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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第5章 推しとラブコメしています

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閑話 自覚した思い(イグニス視点)


「それで?」


 焦れに焦れて、イグニスは問い質した。

 その言葉にぴくんと猫耳が跳ねる。


 目の前に佇んでいるのは、イグニスの主君――アイル・レグシールだった。

 いつもは凛とした碧眼を戸惑うように揺らしている。


 アイルに「相談したいことがある」と、誰もいない部屋に呼び出されたのは先ほどのこと。それからその内容を少年がなかなか話そうとしないので、イグニスは自ら口火を切ったのだった。


「俺に相談があるんでしょう?」

「それが……」


 と、珍しく歯切れの悪い口調で、アイルが告げる。


「お前は、何も聞いていないのか? レオンとルイーゼのことだ」


 その言葉にイグニスは目を見開いた。

 なるほど。その話か。と、頷いた。


(それが何にも知らないんだよなあ……悲しいことに)


 イグニスは胸中で深いため息を吐く。


 レオンとルイーゼの疑惑について、散々に騒がれたことはまだ記憶に新しい。そして、それはイグニスの胸に深い傷を残す出来事だった。


 レオンとは訓練兵の時からの知り合いだ。彼がイグニスのことをどう思っているかは定かではないが、少なくともイグニスは彼に強い親近感と友情を抱いている。

 そして、ルイーゼ。

 彼女のことはイグニスにとっても頭を抱える存在だ。

 彼女が同じ空間にいるだけで、自然と目が追ってしまう。彼女が同じ空間にいなくても、今はどうしているだろうかと意識してしまう。


 つまり――彼女に惚れていた。

 そんな2人が実は浅からぬ仲なのではないかという疑惑。


 もしそれが事実なら、「なぜレオンは俺にそれを話してくれなかった!」というのと、「知らぬ間に惚れた女をとられていた」という意味でショックだ。

 そして、もし事実でなかったとしても、それを他のメンバーから指摘されるほどに、最近の2人の関係は怪しいということだ。


 どっちであったとしても、イグニスは大火傷を負ってしまっていた。

 それと同時に、主君であるアイルの身を案じてもいた。


(そりゃあ、俺だってこんなにショックだったくらいだ……アイルちゃんもさぞかし傷付いて……。おかわいそうに)


 イグニスは同情をこめた目で、少年を見やった。

 こんな時に深刻な表情を浮かべれば、よりアイルを悲しませるだけだろう。


 と、イグニスは痛む自分の心には蓋をして、めいいっぱいおどけた演技をしてみせた。


「いやー。まったく知りませんでしたよー。まさか、あの堅物男に春が!? って、びっくりでしたねえ。でも、レオンはあの通り真面目な奴だし、ルイーゼちゃんもすごく困っているように見えたし。だから、みんなの勘違いですよ! 勘違い!」


 へらへらと笑いながら、イグニスはアイルの肩を叩く。

 しかし、アイルの表情は硬いままだ。


「しかし……僕は最近、不思議だと思っていたんだ。あの2人はやたらと一緒にいる時間が長くないか? ルイーゼは僕らには相談できないことをレオンには話していたみたいだし。その、レオンのことをすごく頼りにしている感じがないか?」


 ぐさ、ぐさ、ぐさっ!


 薄々イグニスも勘付いていた事柄を、次々と突きつけられて、己の心から血が噴き出していくのがわかった。


(わかってる……知ってたよチクショウ! 最近の2人の関係が何だか怪しいことには……!)


 この旅が始まってからというもの、そのことについては何度も考えた。そして、その度に傷付いていた。


 まさかレオンはルイーゼと……?


 その最悪な想像は幾度、脳裏をよぎったことかわからない。

 けど、認めたくなかったから、イグニスはずっと見てみぬふりを続けていた。

 そのはずなのに必死で蓋をしていた問題は、勇者たちの手によって暴かれてしまった。だから、これ以上は見てみぬふりをすることはできない。


(ああ……もしここで、俺もルイーゼのことが気になっているんだと暴露したら。この子はきっと傷付くんだろうなあ……)


 その光景を想像して、イグニスの胸がきりきりと痛む。

 そうしてみたいという気持ちもわずかにあったけれど、イグニスにはとてもできなかった。


 だから、イグニスはアイルの顔を気づかわしげに見やった。


「大丈夫ですか? アイル様……」


 すると、アイルは碧眼をハッと見張る。


「気付いていたのか……」


 そりゃ気付くに決まっているでしょう。

 と、イグニスは内心でツッコミを入れる。


 アイルの様子を見ていれば、すぐにわかる。

 この子がルイーゼのことをどう思っているのかということくらい――。


 アイルは恥ずかしそうに頬を染めて、こくりと頷く。


「そうだ。僕もついさっき気付いた」


(え……? ついさっき……?)


 何か今、変な言葉が聞こえた気がする。

 気のせいだろうか、と目を瞬かせるイグニスの前で、アイルは語り出した。


「王城にいた時から、ルイーゼのそばにいる時は心が落ち着いた。彼女のそばにずっといたいと思った。温かくて、心がぽっと熱くなるこの感情は何なのか……ずっとわからなかった。でも、彼女が魔人族にさらわれた時……平静ではいられなかった。そして、レオンとの仲を指摘されて赤くなっている彼女を見て……すごく胸が痛くなって……。僕はようやくわかったんだ」

「え? いや、あの……? アイル様……?」

「イグニス! 僕は……僕はその……つまり……彼女のことが、す、すきっ……なんじゃないだろうか!?」

「え……ええええええ!? 今!? 今ですか!? 今さらー!?」


 驚きのあまり、イグニスは「今」を3回も叫んでしまった。

 それから己の立場すら忘れて、アイルの両肩をつかんだ。


「いやいやいや! あなた、この3年間、何してたんだ!?」


 がくがくと揺さぶってから、我に返って、イグニスは手を離す。


「あ、すみません。アイル様……! 驚きのあまり、無礼なことを」

「気にしなくていい。ここは王城ではないし、今は同じ旅の仲間だ」


 と、優しくほほ笑むアイルは、最高に男前だった。

 ――表情だけは。


(いや、今まで気付いてなかったんかい!!)


