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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第6章 推しに真実を話します

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61.慣れない演技でがんばります


 それは、真夜中に起きた。


「きゃあああっ」


 サフィロ要塞に響き渡る、私の悲鳴。

 その声に、勇者一行は一斉に叩き起された。


「ルイーゼ……!? どうした!」


 ユークたちが慌ててやって来る。

 彼らは扉を開けると、室内の状況に驚愕した。


「なっ……ルイーゼ!」


 一瞬でユークが顔付きを険しくする。聖剣の柄に手をやって、油断なく相手を見据えた。ユークの傍らでは、仲間たちがやはり剣呑な視線で部屋の中央を見やっている。辺りは緊迫感のある雰囲気に染まる。


 視線の先では、ヘルマンが私の首にナイフを押し当てていた。更にその隣には、同じようにアイルの身柄を拘束しているエリックの姿がある。

 2人の足元に倒れているのはレオンだった。ぴくりとも動かず、顔を伏せている。


 室内は荒らされていた。よほど激しい戦闘があったことがわかる。そして、勝者は――魔人族の2人だ。

 それは誰の目から見ても明らかだった。


 ユークが鋭い視線で、魔人族たちを射抜く。


「な……お前たち、いったいどうやって牢を……!」


 ヘルマンとエリックは、牢獄に閉じこめられていたはずなのだ。


 どうやって彼らは抜け出したのか。そして、どうやってレオンとアイルの2人を打ちのめしたのか。

 勇者の疑問はもっともだ。


 ヘルマンは答えなかった。ふ、とニヒルに笑う。そして、冷徹な声で告げた。


「その剣をこちらに渡してください、勇者様」


 この場に似つかわしくないほどの、慇懃とした口調だった。

 ヘルマンが指を差したのは、ユークの手にある聖剣だ。

 ユークは険しい顔で首を振る。


「だめだ、これは女神様より授かった、大事な……」

「ほう、ではこの女がどうなってもよいのですか?」


 ヘルマンが力をこめる。ぴりり、とした痛みが私の首筋に走る。

 ユークは悔しげに唇を噛む。逡巡はほとんどしなかった。諦めたように剣を放る。それをエリックが片手でキャッチする。


「剣と交換だ、ルイーゼを離せ!」

「それはできません」


 ヘルマンは穏やかに、その実、冷酷に告げた。


「予言師と王子の身柄は、我々が預かります」


 勇者たちが目を見張る。緊張感のある空気がぴりりと満ちた。


 よし、ここね!

 私は空気を読んで、


「きゃあああっ」


 もう一度、悲鳴を上げた。パニックホラーのヒロインのごとく、緊迫感のある悲鳴を心がけたのに、なぜかそれは間抜けな感じに辺りに響いた。


 なぜなの……?


 ええい、そんなことに構っている場合じゃない!


 私は更に『哀れなルイーゼ』の演技を続ける。

 震える指先をユークたちへと伸ばした(震えすぎて、ボケたおばあちゃんみたいになってしまった)


「勇者様、お助けを……!」


 ユークが私の手をつかもうと、床を蹴り上げる。


 ――刹那。


 辺りの景色がぐにゃりとゆがんだ。

 哀れな予言師ルイーゼ! またもや極悪人に誘拐されてしまうの!


 と、その直前で、


「く……待て……!」


 レオンの鋭い声が割って入った。伸びた手がヘルマンの足をつかむ。と、転移の魔導式が私たちの足元で起動した。




 ――暗転。




 とはならず、話は続くよ。どこまでも。


 気が付くと私たちは、屋外に立っていた。

 辺りは薄気味悪い森。ヘルマンさん曰く、サフィロ要塞からそう離れていない場所らしい。


 ヘルマンがぽいっと私の体を投げ捨てる。

 それをレオンが受けとめた。私の腰を抱いて、レオンはヘルマンさんを睨み付けている。ちょ、近い、近いよ! 何で私、この人に抱きかかえられてるの!?


 しかも、レオンの瞳孔は開いてる。作戦通りうまくいったのに。何でこの人は怒ってるのかな……?


