第65話 必ず助けてやるからな!【市生視点】
市生たちパーティは地下三階を順調に進んでいた。
出現するモンスターといえば、スライムやスケルトン、それにコボルトと言った弱いやつらだけだ。
「待ってろよ、みのり……必ず助けてやるからな!」
剣を握りしめながら迷宮を進む市生。
パーティの先頭を行くのは格闘家である篠田だ。
そして、次に魔法戦士である市生。
さらに治癒魔術師――僧侶の遊斗が続き、最後尾は攻撃魔術師の瑞葉が務める。
通路の奥に、扉があった。
この扉の奥には玄室があって、そこに地下四階への階段がある。
このダンジョンのことを、市生たちは知り尽くしていた。
道に迷うことなどありえなかった。
「……音がする。なにか、扉の向こうにいるな」
市生はそう言って剣を構えた。
篠田もファイティングポーズをとる。
そして篠田は扉を思い切り蹴った。
ギィィィ……と不穏な音を立てて扉が開く。
そして、その先にいたのは……。
一瞬、市生はそれがなんなのかわからなかった。
玄室の中が真っ暗なのかと思った。
しかし、そうではない。
そう広くもないその玄室の中を、大量の蠅が飛び回って埋め尽くしていたのだ。
「なんだこりゃ!?」
篠田が叫ぶ。
ブーン、ブーン、という蠅の羽音は、一つ一つは小さなものだった。
だが、これだけ大量にいるとなると、まるでウーファーの重低音みたいに空気を震わせている。
「なんだかわからんが、瑞葉、魔法で焼き払え!」
「うん! 地獄の炎火よ、我が敵を焼き滅ぼせ! 火炎!」
瑞葉の手の平から、炎が放出され、火炎放射器のように蠅を焼き殺す。
だが、数が多すぎた。
その火炎は玄室を埋め尽くす蠅全部を焼き尽くすことなどできようはずもなかった。
生き残った蠅たちが市生たちの体にまとわりつく。
「くそ! くそ! くそ!」
剣を振り回す市生、パンチを繰り出す篠田、だがそれで何万といる蠅を追い払えるわけもなく。
四人は蠅にたかられて、まるで人型をした黒い塊のように見えた。
「やだ、く、口の中に!」
蠅たちは市生たちの口や鼻や耳の穴から侵入してくる。
――やばい、窒息するぞ!
窒息。
そうだ、それだ。
市生は口の中に入ってきた蠅たちを吐き出し、叫んだ。
「遊斗! 窒息の呪文だ!」
もはや轟音となっている羽音の中でも、その声は遊斗に届いたようだった。
「大気の精よ! 我が望みをかなえよ! 我が敵の命の源を絶て! すべてを真空に変えよ! 窒息!」
同時に、市生は自分の指にはめていたマジカルアイテム、護命の指輪の効果を発動させる。
これは、即死系の魔法を無効にするアイテムだった。
時価数十万円もする高価なアイテムだったが、命には代えられなかった。
市生たちパーティの周りの空気から、酸素が消滅する。
蠅といえども酸素を必要とする生物である。
しばらくは飛び回っていた蠅どもも、しばらくしたら床にパラパラと落ちていき、足をもがきながら死んでいく。
床に蠅の死体が積みあがる。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ、気持ちわりい……」
耳の穴に入った蠅の死体をほじくりだしながら市生が言った。
篠田も口の中の蠅を吐き出していた。
「ぺっぺっ……おええぇぇ……。これ、モンスターじゃなくてほんとにただの蠅っすよ……」
「なんだよ、俺たちはただの蠅に殺されかけたのかよ……」
瑞葉はもう完全に泣き叫んでいた。
「やだー! やだー! もうやだー! やだやだやだ、下着の中まで入っちゃってる……。もう帰ろうよお」
市生も一瞬、出直すか、と思ったが、しかし、妹が捕らわれているのだ。
一刻も早く、助け出さなきゃいけない。
「だめだ。すすむぞ!」




