全身に浴びながら、風を切って進む人竜。


 その視線の先には、暗雲の垂れ込む永遠なる空が広がっていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇



 パルティノン軍の反抗が開始された頃、ホルムガルドを出立したリヴィエト軍本隊は、最前線都市レモンスクを目指して南下を開始していた。



「閣下。前線にて交戦が再開されました。バグライオフ将軍の元、激戦が続いている様子です」


「うむ。バグライフも、やるとなれば徹底的だからな」


「しかし、私には少々解せぬことがございますが……」


「なんじゃ? 言ってみろ」



 その中央にて馬を進める老将、アレクシス・スヴォロフは、全身に纏った重装鎧を苦にする素振りも見せず、副官のアンジェラの言を促す。




「バグライオフ閣下は、北域を一月で制圧した御方。いかに相手がパルティノンの女帝であるとは言え、少々慎重が過ぎるように思われます。実際、緒戦でのパルティノン側は精彩を欠き、後退を余儀なくされておりました」


「それを、計画的な後退と見破ったのはお主だぞ?」


「はい。ですが、閣下は車両を用いる事もせずに、空くまでも砲撃を加えた地域の制圧のみを行ったに過ぎません。今回のように、敵の反抗を待つまでもなかったように思われます」


「ふむ……。それは、あえて敵がこちらが動くのを待っていた。という事を、分かった上での言と見てよいな?」


「はい」




 アンジェラの言に対し、スヴォロフは顎に伸びた髭を撫でながらそういう。


 すでに参謀としても指揮官としても経験を積んでいる彼女が、若さだけを頼みに強気な発言をする事はない。


 こちらの戦力と敵の戦力を十分に分析しているが故の発言である。実際の所、初期の砲撃ののち、一気呵成に攻め立てれば、十分に勝利を得る事は可能であったともスヴォロフは見ている。


 もちろん、パルティノンは世界帝国と呼べるほど強大な帝国。



 一地方にて、勝利を得たところで、完全に滅ぼすには膨大な時間を要することになる。




「パルティノンの布陣を見ているか?」


「それは、もちろん」


「現状の動きは?」


「マジェル、オリャクに布陣してきた、東方、西方軍が弧を描くようにレモンスクを目指して進撃し、こちら側の進撃を誘引。バグライオフ閣下はそれに応ずるように敵中央を突破にかかっております」


「うむ。つまりは、敵中央。すなわち、パルティノンの女帝の首を目指していると言う事になるな」


「そう……ですね」




 スヴォロフの言に、アンジェラは進撃を開始したバグライオフ軍の状況を頭に浮かべながらそう答える。




「それでよい。我々もまた、彼女の首を目指して一路南下を続ける。――レモンスクまではな」


「はっ?」


「我々がレモンスクに到着すると同時に、バグライオフは全力を持ってパルティノン軍中央へと突撃する。当然、彼らは女帝を守るべく無謀な一軍を追撃にかかるであろうし、後方より続く我々の行く手を阻む。だが、我々は女帝の首は目指さぬ」




 副官の答えに満足げに頷いたスヴォロフ。


 しかし、彼の心のうちには、自分と三人の人間のみが知る腹づもりが隠されており、ようやく副官に対してそのことを告げるときが来たと判断していた。


 そうして、スヴォロフの言に、アンジェラだけでなく、周囲を守る直属兵達もまた目を見開く。


 アンジェラや彼らにしてみれば、はるか南方にある女帝の首こそが、自分達の目指すべき目的だと思っていたのだ。



「そ、それは……」


「恐るべき女だよ。フェスティアという女は……大帝が対決を望まれ、総参謀長閣下が恐れを抱くだけの事はある」


「女帝は、自らを囮にしていると? 自身の死が、それこそパルティノンの滅亡を意味するというのに?」




 まだ見ぬ女帝の姿に、スヴォロフは背に粟が立つ事を自覚しつつそう口を開く。


 スヴォロフの言の意図を悟ったアンジェラもまた、信じられないとでも言わんばかりに首を振るう。




「名を捨て、実を取るという事であろうかの? おそらく、自分自身が死ぬ事はないという自負があっての事であろうが……」


「つまり、自身を囮としてまで守るべきもの……。セラス湖沿岸の諸都市こそが我々の目的という事でありますか?」


「うむ。いかに女帝が健在であれと、人は食わねば生きてはいられぬ。そして、食糧を得るには金がなければどうにもならん」




 スヴォロフの言の通り、パルティノンは先々帝の親征の失敗とその後に続いた混乱によって、国力を完全に回復できていない。


 経済面は張り子の虎といった状況なのであるが、それでも国家が破綻せずに持ちこたえているのは、一重に世界帝国の底力と言ったところ。


 しかし、それも一つの経済圏を奪い取られれば、一挙に崩壊するだけの脆さを持っている。


 フェスティアが長年の間心血を注いだ、開墾や運河整備等の事業は、いまだに血が通ってはいなかったのだ。




「なれば、レモンスクに攻勢をかけている東西両軍は……」


「バグライオフの突撃を受けても、攻勢を続けるであろうな。つまり、我々はまずそこで勝たねばならぬ。そこで勝てば、残るはセラス湖沿岸へと続く草原の道だけだ」


「飛空部隊に危険を冒させているのも、そのためで」


「こればかりは一顧の賭けであるがな。本隊の消耗は出来る限り避けたい所よ」




 そういいながら、スヴォロフは暗雲漂う空を見上げる。


 上空に飛来する黒き影が、徐々に大きくなり、やがて竜の姿が視界に写りはじめる。後方の旗手を一瞥し、飛竜に対して指令を送ると、上空を飛来する黒き影は徐々に豆粒ほどの大きさになっていき、やがて無数のそれの一つになる。



 そうして、それらは暗雲の中へと一つ、また一つと消えていった。

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