「傷をつけるなと言ったはずだ」

「あれ以上、時間をかけるのは得策ではありませんでした。その方のひどい演技に勇者も気付きそうでしたので」

「……確かに棒だった」


 レオンは唸るように告げる。

 ひどい、みんなして。


 レオンは私の顔をつかんで、右、左へと向ける。確認が雑……。それから私の体をポイっと投げた。

 ちょっと、男子! メイドの扱いが雑だから!


 それを横手から伸びた腕がキャッチ。

 え、今度は誰なの……?


「ルイーゼ、大丈夫か?」


 うわー、アイル様!!


 さすがはアイル様だ。雑なレオンや、冷徹なヘルマンさんとはまるでちがう。心配げな表情で私の顔を覗きこんでいる。ハンカチをとり出すと、優しい手つきで首筋の傷口を抑えてくれた。どうやら止血してくれるらしい。


 推しが近すぎて、私は動揺。身じろぎすると、アイルに「血が止まるまでこうしていてくれ」と言われた。手当してくれるのは嬉しい……けれど。私はまったく大丈夫じゃありません。死因、推しに抱きしめられているキュン死で、今にも息を引きとりそうです。


 私を抱きかかえながら、アイルはレオンに尋ねた。


「ぼう、とは何だ?」

「棒読みのことです。主に俳優が本職でないアニメ声優をつとめた時に、そう評されることがあります。アイル様」

「レオン……お前が何を言っているのか、僕にはわからない」

「私はハリウッド女優じゃないの! さらわれる演技だなんて、素人にはハードル高すぎるでしょうが!」


 私たちの会話にヘルマンが首を傾げている。


「あなたたちが話している言葉は、外国語か何かですか……?」

「いえ、単なるオタク用語です。それより、ありがとうございます。ヘルマンさん。作戦は大成功ですよ」


 エリックが忌々しげに舌打ちをした。


「ちっ、俺たち魔人族はこれでとうとう極悪人扱いじゃねえか」

「元よりそうだ。これ以上の転移は?」

「不可能です」


 と、ヘルマンが腕時計のような物を手に掲げる。

 魔導具『空間渡りの針ファストハンド』。レオンが時を戻してループするのに使っていた物とよく似ている。こちらは空間転移を行うことができるアイテムだった。

 私を1回目の時さらったのも、このアイテムを使用してのことだったらしい。


 だが、その時計は今やひび割れて、針も動かなくなっている。こちらも使用回数の限度を超えてしまったらしい。もう使えない。


 レオンは頷いて、


「では、すぐに移動するぞ。勇者たちに見つかると厄介だ」

「船を待たせてあります。こちらです」


 ヘルマンが先導して歩き出す。

 この騒ぎを起こす直前、他の魔人族たちを牢から解き放って、逃がしておいたのだ。彼らが船を用意し、魔人族の国まで向かう経路を整えてくれるという手はずになっている。


 昼だというのに、鬱蒼と生い茂った森の中は薄暗かった。不気味な雰囲気だ。

 私は残してきたメンバーに、思いを馳せる。


「コレットとイグニスは大丈夫かな……」


 何の説明もせずに、こんな騒ぎを起こしてごめんなさい……。

 私は心の中で、親友のメイドと、同志の騎士様に頭を下げるのだった。

 




 + + +



 勇者一行は大混乱に陥っていた。

 何せ二度目のルイーゼ誘拐事件が起こったのだ。更に今度はアイルも一緒にさらわれ、聖剣まで奪われてしまった。


 直前でレオンが飛びこんだことで、彼まで一緒に転移してしまったようだが……。レオンはすでに満身創痍の様子だった。彼にすべてを託すというのは、あまりに心もとない。


 ユークたちはすぐに魔人族の後を追いかけようとした。そのための準備を慌ただしく行っている。

 その様子を竜人族の少女・ゼナは、達観した目付きで眺めているのだった。


(ユークたちは気付いていないようだが……ルイーゼがさらわれたのはおそらく狂言……)


