表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第6章 推しに真実を話します

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/71

62 それは病気です




 もう、後戻りはできない……。




 なんてモノローグをつけたら、ぴったり。そんな光景が目の前には広がっていた。


 視線を落とせば、ゆらゆらと揺れる水面。視線を上げれば、どこまでも続く地平線。

 湿った風が私の髪を揺らしていく。その風を吸いむと、潮の匂いがした。私は甲板で手すりを握りしめながら、どこまでも続く大海原を見ていた。

 海風は冷える。ふるりと両腕を震わせた。


 その時、肩と背中が暖かな物に覆われる。振り返ると、アイルが優しげにほほ笑んでいた。


「あ、アイル様……!」


 私はあたふたとして、肩にかけられた物をつかむ。


 ふわー、これはアイル様の上着! 何だかいい匂いがする、気がする!


「ディートヘルム帝国まで、後3日はかかるそうだ」


 アイルは私の隣に並ぶ。手すりを握って、視線を海へと送った。


「海を見ていたのか?」

「はい、船旅っていいですよね」

「ああ。僕は海を見たのは初めてだ。こんなに広いんだな」


 と、アイルは感慨深そうに目を細めている。私も彼と同じように海を見やった。

 

「RPGだと、船に乗って別の大陸に向かう展開は定番なんですよ。広がる新天地! 新たな敵や謎! そういうのって、ワクワクします」


 興奮気味に言ってしまってから、しまった、と思った。


 あ、ついアイル様の前でオタク話を……! 最近、レオンが私のオタク話に付き合ってくれるものだから癖で……!

 どうしよう。アイル様にこんな話をしても、「意味がわからない」と思われるかも。


「すみません、こんな話……」


 どう取り繕うかとあたふたする私に、しかし、アイルは嬉しそうに笑って見せる。


「もっと聞かせてくれないか」


 優しげな碧眼は、まっすぐに私のことを見つめていた。


「君の話が聞きたい。君の生まれた世界の話を」


 冷たい潮風が私たちの間を通り過ぎた。

 しかし、私の体はもう震えることはない。胸の辺りにぽっと温かいものが宿ったような気がした。


「アイル様……。自分で言うのもなんですが、私の話をどうしてすんなりと信じてくれたのですか? 前世の記憶があるなんて、荒唐無稽なこと、この上ないのに……」

「驚いたけど、同時に納得もしたよ。君は昔から、変わり者だったし」

「か、変わり者……」

「推しだとか何とか。皆になじみがない言葉をすらすらと話すじゃないか。それが別世界の言葉なのだと知った時、腑に落ちたんだ」

「な、なるほど……」


 以前から私のオタクムーブが隠せていないせいで、信じてもらえたわけですね。喜んでいいのか、自分のオタク体質を反省するべきなのか。


 アイルは優しげな表情のまま、私のことをじっと見つめている。


「それに、君のことを疑う理由がない。君は僕の『推し』だから」


 ぐっ……。何ですか、そのキラキラ笑顔は……!

 こんなのゲームでは見たことないよ!


 その笑顔の尊さに私がすっかり固まっていると。アイルは更に続けた。


「君は今まで僕のためにいろいろと頑張ってくれていたのだろう。でも、これからは君だけに負担を背負わせることはしない。今度は僕が君のことを守る」


 ずきん。

 鋭い痛みが胸を刺す。な、何これ? 痛いってどういうこと?