 イグニスは頭を抱えた。そのまま己の髪をぐしゃぐしゃにかき乱してしまいたい心境だった。


「あの……アイル様。念のために確認しますけど。それ、本気で言ってるんですよね?」

「やはりおかしいか……」


 と、アイルは目じりを下げて、切なそうな顔をする。


「僕もわかっている。こんな感情を持ったら、彼女に迷惑をかけるだろうと」

「えー……? そっちー……?」


 イグニスは目の前がぐるぐるとしてきた。


(ルイーゼちゃんがどれだけあんたのことを好きかも、よくわかってないんかい!!)


 鈍い。ここまで鈍いとは。いや、理由はわかる。人生のほとんどを幽閉されて育ったアイルが、人の感情の機微に疎いのは仕方のないことだ。

 それはわかる。

 わかるけれど……。


(ふざけんなー!)


 イグニスとしては、声を大にして叫びたい心境だった。

 自分の中の悪魔が首をもたげる。「ルイーゼはきっと迷惑に思いますよ! だから、やめましょう! その気持ちは忘れてしまいましょう、アイル様!」と、アイルにそんな嘘を吹きこんでしまいたいという心境に襲われた。


(いやいやいや……いくらなんでも。それはあんまりに)


 しかし、すぐに自分の中の天使が現れて、悪魔を撃退していく。そんな所業はイグニスには到底できなかった。


 と、そのはずだったのだが。


「そりゃーもう、迷惑に決まってるじゃないですか!」


 自分のものではない声が、イグニスの願望を実現してくれた。

 突然、背後から上がった声に、イグニスとアイルは飛び跳ねた。


「コレットちゃん、どこから!? っていうか、聞いてたの!?」

「暗殺者としてのたしなみと、この耳の集音力を舐めないでください、ってところですね! あと、ルイーゼに関する話を聞き逃したくないので」


 いつの間に現れたのか。コレットは「てへ」という可愛らしい顔で、舌を出している。


「とにかくですね、アイル様! アイル様がそんな気持ちを持っているとルイーゼが知ったら、絶対に彼女は困ります! 確実です! 混乱のあまり、爆発するかもしれません!」

「わー! 待って、コレットちゃん!」


 イグニスは慌ててコレットを部屋の隅へと引っ張りこんだ。

 そして、アイルに聞こえないように小声で指摘する。


「コレットちゃん。さすがにそれは言いすぎじゃ……」

「だって、イグニス様。想像してみてくださいよ。アイル様に命をかけているようなルイーゼが、もし、その本人から告白なんてされたらどうなるか」

「泡吹いてぶっ倒れそう」

「そう! そういうことです!」


 その様を想像して、イグニスは途方に暮れた。

 ルイーゼはアイルのことが大好きだ。彼女の言葉を借りるなら、アイルが「最推し」とのことらしい。


 彼女はどこかアイルのことを偶像か、神のように称えている節がある。

 そんな彼女がアイル本人から愛をささやかれたりしたら――確かに、爆発しそうだ。


「そういうわけで、いいですか! アイル様! ルイーゼにはまだ、その気持ちを悟られないようにする方がいいですよ!」

「うーん……まあ、ルイーゼちゃんの精神衛生的には、その方がいいかもね」


 ルイーゼが爆発してしまうのは困る。

 という消極的な選択により、イグニスもそうアドバイスするしかなかった。


「わかった。忠告、感謝する」


 アイルは神妙な顔で頷く。

 その顔を見て、イグニスの良心が「いや、本当にこれでよかったのか!?」ときりきりと訴えを始めるのだった。





 それからというもの、アイルの態度は激変した。

 ルイーゼに対しての当たりがやたらと厳しくなったのだ。


 ルイーゼがいつものように「アイル様!」と笑顔で声をかけると、


「僕に構わないでくれ」


 アイルはルイーゼとは視線を合わせようともせずに背を向けてしまう。

 それどころか、彼女が「アイル様!」とお菓子を差しだそうとしても、


「放っておいてくれ」


 と、やはり顔を逸らして、その場を後にしてしまう。


 1人残されたルイーゼはというと、


「え? アイル様……?」


 呆気にとられた顔で、アイルの背を見やっている。それから肩を落として、体を震わせた。その様を見て、イグニスの良心は更に痛むのだった。

 それはコレットも同様のようで、2人は声を潜めて言い合った。


「イグニス様。あれってちょっとやりすぎなんじゃ……」

「アイルちゃんは、いろんな意味でまっすぐだから……」

「さすがに止めた方がいいですよね。あれじゃあ、ルイーゼがかわいそうです」

「うん……って、あれ?」


 そこでイグニスは気付いた。

 ルイーゼの様子に。


 ルイーゼは肩を震わせて、何かに堪えている。

 悲しみを堪えているのだろうと思った。


 が――。


「はー、ツン期アイル様の再来! 萌えー! あのそっけなくて、不器用な感じが最高すぎる! やっぱりツンデレはこうでなくちゃ! ツンがないツンデレなんて、顔グラのない乙女ゲーみたいなもんよ!!」


 ルイーゼはまったく悲しんでなどいなかった。

 実際は顔を赤くして、悶えているだけだった。

 イグニスとコレットは愕然と口を開く。


「嘘でしょう……ルイーゼ……!」

「ルイーゼちゃん……それでいいのか……!?」


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