 ルイーゼの態度には危機感がなかった。それに、アイルとレオンがそろって魔人族に負かされるとも思えない。

 しかし、なぜルイーゼたちがこんなことを起こしたのか。その理由がわからない。

 ゼナが1人で考えこんでいると。


 勇者一行の中で、疑惑の声が上がる。先ほどのことに疑問を抱いているメンバーは他にもいたらしい。

 それはコレットとイグニスだった。


「今のルイーゼ……何かおかしかったよね」

「ああ。ルイーゼちゃん、全然、困っている様子じゃなかった」


 と、2人で顔を見合わせて、怪訝な顔をしている。

 彼らにゼナは声をかけた。


「おい」


 2人は振り返ると、ゼナの顔を見て、ぎょっとしたようになる。自分の目付きの悪さはゼナも承知しているところだが、仲間にこのような反応をされるのは少し寂しい。

 しかし、そんな心中をおくびにも出さず、ゼナは険しい顔で2人と向き合った。

 イグニスが申し訳なさそうに眉を下げる。


「わ、ゼナちゃん、ごめん! 俺たち緊急事態に、こんな不謹慎なことを」

「いや……私もお前たちと同じことを考えていた」


 そう告げると、2人は目を瞬く。そして、ホッとした顔でゼナに意見を述べた。

 しかし、3人で顔を突き合わせて考えてみても、理由はさっぱりとわからなかった。


 なぜルイーゼたちはこんな狂言を行ったのだろうか? それも、アイルやレオンも今回のことには一枚噛んでいるらしい。


 始めに思い浮かんだのは、『ルイーゼたちは魔人族側の人間なのか?』ということであった。しかし、それはおかしい。

 彼女が誘拐されたのはこれが2回目なのだ。1回目の時はわざとらしさは感じなかった。あれは本物の誘拐だった。


 となると、彼女たちが魔人族と手を組むことを決めたのは、その後だ。このサフィロ要塞で、彼らは何かをつかんだのだ。


 3人が話し合って頭を悩ませていた、その時だった。

 それは突然に起こった。


 聖女・エレノアの体が光に包まれる。彼女は突然、大きな声を張り上げた。


「勇者よ! すぐに魔人族を追いかけなさい! 聖剣を彼らの手に渡してはなりません!」


 勇者一行は唖然として、エレノアの顔を見やる。


「え? エレノア……!?」

「私の言うことに従うのです! 彼らは魔人族の国へと向かいました。今すぐ魔人族の国へと赴きなさい! 聖剣とアイル・レグシールをとり戻すのです!」


 光が止む。エレノアは意識を失ったように、その場に崩れ落ちた。

 ユークが彼女の背中を支えて、抱き起す。


「エレノア……大丈夫?」

「え……?」


 エレノアは顔を上げる。そして、何が起こったのかわからないという表情をした。


「わ、私は今……何を……?」


 どうやら彼女にも今の現象は不測の出来事だったらしい。


「今のは、女神様か……? エレノアの中に入っているみたいだった」

「スフェラ様が私の体を使って……? こんなこと、初めてです……」


 ゼナは眉をひそめる。


(女神スフェラ……焦っているのか……?)


 スフェラの言葉はおかしい。

 聖剣とアイルをとりもどせ……? 聖剣はともかくとして、なぜアイルの名を今出したのか。

 そもそも今朝、「魔人族の国に行くな」と言ったのはスフェラのはずだ。それが今度は「魔人族の国に行け」である。


 もちろん聖剣が奪われたことは、女神にとっても緊急事態であるということなのだろうが……だが、ゼナは女神の態度に違和感を覚えた。


(何が起きているんだ……。女神がエレノアの体を乗っとるだなんて……)




 ルイーゼたちの目的は何か。

 そして、女神スフェラがここまで焦っているのはなぜなのか。

 わからないことは多い。

 ゼナは険しい顔で目を細めた。





 ――何だか、妙な胸騒ぎがする。





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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! 今回……というか今回もど性癖でした……。 え? 可愛いな? ルイーゼの演技に気付けるイグニス&コレット可愛いよー‼ いやみんな可愛いけど‼ ルイーゼを助けるために…
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