 アイル様の笑顔を見逃すなんてありえないし、じっと見つめて心のスクショに保存しなきゃいけないのに。

 私は思わず顔を逸らしてしまった。


 ずくずくと心臓の奥が痛む。その理由がわからず、私はそっと自分の胸を抑えるのだった。





 何だかいたたまれない気持ちになって、私はアイルから逃げ出すように船室に戻った。


 室内ではレオンが怖い顔で地図と睨めっこをしている。私は胸を抑えて、すーはーと深呼吸。

 ようやく普通に呼吸ができるようになった。ほっと胸を撫で下ろす。さっきのは何だったのだろう。胸が苦しくて、呼吸もうまくできなくなる、変な感じだった。


「……私、病気なのかしら……」


 まるで悲劇のヒロインのごとく、か細いため息をつく。(脳内ではフェアリーシーカーの切ない系BGMを鳴らしながら)。

 すると、レオンが呆れた顔で私を見た。


「今頃気付いたのか。自分の頭がおかしいということに」


 私はむっとして、睨み付ける。そして、べっと舌を出して、反撃。


「レオンのその辛辣すぎる口も、ある意味病気なのかも。お医者様に診てもらったら?」

「治療不可だ、慣れろ」


 レオンは口の端を持ち上げて、にやりとする。


 おお、笑ってる。珍しい。最近のレオンはこうして私の前でも笑ってくれることが増えた。アイルに秘密をすべて白状して、いろいろと吹っ切れたみたいだ。


 仮面のような笑顔でも、暗殺者然とした怖い顔でもなく。

 どこか悪そうで、怪しげで、でも茶目っけも少しある、そんな笑顔だ。きっとこの姿が、レオン・ディーダの素なのだろう。


 私はテーブルを挟んで、レオンの向かいに立つ。そして、テーブルにばんと手を振り下ろした。


「何だか私、最近おかしいの。だって痛いんだよ」

「何が」

「ここ」


 自分の心臓を指さす。


「前はアイル様を見ていると、『ふわあああああ』とか、『かわいいいい』とか、心も頭もふわふわになって、幸せな気持ちに浸れたのに。推しを吸うと健康になれる体だったのに」

「推しが尊い、ってやつだな」

「でも、最近は何かちがうの。アイル様を見ていると、ここがぎゅっと苦しくなる……。ねえ、レオン。私、いったいどうしちゃったんだと思う?」


 すると、レオンは目を細めて、めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。


「……お前がどうしようもない奴だということがわかった」

「ちょっと何それ!」

「それより、これを見ろ」

「え、待って待って、話を変えないで! 私の病気ともっと向き合ってよ!」

「それも治療不可だ。慣れろ」


 レオンは鬱陶しそうに私の言葉を一蹴する。

 そして、何かを突き出してきた。


 それは魔導具だ。ヘルマンさんが持っていた物。『空間渡りの針ファストハンド』。ひび割れていて、針も動かなくなっている。


 これがどうしたの……?


 私はそれを受けとって、眺める。すると、レオンが無言で指をくるりと回した。

 それに応じて、私はその腕時計をひっくり返してみる。あ、裏側に何か書いてある……。

 でも、私には読むことはできない。知らない文字だ。少なくともレグシール国で使われている文字ではない。


「何これ? 何て書いてあるの?」

「古代語で『ヴェルエラの加護を』とある」

「どういう意味?」

「さあな。だが、これを見てくれ」


 と、レオンがもう1つの魔導具を差し出した。こちらはレオンが持っていた物。『時渡りの針パストハンド』だ。

 裏返してみると、そこにも同じ文字が刻まれていることがわかった。


「こっちにも。そもそも、ヘルマンさんとあなたが持っていた魔導具……。よく考えてみたら、ものすごいチートアイテムだよね?」

「ああ、チートだな」


 と、真面目な顔で頷き、


「これは俺の家に古くから受け継がれていたものだ。話を聞くに、ヘルマンの方も同じだったらしい」

「ヴェルエラって誰? こんなチートアイテム、どうやって作ったんだろう?」

「わからん」


 気難しい表情で、レオンは首を振るのだった。




 その日の夜。

 私たちは船室に集まって、会議をしていた。


 参加メンバーは、ヘルマン、エリック。

 そして、アイル、レオン、私だ。

 何だか不思議な面子になっちゃったな……。


 私たちの目的は魔人族の国で邪神ヴィリロスを倒して、皇帝の洗脳を解くこと。しかし、それには大きな問題がある。

 今、魔人族の国は選民思想に染まりきっている。彼らからすれば、私たち人間は下等種族だ。見つかった途端、どんな目に遭わされるかわかったものじゃない。

 かといって、小手先の変装でどうにかなるものでもないし……。


 魔人族の特徴はこめかみから生えた角、そして、青白い肌の色。ぱっと見で魔人族か、そうでないか、判別がついてしまう。


 しかし、ヘルマンさんには何か作戦があるようだった。

 テーブルの上でひじをついて、指を絡めたヘルマンさん(いわゆるゲン〇ウポーズ! 美形がやるとものすごく様になる!!)。

 彼は開口一番、厳かな声でこう言い放った。


「あなたたちにはまず、魔人族になっていただきます」


 その意味が浸透するまで数秒の間が空き、


『…………え?』


 私たちは一同に、口をぽかーんと開けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓押すと投票できます!
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] レオンの理解度が高すぎて完全にコンビと化している関係が良すぎます(≧∇≦) 一方でリアルなピンチがあれば本気で心配してくれて…私ならレオンルートに進んでしまいそうです。 [気になる点] 面…
[一言] 好きです(唐突な告白) アイル様……ツンデレのツンが消えてかっこ可愛いの塊になってません? かっこいいんですけど? 乙女ゲーの攻略対象並みに……。 村沢黒音さんの書く男の子女の子が可愛いし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