閑話 揺れる思い(レオン視点)
話し合いが終わって、今日のところは解散となったところで。
「で? 実際どうなんだよ? レオン」
レオンは勇者たちに詰め寄られていた。
「どう……とは何だ?」
「だから、ルイーゼと何もないっていうのは本当?」
と、期待に満ちた顔をしているのはユークだ。
虎獣人のアルバートもそういう類の話が好きなのか、にやにやと笑いながらレオンを見やっている。
「いやいや、あまり追いこんでやるなユークよ。それ以上はレオンが憐れだ」
「え? 何で?」
「ワシの見立てでは、レオンの一方的な片想い……それをルイーゼ嬢にばっさりと切り捨てられて、きっと傷心していることだろう」
「ええ、レオン、そうだったのか!? ごめん、俺、そうとは知らずに……!」
「妙な憶測を立てるな。彼女とは何もないし、俺も彼女のことは何とも思っていない」
レオンは眉を寄せて、不快感をあらわにした。
なぜ、こういう連中はこの手の話が好きなのだろう。それも当人に関係ないところで勝手に話を盛って、おもしろおかしく騒ぎ立てる。
恋愛に興味のないレオンからすれば、理解できないことこの上なかった。
いや……興味がないというよりも、それにかまける余裕がなかったのだ。ここ何年も、下手をすれば何十年も、レオンは同じ時間をやり直している。そうして、ひたすらに足掻き続けていた。どうすればアイルや皆を守ることができるのか。考えるのはそのことばかりで、色恋沙汰とは無縁の生活を送っていた。
だから、ルイーゼのことをあれこれ噂されるなんて、思ってもみなかった。
言われて初めて、「確かに距離が近すぎたかもしれない」ということに気付いたくらいだ。
冷静に彼女のことを吟味してみても、恋愛対象にだけは絶対にならない。そう断言できる。
(俺が、あのオタク女を……? ありえん)
見た目だけならかわいいし、割とタイプな方だった。
しかし、中身が残念だ――それに尽きる。口を開けば、オタク用語ばかり飛び出してくるし、アイルについて熱烈に語る様には狂気すら感じる。
レオンは王城で彼女と過ごした3年間を思い出した。
共同戦線を組むことにしてからは、ルイーゼと会話する機会がぐっと多くなった。だが、そのどれを思い出しても、彼女の話す言葉は意味がわからないことばかりだった。
RPGゲーム。フラグ。ルート分岐。
アイル様は尊くて作画神っててツンデレ萌え。
始めのうちは、外国語なのかと思ったくらいだ。
あまりにわけがわからないので、レオンはメモをとることにした。ルイーゼが口にする聞き覚えのない用語を1つ1つ書き出したのだ。
つもりつもって3年分だ。それ用の羊皮紙はすっかり分厚くなってしまった。
そこにはぎっしりと、「オタクとは」「萌えとは」「RPGゲームとは何か」について書かれている。真面目で勉強家なレオンだからこその、妥協を許さなかった結果である。
今ではルイーゼが口にするオタク用語をすべて網羅して、理解できるようになった。
そのせいで、レオンも今ではオタク用語を自ら口にするようになってしまっていた。
「あ、レオン。さっきは変な誤解されて大変だったね」
皆と別れた後、レオンはルイーゼと廊下で鉢合わせた。
ルイーゼはあっけらかんとした顔をしていて、先ほどのことはあまり気にしていないように見えた。つまり、自分たちの関係はそれほどの程度だということだ。
彼女がいつも通りだったので、レオンは内心で安堵した。
「ああ。お前と俺が恋仲だなんて、誤解も甚だしい」
「そうだよねえ。だって、レオンって彼氏っていうより、お兄ちゃんって感じだもん」
「またそれを言うか」
「だって、私のお兄ちゃんもものすっごいオタクでさー。よくゲームの攻略とか、旬アニメの話で盛り上がったんだよね。レオンと話していると、その時の感覚を思い出すの」
「俺はオタクではない」
「でも、私の話、しっかりと聞いてくれるじゃん。それに私とこれだけ話が合う人は、この世界においてはあなたしかいないよ」
レオンの肩をポンと叩いて、ルイーゼはからからと笑う。
「よ、フェアリーシーカー史上、もっともオタク文化に理解がある男!」
「不名誉な称号を授けるな……」
「ぴこーん。新しい称号を手に入れました」
「システムメッセージを出すな……!」
楽しげな笑い声が辺りに振りまかれている。
レオンは気付いていなかった。
彼女と話すこのひと時に、温かな安堵感を覚えているということに。
いつもは無愛想な自分の口元が、ほんのわずかに上がっていたということにも。
(やはり、こいつとそういう関係になることなどありえないな)
何も気付かずにレオンはしみじみとそう思うのだった。




