60.推しと黒騎士が和解しました
アイルが私を見つめている。その双眸に宿るのは鋭さだ。
「どうしてもっと早く僕に相談してくれなかったんだ……!」
私はぐっと言葉を呑みこんだ。
それから覚悟を決めて、アイル様と目線を合わせる。
「私は……前世でアイル様の物語を聞いて、それからずっとアイル様のことが好きで……大ファンだったんです。でも、その物語ではアイル様が命を落とすことになっていて……そんなのはとても耐えられないと思いました。私は、絶対にアイル様のことを死なせたくはないんです」
「それで君は今まで無茶をしていたのか? 自分の身の危険も顧みずに……」
「アイル様が生きられる未来を作ることができたら、私はそれでいいんです」
「それは僕も同じなのだと、わかってほしい」
アイルは真剣な眼差しで告げる。
「ルイーゼ、僕だって君のことを大切に思う。君の気持ちは嬉しく思うけれど、僕のために君が危険な目に遭うことは僕だって耐えられない」
その言葉が全身に染み渡る。甘い痺れと同時に頭が沸騰した。
力が抜けて、私はくらりとよろける。それをアイルがすばやく支えた。
「ルイーゼ、どうしたんだ!?」
「アイル様! おそらく死因は推しを吸い過ぎたことによる尊死です!」
「まったくわからない……! ルイーゼ! 大丈夫か?」
アイルの腕に揺すられながら、私は必死で自分に言い聞かせていた。
「勘違いは毒よ、ルイーゼ……。こういう展開は、あまたの少女漫画で予習済み……! ルイーゼ知ってる……! 今の『大切』はきっと、『臣下として大切』的なあれだから……!」
「お前……難儀な生き方をしているよな……」
「うるさい! アイル様、失礼しました。少し眩暈がしてしまって……。私ったら、疲れてしまっているのかしら」
私は根性で何とか立ち直った。そして、髪をかき上げて、「ふふっ」と余裕めいた笑みを浮かべてみる。
そんな私のことをアイルは心配そうに見やっていた。
「大丈夫か? 確かに最近の君は無理をしすぎている。医者にかかった方がいいのではないか」
「頭のな」
「うるさい!」
ツッコミが辛辣な黒騎士に睨みをいれてから、私はアイルと向き直った。
「あの、それよりも……。アイル様は今の私の話を、信じてくださるのですか?」
「君のことを疑う理由がない。それに……」
アイルは私の顔を見て、ほほ笑む。
余裕めいた笑みは大人びていて、ああ、この子はもうゲームで見ていたアイル・レグシールとは別物で、こんなに成長してしまったんだなあ、と私は思った。
「君は嘘を吐くのが下手だ。この旅の間、君が何か隠し事をしているということはずっと知っていた」
「アイル様……」
私はぱちぱちと瞬きをした。
体をじんわりと満たすのは安堵感だった。
ずっとアイル様に嘘を吐くことを後ろめたく思っていた。でも、アイル様は本当は私たちの嘘に気付いていて、その上で見てみぬふりをしてくれていたんだ。
私はあらたまって、アイルの前で格式ばった礼をする。
「このような重大な事柄を長い間、秘密にし続けたこと……申し訳ありませんでした。今後はアイル様の前で二度と嘘は吐かないと誓います」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
私たちは顔を見合わせてほほ笑む。その時、初めて私はアイル様と通じ合うことができた気がした。
すると、レオンがアイルに歩み寄った。
「アイル様、私からも謝罪させてください」
片膝を着いて、深々と頭を垂れる。
「私はあなた様を裏切りました。今とは異なる未来では、私はあなた様を手にかけてしまったかもしれません。どのような罰でも謹んでお受けする所存です。いかようにでもお裁き下さい」
アイルは静かな声で、「顔を上げてくれ、レオン」と告げる。レオンと目を合わせると、穏やかにほほ笑んだ。
「起きてもいないことをどう裁けと言うんだ。こうしてお前が正直に告白してくれたことで、この件は不問としよう」
「アイル様…………」
レオンが口を引き結ぶ。そして、うつむいてしまった。
その肩がわずかに震えを帯びる。
「え、どうしたの、レオン……!」
まさか、あのレオンが……?
おっかない男ナンバーワンの彼が?!
私はその姿に言葉を失う。そして、理解した。
そっか……。私が思うよりもずっと。レオンは苦しかったんだ。つらいに気持ちを押し隠して、頑張り続けてきたんだ。
私には想像もつかない。真面目で努力家の男が、すべてを救うために奔走して、それでも皆を助けることはできなくて。もうどうしようもないくらいに追いつめられて、自分の命より大事なはずの主君を手にかけるーーそれがどれほどつらいことだったのか。
彼にとって、アイルを殺すという選択をとるのは、本当は死ぬよりも苦しいことだったにちがいない。
アイルにこう言ってもらえたことで、レオンはようやく罪の意識から開放されたんだ。
よかったね、レオン……。
私は心からそう思った。そんな残酷な未来に今がつながらなくて、本当によかった。
レオンは震える声で告げる。
「アイル・レグシール様。私はあなた様にこの命を捧げます。二度と裏切らないと誓います」
「お前にはそばにいてもらわないと困る、レオン」
ああ、何てすごい光景を私は見ているのだろう。
レオンのこんなに穏やかな笑顔を、私は初めて見た。それに、アイル様がレオンを見る瞳にも、はっきりとした信頼がこめられている。
王子様とそれに仕える騎士の関係は、やっぱりこうでなくちゃ!
何か私まで涙がにじんできたよ。
私がそっと目の端をぬぐっていると、アイルが悪戯っぽくほほ笑んで、レオンに言う。
「さしあたっては、彼女がたまに口にする不可解な言葉の意味を、僕にでも理解できるように教えてほしい」
「承知いたしました。のちほど彼女の語録について記載した辞書を進呈いたします」
私は呆気にとられた。
いや、辞書とか作ってたんかい!
私の反応がおもしろかったのか、アイルが吹き出した。それに続いて、レオンも肩を震わせる。今度は悲しいものではなく、楽しげに。
私は戸惑ってから、結局は笑ってしまった。
それからは作戦会議にアイルを交えて。
私たちはこれからどうするかを考えた。
スフェラを倒す魔剣は魔人族の国にある。しかし、『スフェラストップ』がかかったため、勇者一行はそこに進路を切れない。
どうやって魔人族の国に行こうか相談していると。
アイルがこんなことを言い出した。
「それなら僕にいい案がある」




