59.女神の計略
勇者パーティーは別行動をすることになった。
私たち「魔人族の国に行こう組」は、ヴィリロスを倒して、魔剣を入手する。
エレノアたち「女神を復活させよう組」は、今まで通りに妖精を集めて、女神を復活させる。仮にこのチームの動きがうまくいって、女神が復活しても、「浄化」の鍵となるゼナとアイルは私たちチームが握っている。
(魔人族の国で魔剣を手に入れたら、スフェラを倒すことができる……)
私の気分は高揚していた。
今までずっと、レオンも私も手探り状態だった。スフェラに対抗する手段がなかった。
しかし、今はちがう。邪神を倒す算段が付いた。
このまますべてはうまくいくと思った。
だけど。世の中はそんなに甘くなかった。
「昨夜、女神様が私の夢に現れて、神託を下さいました」
次の日。
皆を部屋に集めて、エレノアが厳かに語り始めた。
「今、魔人族の国に向かうのはやめた方がいいとのお言葉です。彼の国は邪神とその意向に染まり、とても危険な地域となっています。もし彼の地に向かうのなら、女神様が復活を果たし、その加護を頂いてからの方がよいとのことです」
私はハッと息を呑んだ。
思わずレオンを顔を見合わせてしまう。
(スフェラ……! とうとう動き出したのね)
今までスフェラは封印されていることもあり、目立った動きを見せることはなかった。それが突然、エレノアに夢を見せてまで、私たちの行動をコントロールしてきたのだ。
これはある意味、スフェラが焦っていると捉えることもできる。
私は心配になって、周りを見渡した。
案の定、勇者たちはエレノアの言葉に頷いている。
「女神様がそうおっしゃるのなら」
「ああ、そうだな」
当然、女神様の言葉に異を唱えるメンバーはいなかった。
私はすばやくレオンに目くばせをする。
(どうする? レオン)
すると、レオンも神妙な顔つきで私を見やる。
――後で、端の部屋まで来い。
――了解。
そんなやりとりを目線で交わす。
ルイーゼもレオンも気付いていなかった。
2人が目配せを交わしていた、その時。
アイルが2人のことを怪訝な顔で見やっていたということに。
勇者たちから離れて、私たちは緊急会議を開いていた。
「スフェラめ。エレノアに言葉を託して、俺たちを操ろうとしてくるなんてそうとう焦っているのだろう」
「でも、まずいよね……女神様のお言葉は、今の勇者パーティーには絶対だもん」
と、私たちは頭を抱える。
「みんなにスフェラは邪神だから、その言葉は信じるなって教えてみるのはどう?」
「スフェラが悪であることをどうやって証明する? 俺たちの方が異端だと弾圧されるだけだ」
「レオンループその2の結末。『異教徒だと弾劾され、投獄される』――バッドエンド」
「黒歴史を掘り起こすな」
「黒歴史」
私は吹き出してしまった。レオンみたいな美形男が、苦虫を噛み潰したような顔で「オタク用語」を口にするのはとてもシュールだ。
「でも、私は最近、思うんだけど。そろそろアイル様には真実を話した方がいいんじゃないのかな」
「ああ、そうだな」
と、2人で頷いていた時のことだった。
「僕に何を話すって?」
突然、その声が割って入って、私たちは固まった。
恐る恐るとそちらを見やると、アイルが険しい眼差しで佇んでいる。
あ、アイル様……!?
私は愕然と口を開く。
一方、レオンは落ち着き払った様子だった。私に向かって冷静に告げる。
「こうなっては、これ以上、先延ばしにできないだろう」
そして、またもや目で合図を送って来た。
――お前から話せ、と。
私はむっと顔をしかめて、レオンに挑戦的な視線を送り返す。
――うるさい。わかってるよ。でも、あなたに指図されるのは、何だか腹が立つ!
――いいから、さっさとしろ。
と、やりとりをしていると。
「2人だけでそうして、わかったように意思を交わすのはやめてくれ……」
複雑な顔をしたアイル様に、そんなことを言われてしまった。
「ち、ちがいます、アイル様! レオンとはほんと、何でもないんですよ!」
「そうです、アイル様。それよりも、ルイーゼの話を聞いてはもらえませんか?」
レオンの言葉で、深刻な雰囲気を悟ったらしい。
アイル様は真剣な眼差しに戻ると、私たちの前までやって来た。
私は意を決して、アイル様と向き直った。
「アイル様……。すぐには信じがたい話かもしれません。でも、私たちの話を聞いてはもらえないでしょうか」
「ああ、聞かせてくれ」
アイルの澄んだ碧眼を前に、私はごくりと唾を飲みこんだ。
信じてもらえるかどうか、わからない。もし信じてもらえなかったら……。緊張で指先が震える。
私は深呼吸を1つしてから、語り始めた。
「ルイーゼの前世? そこでは僕たちの話が語られている?」
「レオンが時を遡り、何度も同じ時をやり直している……?」
「――女神スフェラがこの世界を滅ぼすつもりである、だと!?」
アイルの驚愕は、話を進めるごとに深いものへと変わっていく。
私がすべてを語り終えた後は、放心状態のようになっていた。
重い沈黙が室内に満ちる。私は胸の前で掌を握り、レオンは険しい表情で黙りこむ。そして、2人でアイルの顔をじっと見つめていた。
どうか信じてもらえますように、と祈りをこめながら。
アイルが頭を抱える。今聞いた話を噛み砕いて、自分の頭に理解させるように、ゆっくりと目をつぶった。
更に重い沈黙が通り過ぎてから。
「…………ルイーゼ」
「はい」
名前を呼ばれて、私は背筋をぴんと伸ばした。




