第58話 逃げるな
「な、なんだお前は!」
遊斗が叫ぶ。
その声には明らかに恐れの響きがあった。
その少女が着ているのは、ピンクと白を基調としたフリフリのフリルとレースまみれ、いわゆる甘ロリだった。
「いやーあんなー、我がかわいい子孫がついに童貞を捨てそうなんや! それでこっそりその場面を観察するためにな、こっちに拠点をつくろう思てな!」
ほのかは開口器をはめられているので声が出ない。
喉の奥から音を絞り出す。
「うー! うー! わふけてー!」
少女は気づいたみたいで、
「ん? なんや、そこにいるのはほのかやないか。今慎太郎たちがサプライズで会いにいくとかいってこっちに向かってるやぞ。なんでこんなとこにいるんや」
そして円柱形の柱にしっかりと縛られているほのかを見て、ポン! と手をたたいた。
「そっか! SMプレイの最中やったか! いやーすまんすまん。話はプレイが終わってからにしよか。あたしはここで見てるから、ほれ、やれやれ。なんなら道具を貸してやってもええで」
こいつ……じゃなかったご先祖様、私を助けに来たんじゃないんだ……とほのかはがっくりきた。
あいかわらずの知力マイナス58である。
いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「んふー! んんふふんふ―! うー! むふー!」
あらん限りの力を振り絞って叫ぶ。
「なんや、なに言ってるのかわからんでしかし。おい、ミカハチロウ、あの猿ぐつわをとってやれ」
ミカハチロウのタコの足が一本、ほのかに向かってぐーーーっと伸びると、開口器を固定しているヒモをバチンッ! と弾いて切った。
やっと口が自由になった。
「ご先祖様! 助けて! レイプされようとしてるの!」
「なんやお前、新潟くんだりまできて犯されかけてんのかい。助けた方がいい? 助けない方が興奮する?」
「助けない選択肢があるのがびっくりだよ! 私をこのままにしたら慎太郎君も怒るよ! 怒って出家して仏門に入って一生禁欲生活に入るよ! そしたら子供できないよ!」
「それは困るなー。あたし、慎太郎の子供百人と遊ぶのが目標やもんなー」
「それ一人で産ませる気!?」
「まー別に桜子一人じゃ五十人が限界かなー」
「五十人も無理だよ!」
「ほかの女に産ませてもいいけど、桜子はあたしも怖いからなー。あのシャイニングウィザ―ドは効いたわ……」
「そ・ん・な・の・い・い・か・ら! たすけてぇぇ~~~~~~~~」
そこで、やっとのことでご先祖様――小梅はみのりや遊斗たちを見た。
「ってことは、お前ら、慎太郎の友だちの敵……ってことでええんやな? ええか、この世で女を無理やり犯して子どもを産ませてええのは慎太郎一人や」
「慎太郎君でも駄目だよっ!」
ほのかのつっこみは届かない。
「まあちょうど電力が足りんかったところや。お前ら、あたしの中国製スマホの充電源になれや。充電器も中国製やからたまに爆発するけどな、大丈夫、ケツの穴が広がるだけや……」
みのりと遊斗、それに瑞葉と篠田は顔を見合わせる。
ここのダンジョンマスターだったマイクロビキニのモンスターは、まだ意識を取り戻さない。
「……どうする?」
瑞葉の問いにみのりが答える。
「どうするもなにも、あのダンジョンマスターをあんなに簡単に……。いったん、ここは引こう!」
そして。
四人はドアに向けて猛ダッシュを始めた。
「あ! モバイルバッテリーが逃げる! ミカハチロウ、捕まえてやー!」
ミカハチロウのタコの足が伸びて、みのりの足に巻き付いた。
「あ、くそ、やめろこの! くそ!」
ジタバタと暴れるみのり、しかしミカハチロウの力はものすごく、ずりずりとみのりを引き寄せていく。
その隙に、ほかの三人はバタバタと玄室を出て、上層階への階段を全力で登って行った。
みのりは叫ぶ。
「ばか! 私を助けろ! 逃げんな! 逃げんな! 逃げるなーーーー! 責任から逃げるなーーーーー!」
「あんたが首謀者でしょうが」
ミカハチロウのほかのタコ足にロープを切ってもらったほのかが、ブーツの先っぽでガツンとみのりの鼻先を蹴った。
クキャ! と音がして鼻の骨が折れ、ひんまがる。血がドバッと出た。
「あ、あ、あ、……ゆ、許して……」
ほのかは思った。
人生っていうのは、許すことの繰り返しだ。
多少の失敗ってのは、許し続けないと、こちらの人生も前に進んでいかないのだ。
だから。
未遂とはいえ、レイプされて子供を産まされてその子供を食われそうになったことなど、もちろん……。
「ゆるすかぁぁぁぁ!」
もう一度鼻先を蹴る。
「ぶぎゃ」
みのりは変な声を出し、ついでに鼻から血も噴き出しながら気を失った。
「うーん、なんや変なことになってんなあ。しょうがないからここのダンジョンに慎太郎たちも呼ぶかー」




