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死人探偵  作者: 鷹樹烏介
19/27

つつく藪

 夕方になり土砂降りの雨になった。

 俺は丁度歌舞伎町を歩いていたのだが、映画街の一角にある古い喫茶店で雨宿りをすることにした。

 魔法使から、監視対象の公益法人の資料がメールで届いたのはそんな時だった。

 俺は、ジンジャーエールを頼み、妙にケミカルな味がするその液体をストローで吸った。

 資料を読む。『財団法人犯罪被害者支援会』それが、裕子が勤務していた組織だ。

 表向きの公開情報である財務諸表や役員名簿や寄附行為などは問題ないらしい。

 『寄附行為』とは耳慣れない言葉だが、財団法人の場合、一般企業で言うところの定款や基本規程に相当する。そのあたりは、詳しくないので魔法使からの受け売りだが。

 ただし、今は公益法人制度改革の最中で『一般財団法人』か『公益財団法人』か『解散』か『一般企業への移行』を選択しなければいけないそうで、監督省庁制度から、認定委員会制度に切り替わっている。

 要するに『天下り』できなくなりましたよ……というポーズ。

 今まで公益法人はその活動の傾向によって、~省や~庁や地方自治体などの公的機関が監督していて、そこに利権が発生していたのだ。

 それを、有識者によって編成された認定委員会という第三者機関に監督させることによって、利権構造が無いという仕組みにしたのである。

 まぁ、この『認定委員会』とやらも、各省庁からの出向者で構成されており、省庁叩きの目くらましに過ぎない。

 当然『財団法人犯罪被害者支援会』も公益法人制度改革の渦中にあり、公開されている議事録などを見ると、どうやら『解散』の方向で事態は進んでいるらしい。

 一種の業界団体である『社団法人』と違って、『財団法人』は資本金とも言うべき『基本財産』に法人格があり、法律上、解散時には勝手に分配は出来ない。

 『財団法人犯罪被害者支援会』は、類似団体への寄贈という処置をするらしい。

 その寄贈先が『社団法人心的外傷ケア協会』だ。

 ここも、『一般社団法人』か『公益社団法人』か『解散』か『一般企業への移行』を選択する立場であり、こうした移行待ちの団体はまとめて『特例民法法人』と呼称するそうだ。

 四年間という『移行期間』があり、政府肝入りの公益法人制度改革に関し、移行手続きについて便宜を図る様々な期間限定の優遇措置が施されているのだが、その『移行期間』が過ぎても新しい団体に認定されなければ、自動的に解散とされる『みなし解散』が課せられるという。簡単に言うと強制解散。

 これは、ヤクザのマネーロンダリングに使われる実質活動停止中の『幽霊財団』や『幽霊社団』を一気に潰すため。

 詐欺などの知的犯罪を扱っていた捜査二課出身の魔法使の分野だ。

 彼女から大量に送られてきた資料をなんとか読み砕いていたが、要するに『財団法人犯罪被害者支援会』は解散するにあたり、一般企業では資本金に相当する『基本財産』を『社団法人心的外傷ケア協会』に寄贈して解散する……ということ。

 財団法人から社団法人への『基本財産』の寄贈は異例だが、今は両団体とも移行途中の『特例民法法人』ということもあり、問題はないらしい。犯罪被害が心的外傷に直結するということもあり、『財団法人犯罪被害者支援会』の寄付行為にも抵触しない。

 魔法使は現在、名前が出てきた『社団法人心的外傷ケア協会』を調査しており、俺はその続報待ちだ。


 新しく雇った田中から監視場所に到着したとメールがあり、高橋と交代で出入りの人間の顔写真を集め始めたらしい。

 これら情報収集を魔法使らに任せて、俺は麹町警察署の桑田を追尾する事に専念する。

 彼女らが探り出す情報と、桑田の手筋せんが、どこかで交差するはず。

 捜査とは、こうした地味な作業の積み重ねで、俺はその地味な作業が全く気にならなかったことを思い出す。

 俺は、誇り高き猟犬だった。

 今は野良犬と蔑まれているが、まだ臭跡を確実に追う腕は衰えていないのが嬉しい。

 いつの間にか雨は止んでいた。

 雨の降り方が、夏のそれに変わってきている。

 湿ったアスファルトの臭いがする街へ、俺はまた紛れていった。

 

 

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