58.今後の方針
話が脱線しすぎて埒が明かないので、いったん休憩をとることになった。
私は最後の最後まで、レオンとの関係を否定し続けた。みんなにはわかってもらえたんだが、わかってもらえてないんだか。
とりあえず頭を冷やしてこようと、部屋を後にする。
廊下の空気はひんやりとしていて、落ち着くのにぴったりの環境だ。地下に作られた要塞の、陰鬱とした廊下。その壁に私は寄りかかって、ため息を吐いた。
その時だった。こつこつと足音が響く。
暗がりにゼナの鋭い双眸が浮かび上がって、私は飛び跳ねた。
「あ、ゼナさん……ご、ごめんなさい!」
「なぜ謝る」
「いえ、その……すごく睨んでいましたので」
「この目付きか? これは……」
ゼナは何かを言いかけて、首を振った。
「……いや。何でもない。睨んでいたように見えたのなら謝る。そして、先ほどのことも」
「え……?」
「私はどうも色恋沙汰というものに疎いようだ。先ほどはおかしなことを言ってすまなかった。レオンとお前は、そういう関係ではなかったのだな」
私はほっと胸をなで下ろした。
わかってもらえたという安堵感が胸を満たしていく。
「わかってもらえて嬉しいよ……じゃなかった、嬉しいです」
「お前のことはまだ信用したわけじゃない。何かを隠していることを知っている。それでも、個人的な感情を抜きにして考えれば、お前の予言は外れたことがないというのも確かだ」
そこでゼナの瞳が迷うように揺れた。
「だから……」
ゼナの双眸がどんどんと険しくなる。
ものすごく怒っているように見えて、私の心臓は縮んだ。
あ……でも、そういえば。
私は1つ思い出した。フェアリーシーカーにおけるゼナの設定だ。
そうだ、確かこの子は。
「えっと……ゼナさん。最後に寝たのはいつですか?」
私が聞くと、ゼナはきっ、と目を尖らせた。
不愉快そうに眉を寄せて、私を恐ろしいほどの眼差しで射抜く。
「なぜ貴様がそれを知っている!?」
ひい、と私は息を呑んだ。
しまった。ゼナに関するこの情報……というか、イベントはまだ起こしていないんだった。
本来なら竜人族の国のストーリーで開示される情報だった。それなのに、ゼナ誘拐のイベントを私はスキップしてしまったから。
私が謝ろうと口を開く。
と、それよりも早くゼナは目を伏せた。
「く……何でもない。今は気が立っている。後はお前たちで話し合え」
ゼナは私の前を通り過ぎて、奥へと進んでいく。
廊下の暗闇に飲まれるようにして、その姿が見えなくなってしまった。
頭も体もすっかりと冷えてしまった。
部屋へと戻ると、勇者一行も興奮が冷めているようだった。
私は内心でほっとする。これ以上、レオンとの関係をからかわれたくはない。というか、あんな冷徹男が私の恋人だと思われていたなんて。何かもう……さっきのことは忘れてしまいたい。みんなにも忘れてほしい。
私の顔を見て、ユークが申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「さっきはごめん、ルイーゼ」
「いいえ。わかってもらえたらそれでいいんです」
「それで、今後の方針をみんなで話していたんだ。ルイーゼの言う通り、魔剣を取りに行こうと思う」
ユークの言葉に続いて、エレノアが頷く。
「問題は、魔人族の国にどうやって潜入するかということです。それに、スフェラ様の復活のための妖精もあと1匹足りていない状態です」
「そうか。最後の妖精はこの国に眠っているんだったな」
そこでレオンが提案した。
「二手に分かれてはどうですか?」
「確かにワシらも大所帯になってきたからな。その方が効率がよい」
あとはさくさく進行だった。方針が定まってしまえば、細かい部分をつめていくだけだ。
私たちは二手に分かれることになった。
魔剣入手チームは、
私、レオン、アイル、ユーク、ゼナだ。
妖精探索チームは、
エレノア、イグニス、コレットを含むその他のメンバー。
こんな感じで各々に行動することになった。
二手に分かれる際、私とレオンはさりげなく皆を誘導して、こちらのチームにアイルとゼナを引きこんだ。女神は復活したらすぐにでも「浄化」を行って、世界を滅ぼそうとするだろう。だが、「浄化」発動の鍵となるのは、アイルとゼナだ。2人を女神復活の場から引きはがすための策だった。
「魔人族の国にどうやって潜入についてですが、先ほど捕えた彼らに協力してもらうことになりました」
と、レオンが淡々と説明する。
当然、ユークたちには驚かれた。
そこで、私たちは魔人族の皇帝がヴィリロスに洗脳されていて、ヘルマンたちはそれを解く方法を探しているのだと説明した。彼らも邪神ヴィリロスを滅したいという意思があり、利害が一致しているために協力ができそうだと話す。
こんな時、一番に否定的な声を上げるゼナちゃんは今は不在だ。しかし、とはいっても相手は魔人族。皆、彼らを信用できるかどうか半信半疑といった状態だった。エレノアには何度も「大丈夫ですか」と不安そうな顔をされてしまう。
だから、彼らを信用できるのかどうか、もう一度、確認を行うことになった。それはユークがヘルマンたちと話をして判断するということで、今日の作戦会議はお開きとなった。
たぶん、ユークもヘルマンとわかり合えるのではないかと私は思う。エリックはともかく、ヘルマンさんはすごくまともだし、話も通じるし。
ユークは勇者なだけあって、心が太平洋よりも広いから。
(ふう……トラブルもあったけど、何か一気に話が進んだ気がする)
ヴィリロスを倒して、魔剣を手に入れて、スフェラを倒す。
話がシンプルになって来た気がする。
それに、光明が見えて来た。ヘルマンさんのおかげで、スフェラを倒す算段が付いたのだ。
そもそもフェアリーシーカーは王道RPGなんだ。悪を倒して平和が訪れる。そんなわかりやすいエンディングが一番似合っていると思う。
私は明るい気持ちになって、アイル様に声をかけた。
「あの、アイル様」
久しぶりにお菓子でも作って、アイル様とお茶の時間を過ごしたい。のんびりまったりと癒しの時間を享受したい。
そう思って声をかけたのに。
アイル様は私の顔を見ると、複雑そうに眉を寄せた。さっと視線が逸らされる。
「すまない。少し1人にしてほしい」
そして、さっさと部屋を出て行ってしまう。
あれ……?
何だか、アイル様、冷たくない……?
3年前のツンツン期を思わせる態度に、私はぽかんとしてしまうのだった。




