第71話 かつ丼がおいしくなる光景
「麗奈さんじゃないですか。こんなとこでなにやってるんですか?」
ウービーイーツのリュックをしょったサイドポニーの女性に俺は声をかけた。
「ん? 小梅ちゃんがさー。子孫繁栄のためじゃい! とか言ってダンジョン探索お休みしてるから、バイトしてるの」
麗奈さんは、もともとほのかさんのパーティのリーダーだった久美子さんのお姉さんだ。
凄腕の高レベルニンジャで、いつもはご先祖様といっしょに世界中を飛び回ってダンジョン探索している。
死んで幽霊となった久美子さんを生き返らせるためにマゼグロンクリスタルを探して回っているのだ。
「おう、麗奈やないか。お前も一緒にほのかをいじめたやつをしばいてやらんか?」
「やめとく。今回の件は私には関係ないし。それよりほら、ごはん持ってきたよ」
麗奈さんが持ってきたのは、ほかほかのかつ丼だ。
わあ、と桜子とほのかさんが歓声をあげてさっそくかつ丼を受け取る。
「あー、もういいからまた椅子になれ椅子に。立って食うのははしたないし」
俺はそう言って再びみのりとレイシアを椅子にする。
うん、うまい。
やはりかつ丼は松乃屋に限るな。
俺たちはモニターで市生が篠田に襲い掛かるのを見ながらかつ丼をおいしくいただく。
モニターの中ではギャー、とかワー、とか大声をあげながら篠田が逃げ回り、それを下半身裸の市生が追いかけてる。
「……どう見ても、かつ丼がおいしくなる光景じゃないよね」
桜子の言う通りだけど。
しかしまあ、そんなことしてもその部屋から出られるわけじゃないってことも知らずに、こいつら必死だなあ。
★
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
市生は肩で息をしていた。
人間、ヤル気になればヤれるもんだ、と我ながら自分をほめてやりたい。
「ううううう……ぐす、ひっく……」
目の前では、ズボンとパンツを脱がされた篠田が床につっぷして泣いている。
市生は、篠田に襲い掛かってヤったのだった。
「いやあ、市生、篠田、よくやったよ……これで俺たち外に出られるな、な?」
遊斗が励ますように明るい声で言った。
瑞葉は、目の前で行われた行為が思ったよりもひどかったからか、少し涙目でうつむいている。
市生は血走った目で壁を見回す。
「これででられるはずだ。扉は、扉はどこにある!?」
しかし。
もちろん、扉など出現することはなかったのだった。
「くそ……どうなってやがる……くそ……」
すると、『性行為しないと出られない部屋』と書かれた部分の下に、ぽわーと別の文字が浮かび上がってきた。
『うそやでー。馬鹿がひっかかるーwww』
その文字を見て固まる市生。
「うおおおおーーーん!」
処女を失ってさらに大声で泣き始める篠田。
遊斗もかける言葉がないのか、無言だ。
瑞葉は静かに、
「エグ……」
と呟いた。
どうやらここのダンジョンの主は、遊びながら自分たちを殺すつもりらしい、ということに気が付いた市生たちは、絶望の中で再び部屋の隅に座った。
「くそ……のど乾いたぜ……」
空っぽになった水筒を振りながら市生が言う。
下手に運動なんかしたもんだから、余計に喉が渇いている。
「だれか……水をわけてくれねえか……?」
誰も答えない。
もはや、このパーティの中で水を持っている者はいなかった。




